318
この王国に来て約1週間。
自分の適応能力には驚くもので、なんだかんだ、ここでの生活にも慣れてきた気がする。
多少のカルチャーショックはあっても、異国なのだから仕方ないという考えはアメリカ生活で養われていたし、ここでの生活はしばらく滞在した経験があるイタリアでの生活にも似ていたし、それになにより…
「おはよう。」
朝、この光の笑顔を見るだけで、すべての嫌なことが吹っ飛ぶ。
「おはよ。」
「はよー」
挨拶を返す俺と洋一に微笑み、光は席に着いた。
「よく眠れた?」
「うん。」
何気なく光に尋ねて、光がニコニコ頷いたと同時に、頭の中に光の声がはっきりと響いた。
「(今朝見た夢、可笑しかったなぁ…)」
「え?」
つい声を出し、光を見ると、きょとんと眼を丸くして、ん?と首を傾げた。
今の…なんだ?光の声だったよな?
いや、と首を振ってはぐらかし、洋一の方を見ると、洋一もぽかんとした顔で俺を見た。こいつにも聞こえたらしい。
「…光」
「なに?」
「今日も可愛いね」
「え?何言ってるの…ふふふ。(一也さんもかっこいい)」
「……。」
え…何これ?光の心の声!?…恥ずかしいやら嬉しいやら…。
「光。」
「うん?」
「可愛いな。」
対抗したのか洋一もそう言うと、光はきらきらはにかんだ。
「もー、何?ふたりして…。(からかってるのかな…。)」
「……。」
しかし期待したことは起こらず、静かに閉口した倉持をニヤニヤ見ると、キツく睨み返された。
そうしているうちに朝食が運ばれ、俺たちは食事を始めた。
「光、今日は?」
「今日は出かける予定はないよ。(ケーキ作りたいなぁ)」
「…じゃケーキ作りでもするの?」
「えっ?…なんでわかったの?びっくりしたぁ…(一也さん鋭い…)」
光は心底驚いて目を丸くし、その後笑った。
「でも材料がないから、買いに行かないと。(結構買うもの多いから、誰かに手伝ってもらいたいな…)」
「あっ!俺一緒に…」
「ちょっと待て洋一!」
一緒に行く、と言い出しかけた洋一を制止すると、なんだよ、と睨まれた。
「俺らが買ってくるよ。必要なもん教えて。」
「ハァ?なんでお前なんかと出かけなきゃ…」
「いいのか?洋一」
「は?」
「今日は光は部屋でゆっくり休んでろよ。」
「え…?どうして?」
「いつも忙しいし。な、洋一?」
「……そ…そうだな」
「???」
心の声が駄々洩れの光が外に出たらどうなるか…。俺たちにしか聞こえないのかもしれないけど、そうじゃない可能性もある。俺の意図を察したらしい洋一は、不服ながら頷いた。
「それにおつかいなんて、ちょーどいいイタリア語の練習になるじゃん?」
「あ!そうだね。」
俺の咄嗟の提案に、光も嬉しそうに頷く。
「じゃあ一也さんと洋一さん、それぞれ違うものをお願いしようかな。」
「はっはっは、どんとこい!」
「……。」
多少不安のにじむ顔の洋一に、光はにこりと微笑む。
「大丈夫、いざとなれば店員さんにメモを渡せばいいんだから。」
「お、おう…そうだな」
じゃあ書くね、と光はベルを鳴らした。あっ、と止める間もなく、周防が部屋にやって来た。
「お呼びですか?」
「周防君おはよう。紙とペンある?」
「こちらに」
速やかに手帳とペンを取り出す周防からそれを受け取る光。
「ありがとう。(さすが周防君…)」
「……。」
すると周防は訝しげに目を瞬いて光の顔をまじまじと見た。光は気づかずに紙にペンを走らせる。
「えーと…じゃあこっちが一也さん。こっちが洋一さんね。(わかるかなぁ…)」
「うん」
「わかった」
それぞれメモを確認した。俺の方は…ピスタチオ、アーモンド、えーと…これは砂糖?ビアンコ…白い砂糖か。あれ、下のも砂糖…だけど、ベール…ベールする砂糖?よくわからん。出かける前に辞書で調べるか。植物性生クリーム…。は、わかるけど…チョコレート…はなんだこれ?植物性…なんとかが…ない。カカオ70%はわかるんだけど。結構細かい指定があるな。俺のイタリア語のレベル、結構高いと思われてんだろうか…。
ちらり、と洋一のメモを覗き見ると、そちらはすらすら読めた。卵、薄力小麦粉、無塩バター、アーモンドパウダー、カカオパウダー、牛乳。だけど洋一は難しい顔をして眉間にしわを寄せている。まあ、料理をほとんどしないこいつは、日本語でも正しく買ってこれるか怪しいもんだ。
