「旅行?」

夕食時、コーンスープをスプーンですくいながら光が目を瞬いた。

「うん。俺はオフシーズン入るし、予定合わせられたら1泊か2泊くらいでさ…」

光と学生時代に付き合っていた頃、デートらしいデートは数えるほどしかしていない。お互いに忙しかったし、何かと注目を浴びるし、学校でこそこそ会うのも大変だったくらいだ。でも今はやっと交際を公表し、認められ、同棲までしている。やっと光と恋人らしく堂々と付き合えるのだ。

「どこに行くんですか?」
「…温泉とか…どう?」
「温泉?」

ドキドキしながら尋ねた。なんだか下心を見透かされそうで…。…いや、付き合ってるんだぞ!下心があって何が悪い。

「いいですね。」

光がふわりとほほ笑んで頷き、俺はほっと胸をなでおろした。

「じゃ、予定どうする?俺はここか…ここかここあたりなら連休とれるけど」
「あ、この二日間なら私も休めると思います」

お互いに手帳を取り出して予定を確認し、じゃあ旅館とか探しとくよ、と軽い調子で言って、その日付に丸を付けた。…実は旅館はもう目星をつけている。完全貸切露天風呂付きの客室が売りの、隠れた高級旅館…。もちろん混浴。
光はいつも恥ずかしがって一緒に風呂に入るどころか夜行為に及ぶのも苦労するけど、この旅行で少しでも俺に肌を晒すことに慣れてくれたら…!

「ごちそうさまでした。」

光が手を合わせ、食器を下げにキッチンへ向かう。

「お風呂入ってきますね。」

俺を振り返ってそう微笑んだ光に、俺は答える。

「一緒に入る?」
「なんでですか。一也さんもう入ったじゃないですか?」
「もう一回入ろうかな〜」
「え〜?もう…」

光は困ったように笑い、もしかしてこれはいけるんじゃないか、と期待した直後。

「絶対嫌です。」

光は天使のような笑顔で、きっぱりと言い放つのだった。



***



いよいよ旅行当日。

「忘れもんないか?」
「え?えっと…はい、大丈夫です。」

寮生活で染みついてしまった心配性をつい発揮して、光がちょっと笑いながらバッグの中を覗いて周りを見渡して頷いたのを見てにわかに恥ずかしくなりながら、キャリーバッグを運ぶ。車庫にある自分の車に荷物を積み込み、光が助手席に乗るのを確認して自分も運転席に座り、エンジンをかけた。

「…何?」

なんだか光がニコニコしながら俺を見ていることに気づいて気恥ずかしくなりながら尋ねると、光ははにかんだ。

「車に乗せてもらうの、はじめてだから…」

えへへ、とうれしそうに笑う光。……か…可愛すぎる…!!!
そういや、光を乗せて運転するのって初めてだった。なんか緊張してきた。

「そういや光、免許持ってたっけ?」
「いいえ、時間がなくて…」

そうか。そうだよな、高校の時から売れっ子で大忙しで、俺みたいに纏まったシーズンオフがあるわけでもないし。

「でも、運転できたら便利ですよね。マネージャーさんに相談してみようかな…。」

うーんと考え始める光を横目に、俺は車庫のシャッターのリモコンを操作した。

「いいよ、俺がいるんだから」

光を助手席に乗せてドライブ…とか、もっとたくさんしてみたい。ぶっきらぼうに言うと、隣から小さく笑う声がした。

「…それで、なんていう旅館なんですか?」

今日まで光に旅行先はどこかと聞かれても、大体の地方をこたえるだけではぐらかしていた。詳しく調べられたら貸切混浴露天風呂とか出てきてここは嫌だと言われそうだし。…着いたら怒られるかなぁ…。

「花雲の宿。」
「ふんふん…」

光がスマホで検索し始めて、内心ソワソワしながらインターチェンジへと車を走らせる。

「わぁ、綺麗な旅館ですね」
「そ…そうだな」
「季節の魚料理が絶品だって」
「へ、へぇ」
「あ!」
「え!?」

やべぇ、バレたか?いやいつかはバレるんだけど…

「女性は浴衣の柄選べるんですね。楽しみだな〜…」
「あ、あぁ、それな」

光がスマホをバッグに仕舞い、ほっと胸を撫で下ろす俺。

「おんせんおんせん〜」
「……。」

…光が鼻歌うたってる…。めちゃくちゃレア!!可愛い…。こんなにご機嫌なの、久しぶりに見た。もともと喜怒哀楽があまり激しくないし、いつもポーカーフェイスだから…。
…でも…ご機嫌になればなるほど、あとで怒られるかもと思うと怖え…。

30分ほど車を走らせ、赤信号で停車した。助手席の光が、出発時に買ったコーヒーを差し出してくれた。

「コーヒー飲みますか?」
「うん、ありがとう」

俺が少しコーヒーを飲んで、光はカップを受け取り、ドリンクホルダーに戻すと、自分もコーヒーを少し飲んだ。光…可愛いなぁ。こんなふうに光と旅行したり…デートするの、ずっと夢だったなぁ。高校の頃はずっと忙しかったし、引退後も何かと注目を浴びてしまうからとろくに一緒に過ごせなくて…。やりなおせるならやりなおしたい。光と過ごす時間が、何よりもかけがえのないものだと知っている今なら、もっと…。
光が俺の視線に気づいたように振り向き、大きな瞳が俺を捉え、吸い込まれそうになる。

「一也さん?」

可愛いな…。

「青ですよ。」
「…え?あ!」

いつの間にか青信号になっていた。プッ、と後ろの車に短くクラクションを鳴らされながら発進し、冷や汗をかいた。やべ〜…見惚れてた。危ない。そしてダセェ。

「疲れました?休憩します?」
「いやいや、大丈夫」

ちょっとお前に見惚れてしまっただけ…とは恥ずかしすぎて言えないけど。

「……。」
「…何?」

すると光がにこにこ俺を見つめている視線を感じ、ウインカーを出しながら尋ねた。

「運転してる一也さん、かっこいいなって思って。」
「……。動揺するからそういうこと言わないで。」
「あはは。」

あーもー、顔がにやける。でも、なんか、ちゃんとフツーのカップルみたいで…幸せだな。
俺はウキウキしながらいつも以上に安全運転を心掛けて、旅館へと車を走らせた。



***



 


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