「…ブロウン大学卒…ねぇ」

仕事柄だろうか、俺を品定めるような無遠慮な視線を送りながら、男は履歴書を捲った。

「随分高学歴っすね。」
「…社会に出れば何の関係もございません。」
「いやいやそんなことないでしょー学歴社会よ?どこも。…この若さで弁護士資格まで…へぇ、なんで辞めたの?」
「こちらの業界に興味があり…やりがいがありそうだったものですから」
「ふーん…」

ぱさり、と男は何度も捲って寄れた履歴書を机に置いた。

「で…マネージャー志望だって?」
「はい。ぜひやらせていただきたいです。」
「ちなみに誰の?」
「……。」
「いるんだよねー、うちの事務所のモデル目当てで、マネージャーやりたいって面接に来る奴。」
「…玉城光さんのマネージャーを希望します。」

にやり、と男は口元で笑い、じろじろと俺を見て、乾いた笑いをこぼした。

「あ〜…はいはい、いるいる。でもさ考えてごらん?光ちゃんはウチの看板も看板、うちの事務所で初めてハリウッドにまで進出する女優さんだよ?どこの馬の骨かもわからない男に任せるわけ…」
「現マネージャーの牧瀬司さんは、担当を外れる予定ですよね。」
「……いやだから、それは君には関係な…」
「次期マネージャーは英語が堪能で、渡米して生活することにも対応できる人材が必要なのではないですか?」
「……。」
「それに私は玉城光さん、牧瀬司さんと同じ青道高校出身で…大学は玉城光さんの従弟である玉城光臣さんと同じですし、一時期ルームシェアもしていました。」
「え?」
「彼女と特別親しかったわけではありませんが、お互いに知っている間柄です。どこの馬の骨かもわからない男を任命するより、マシではないですか?」
「……。」
「それに心配は無用です。私は玉城さんに女性としての興味はありませんので」
「は…?」
「ご心配ならいくらでも身辺調査を行ってください。どうかご検討よろしくお願いいたします。」

俺が深く頭を下げると、男はたじろいで、無口になった。




***



「周防君?」

はっ、と我に返る。昔のことを思い出していて…ぼーっとしていた。
目の前には光王女殿下がいて、俺を見上げている。

「は…はい、申し訳ございません。何か御用ですか?」
「もう、だからそんなにかしこまらなくていいって。今私しかいないんだから」

光さんはそう頬を膨らませ、封筒を差し出した。

「これ、郵便に出しておいてほしいんだけど…」
「畏まりました。」

俺は封筒を受け取り、内ポケットにしまった。

「よろしくね。」

光さんはそう言って、階段を下りて行った。…キッチンにでも行ったんだろう。光さんは時間さえあれば料理をしている。
俺も郵便を出すために階段を下り、使用人たちが働く1階に向かった。今日は配達人はもう来てしまっただろうかと厨房の様子を見に行くと、入り口で若い女性の使用人と出くわした。

「あっ…。お、お疲れ様、マモル。」
「…お疲れ。」

ぽっと顔を赤らめて上目遣いで言って、洗濯室のドアを開けて中に入っていった彼女の余韻を振り払った。この国に来て間もなく、何人かの女性から好意を向けられていることは自覚していた。仕事には慣れて来たし、光さんにつかえられるのは幸運だ。だけど、そのことだけが今、唯一憂鬱なことだった。

「あっ。そうだ、マモル。」

洗濯室に入ったと思った彼女が引き返してきて、思い出したようにふるまって言った。

「今日市場で花祭りがあるのよ。知ってる?花祭り…。」
「いや、知らない。」
「あ、あのね。昔この国の騎士様が、何年も自分を待っていた女性のもとに帰って、花を贈った記念日なんですって…。それで…この国では、想いを寄せる人に花を贈る日なの…」
「へぇ…。」

日本で言うバレンタインデーのようなものか。

「それでね、今日は市場でお花をたくさん配ってるのよ。よかったら…一緒に行かない?昼食の後とか…」
「ごめん、午後は光王女殿下のお供で出かけるんだ。」
「あ…。そ、そっか…。残念。」

じゃあまた、と彼女は明るく微笑み、赤い顔を隠すように俯いて洗濯室の扉を閉めた。俺はため息の代わりに深く息を吸い、短く息を吐いて、厨房に向かった。



***



昼食後、呼び出しの鈴が鳴り、俺は光さんが待つ3階のリビングルームへ向かった。

「出発ですか?」

扉を開けるとソファには光さんが座っていて、俺の言葉に微笑んだ。

「うん。一也さんと洋一さんが来たらね。」
「車は表に回してあります。」
「ありがとう。」

さすがだねぇ、とのんびり微笑み、光さんは窓辺に歩み寄った。

「ねえ、あそこの木…一輪だけ青い花が咲いてるの、知ってた?」
「…え?」
「来て。」

光さんに手招きされて窓辺に近寄り、あの木だよ、と指さされた低木を目を凝らして見る。すると確かに、ちらちらと星のような小さな白い花が咲いている中で、一つだけ青い点が見つかった。

