明日はいよいよ高校生活最後の文化祭。

「御幸ー、お前明日さ……」
「え?」

振り向いた美幸はニヤニヤ緩み切った顔で、俺は一瞬ですべてを悟った。

「あー、もうわかったやっぱいいわ」
「なんだよそれ?」
「どーせ明日は玉城さんとデートだろ…」

御幸の彼女の玉城さん。最近モデルにスカウトされて、それより前からとんでもなく美人だと学校では超有名で…男からめちゃくちゃ人気の2年生。

「え?何で?」
「その緩み切った顔みりゃわかるわ」
「え〜?へっへっへ」
「キメェこっち見んな死ね」
「はっはっはっ!ゴメンね一緒に文化祭回ってあげられなくて♪」
「ど…どーでもいいわ殺すぞ!!!」



***



…ということが昨日あって、俺は今日一人で文化祭を回ることになってしまった…。高校生活最後の文化祭だぞ。泣きそう。御幸にはあんな可愛い彼女とのデートの約束があるというのに。クソ腹立つ。
それにしても、シフト以外の時間が暇でしょうがない。野球部のとこ行くか、寮でゲームでもしてようかな…。
御幸のヤローはいつの間にか教室から消えてて、多分彼女とデートでしょ、と皆アイツのサボリを気にもしていない。俺はサボるなと女子に詰め寄られたのに…どうせ暇でしょとまで言われたのに…不公平だ。
とにかく自分のシフトが終わり、ちょうど昼時のため何か食い物でも買って寮に行くかと教室を出ると、廊下は人でごった返していた。なんだこれ、身動きが取れない。どうなってんだ?
周りを見渡すと、柱のそばに一際目を引く女子生徒の姿があった。あ…あれは…。…玉城さん?
玉城さんはきょろきょろと周りを見回し、ふと俺に気づいて、あっ、と口を開けた。
えっ、何…俺に用?玉城さんが?マジで!?
ちょっと浮かれながら近づいてみると、玉城さんは安堵したように頬を綻ばせて俺に会釈した。

「倉持先輩、こんにちは。」
「お…おう、ども…」
「一也先輩いますか?」

………。…なーんだ…。

「…御幸ならちょっと前にどっか行ったけど」
「え?…どこ行ったか知りませんか?」
「いや、いつの間にかいなくなってたから」
「……。」

とたんに不安そうに携帯を開き、何かを確認して周りを見渡す玉城さん。困惑している。

「アイツと何か約束してた?」
「…はい。でも、来なくて…。それでここに来てみたんですけど…。」

何やってんだアイツ…?

「メールも返事ないし…電話も出なくて」
「待ち合わせは?」
「もう30分前に、教室まで来てくれるって言ってたんですけど」

来ないから…。と玉城さんは悲しげにつぶやいた。…何やってんだアイツ!玉城さんを悲しませるなんて。

「一緒に探そうか?」
「え…?でも、先輩…。」
「ちょうど今シフト終わったトコだし」
「でも…。予定とか…」

…誰とも予定ないなんてカッコ悪くて言えねー。

「へ…平気平気。アイツが行きそうなトコなら大体わかるからよ…ほら行こうぜ。」
「す、すみません…。」

気にしなくていいって、と笑いながら、内心でガッツポーズをした。御幸を探すためとはいえ…玉城さんと文化祭を過ごせるなんて…!めちゃくちゃラッキーだ!!…御幸の彼女だけど。

「どこに行くんですか?」
「へ?あ、えーと…」

やべーやべー。浮かれてる場合じゃない。

「そうだな…とりあえず知り合いがいるクラス見て回ってみるか。」

はい…、ときょとんとした顔で頷く玉城さん。うわー…やっぱすげーかわいい…。隣歩いてんのが夢みたいだ。足元がふわふわする。こんな子と手ぇつないだり…キスしたり………そういうこと…したり……してんのか、アイツは…。
…すれ違う男どもがみんな玉城さんを見てる。それから俺の顔も品定めるように見てる。美女を連れ歩くってこんな感じなのか…。俺の隣をちょこちょこついてくるのもかわいい。胸が苦しくなるほどかわいい。俺の視線に気づいて、ふと見上げる宝石みたいなきれいな瞳。なんだこの天使は…。

「あの…何ですか?」
「えっ?あ…いやなんでも…。」

やべぇ見惚れすぎた。
慌てて前を向き、俺は歩くことに集中した。歩くだけでこんなに緊張すんのは初めてだ。

「…あ、ここ、知り合いのクラス…」
「はい」

危うく通り過ぎそうになった教室の前に踵を返し、中を覗き込んだ。ここはゾノのクラスだ。ゾノは幸い教室にいて、俺に気が付くと何かあったのかとやって来た。

「何や倉持、何か用……」

そして俺の隣に入る玉城さんを見つけて硬直した。

「…御幸を探してんだけど、見てねーか?」
「え?あ…あぁ、そうか…」

俺の言葉で状況を察したらしいゾノは、赤い顔でチラチラと玉城さんを気にしつつ頭をかいた。

「俺は見てないなぁ…電話してみたらどうや」
「出ないんだってさ。」
「そ…そうなんか」

見てないわ、悪いな、と申し訳なさそうにするゾノに、玉城さんはぺこりと頭を下げた。ゾノはぽーっとしちまってる。ゾノのクラスを離れ、ノリや白州、麻生にもあたってみたけど、何の情報も得られなかった。
ひととおり校舎を回り終え、中庭に出てきたとき、俺の腹が鳴った。そういやまだ昼飯食ってなかった…。