「ごちそうさま。じゃ、お先に行ってきマース♪」
「あっ!待て俺も行く!」
***
30分ほどで買い物は終わり、俺たちは城に帰ってきた。
「ただいま〜。」
「おかえりなさい。」
紙袋を抱えて帰ってきた俺たちを、ダイニングルームにいた光は立ち上がって迎えた。部屋の隅には周防がいて、どうやら紅茶を淹れてくれていたらしい。周防は何かもの言いたげな目で俺たちを見て、しかしすぐに目を伏せた。光の不思議な異常に気付いたのだろう。そして俺たちも気づいているか窺っているのだ。
「ふたりともちゃんと買えた?(一也さんはちょっと難しかったかな…。)」
俺たちの紙袋の中身を確認しながら光が言う。
「俺は楽勝だったけど、コイツは店員にメモ渡してた(笑)」
「あっ!テメェ言わねえって言ったのに…!」
ムキになる洋一を、光は柔らかく笑って見つめる。
「洋一さんならすぐ覚えられるよ。(周防君が教えてるんだし…)」
「……。」
倉持は複雑そうな顔で口をつぐんだ。
「あ…でもふたりとも、ちゃんと買えてるよ。(すごい、一也さんちゃんとチョコレートの種類わかったんだ)」
「何作るか当ててみようか?」
「え?…ふふ、じゃあ当ててみて。(当たるわけないけど…)」
俺はちらりと周防を見、それから光を見つめた。
「(ヌガーグラッセもガレットデロワも家で作ったことないし…日本であまり見ないから、ふたりとも知ってるわけないよね…)」
「ヌガーグラッセとガレットデロワ?」
「…えっ…な、なんでわかったの!?(昨日雑誌で見て、初めて作ろうと思ったのに…)」
「昨日雑誌で見た。」
「え…。な…なんだ、一也さん私の雑誌見たの?」
もーすごいびっくりした、と胸をなでおろす光。その隣で周防が固まって俺を見ていて、俺はにやりと口角を上げた。やっぱり、光の心の声が聞こえるのは俺と洋一だけじゃないらしい…周防もそれが分かった様子で、驚きをにじませたまま黙っていた。
「じゃあ早速作るね。」
「はっはっはっは〜楽しみだなぁ〜」
キッチンに材料を運ぶのを手伝い、光が料理を始めると、俺と洋一と周防はダイニングルームに残って顔を見合わせた。
「周防、気づいてるよな?」
「……。」
周防は俺と洋一の顔を見て、重い口を開いた。
「…光王女殿下の…声が…」
「やっぱり!そうだよな?」
「周防にも聞こえんのか」
じゃあ本人以外皆に聞こえるのかもな、と結論付けて、腕を組んだ。
「…今日は出かける予定ないけど…明日までに治らなきゃまずいぞ」
「本人に言う?」
「言えるわけねーだろ、心の声丸聞こえだぞって言われたらお前どうする?」
「……。」
「光は心の中も純粋で優しいからいいけど、お前だったら友達全員なくすぞ」
「うるせえ」
「あ…友達いないか」
「てめえだろ死ね」
「……。」
周防は口をつぐんだまま俺たちのやり取りを見守っている。いろいろ思うところあるだろうに、できた男だ。
それから2時間以上して、光がこちらの部屋に戻ってきた。
「もうできたの?」
「ヌガーグラッセは今凍らせてて、あとパイ生地を寝かせてるの。」
てことは、料理はひと段落ついたらしい。周防は速やかに、紅茶をお持ちします、と踵を返した。
「ヌガーグラッセはお昼ごろ食べられるよ。」
「ヒャハッ楽しみだぜ」
「お前ヌガーグラッセがなんだか知ってんの?」
「知らねえけど、光が作るもんなんだから美味いに決まってるし」
「まーそりゃそうだけど」
「ふふ…ヌガーグラッセはね、キャラメリゼしたアーモンドを混ぜたメレンゲのアイスクリームだよ。」
光はカップにミルクを注ぎながら言った。へぇ、美味そう、と洋一は笑顔を浮かべ、周防は静かに俺たちの紅茶をカップに注ぐ。
「あ…周防君、私…」
「カフェインレスですね。承知しております。」
スッ、と流れるように紅茶を光の前に差し出す周防。
「ありがとう。(さすがだなぁ…ちゃんと覚えてるなんて)」
「……。」
周防は少し息をのんで、平静を装った顔で黙礼し、紅茶を俺と洋一の前にも並べた。
「周防クン顔が赤いぞ〜(笑)」
「…失礼します。」
周防はついと踵を返し、ティーポットを片付け始める。
「え?どういうこと?」
きょとんと眼を瞬く光が俺と周防とを見比べて、周防はこちらに背を向けて沈黙を貫いたまま黙々と片づけを続けた。
