翌朝、俺は自然と目が覚めた。胸元には光の穏やかな寝顔があって、静かな呼吸が伝わってくる。
なんだろう。…幸せだな。
普段は朝練があるし、こんなにゆっくりとした朝自体、久々で。枕元の眼鏡を手探りでとって、時計を見上げる。朝の6時。今日は早めに学校に戻らなければならないし、その前に、光を家まで送らなければならない。

「……あ」

胸元で、小さな声がした。

「…おはようございます…」

目をこすりながら言う光の髪を撫でる。

「おはよ。」

自然と微笑むと、光も眠たげな目を細めてにこりとして、起き上がろうとした。

「…った…」

しかし少し顔をゆがめ、蹲る。

「え…どうした?」

様子を窺うと、光は下腹部を押さえながら顔を赤くした。

「…ちょっと…痛くて」

…それって。ま、まじか。昨日、そんなにキツかったのか…。

「…ご、ごめん」

為す術もなく謝って、光が起き上がるのを手伝う。

「立てるか?」
「平気です」

試しもせずにそう言い張る光に頭を掻く。幸い今日は土曜だけど、俺は練習があるし…。

「本当に大丈夫ですから」

光はそう言って、ゆっくりと立ち上がった。…少し辛そうだ。しかし、ね?と凄まれて、俺は仕方なく頷いた。


***


支度をし、駅のモックで朝食を済ませることにした俺たちは、まだ人のまばらな店内に足を踏み入れる。

「座ってろよ。辛いだろ」
「…すみません」

大人しく従うところを見ると、相当辛いのだろう。…胸が痛む。

「買ってくるけど、何が良い?」
「じゃあ…、」

光の注文を聞き、レジに並ぶ。二人ぶんの注文をして、会計を済ませ、商品を受け取って店内を見渡すと、窓際の席に光が座っていた。すると店の前を通りかかった男共が、光を見つけてショーウインドウ越しに手を振ってきたが、光はツンと視線を逸らす。落胆して去っていく男共の背中を、すこし優越感に浸りながら見送った。ふん、ざまみろ。

「あれ!?光ちゃんじゃん!!」

すると店内に声が響き、俺はぎょっとする。声の主は見る前に分かったが、俺は恐る恐る声のした方を見た。店の入り口にわらわらと入ってくる、稲実の4人組。成宮、神谷、白川、多田野。うげ…この辺もあいつらの行動範囲なのかよ。

「二日連続で会えるなんて運命じゃねーの!?すごくね!?これ!」
「はいはい…。」
「鳴、席とっといてくれよな」
「まかせて!!樹!俺いつものやつな!」
「は…はい!」

3人から離れた成宮が浮かれた足取りで光の隣へ行き、荷物を下ろす。

「光ちゃんこの辺に住んでんの?青道遠くない??」
「いえ…」

「はいどいたどいた」

ふたりの間に割り込むようにしてテーブルにトレーを置き、席に着く。鳴はぽかんと俺を見た。

「え?なんで一也までこんなところに…」
「別にいいだろ」

深く追求される前に話を受け流すと、光が遠慮がちに口を開いた。

「あの、お金…」
「え?いいってそんなの」
「うわ!一也がいっちょまえに彼氏風吹かせてる!!」
「うるせえな〜…そんなんじゃねーし。つか隣座るなよ」
「じゃあ俺らのも奢れよ!」
「なんでだよ!」

ああ、鬱陶しい。ついてねーなほんと。

「鳴さん!」

どこからともなく多田野がやってきて、俺と光に会釈しながら鳴に駆け寄った。

「鳴さんの分来ましたよ。あっちの席にありますから、行きましょう」
「えー!?なんであんな遠い席行くの!?」
「だってそこ二人席だしなぁ」
「席取り任せるんじゃなかった…」

「やだ!俺ここで食べるから、樹俺の分持って来て!」
「やだ」

多田野が口を開く前に遮ると、鳴に噛みつかれる勢いで睨まれた。

「なんで!?別にいいじゃん、ねぇ光ちゃん!」
「いやですぅ〜」
「一也に聞いてないし!!」
「鳴さん、我儘言ってないで行きましょう。俺たちも時間ないんですから」
「はぁ!?我儘!?樹お前いつからそんな口聞けるほど偉くなったんだよ!」
「うるさいから好きにさせておけよ…樹」
「朝の鳴は特にボウヤだからなぁ」
「うっさい!つーか男共と飯食うより可愛い子がいる席の方が良いに決まってんじゃん!」