「お腹すきましたね。」
「あっ…ああ…そ、そうだな…もうこんな時間だしな…」

玉城さんに柔らかなほほえみで言われ、ちょっと恥ずかしくなりながらも玉城さんが可愛すぎてきょどりまくる俺…。

「玉城さんは…何か食った?昼…」
「まだです。一也先輩と約束してたから…。」

あ…そうか。そうだったな。ほんとどこでなにしてんだあいつ。連絡もよこさないなんて。

「じゃ…なんか軽く食わねぇ?」
「…そうですね。」

こくん、と玉城さんが頷き、俺はまたしても内心でガッツポーズを決めた。
中庭の出店の中からホットドッグの店を選び、一緒に並ぶ。周りの視線に優越感を感じながら浮かれた気分で玉城さんと自分の分を一つずつ注文し、カッコつけて奢って、中庭のベンチに移動した。玉城さんは恐縮してお礼を言って、俺の隣でホットドッグを食べ始めた。デートみたい…。いやこれもうデートだろ…。デートだようん。俺の初デートは玉城さん…!

「あ、倉持…。……。」

ふと通りかかったナベちゃんたちが俺に気づき、声をかけてきて、すぐに玉城さんに気づいて驚いたようにぽかんと口を開けた。

「あ、いま、御幸を探してて…なぁ?」

頷く玉城さんとうろたえる俺とを見比べて、ナベちゃんは、へぇ、と相槌を打った。俺の下心が見透かされてそうで怖い。

「ちょうどよかったナベちゃん、御幸見てねーか?」
「見てないけど…」
「ナベちゃんもか〜。どこいったんだあいつ…」

それから御幸がいつの間にか教室から姿を消していたことや、連絡がつかないこと、そしてこれまでに3年のいろんな奴に聞いて回ってきたことを話した。

「うーん…。」
「え…何?」

するとナベちゃんは何やら苦々しい顔でうなって、俺は尋ねた。

「いや…。うん…。御幸…御幸のことは多分…」
「え?何?なんか知ってんの?」
「いや、僕は知らないけど、御幸の居場所は……多分、女子の方が知ってるかも…」
「女子?」
「た、多分だけど。ほら御幸って、モテるし…今年最後の文化祭だから…」
「だから?」
「…クラスの女子とかが…結構…、…御幸のこと話してたから…」

煮え切らないナベちゃんの言葉に、俺は何となく察して、あー…、とつぶやいた。玉城さんを見ると、きょとんとした澄んだ瞳でじっとナベちゃんの気まずそうな顔を見つめていた。やめてやってくれ…ナベちゃんは悪くないんだ…。
俺は立ち上がってナベちゃんの方に腕を回し、玉城さんに背を向けてひそひそ声で話した。

「誰か御幸のこと呼び出してんの?」
「……伊藤さんが…文化祭で御幸に告白するって、昨日女子が盛り上がってて…多分それかなーって…」
「まじかよ」

ちらりと玉城さんを見、またナベちゃんと顔を近づける。

「…わかった。サンキュ」
「う、うん…じゃあ、僕たちはこれで…。」

ナベちゃんたちが去っていき、俺は玉城さんの隣に戻って腰を下ろした。女子から呼び出されてるってことは…用事が済めばあわてて玉城さんに連絡してくるだろう。それまで時間つぶしとけばいいか…。

「一也先輩、どうかしたんですか?」
「へ?いや…多分クラスの用かなんかで…そのうち終わると思うけど。ほんと、たぶん、もうすぐ」
「……?はあ」

玉城さんは不思議そうな顔で頷いて、またホットドッグを食べ始めた。
ホットドッグを食べ終えた俺たちは、またぶらぶらと歩きだした。さて、どーするか…。玉城さんはまだ御幸を探す気だし…。正直に言うか?でも、他の女子に呼び出されてるっぽい、なんて言ったらどうなることやら…。御幸の奴怒られるかな。それとも殴られるかな。それはそれで面白いかも。

「…御幸から連絡来た?」
「きてないです。」

玉城さんは携帯を見つめ、残念そうにつぶやく。あーあ、御幸の彼女じゃなきゃ……。…いや、俺にチャンスなんてねーよな…。ムカつくけど御幸はあれで顔はいいし、野球部のキャプテンだし、卒業後はプロ入り間違いなしだし…当然モテるし…。

