307
「準優勝オメデト〜〜〜〜」
「………チッ」
試合がすべて終わり、キャンプもすべて終わり、アメリカに行くと、御幸がわざとらしい拍手で俺を出迎えた。
「嫌味かテメェ」
「なんで?捻くれてんな〜(笑)」
「テメーの年は優勝しただろーが!!」
「別にそんな話してないじゃん?」
「つーか光は?」
「今日はリハーサル。周防と出かけてるよ」
ふーん、と相槌を打ち、御幸が運転する車に乗り込む。
マンションについて荷物をおろし、夕食の準備を始める御幸を眺めていると、コーヒー入れてくんない?と言われた。
「お前さ」
「ん?」
「どうすんの?来年」
御幸が肉の下処理をしながら尋ねてきた。来年…。
「…球団から契約書は貰った」
「そりゃそうだろ、成績的に十分だし、代理出場で恩売ったし。で、サインすんの?」
「……。」
もし…。光に「一緒に来てほしい」って言われたらとどうしても考えてしまって、まだサインできていない。
「光は自分からは言わないと思うぜ。」
「え……」
俺の考えお見通しかよ。
「俺がいる限りな。」
「お前マジウゼェ」
ドヤ顔で自分を指して言う御幸をどついたとき、玄関に人が入ってくる音がした。
「どうぞ。」
「ありがとう。」
玄関に向かうと、周防の促しでルームシューズに履き替えている光がいた。約半年ぶりの光…。あー、会いたかった…。
光は靴を履きかえると、慣れた様子で壁を手で伝いながら部屋の入り口に向かってきて、俺の胸に顔面をぶつけた。
「わっ!…一也さん?いるなら言ってよ…」
恥ずかしそうに拗ねて鼻の頭を擦り、俺に抱き着いてくる光…思わず抱きしめ返しそうになったとき、光は驚いた顔で体を離した。
「あれ?ちがう、一也さんじゃない!ごめんなさい!」
誰?と答えを求めて辺りを見渡す光に、周防が申し訳なさそうに呟いた。
「…倉持さんです。」
「えっ…!」
光の顔が一気に赤くなった。
「久しぶり、光。」
ぽんぽん、と頭を撫でると、光は赤い顔のままむすっとして、俺と壁の間をすり抜けて部屋に入って行った。
「お、光おかえり〜。」
キッチンから声をかける御幸。ただいま、と返す光。
「よく御幸じゃないってわかったじゃん。」
「…においが違うもん。」
「へ〜。俺ってどんなにおい?」
「何の話だよ?」
御幸が小皿を持ったままキッチンを出てきた。
「さっき光が俺と御幸を間違えて…」
「倉持さん!!」
「??…まあいいや。光味見して。」
御幸が光の手に小皿をもたせて、スープだよ、と声をかけた。光は味見をすると、おいしい、とほほ笑んだ。
「かぼちゃのスープだ。」
「そうだぞ〜光のレシピ見て作ってみた♪」
「あ〜やっぱり。ちょっとシナモンの香りする。」
「……。」
料理の話にはついて行けない。
「けどやっぱ、何か違うんだよな〜。光が作ってくれた方が美味い。」
「……。」
御幸が首を傾げて呟くと、光は嬉しさと切なさの入り混じった表情で微笑んだ。
「では俺は、そろそろ…」
失礼します、と律儀に3人それぞれに向かって頭を下げる周防。
「ああ、ありがとな。」
「気を付けてね。」
御幸と光の言葉にうなずき、周防は帰って行った。
「あいつ、光臣と大学で同期だったらしいぜ。」
「えっ!!」
御幸の言葉に素直に驚いた。そういや同い年か…。
…って、光臣と同じ大学ってことは…あいつも相当なエリートか…。
「一時期ルームシェアもしてたんだってさ。」
「ええぇ光臣とルームシェア!?うわ〜…」
「わかる、その反応。」
御幸が大きく頷く。周防あいつ…苦労してそうだな…。
「さてと…。」
御幸は肉をオーブンに入れるとエプロンを外し、光に歩み寄った。
「着替えるか、光。」
「あ、うん…。」
ありがとう、と光は御幸に連れられて寝室に入る。
