331
光臣たちが帰り、再び城は俺たちだけの穏やかな生活に戻った。
「一也さんは?」
リビングから光の声がする。俺は入れていたカフェインレスコーヒーのマグカップをトレーに載せて、キッチンからリビングに入った。
「ここだよ。」
俺を見て笑顔を浮かべる光。ソファに座ると隣に座り、ぴったりくっついてくる。
「はいコーヒー。」
「ありがとう。」
俺の腕にくっついたままコーヒーを少し飲み、頭も俺の肩に預けて頬ずりする光。…洋一が面白くなさそうに俺を睨んでいる。
「今日お仕事あるの?」
「午後な。図書館の慈善活動でのスピーチ。」
「……。」
光は悲しそうに口をとがらせ、また俺にギュッとくっついてくる。
「早く帰って来てね。」
「はは…はいはい。」
ここのところ、ずっとこんな感じだ。俺と離れたくないと言ってくれるのは、嬉しいけど…。こうして甘えてくるときは大体何か無理をしている時だから、心配になる。今は妊娠中でもあるし…不安があるなら言ってほしいけど…
「……。」
「え、光?」
腕に掴まっていた光が、今度は俺の背中に手を回し、胸にぎゅうっと抱き着いてきた。
「一也さぁん…」
「……。」
切なげな声で甘えてくる光…。やっぱり様子がおかしい。…いったいどうしたってんだ…。
***
「ホルモンバランスの影響で、精神状態が不安定になっていることもありますが…まあ、不安なんでしょうね。」
光の定期健診の後、俺は思い切って、帰る途中の医者を呼び止めて、光の様子を相談した。
「不安…。」
「過去のことも影響しているのかもしれません。」
「……。」
「ですがあなたに甘えてくるということは、それだけあなたを精神的に頼りにしているということでしょう。たくさん甘えさせて、安心させてあげてください。」
安心…か。
まあ…洋一にはそういうことをしてる様子はなくて、俺にだけ…っていうのは、正直、ちょっと…いや、かなり嬉しいってのが本音なんだけど…。そういうこと言ってる場合じゃねーな。これは光からのSOSなんだ。
「それにしても、仲がよろしいようで羨ましい限りでございます。」
「……。」
医者の含みを持った笑みに、俺はちょっとひきつった愛想笑いを浮かべた。
***
「一也さん。」
仕事から帰ると、光は玄関に近い庭園のベンチに座って俺を待っていて、俺が車から降りると両手を広げてハグをせがんだ。
「ただいま。」
「おかえりなさい。」
光を抱きしめて隣に座り、夕暮れの涼しい風を感じて少し清々しい気分になった。この国は本当に、景色も空気も綺麗だ。
「大きくなってきたなぁ…」
光のお腹を撫でて言うと、光も手を添え、うん、とほほ笑んだ。だけどふと、すこし物悲しげな表情を浮かべて、俺はその横顔に過去の影を見た。あの…悪夢のような日。気を失って俺の腕の中でぐったりとした青白い顔の光は、思い出しただけで…体中の血が冷えるような思いだ。未だに…いや、きっと一生、思い出すたびに胸の中をぐちゃぐちゃに踏み荒らされる気分を味わうことになる。
俺はそれを振り払うように、光の肩を抱き寄せた。光はまだ影の残る表情で俺を見上げた。
「今日から一緒に寝る?」
「……。」
見てわかるくらい、光の目が明るくなって、俺はつい頬を緩めた。
「…いいの?」
「当たり前じゃん。ずっと一緒に寝てたんだから」
「……。」
「おっ…」
光は俺に抱き着いてきて、見るとその目元は少し潤んでいた。俺が思ってたより、心細い思いをしていたのかもしれない…。光も同じようにあの時のことを思い出して、だけど今またお腹の中に宿った存在に責任も感じて、夜…一人でベッドの中で、戦っていたのかもしれない…。
俺は光の小さな体を抱きしめ、頭を撫でた。
「夜は俺の部屋に来いよ。リビングも近いし、階段使わなくて済むだろ?」
「うん…。」
俺の胸に頬ずりする光を愛おしく思って胸が苦しくなる。だけどその苦しさは、甘くて心地いい。
「洋一には内緒な。あいつヤキモチ焼くから」
「ふふ…。」
***
メイドによって俺の部屋に光の着替えやアメニティーが用意され、夜になると光がやって来た。
ベッドに横になった光に布団をかけてやり、俺も隣に横たわる。こんなふうに光と寝るのは久しぶりだな…。幸せな気分だ。
「……。」
「何?光…」
光は布団にもぐっていたけど、急に思いついたように俺の腕にくっつき、肩に頬ずりするように横を向いて鼻先で俺の肩口をくすぐった。子猫みたいで可愛い。
「…一也さんのにおい」
「…やめなさい」
「好きなんだもん」
なんか…前もそんなようなこと、言われたっけ…。
「俺も光のにおい好きだな〜…」
「どんなにおい?」
「ん〜…すげーいいにおい」
光は小さく笑って、俺の肩にこつんと頭を持たれた。
布団の中で手をつなぎ、光のぬくもりを感じながら目を閉じる。
「おやすみ。」
「…おやすみ。」
今日はすごくいい夢が見れそうだと思ったけど、寝るのがもったいないとも思った。