「そっか、じゃあ…」

どうするかな…、とつい呟いて頭をかくと、玉城さんはまっすぐに俺を見上げて眉を下げた。

「あの…もう大丈夫です。自分で探しますから…」
「え…なんで?」
「だって、せっかくの文化祭だし…先輩の予定が…。」

予定なんてないし、むしろ玉城さんといられることがめちゃくちゃラッキーなんだけど…とはいえず、俺はあーだのうーだの唸って苦笑した。

「俺のことは気にしなくていいからよ、御幸探そうぜ。」
「でも、本当に…」
「いいからいいから。」

申し訳なさそうに遠慮する玉城さんを半ば無理やり連れて中庭を抜け、校舎裏に出た。

「…一也先輩…いませんね」

ぽつりと玉城さんが悲しそうにつぶやいて、うつむいた。もう1時間近く探し回っている。待ち合わせの時間から考えたら、1時間半だ。

「約束忘れちゃったのかな……。」

玉城さんがあまりにも悲しそうにそう呟くものだから、俺はもう我慢ならず、思い切って口を開いた。

「あ、いや、そうじゃなくて…」
「え…?」
「あー…えっと…」
「…何か知ってるんですか?」

…もう…いいよな、言っても…。

「…多分…だけど…」
「はい」
「なんか…女子から呼び出されてるっぽい…?…らしくて…」
「……。」
「…た、たぶん……告白…的な……」
「……。」

玉城さんの大きな瞳が瞬いて、視線が足元に落ちた。ど…どうした…?怒るのか?

「……。」

うつ向いたままの玉城さんは、ふと手を口元に添えて、何度か目を瞬いて……ふっと目元をゆがませた。え、あ…。あ…!な、泣く…!!

「……っ」
「え…!?ちょ…、だ…大丈夫?」
「ご…ごめんなさい…」

泣く…!?泣くのか!?これは想定外…!!ど、どうしたらいいんだ!?
玉城さんは目元をぬぐい、俺から顔を背けて隠した。怒ったら面白い…なんて不謹慎だった…。どーしよ…。

「で、でもまだそう決まったわけじゃねーし!俺も噂で聞いただけだから!」
「……はい…」
「そ…それに…もし本当にそうだとしても、オッケーするわけねーじゃん、玉城さんと付き合ってんだからさ…」
「……。」
「浮気とかする奴じゃねーから、アイツ!俺ら…野球部のみんなも、玉城さん以外の女子とそういうのとか全く聞いたことねーし!アイツ玉城さんにベタ惚れだし…!」
「……。」

なんでアイツの擁護なんてしてんだ俺。意味わかんねぇ。

「だ…大丈夫です…。すみません…」

玉城さんは鼻を啜って顔を上げた。今にも泣きそうな顔をしていたけど、寸でのところで堪えている様子だった。御幸が告られてるかもって聞いて泣きそうになるとは…そ、そんなに御幸のことが好きなのか…。一体あいつのどこが…。

「…ねぇお願い、待って!」

…なんだ?塀の向こうから足音と声が聞こえて、俺は非常階段を3段ほど登って塀の向こうを見た。するとそこには逃げるように足早に歩く御幸と、それを追いかける隣のクラスの女子…伊藤さんがいた。

「いや、悪いけど…ほんとに俺もう行かないと」
「やだよ、ねぇお願い…!ずっと好きだったの!…1年生の時から、ずっと!」

ぎょっとして息をのんだ。想像していた告白よりずっと重い…。モテるのも楽じゃねーんだな…。
御幸の声に気づいて、玉城さんも俺のそばに来た。

「あの子のどこが好きなの!?かわいいけど…それだけじゃん!それに芸能人だし…いろんな噂もあるじゃん!本当にあの子でいいの?」

噂…。玉城さんはモデルになってからその美貌であっという間に話題を呼び、同時にいろんな噂をささやかれた。俳優と共演すればすぐに熱愛疑惑がかかり、バラエティでアイドルが好みのタイプだと名前を挙げればまた熱愛疑惑がかかり…。学校でも誰が狙ってるだの、実は誰と付き合ってただの、信ぴょう性のまるでない噂が飛び交っている。

「あいつはそんな奴じゃねーよ。」

それまで振り切るように歩いていた御幸が立ち止まって少し怒ったように言い返し、伊藤さんが息をのんだ。

「俺の好きな子のこと、悪く言わないでくれる?」
「……。」

そのまま静かに泣き出した伊藤さんを一瞥し、御幸は角を曲がってこっちに歩いてきた。ポケットから携帯を出して、慌てた様子で電話をかけてーー

「…あれ?」

着信音を鳴らす携帯を持って涙ぐんでいる玉城さんと、隣に立っている俺を見つけて、御幸は耳に当てていた携帯を離してぽかんと立ち止まった。
すると玉城さんが歩き出し、御幸の前まで行って、黙ったままその胸に抱き着いた。

「お、おい…」

御幸は顔を赤くして俺を見たり周りを見渡したりしている。

「ずっとお前のこと探してたんだよ。」
「え…?…ご、ゴメン…」

俺の言葉と、おそらく携帯の着信履歴から玉城さんの心情を察し、御幸は自分に抱き着いたままの玉城さんの背中に手をやった。

「じゃ…俺はもう行くから」
「あ…あぁ…」

恥ずかしそうにうなずく御幸への舌打ちを今は我慢して、俺は寮の方へ向かった。
…あー……。…彼女……いいなぁー…。俺もあんな彼女ほしい……。

 


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