俺は手持無沙汰に、持って来たペットボトルのジュースを飲みながらソファに座って二人を待った。
…下世話だけど、あいつ、着替えとか風呂とか手伝ってて、変な気分になんねーのかな…。
***
「いただきます。」
「…いただきまーす」
「どうぞめしあがれ〜」
御幸がわざとらしい上機嫌な猫なで声で言うものだから、俺は御幸をちょっと睨み、スープを飲んだ。確かにこの味、どこか懐かしい…。光が良く作ってくれたよな…。
「光さぁ」
「うん?」
御幸が肉を切り分けながら何気ない感じで話しはじめた。
「来年、倉持も一緒に行こうっつったらどう思う?」
「え?」
光は手を止めて眉をひそめた。
「俺はそれもいいかと思ってるんだけど、光はどう?」
「…い…意味わかってるの?一緒に行くって…」
「わかってるよ。婚約者として…ってことだろ。」
「……。」
光はしばらく言葉を失った。
「…どうしてそんなこと言うの…?」
悲しみを浮かべる光の手を、御幸は握った。
「光、勘違いしないでほしいんだけど…俺たちの関係は何も変わらねーよ。どっちか選べってことじゃない。」
「……?」
「倉持とも話したんだけど…。俺達、どっちが欠けてても、ここまで光を守って来れなかったよなって…思ったんだ」
「……。」
「光さ、目が見えなくなってから、すごく落ち込んでただろ。」
「それは…誰だって…」
「うん。でもさ、倉持が来たとき、初めて笑ったんだよ。」
「……。」
光の目が戸惑いに揺れた。
「そ…そんなことで…?」
「光にとって倉持が、大きな支えになってる事は知ってる。俺はそんなことで責めないし、俺も…」
「やめてよ!どうして一也さんにそんなこと言われなきゃならないの?酷いよ…!なんで…!」
「光!」
光は泣き出して、立ち上がり、ソファや棚にぶつかりながら寝室に飛び込んでいった。
「…おい、何泣かせてんだよ」
「…言い方ミスった」
難しいんだよなー…、と御幸は悪びれているんだかわからない態度で頭を掻く。
「でも取り乱すってことは、核心をついてるってことだから。」
「はぁ…?」
「ちょっと待ってて。」
そう言うと御幸は、光を追って寝室に入って行った。俺もそっと後を追い、ドアの前で様子を窺った。
「光、大丈夫か?さっきぶつけただろ…」
「……。」
ぼそぼそと話し合う声が聞こえる。御幸の声はあくまで優しく、落ち着いている。
「…さっきの話…すぐに答えを出さなくてもいい。でも、考えてみてほしい。」
「…なんで?」
「倉持のこと嫌い?」
「……。…一也さんが好き」
「……。」
「その一也さんに、他の人が好きだろって言われる気持ちがわかる?」
「…そうじゃない、光…」
「そうだよ!私そんなこと望んでない!」
「違う、光。お前の気持ちはわかってる…」
「わかってない!」
「わかってるよ。俺を愛してくれてる。これ以上ないくらい。」
「……。」
「でも俺にも手が届かないところがあって…倉持がそこを支えてる事も」
「…ちがう…。」
「……。」
「一也さんのせいじゃない…。…私が…。」
「……。」
「…私が、弱いだけ…。」
嗚咽が聞こえてきて、しばらく沈黙が流れた。
「でも…何で?」
「ん?」
「何でそんなに…倉持さんのこと…」
「……。」
「…いいの?私が…倉持さんと結婚しても。本当にいいの?」
「……。」
「…それとも…どうでもいいの?」
「…どうでもいいわけない。正直…嫌じゃない…って言ったら、嘘になる」
「……。」
「でもそれよりもずっと、お前に幸せでいてもらいたいって気持ちの方が強い。」
「……。」
「それは倉持も同じだから…だからあいつなら、ギリギリ許せるかな。」
「……。…私はやだ…。」
「……。」
「一也さんが少しでも嫌なことは、私は…したくない。」
「…そっか。」
今はここまでか、というふうに、御幸が微笑んだのがわかったような気がした。