「いや別に(笑)周防ってホント、ポーカーフェイスだよな〜。ちょっと笑ってみてよ。」
「何言ってるの?一也さん」
「お前性格悪ぃな。いじめっ子かよ」
「だって周防が笑ってるトコ見たことないし。光臣の前だと若干笑うけど、あれは苦笑いって感じだし」
「まぁ確かにな」
「周防って笑うことあんの?」
「…もちろん、あります。」
振り向いて真顔で頷く周防。
「その顔で言われても説得力ねぇな(笑)」
「ちょっとニコってしてみろ!」
「……。」
周防はかすかに顔をしかめ、少し抵抗を示した。
「…光王女殿下が仰るなら、いくらでも笑います。」
「え?…本当に?」
驚いたように目を瞬いた光に、周防は少し焦りをにじませた。
「光の頼みなら聞くってよ!」
「光、頼んでみろよ(笑)」
「…じゃあ…。…周防君、笑ってくれる?」
しまった…、という後悔が周防の顔ににじんだが、さすが周防、すぐに表情を引き締め、ニコリ…と口角を上げて綺麗な笑顔を作って見せた。
「…おお〜…はっはっは」
「うっわムカつく、イケメンじゃねーか」
「……。(あ…かっこいい)」
ばっ、と3人が同時に光に注目して、光はびくりと肩をすくめた。
「え、な、なに?みんな…」
「……いや…。」
かっこいいって言った…。光、周防のことかっこいいと思ってる…!?こ、これはやばいんじゃ…
「…では、俺は失礼します」
ぺこりと頭を下げて退室する周防。こっちにきてかしこまって「私」と言っていたのに、動揺からか珍しく「俺」に戻っていた…。あいつも動揺してあんなふうになるのか…。
「光さぁ…」
「何?」
「好みのタイプって誰?」
「え?何それ?急に…(一也さん…かな)」
きゅん、と胸が甘い苦しさを覚えた。やばい。光可愛すぎ。
「一也さん、なんか今日変だよ…。(初恋は、一也さんだし…昔からかっこよかった…)」
「うんうん、へへへ」
「ニヤけてんじゃねーよ」
洋一の舌打ちが飛んできたけど痛くもかゆくもない。光は俺にメロメロ…えへへ、やばい、嬉しすぎる。
「(でも、洋一さんも、ちょっとかっこいいって思ってたっけ…)」
「え」
「えっ」
「え?」
俺が硬直し、洋一が身を乗り出し、光が目を瞬く。
「何?」
「な…何でもない」
「……。」
慌ててはぐらかし、洋一を見ると、何とも言えないうれしさをこらえるように口元をムズムズさせていた。
「光、好きなタイプは?」
「まだ聞くの?それ…。…二人とも好きだよ。(一也さんはかっこよくて優しくて…好きだし……洋一さんのちょっと強引なところも…好き)」
「……。」
「……。」
俺も洋一も口元がにやけるのを必死で堪えてしばらくうつ向いた。光可愛い、可愛すぎる、胸が苦しい…
「じゃ…周防は?」
「え?…何で周防君?(頼りになるし…かっこいいし、女の子にモテそうだなぁ…)」
「……。」
「……。」
俺と洋一は無言で顔を見合わせた。光は訝しげに俺たちを見比べた。
「さっきからふたりして何なの?」
「なんでもない…」
「なんでもなくないでしょ。二人で何か企んでるでしょ。」
「企んでなんて…」
「だって朝から変なことばっかり…ふたりして顔見合わせるし」
やべぇ、怪しすぎたか。調子に乗りすぎた。
「あ…そろそろクリーム作らないと」
パイ生地凍っちゃう、という心の声を残して、光は慌ててキッチンに入っていった。た、助かった。
「おい…あんま遊ぶなよ」
「ゴメン…」
素直に謝って、肝を冷やしたことを洋一と分かち合った。
自分の適応能力には驚くもので、なんだかんだ、ここでの生活にも慣れてきた気がする。
多少のカルチャーショックはあっても、異国なのだから仕方ないという考えはアメリカ生活で養われていたし、ここでの生活はしばらく滞在した経験があるイタリアでの生活にも似ていたし、それになにより…
「おはよう。」
朝、この光の笑顔を見るだけで、すべての嫌なことが吹っ飛ぶ。
「おはよ。」
「はよー」
挨拶を返す俺と洋一に微笑み、光は席に着いた。
「よく眠れた?」
「うん。」
何気なく光に尋ねて、光がニコニコ頷いたと同時に、頭の中に光の声がはっきりと響いた。
「(今朝見た夢、可笑しかったなぁ…)」
「え?」
つい声を出し、光を見ると、きょとんと眼を丸くして、ん?と首を傾げた。
今の…なんだ?光の声だったよな?
