翌朝、一人で日課のジョギングをしようとしていると、珍しくメイド長である初老の女性が俺を呼び止めた。

「まだ私と、レディースメイドと、執事長と周防しか把握しておりません。」

そう言いながら彼女が俺を連れてきたのは、城の最上階の光の部屋だった。普段なら俺は立ち入りを認められてないフロアだ。光も昨夜は俺の部屋で寝て、そのまま朝食に行ったから、昨日の夕方以降この部屋に立ち入っていない。

「王女殿下にお伝えすべきかどうか…」

メイド長は心苦しげに言いながら、悲痛な面持ちで、重たげに扉を開いた。

「…え…」

その部屋の中を見て、俺はしばし言葉を失った。布団やまくらを切り刻まれて羽毛が部屋一面に飛び散っており、ドレッサーの上や机の上も荒らされて小瓶やペンが散らばり、木製の家具には無数のひっかき傷のようなものがあり、壁には赤いスプレーで落書きされていた。
血を思わせる赤い字は…『国を守る』…そう書いてあった。
日本人である光や俺たちが突然やって来て王室に入り、その子供が王位を継ごうとしている。それを面白く思わない奴は、当然いるだろう。

「…犯人を捜しださないと」
「え、ええ、もちろんです。」
「本人には…黙っているわけにはいかないでしょう。何も知らない方が危険です。俺から伝えます。」
「わかりました…。」
「でも…この部屋の状況は見せないほうがいい。」

俺の言葉に、メイド長も神妙な面持ちで頷いた。

「警察に…」

通報、と言いかけて、留まった。この国では王族が全てをまとめている。もちろん警察も。

「…捜査をさせてください。」
「畏まりました。すぐに城に来るよう伝えます。」

メイド長は急いで階段を下りて行った。
警察には、以前の交通事故で周防の運転する車に後ろから追突した車の捜索もさせているところだった。
なんだかきな臭いことが続くな…。



***



「何だよ?」

ジョギングから帰ってきた洋一に、話がある、というと、洋一はシャツを脱いで汗を拭きながら言った。

「…光の部屋が誰かに荒らされた。」

え…、と目を瞬く洋一。

「メイド長とレディースメイドが朝部屋の掃除に入ったら、荒らされていたらしい。」
「え…、だ、だって、じゃあいつ…」

洋一が言いかけて、まさか、と言いたげに顔をゆがめた。

「昨日光は俺の部屋で寝てたから」
「ぐあああ言わなくていいって!!」
「言っとくけど、お前が思ってるようなのじゃないから。」
「は?」
「最近光、やけに甘えてくるだろ。」
「…お前に だ け な。」
「……。…だけどそういうときって、大体光、無理してる時なんだよ。」

俺の言葉に、それまでイライラを前面に醸し出していた洋一が、思い当たったようにばつが悪い顔をした。

「不安なんだと思う…お腹も大きくなってきたし、前のことも思い出すだろうし」
「……。」
「知ってるか?光は今でもその時の子の為に祈ってるんだぜ」

この国に来た時に、城の裏庭に小さなお墓も作った。光は毎日そこへ通ってお祈りしている。
洋一も知っていたんだろう、唇をかんで眉を寄せ、悲しそうな顔をした。

「今警察が来て部屋を調べてる。階段下の廊下は警備がいたし…昨日の夜4階に上がった奴はいないらしいから、外から侵入したんじゃないかって」
「……。」
「壁には『国を守る』ってスプレーで書いてあった。犯人は俺たち日本人がこの国の王室に入ったことが面白くない人物だろうな。」
「……。」
「このあと光にも話す。けど、今光は不安定だし…」
「…それは問題じゃねぇだろ。お前がいるんだからよ」
「……。」
「…なんだよ」

洋一がそんなことを言うとは意外で、目を丸くした俺を、洋一は鬱陶しそうに顔を赤くしてにらんだ。

「それより黙ってる方が問題だろうがよ。狙われてんのは光なんだろ?」
「…俺もそう思う。光は今、リビングにいる…周防も一緒に」
「じゃ、行こうぜ」

洋一はシャツを羽織るとボタンを閉めながら部屋を出る。俺もそのあとに続いた。
すぐそこのリビングのドアを開けると、光はいつもと変わらぬ様子でハーブティーを飲んでいた。周防は俺たちを見るや、すぐにポッドに湯を注ぐ。
光は俺たちを見て、ぱっと頬を綻ばせた。

「おかえりなさい。」

ふたりともジョギングに行ってきたと思ったようで、光はそう言って隣に座る俺の腕に手を絡める。

「光。さっき洋一には話したんだけど…」
「ん?」

コト、と周防がそつのない動作で俺と洋一の前にティーカップを置く。

「昨日の夜…誰かがお前の部屋に入ったみたいなんだ。」
「…え?」

光は目を瞬き、驚いて息をのんだ。

「…泥棒?」
「いや、物が盗られたとかは今のところ…。でも、部屋が荒らされてて」
「えっ…。」
「今警察が捜査してる。お前が今妊娠中だから…動揺させたら悪いと思って、メイド長が俺に報告してきたんだ。」
「……。」

にわかに青ざめる光の肩に手を回すと、光は俺に寄りかかってきて、少し息を吐いた。

「昨日は俺のとこにいて本当に良かった…。しばらく4階には行かないほうがいい。どっちにしろ、捜査中で部屋には誰も入れないし」
「う…うん」
「犯人が捕まるまでは、警察も城の警備に加わるって。少し落ち着かないかもしれないけど…光もあまり外には出ないで。俺か洋一、どっちかは必ず一緒にいるようにしよう」
「…うん。」

光は頷いて、俺の腕にギュッと抱き着いた。洋一は少し面白くなさそうに頭を掻いた。

 


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