「………チッ」
試合がすべて終わり、キャンプもすべて終わり、アメリカに行くと、御幸がわざとらしい拍手で俺を出迎えた。
「嫌味かテメェ」
「なんで?捻くれてんな〜(笑)」
「テメーの年は優勝しただろーが!!」
「別にそんな話してないじゃん?」
「つーか光は?」
「今日はリハーサル。周防と出かけてるよ」
ふーん、と相槌を打ち、御幸が運転する車に乗り込む。
マンションについて荷物をおろし、夕食の準備を始める御幸を眺めていると、コーヒー入れてくんない?と言われた。
「お前さ」
「ん?」
「どうすんの?来年」
御幸が肉の下処理をしながら尋ねてきた。来年…。
「…球団から契約書は貰った」
「そりゃそうだろ、成績的に十分だし、代理出場で恩売ったし。で、サインすんの?」
「……。」
もし…。光に「一緒に来てほしい」って言われたらとどうしても考えてしまって、まだサインできていない。
「光は自分からは言わないと思うぜ。」
「え……」
俺の考えお見通しかよ。
「俺がいる限りな。」
「お前マジウゼェ」
ドヤ顔で自分を指して言う御幸をどついたとき、玄関に人が入ってくる音がした。
「どうぞ。」
「ありがとう。」
玄関に向かうと、周防の促しでルームシューズに履き替えている光がいた。約半年ぶりの光…。あー、会いたかった…。
光は靴を履きかえると、慣れた様子で壁を手で伝いながら部屋の入り口に向かってきて、俺の胸に顔面をぶつけた。
「わっ!…一也さん?いるなら言ってよ…」
恥ずかしそうに拗ねて鼻の頭を擦り、俺に抱き着いてくる光…思わず抱きしめ返しそうになったとき、光は驚いた顔で体を離した。
「あれ?ちがう、一也さんじゃない!ごめんなさい!」
誰?と答えを求めて辺りを見渡す光に、周防が申し訳なさそうに呟いた。
「…倉持さんです。」
「えっ…!」
光の顔が一気に赤くなった。
「久しぶり、光。」
ぽんぽん、と頭を撫でると、光は赤い顔のままむすっとして、俺と壁の間をすり抜けて部屋に入って行った。
「お、光おかえり〜。」
キッチンから声をかける御幸。ただいま、と返す光。
「よく御幸じゃないってわかったじゃん。」
「…においが違うもん。」
「へ〜。俺ってどんなにおい?」
「何の話だよ?」
御幸が小皿を持ったままキッチンを出てきた。
「さっき光が俺と御幸を間違えて…」
「倉持さん!!」
「??…まあいいや。光味見して。」
御幸が光の手に小皿をもたせて、スープだよ、と声をかけた。光は味見をすると、おいしい、とほほ笑んだ。
「かぼちゃのスープだ。」
「そうだぞ〜光のレシピ見て作ってみた♪」
「あ〜やっぱり。ちょっとシナモンの香りする。」
「……。」
料理の話にはついて行けない。
「けどやっぱ、何か違うんだよな〜。光が作ってくれた方が美味い。」
「……。」
御幸が首を傾げて呟くと、光は嬉しさと切なさの入り混じった表情で微笑んだ。
「では俺は、そろそろ…」
失礼します、と律儀に3人それぞれに向かって頭を下げる周防。
「ああ、ありがとな。」
「気を付けてね。」
御幸と光の言葉にうなずき、周防は帰って行った。
「あいつ、光臣と大学で同期だったらしいぜ。」
「えっ!!」
御幸の言葉に素直に驚いた。そういや同い年か…。
…って、光臣と同じ大学ってことは…あいつも相当なエリートか…。
「一時期ルームシェアもしてたんだってさ。」
「ええぇ光臣とルームシェア!?うわ〜…」
「わかる、その反応。」
御幸が大きく頷く。周防あいつ…苦労してそうだな…。
「さてと…。」
御幸は肉をオーブンに入れるとエプロンを外し、光に歩み寄った。
「着替えるか、光。」
「あ、うん…。」
ありがとう、と光は御幸に連れられて寝室に入る。
俺は手持無沙汰に、持って来たペットボトルのジュースを飲みながらソファに座って二人を待った。