「…本当ですね。」
「でしょ?不思議だよね。」

…光さんとふたりきりだと…時間が穏やかに流れていく。だけど決してゆっくりではない。むしろ、この人との時間はあっという間に過ぎてしまって、俺を焦らせる。

「って、それだけなんだけどね。」

光さんはちょっと照れくさそうに笑って、窓辺を離れてソファに戻った。

「周防君、もうここでの生活慣れた?」
「おかげさまで…充実しています。」
「充実?」

思いのほか俺の言葉に興味を示した光さんに、俺は少し焦った。

「恋人でもできた?」
「いえ。」
「即答なんだ。でも、モテるでしょ。周防君。」
「……。」

返答に困る俺の顔を見て、光さんはからかうでもなく、穏やかに微笑む。

「今日、花祭りっていう日なんだって。」
「…同僚から聞きました。」
「そうなんだ。もしかして今日誰かに誘われてた?それなら…」
「いいえ、予定はありません。」

一瞬さっきの同僚の顔が浮かんだが、振り払った。一緒に過ごしたい気持ちがあるわけでもない。むしろ…

「…そう?ならいいけど…遠慮しなくていいからね。」

…むしろ、光さんと過ごす方が…俺にとっては重要で…

「ごめん、遅くなった」

その時扉が開き、光さんの二人の配偶者が部屋に入ってきた。午前中の公務を終え、急いで戻ってきたようだ。二人が現れると光さんは嬉しそうに微笑んで立ち上がり、じゃあ行こうか、と俺を振り返った。



***



「ヒャハハ!どーしたァ随分鈍ってんじゃねーかデブ!」
「うるせえ野生児」
「ア!?なんか言ったかコラ!!」

城下町を見下ろせる平原で、一也さんと洋一さんは野球ごっこのようなことを始める。二人は週に一度、交流を兼ねて国の子供たちに野球を教えることもしている。最近やっと一つのチームらしいものができてきて、練習試合なんかもやっているようだ。

「親父がさ、俺らが高校んときの甲子園の録画ビデオ送ってくれるって言うから、今度チームの奴らに見せてみるか」
「お!それいいな。つーか懐かしいな!俺も見たい」
「さすがにいきなりそのレベル要求するわけじゃないけど、勉強になると思うし…今じゃただのボール投げだからなー」

「ふふ…」

光さんは木陰に座って、楽しそうな二人を眺めて幸せそうに目を細める。

「一回どっかの少年野球チームとでも練習試合させてやれりゃ良いんだけどなー。」
「試合にならなくねーか?」
「そりゃそうだろうけど、実践に勝る経験はないし…やっぱ上手い奴を目の前で見るのは貴重な経験になるだろ?」
「まーそうかもしれねーけど…」
「今はまだごっこ遊びのレベルだけど、あいつら野球楽しんでるからさ…火が付けば変わると思うんだよなー。」
「お前のつてでどっかのチーム呼べねーの?」
「アメリカには一応、何人か野球教えてる知り合いいるけど…さすがに遠いし。お前は?」
「俺だって日本くらいしか知り合いいねーよ」
「やっぱそーだよなぁ」

やっぱり…このふたりは心底野球が好きなんだな。プロになって、かなりのキャリアも築いて、しかもまだまだ若くてこれからだというのに、その未来をすべて放棄して、光さんを選んだ…。それでも、幸せそうだけど。

「カントクー!」

と、そのとき、平原にかわいらしい声が響いた。
見ると下の方から、子供たちが小さな手にボールを握って坂をわいわい駆け上がってきたのだった。どうも、一也さんと洋一さんの姿を見つけ、急いでやって来たらしい。

「おっなんだお前ら、野球教室は明日だぞー」
『野球やろう!野球!』
『野球は明日!』
『皆来てるよ!』
「あーもうしょうがねーな…」

子供たちに取り囲まれる二人を、光さんは穏やかな目で見つめる。

「二人とも行ってきなよ。」
「でも光…」
「私、先に帰って仕込んでおいたケーキ焼いて待ってるから。」

にっこりと、光さんが微笑んで言うと、一也さんも洋一さんも嬉しそうに微笑を浮かべ、分かったと頷いた。

「じゃあ周防、よろしくな」
「はい。」

一也さんに声をかけられ、俺も頷く。光さんを無事に城まで送り届けなければ。
光さんを車に乗せ、俺も運転席に座り、注意深く周囲を確認して、緩やかに発進した。
アンクレー王国のほとんどの公道は狭く、車同士がすれ違うのが精いっぱいだ。そもそも車に乗る人もあまりいない。徒歩と、街中を走っている馬車に相乗りさせてもらえば、生活には十分なのだ。

「周防君、レモンケーキ好き?」
「……はい。」
「じゃあ一緒に食べよう。」
「いや、それは…」
「3人だと食べきれないの。手伝ってよ。ね?」
「……いただきます。」

光さんと居ると…調子が狂う。この人は、俺に冷静でいさせてくれない。
それでも…この人の傍に仕えていたいと思う。もうずっと前から…ほうっておけない。
他人には無関心で、誰ともかかわりを持つことを敬遠してきた自分にとって、光さんは異質な存在だった。近づくのが怖いのに、離れるのも怖い。離れたくない。何か役に立っていたい…彼女の役に。

その時、俺はバックミラーに映る、恐ろしいほどの速さで後ろから迫りくる影に気づいた。

「――!!!」

そして気付いた時――反射的にハンドルを切った時には、視界が暗転し、体が激しくたたきつけられた。

 


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