いや、と首を振ってはぐらかし、洋一の方を見ると、洋一もぽかんとした顔で俺を見た。こいつにも聞こえたらしい。
「…光」
「なに?」
「今日も可愛いね」
「え?何言ってるの…ふふふ。(一也さんもかっこいい)」
「……。」
え…何これ?光の心の声!?…恥ずかしいやら嬉しいやら…。
「光。」
「うん?」
「可愛いな。」
対抗したのか洋一もそう言うと、光はきらきらはにかんだ。
「もー、何?ふたりして…。(からかってるのかな…。)」
「……。」
しかし期待したことは起こらず、静かに閉口した倉持をニヤニヤ見ると、キツく睨み返された。
そうしているうちに朝食が運ばれ、俺たちは食事を始めた。
「光、今日は?」
「今日は出かける予定はないよ。(ケーキ作りたいなぁ)」
「…じゃケーキ作りでもするの?」
「えっ?…なんでわかったの?びっくりしたぁ…(一也さん鋭い…)」
光は心底驚いて目を丸くし、その後笑った。
「でも材料がないから、買いに行かないと。(結構買うもの多いから、誰かに手伝ってもらいたいな…)」
「あっ!俺一緒に…」
「ちょっと待て洋一!」
一緒に行く、と言い出しかけた洋一を制止すると、なんだよ、と睨まれた。
「俺らが買ってくるよ。必要なもん教えて。」
「ハァ?なんでお前なんかと出かけなきゃ…」
「いいのか?洋一」
「は?」
「今日は光は部屋でゆっくり休んでろよ。」
「え…?どうして?」
「いつも忙しいし。な、洋一?」
「……そ…そうだな」
「???」
心の声が駄々洩れの光が外に出たらどうなるか…。俺たちにしか聞こえないのかもしれないけど、そうじゃない可能性もある。俺の意図を察したらしい洋一は、不服ながら頷いた。
「それにおつかいなんて、ちょーどいいイタリア語の練習になるじゃん?」
「あ!そうだね。」
俺の咄嗟の提案に、光も嬉しそうに頷く。
「じゃあ一也さんと洋一さん、それぞれ違うものをお願いしようかな。」
「はっはっは、どんとこい!」
「……。」
多少不安のにじむ顔の洋一に、光はにこりと微笑む。
「大丈夫、いざとなれば店員さんにメモを渡せばいいんだから。」
「お、おう…そうだな」
じゃあ書くね、と光はベルを鳴らした。あっ、と止める間もなく、周防が部屋にやって来た。
「お呼びですか?」
「周防君おはよう。紙とペンある?」
「こちらに」
速やかに手帳とペンを取り出す周防からそれを受け取る光。
「ありがとう。(さすが周防君…)」
「……。」
すると周防は訝しげに目を瞬いて光の顔をまじまじと見た。光は気づかずに紙にペンを走らせる。
「えーと…じゃあこっちが一也さん。こっちが洋一さんね。(わかるかなぁ…)」
「うん」
「わかった」
それぞれメモを確認した。俺の方は…ピスタチオ、アーモンド、えーと…これは砂糖?ビアンコ…白い砂糖か。あれ、下のも砂糖…だけど、ベール…ベールする砂糖?よくわからん。出かける前に辞書で調べるか。植物性生クリーム…。は、わかるけど…チョコレート…はなんだこれ?植物性…なんとかが…ない。カカオ70%はわかるんだけど。結構細かい指定があるな。俺のイタリア語のレベル、結構高いと思われてんだろうか…。
ちらり、と洋一のメモを覗き見ると、そちらはすらすら読めた。卵、薄力小麦粉、無塩バター、アーモンドパウダー、カカオパウダー、牛乳。だけど洋一は難しい顔をして眉間にしわを寄せている。まあ、料理をほとんどしないこいつは、日本語でも正しく買ってこれるか怪しいもんだ。
「ごちそうさま。じゃ、お先に行ってきマース♪」
「あっ!待て俺も行く!」
***
30分ほどで買い物は終わり、俺たちは城に帰ってきた。
「ただいま〜。」
「おかえりなさい。」