…下世話だけど、あいつ、着替えとか風呂とか手伝ってて、変な気分になんねーのかな…。
***
「いただきます。」
「…いただきまーす」
「どうぞめしあがれ〜」
御幸がわざとらしい上機嫌な猫なで声で言うものだから、俺は御幸をちょっと睨み、スープを飲んだ。確かにこの味、どこか懐かしい…。光が良く作ってくれたよな…。
「光さぁ」
「うん?」
御幸が肉を切り分けながら何気ない感じで話しはじめた。
「来年、倉持も一緒に行こうっつったらどう思う?」
「え?」
光は手を止めて眉をひそめた。
「俺はそれもいいかと思ってるんだけど、光はどう?」
「…い…意味わかってるの?一緒に行くって…」
「わかってるよ。婚約者として…ってことだろ。」
「……。」
光はしばらく言葉を失った。
「…どうしてそんなこと言うの…?」
悲しみを浮かべる光の手を、御幸は握った。
「光、勘違いしないでほしいんだけど…俺たちの関係は何も変わらねーよ。どっちか選べってことじゃない。」
「……?」
「倉持とも話したんだけど…。俺達、どっちが欠けてても、ここまで光を守って来れなかったよなって…思ったんだ」
「……。」
「光さ、目が見えなくなってから、すごく落ち込んでただろ。」
「それは…誰だって…」
「うん。でもさ、倉持が来たとき、初めて笑ったんだよ。」
「……。」
光の目が戸惑いに揺れた。
「そ…そんなことで…?」
「光にとって倉持が、大きな支えになってる事は知ってる。俺はそんなことで責めないし、俺も…」
「やめてよ!どうして一也さんにそんなこと言われなきゃならないの?酷いよ…!なんで…!」
「光!」
光は泣き出して、立ち上がり、ソファや棚にぶつかりながら寝室に飛び込んでいった。
「…おい、何泣かせてんだよ」
「…言い方ミスった」
難しいんだよなー…、と御幸は悪びれているんだかわからない態度で頭を掻く。
「でも取り乱すってことは、核心をついてるってことだから。」
「はぁ…?」
「ちょっと待ってて。」
そう言うと御幸は、光を追って寝室に入って行った。俺もそっと後を追い、ドアの前で様子を窺った。
「光、大丈夫か?さっきぶつけただろ…」
「……。」
ぼそぼそと話し合う声が聞こえる。御幸の声はあくまで優しく、落ち着いている。
「…さっきの話…すぐに答えを出さなくてもいい。でも、考えてみてほしい。」
「…なんで?」
「倉持のこと嫌い?」
「……。…一也さんが好き」
「……。」
「その一也さんに、他の人が好きだろって言われる気持ちがわかる?」
「…そうじゃない、光…」
「そうだよ!私そんなこと望んでない!」
「違う、光。お前の気持ちはわかってる…」
「わかってない!」
「わかってるよ。俺を愛してくれてる。これ以上ないくらい。」
「……。」
「でも俺にも手が届かないところがあって…倉持がそこを支えてる事も」
「…ちがう…。」
「……。」
「一也さんのせいじゃない…。…私が…。」
「……。」
「…私が、弱いだけ…。」
嗚咽が聞こえてきて、しばらく沈黙が流れた。
「でも…何で?」
「ん?」
「何でそんなに…倉持さんのこと…」
「……。」
「…いいの?私が…倉持さんと結婚しても。本当にいいの?」
「……。」
「…それとも…どうでもいいの?」
「…どうでもいいわけない。正直…嫌じゃない…って言ったら、嘘になる」
「……。」
「でもそれよりもずっと、お前に幸せでいてもらいたいって気持ちの方が強い。」
「……。」
「それは倉持も同じだから…だからあいつなら、ギリギリ許せるかな。」
「……。…私はやだ…。」
「……。」
「一也さんが少しでも嫌なことは、私は…したくない。」
「…そっか。」
今はここまでか、というふうに、御幸が微笑んだのがわかったような気がした。