「ごちそうさまでした。」

手を合わせ、静かに言った光の一言で、鳴がぴたりと黙った。俺も残りのポテトを口に押し込み、トレーを重ねて席を立つ。

「大丈夫か?」
「…はい。」
「じゃ、お先〜」

立ち上がる光を手伝い、トレーを返却口に置いて、俺たちはそそくさと店を出た。

「あ〜!もう!ほら!また樹のせいで一也に逃げられた!!」
「はいはいすみません。鳴さん、急がないと遅刻しちゃいますよ。」

「樹、完全に母親だな」
「情けない…」


***


「わり、ちょっとコンビニ寄っていいか?」
「はい」

光が店の前で待つのを横目に、飲み物を手に取る。そして陳列棚を眺めながらレジに向かう途中、ふとあるものが目に留まり、立ち止る。しばらく迷いながら眺め、意を決してその小さな箱を手に取った。
まぁ…一応だ、一応。
サッカー台に商品を置き、店員の冴えない男を見て安堵しながら会計を済ませると、ちょうど携帯が鳴った。
画面にはまた、沢村の文字。俺は通話ボタンを押し、店の出口に向かう。

「はい」
『御幸か?』

半分予想通りの声が返ってきて、俺はため息交じりに言った。

「いいかげん沢村に携帯返してやれよ、倉持」
『ヘーキだって、バレてねーから。それよりお前今どこ?何時頃着く?』
「まだ地元。午前中には戻るから」
『随分と優雅じゃねーか。こっちは朝練終わったとこだっつーのによぉ…』

そう言えばそんな時間か。俺は駅の時計を見上げる。

「はっはっは、お疲れ。わりぃな、任せちまって」
『ほんとだよ。戻ったらなんか奢れよな』

「あ、一也先輩」

俺を見つけた光が、はっとして口を噤んだ。電話中だと気付かなかったらしい。やべぇ…今の倉持に聞こえたかな。

『…?誰か一緒にいるのか?』
「え?いや」
『なんか声しなかったか?今』
「え…駅の中だから。声くらいすんだろ」
『……。』

め…めちゃくちゃ怪しんでやがる。こいつ結構鋭いからな…。

『…まぁ、なるべく急げよ。休憩終わるから切るぞ』
「あぁ。じゃあ…」

電話を切ると、光が申し訳なさそうに近づいてきた。

「すみません。電話気付かなくて…」
「平気平気。」

へらりと笑って携帯を仕舞う。そして人のまばらな改札口へと向かうのだった。


***


光を無事家まで送り届け、よく休むように言って、俺は急いで学校へと向かう。
寮に着いた時、時間はちょうど昼前で、食堂に向かう途中の倉持達に遭遇した。

「……た、ただいま」
「うおおおお!キャップのご帰還!!ご無事だったんすね!!」
「うるせぇ…」

沢村の大声に辟易しながら部屋へ向かおうとすると、倉持がやってきた。

「御幸、高島先生が何か承諾書出せって言ってたけど」
「ん、あ〜、はいはい」
「持ってってやるから、先荷物置いて着替えて来いよ」

言いながら俺の鞄を引っ張り、開けて中を覗き込む倉持。一瞬されるがままになってしまったが、はたと思いだし、俺は焦る。

「あ、待て…」

言いかけた直後、鞄の中に手を突っ込んでいた倉持の動きが止まる。倉持の様子に、沢村も不思議そうな顔をして口を閉じる。

「…チッ、鞄ん中ぐちゃぐちゃじゃねーか。てめーでやれ」
「…お、おぅ」

背中に軽い蹴りを喰らい、よろけながら部屋へ向かう。

「オラ沢村テメーもさっさと飯食って来い!!」
「イテッ!!暴力反対ですよ!!」
「るせえ!!」

騒がしい集団が食堂へとぞろぞろ入って行くのを横目に、俺は部屋に入った。鞄の中をちらりと見て、覗いている小さな箱を見つける。あー、見つかったなコレは…。
…まぁ、いっか。倉持だけだし。
急いで着替え、部屋を後にする。さて、礼ちゃんのとこ行って書類を渡して、監督に挨拶して、昼飯食って…それから、練習だ。

 


ALICE+