「一也さんは?」
リビングから光の声がする。俺は入れていたカフェインレスコーヒーのマグカップをトレーに載せて、キッチンからリビングに入った。
「ここだよ。」
俺を見て笑顔を浮かべる光。ソファに座ると隣に座り、ぴったりくっついてくる。
「はいコーヒー。」
「ありがとう。」
俺の腕にくっついたままコーヒーを少し飲み、頭も俺の肩に預けて頬ずりする光。…洋一が面白くなさそうに俺を睨んでいる。
「今日お仕事あるの?」
「午後な。図書館の慈善活動でのスピーチ。」
「……。」
光は悲しそうに口をとがらせ、また俺にギュッとくっついてくる。
「早く帰って来てね。」
「はは…はいはい。」
ここのところ、ずっとこんな感じだ。俺と離れたくないと言ってくれるのは、嬉しいけど…。こうして甘えてくるときは大体何か無理をしている時だから、心配になる。今は妊娠中でもあるし…不安があるなら言ってほしいけど…
「……。」
「え、光?」
腕に掴まっていた光が、今度は俺の背中に手を回し、胸にぎゅうっと抱き着いてきた。
「一也さぁん…」
「……。」
切なげな声で甘えてくる光…。やっぱり様子がおかしい。…いったいどうしたってんだ…。
***
「ホルモンバランスの影響で、精神状態が不安定になっていることもありますが…まあ、不安なんでしょうね。」
光の定期健診の後、俺は思い切って、帰る途中の医者を呼び止めて、光の様子を相談した。
「不安…。」
「過去のことも影響しているのかもしれません。」
「……。」
「ですがあなたに甘えてくるということは、それだけあなたを精神的に頼りにしているということでしょう。たくさん甘えさせて、安心させてあげてください。」
安心…か。
まあ…洋一にはそういうことをしてる様子はなくて、俺にだけ…っていうのは、正直、ちょっと…いや、かなり嬉しいってのが本音なんだけど…。そういうこと言ってる場合じゃねーな。これは光からのSOSなんだ。
「それにしても、仲がよろしいようで羨ましい限りでございます。」
「……。」
医者の含みを持った笑みに、俺はちょっとひきつった愛想笑いを浮かべた。
***
「一也さん。」
仕事から帰ると、光は玄関に近い庭園のベンチに座って俺を待っていて、俺が車から降りると両手を広げてハグをせがんだ。
「ただいま。」
「おかえりなさい。」
光を抱きしめて隣に座り、夕暮れの涼しい風を感じて少し清々しい気分になった。この国は本当に、景色も空気も綺麗だ。
「大きくなってきたなぁ…」
光のお腹を撫でて言うと、光も手を添え、うん、とほほ笑んだ。だけどふと、すこし物悲しげな表情を浮かべて、俺はその横顔に過去の影を見た。あの…悪夢のような日。気を失って俺の腕の中でぐったりとした青白い顔の光は、思い出しただけで…体中の血が冷えるような思いだ。未だに…いや、きっと一生、思い出すたびに胸の中をぐちゃぐちゃに踏み荒らされる気分を味わうことになる。
俺はそれを振り払うように、光の肩を抱き寄せた。光はまだ影の残る表情で俺を見上げた。
「今日から一緒に寝る?」
「……。」
見てわかるくらい、光の目が明るくなって、俺はつい頬を緩めた。
「…いいの?」
「当たり前じゃん。ずっと一緒に寝てたんだから」
「……。」
「おっ…」
光は俺に抱き着いてきて、見るとその目元は少し潤んでいた。俺が思ってたより、心細い思いをしていたのかもしれない…。光も同じようにあの時のことを思い出して、だけど今またお腹の中に宿った存在に責任も感じて、夜…一人でベッドの中で、戦っていたのかもしれない…。
俺は光の小さな体を抱きしめ、頭を撫でた。
「夜は俺の部屋に来いよ。リビングも近いし、階段使わなくて済むだろ?」
「うん…。」
俺の胸に頬ずりする光を愛おしく思って胸が苦しくなる。だけどその苦しさは、甘くて心地いい。
「洋一には内緒な。あいつヤキモチ焼くから」
「ふふ…。」
***
メイドによって俺の部屋に光の着替えやアメニティーが用意され、夜になると光がやって来た。
ベッドに横になった光に布団をかけてやり、俺も隣に横たわる。こんなふうに光と寝るのは久しぶりだな…。幸せな気分だ。
「……。」
「何?光…」
光は布団にもぐっていたけど、急に思いついたように俺の腕にくっつき、肩に頬ずりするように横を向いて鼻先で俺の肩口をくすぐった。子猫みたいで可愛い。
「…一也さんのにおい」
「…やめなさい」
「好きなんだもん」
なんか…前もそんなようなこと、言われたっけ…。
「俺も光のにおい好きだな〜…」
「どんなにおい?」
「ん〜…すげーいいにおい」
光は小さく笑って、俺の肩にこつんと頭を持たれた。
布団の中で手をつなぎ、光のぬくもりを感じながら目を閉じる。
「おやすみ。」
「…おやすみ。」
今日はすごくいい夢が見れそうだと思ったけど、寝るのがもったいないとも思った。