最近、国内は活気に満ち溢れていた。
光が妊娠しているお腹の子の性別が男の子だと分かり、国中に安堵をもたらしたからだ。
寝たきりで過ごしている国王も、その知らせを聞いた時はかすかに頬を緩め、涙を流した。

「光。」

中庭で光を見つけ、腰に手をやって木陰に促す。少しお腹が大きくなってきた光は、俺に寄り添いながら歩いた。

「お仕事終わったの?」
「うん。さっき戻ったトコ。」
「お疲れさま。」

光は公務をセーブしているため、その分俺と洋一の…特にイタリア語が少しはわかる俺の仕事が増えた。主に公共施設の視察や来客の対応、毎週教会で行われるミサへの出席だ。大変だけど、少しずつこの生活になじんできている自分がいる。住めば都…人間、案外何にでも適応できるもんだ。自分でも驚く。
それよりも今、ちょっと気になっていることがあって…

「あ、周防君だ。」

休憩中かな?と光が見る先には、確かに周防がいた。テラスにあるテーブルに執事長と向かい合って座り、チェスをしている。アイツもあんなふうに上司に付き合ったりするのか、とちょっと可笑しくなる。

「お疲れ様。」

光がイタリア語で挨拶をしながら歩み寄ると、二人は同時に顔を上げた。

「これは王女殿下…」
「ひ、ひか…!…お、王女殿下」

穏やかな笑みを浮かべる室助長の隣で、周防ははじかれたように立ち上がり、はずみで椅子は倒れ、らしくなく慌てる。

「…大丈夫?」
「い、いえ、申し訳ございません」

驚かせてゴメン、と光は言って、周防は椅子を直しながら頭を振った。
…なんか、前の嵐の日から、周防の様子がおかしいんだよな…。光をめちゃくちゃ意識してるというか…。
とはいえ、この国に来る前は長い間優秀なマネージャーとして勤めてくれたし、俺も信頼している。まさか、とは思うのだが…。

「お散歩でございますか?本当に仲がよろしいですね。」

執事長が場を和ませるように言い、光はふふ、とはにかんだ。

「真剣勝負の邪魔をしちゃってごめんなさい。」

光はそう言ってチェスの盤面を見、俺を見上げて、組んでいる腕を少し引き、行こう、と言った。
周防たちの元を離れて庭園の散歩に戻り、俺はどうしても、もしかしてという疑念が心の中で引っかかっていた。




***



午後の三時。光は近隣の奥様方とお茶会、という名の接待。王女も楽じゃない。光はそもそも、そういう付き合いが苦手だし…だけど公務をセーブして人前に出る機会が減っている今、そういう付き合いは大事だということで、頑張っている。

「あ〜〜、もうわかんねぇ〜〜」

テーブルに向かって唸っているのは洋一。周防から課せられたイタリア語の文献の翻訳に手詰まっているのだ。

「洋一、お前、周防のことどう思う?」
「はあ?」

イタリア語の翻訳につかれてイライラしているのをそのままに、洋一は俺を睨んだ。

「どうって?」
「あいつさ…光のこと、好きなんじゃないかって…」
「……。で?」

当たり前だろ、みたいな顔をして、洋一は文献を閉じた。

「…いやだから、マジで!マジなほうの好きじゃないかって思うんだよ」
「わーってるよ。そんなの見てりゃ誰でもわかるだろ。」
「ああもうだからそうじゃないんだって!」
「うるせーなぁ…お前周防のことは信頼できるとか言ってたじゃん。」

鬱陶しそうに言う洋一が、まるで他人事のようだと感じた。そうか、こいつ、今まで奪うばっかりで、奪われる方の焦りがわかんねえんだな…、とにわかに落胆した。
まあでも…あの仕事バカの周防のことだ。まさか光に手を出そうなどとは考えまい…。あの嵐の日のことだって、責任を感じて仕事を辞めることまで考えていたような奴だ。そういう意味では、まあ、信頼している。実際、アメリカでは1年以上世話になった実績があるし…

「つーか周防って彼女いんの?」
「…いないらしい。一応、こっち来てもらう相談した時に、相手がいたら悪いと思って聞いたけど、いないって言ってたし…」
「ふーん…モテそうだけどな」

そう。周防は顔がいい。加えて頭もいいし、仕事もできる。見るからに真面目で誠実そうだし、寡黙だからか表立ってキャーキャー言われるタイプではないけど、絶対女にモテる。

「そういや…光臣が周防に彼女がいるとかは見たことも聞いたこともないとか言ってた」
「えぇマジ!?なんで?」
「アプローチ掛けてくる子はいっぱいいたらしいけど…興味なさそうだったって」
「はぁ?…もしかしてソッチ系?」
「さあ、そういうわけでもなさそうだけど」

――ガチャ。

不意にドアが開いて驚いた。だけどドアを開けた人物――光を見て、ほっと胸をなでおろすとともに、この部屋にノックせずに入るのは俺と洋一と光くらいか、と思い直した。

「あ、ふたりとも…。」
「おう、お疲れ。」

少し疲れた顔の光をソファに促し、水差しからハーブ入りのレモン水を汲んでやる。
光はありがとう、とグラスを受け取り、少し飲むと、ふう、と息をつき、おもむろにティースプーンに手を伸ばし、グラスの中のレモンの切れ端を掬って食んだ。

「え…それ食うの?」

洋一が目を点にして言った。

「妊娠中は変なもん食うよな。」
「なんかすっぱいもの食べたくなっちゃうんだもん。」
「へー…」

前の妊娠中も、梅干しとか、レモンとか齧ってたっけ…、と思い出しながら言いかけて、俺は口を噤んだ。

「そうだ、あのね、司と光臣が明後日からこっちに来るんだって。」
「え?なんで?」
「イタリアで結婚式挙げるでしょ?今その準備でイタリアに来てるんだって。で、せっかく近くまで来たから顔見に来るって。」

光は嬉しそうな笑顔でそう言った。久々に仲のいい牧瀬に会えるのが嬉しいんだろう。
アンクレー王国は今も観光客の入国を禁じているが、光の従弟である光臣とその婚約者である牧瀬は、この王国への訪問・滞在許可が下りている。

「……。」
「光?」

不意に光が顔をこわばらせた。もしかして、と思うより早く、光は立ち上がってバスルームに駆け込んだ。つわりか…。前の妊娠の時もつわりがあったけど、前よりも酷い気がする。体調が悪いと起きられないときもあるし…
俺はバスルームに追いかけていき、洗面台に手をついている光の背中をさすった。洋一も一緒に追いかけてきた。

「大丈夫?」
「ん…」

光は水を流して口の中をゆすぎ、甘えるように俺に抱き着いてきた。

「部屋で休む?」
「……いや」
「でも、顔色悪いぞ」

光は俺の肩口で、ぽそぽそと呟いた。

「…だって…ふたりともいないもん…」

基本的に光の部屋への入室を禁じられている俺たち。だけど…その言葉のかわいらしさに、俺と洋一は思わず目を丸くした顔を見合わせて、こっそり笑みを交わした。

「じゃ…そこのソファで横になる?」
「…うん」

光が小さく頷いたので、俺は抱き着く光をそのまま抱き上げて、ソファに運んだ。

 


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