紙袋を抱えて帰ってきた俺たちを、ダイニングルームにいた光は立ち上がって迎えた。部屋の隅には周防がいて、どうやら紅茶を淹れてくれていたらしい。周防は何かもの言いたげな目で俺たちを見て、しかしすぐに目を伏せた。光の不思議な異常に気付いたのだろう。そして俺たちも気づいているか窺っているのだ。
「ふたりともちゃんと買えた?(一也さんはちょっと難しかったかな…。)」
俺たちの紙袋の中身を確認しながら光が言う。
「俺は楽勝だったけど、コイツは店員にメモ渡してた(笑)」
「あっ!テメェ言わねえって言ったのに…!」
ムキになる洋一を、光は柔らかく笑って見つめる。
「洋一さんならすぐ覚えられるよ。(周防君が教えてるんだし…)」
「……。」
倉持は複雑そうな顔で口をつぐんだ。
「あ…でもふたりとも、ちゃんと買えてるよ。(すごい、一也さんちゃんとチョコレートの種類わかったんだ)」
「何作るか当ててみようか?」
「え?…ふふ、じゃあ当ててみて。(当たるわけないけど…)」
俺はちらりと周防を見、それから光を見つめた。
「(ヌガーグラッセもガレットデロワも家で作ったことないし…日本であまり見ないから、ふたりとも知ってるわけないよね…)」
「ヌガーグラッセとガレットデロワ?」
「…えっ…な、なんでわかったの!?(昨日雑誌で見て、初めて作ろうと思ったのに…)」
「昨日雑誌で見た。」
「え…。な…なんだ、一也さん私の雑誌見たの?」
もーすごいびっくりした、と胸をなでおろす光。その隣で周防が固まって俺を見ていて、俺はにやりと口角を上げた。やっぱり、光の心の声が聞こえるのは俺と洋一だけじゃないらしい…周防もそれが分かった様子で、驚きをにじませたまま黙っていた。
「じゃあ早速作るね。」
「はっはっはっは〜楽しみだなぁ〜」
キッチンに材料を運ぶのを手伝い、光が料理を始めると、俺と洋一と周防はダイニングルームに残って顔を見合わせた。
「周防、気づいてるよな?」
「……。」
周防は俺と洋一の顔を見て、重い口を開いた。
「…光王女殿下の…声が…」
「やっぱり!そうだよな?」
「周防にも聞こえんのか」
じゃあ本人以外皆に聞こえるのかもな、と結論付けて、腕を組んだ。
「…今日は出かける予定ないけど…明日までに治らなきゃまずいぞ」
「本人に言う?」
「言えるわけねーだろ、心の声丸聞こえだぞって言われたらお前どうする?」
「……。」
「光は心の中も純粋で優しいからいいけど、お前だったら友達全員なくすぞ」
「うるせえ」
「あ…友達いないか」
「てめえだろ死ね」
「……。」
周防は口をつぐんだまま俺たちのやり取りを見守っている。いろいろ思うところあるだろうに、できた男だ。
それから2時間以上して、光がこちらの部屋に戻ってきた。
「もうできたの?」
「ヌガーグラッセは今凍らせてて、あとパイ生地を寝かせてるの。」
てことは、料理はひと段落ついたらしい。周防は速やかに、紅茶をお持ちします、と踵を返した。
「ヌガーグラッセはお昼ごろ食べられるよ。」
「ヒャハッ楽しみだぜ」
「お前ヌガーグラッセがなんだか知ってんの?」
「知らねえけど、光が作るもんなんだから美味いに決まってるし」
「まーそりゃそうだけど」
「ふふ…ヌガーグラッセはね、キャラメリゼしたアーモンドを混ぜたメレンゲのアイスクリームだよ。」
光はカップにミルクを注ぎながら言った。へぇ、美味そう、と洋一は笑顔を浮かべ、周防は静かに俺たちの紅茶をカップに注ぐ。
「あ…周防君、私…」
「カフェインレスですね。承知しております。」
スッ、と流れるように紅茶を光の前に差し出す周防。
「ありがとう。(さすがだなぁ…ちゃんと覚えてるなんて)」
「……。」
周防は少し息をのんで、平静を装った顔で黙礼し、紅茶を俺と洋一の前にも並べた。
