「なんだ、話って。」

バルコニーに呼び出した光臣は、ポケットに手を突っ込み尊大な態度で俺と洋一を見渡して言った。

「お前前にさ、周防に彼女がいたことないって言ってたじゃん。」
「…俺の知る限りだがな。それが?」
「それって女に興味ないってこと?」

光臣は俺の質問の意図を探るようにしばらく俺を見つめた。

「…少なくとも俺とはそういう関係じゃないぞ。」
「は?…いやそういう意味じゃなくてさ」

大真面目に言う光臣に俺は苦笑し、洋一は小さく噴き出した。

「まぁそうだな…なんというかあいつは…」
「…何?」
「これは俺の憶測でしかないのだが。多分あいつは、セクシュアルマイノリティーというやつなんじゃないか?」
「セク…何?」
「いわゆるLGBTってやつだよ。」

なんとなく聞いたことがある。つまり…レズとかホモとか、他にもいろいろあるけど、そういうやつ?ああ…、と思い当たって呟いた俺の隣で、洋一は眉根を寄せて疑問符を浮かべながら俺と光臣を見比べた。

「要するに男が好きってこと?」
「…LGBTはレズとホモだけじゃない。」
「は?ホモ?」

素っ頓狂な声を上げた洋一をよそに、光臣は淡々と言った。

「無性愛者…つまり、誰にも性愛を抱かない人もいるんだ」
「無性愛…者。」
「まぁ…対象がいないだけで、性欲はあるってタイプもいるが。複雑なんだよ、人間の性癖ってのは。俺たち3人がたまたま女に欲情するだけで、そうじゃない奴もたくさんいる。」
「……。」

光臣にしては理解のある優しい言葉だ。

「周防が実際どうなのかは、わからんけどな。俺が見る限り、あいつは今まで恋愛に興味も湧かなかったようだし、セックスフレンドもいない。人との関わり自体を避けていたように思う。」
「…なのに、お前とは仲良くなったんだな。」
「俺か?俺は面白そうな奴だと思ったから、部屋に転がり込んだだけだ。厄介な女に引っかかった時に、部屋を追い出されて寝る場所に困ってたしな。そしたら案外居心地が良くて、結局1年くらいルームシェアした。」
「周防も災難な奴だな…」

つい本音を呟いたら、光臣はふふんとどこか誇らしげに笑った。褒めてないんだけど。

「でも、じゃあ、その前から友達だったの?」
「時々話す程度だった。同じ専攻だったしな。初めて会ったのは、確か…」

光臣は思い出すように遠くを眺めながら話し始めた。




「光臣ぃ、今日のパーティー来るでしょ?」
「君をエスコートさせてくれるなら。」
「ウフフ。いいわよ。」
「夜迎えに行くよ。」

1年先輩の、ブロンドの女の子は俺にウィンクをして、上機嫌に帰っていく。
俺は踵を返し、大学の図書館へ向かった。講義で使う資料を探すためだった。
図書館内には生徒がちらほらいて、俺は目当てのブロックに進み、本棚を流し見ながら歩いて行った。少し冷えた、古い本のにおいがする、薄暗い通路。その突き当りに、そいつはいた。俺の目当ての本を、今まさに手に取って。

「その本、いつ読み終わる?」

英語で話しかけたが、振り向いたそいつはアジア系…どこか日本人らしい顔立ちだった。日系かな、とぼんやり思っていると、そいつは口を開いた。

「玉城光臣?」

自然な日本語の発音だった。

「知り合いだっけ?」

ちょっと眉を上げ、日本語で言ってみると、そいつは無表情のままこちらに体を向けた。

「同期でお前を知らない奴はいないと思うけど。」
「喜んでいいのか?」
「……。…一週間もあれば読み終わる。」
「じゃ、次貸してくれ。」

ポケットからスマホを取り出す俺を、そいつは不思議そうに見つめた。

「何してる?連絡先だよ。」
「……。」
「読み終わったら連絡してくれ。論文に必要なんだ。」
「…意外と真面目なんだな」
「?」
「いつも女と一緒にいるだろ」

連絡先を交換し、画面に表示された「周防護」という名前を見た。日本人なのか。

「俺はやりたいことをしてるだけさ。」
「……。」
「お前も論文に使うんだろう?それに目をつけるなんて、いいセンスしてるな。」
「……。」
「じゃあな、周防。」

俺は踵を返し、図書館を後にした。




「大学で初めて…というか、唯一会った日本人が護だったからな。仲良くもなるさ。」
「へ〜…」
「そういえば…あいつ、いつも一人だったな。友達いなかったのかもな。」
「……。」
「……。」

お前はどうなんだ…、と俺と洋一の心が一つになった。いつも女と一緒にいても、男友達と親しくしている光臣なんて想像できない。

「…だが、あいつも変わったな。」
「え?」
「今までなら、他人に入れ込むことなんて皆無だったのに。今では大切な存在ができたようだし」
「え!?やっぱ彼女とかいんの?」

にわかに盛り上がった洋一を見ながら、俺は何となく嫌な予感を感じた。その予感を知ってか知らずか、光臣はあっけらかんと言い放った。

「何言ってるんだ?光のことだよ。」
「…え!?」
「マネージャー時代から思っていたが、仕事ということを差し引いても、光を優先しすぎだと思う。かなり執着してるように見えるな。」
「やっぱり…そうだよな?」

呟くと、洋一も神妙な顔で俺を見た。

「まあ、でもいいんじゃないか?」
「え?」
「あいつが良い奴だってことは俺が保証する。というか、保証なんてしなくても知っているだろ。クソ真面目で誠実で、仕事には手を抜かないし頭も切れる。万が一光と良い仲になったとしても何か問題あるか?」
「大ありだよ!!」
「どこが?」
「いやだって…嫌に決まってるだろ!なぁ洋一?」
「そ…そーだよ」
「お前たちが嫌ってこと以外に何も問題ないじゃないか。」
「……。」
「……。」

 


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