「周防クン顔が赤いぞ〜(笑)」
「…失礼します。」
周防はついと踵を返し、ティーポットを片付け始める。
「え?どういうこと?」
きょとんと眼を瞬く光が俺と周防とを見比べて、周防はこちらに背を向けて沈黙を貫いたまま黙々と片づけを続けた。
「いや別に(笑)周防ってホント、ポーカーフェイスだよな〜。ちょっと笑ってみてよ。」
「何言ってるの?一也さん」
「お前性格悪ぃな。いじめっ子かよ」
「だって周防が笑ってるトコ見たことないし。光臣の前だと若干笑うけど、あれは苦笑いって感じだし」
「まぁ確かにな」
「周防って笑うことあんの?」
「…もちろん、あります。」
振り向いて真顔で頷く周防。
「その顔で言われても説得力ねぇな(笑)」
「ちょっとニコってしてみろ!」
「……。」
周防はかすかに顔をしかめ、少し抵抗を示した。
「…光王女殿下が仰るなら、いくらでも笑います。」
「え?…本当に?」
驚いたように目を瞬いた光に、周防は少し焦りをにじませた。
「光の頼みなら聞くってよ!」
「光、頼んでみろよ(笑)」
「…じゃあ…。…周防君、笑ってくれる?」
しまった…、という後悔が周防の顔ににじんだが、さすが周防、すぐに表情を引き締め、ニコリ…と口角を上げて綺麗な笑顔を作って見せた。
「…おお〜…はっはっは」
「うっわムカつく、イケメンじゃねーか」
「……。(あ…かっこいい)」
ばっ、と3人が同時に光に注目して、光はびくりと肩をすくめた。
「え、な、なに?みんな…」
「……いや…。」
かっこいいって言った…。光、周防のことかっこいいと思ってる…!?こ、これはやばいんじゃ…
「…では、俺は失礼します」
ぺこりと頭を下げて退室する周防。こっちにきてかしこまって「私」と言っていたのに、動揺からか珍しく「俺」に戻っていた…。あいつも動揺してあんなふうになるのか…。
「光さぁ…」
「何?」
「好みのタイプって誰?」
「え?何それ?急に…(一也さん…かな)」
きゅん、と胸が甘い苦しさを覚えた。やばい。光可愛すぎ。
「一也さん、なんか今日変だよ…。(初恋は、一也さんだし…昔からかっこよかった…)」
「うんうん、へへへ」
「ニヤけてんじゃねーよ」
洋一の舌打ちが飛んできたけど痛くもかゆくもない。光は俺にメロメロ…えへへ、やばい、嬉しすぎる。
「(でも、洋一さんも、ちょっとかっこいいって思ってたっけ…)」
「え」
「えっ」
「え?」
俺が硬直し、洋一が身を乗り出し、光が目を瞬く。
「何?」
「な…何でもない」
「……。」
慌ててはぐらかし、洋一を見ると、何とも言えないうれしさをこらえるように口元をムズムズさせていた。
「光、好きなタイプは?」
「まだ聞くの?それ…。…二人とも好きだよ。(一也さんはかっこよくて優しくて…好きだし……洋一さんのちょっと強引なところも…好き)」
「……。」
「……。」
俺も洋一も口元がにやけるのを必死で堪えてしばらくうつ向いた。光可愛い、可愛すぎる、胸が苦しい…
「じゃ…周防は?」
「え?…何で周防君?(頼りになるし…かっこいいし、女の子にモテそうだなぁ…)」
「……。」
「……。」
俺と洋一は無言で顔を見合わせた。光は訝しげに俺たちを見比べた。
「さっきからふたりして何なの?」
「なんでもない…」
「なんでもなくないでしょ。二人で何か企んでるでしょ。」
「企んでなんて…」
「だって朝から変なことばっかり…ふたりして顔見合わせるし」
やべぇ、怪しすぎたか。調子に乗りすぎた。
「あ…そろそろクリーム作らないと」
パイ生地凍っちゃう、という心の声を残して、光は慌ててキッチンに入っていった。た、助かった。
「おい…あんま遊ぶなよ」
「ゴメン…」
素直に謝って、肝を冷やしたことを洋一と分かち合った。