「テメェなんつーモン持ち歩いてんだよ!!」

次の日、御幸の部屋に怒鳴りこみに行くと、御幸は何のことだか察しがついているような顔で頭を掻いた。
昼間、御幸の鞄を漁った時に見つけた、コンドームの小さな箱。あれってやっぱり…そういうことだよな!?

「あ、やっぱ見た?」
「あんな丸出しじゃ誰だって見るわ!!沢村にばれてたらどーするつもりだよ!!あいつ絶対騒ぐぞ!!」
「でも黙っててくれてるんでしょ?倉持クンやさし〜」
「うぜぇ!テメェの為じゃねーし!!」

御幸は含みを持った笑みで俺を見る。…あ。これじゃ玉城さんの為だって言ってるよーなモンじゃねえか。ミスった…。

「だってしょうがねーだろ、必要なモンなんだから。」
「…つーことは、お前、やっぱり…」
「何?」

正面切って聞かれると、俺はうっと唸って言葉を失う。クソッ、俺が怯むと思って、ふざけやがって…。

「チッ!!」

舌打ちをぶつけ、苛立ちのままにドアノブをひねる。

「…とにかく!他の奴らには見つからねーようにしとけよ!!」

最後に睨みつけた御幸の顔が、ぎょっとして固まった。…なんだ?

「何の話っすか!?」
「え」

見ると、ドアの前に佇むやや興奮気味の沢村。やべぇ…

「御幸先輩何か隠してるんすか!?何隠してんすか!!」
「テメッ…声でけェよ!!」
「ハッ!!ま、まさかまた怪我隠してんじゃねーだろうな!?」
「タメ口!!」

沢村をシメながら部屋の中に引きずり込む。辺りを確認してドアを閉め、まだ興奮気味の沢村をシメ上げた。

「ちょっ…ギブ!ギブ…ウッ」
「静かにできるか?」

コクコクコク、と沢村が何度も頷いて、俺はため息とともに沢村を解放する。床に伏した沢村は、しかしすぐに顔を上げて御幸を見た。

「で…さ、さっきの話って…」
「お前が心配してるようなことは何もねーよ。怪我もしてねー。」
「……。」

御幸の答えを聞いてもまだ腑に落ちない様子で、沢村は俺を見上げる。俺が頷くと、とりあえず怪我を隠しているわけではない、ということには納得した様子で落ち着いた。

「じゃあ…何を隠してるんすか?」
「大したことじゃねーから気にすんな」
「何ですかそれ!!大体アンタすぐ無茶するから信用ならねーんだよ!!」
「おいタメ口。つーか、隠し事の一つくらい、誰だってあるだろ。俺はお前に何でも話さなきゃいけないワケ?」
「隠し事…俺は御幸先輩に隠し事なんてないですけど!!」
「あー、うん、お前はそうだったね」

押し問答する二人を置いて、俺はため息交じりにドアへ歩いて行く。

「あっ!?おい倉持、こいつ回収して行けよ!」

知るか。自業自得だっての。

「イライラしたら腹減ったんだよ。テメーでなんとかしろ。」

そのまま御幸の部屋を出て、自室に寄って財布を手に取る。そういや、ずっと沢村や降谷をパシってたから、コンビニに行くのなんか久々だな…。
静かな夕暮れの中歩き出し、冷たい風に目を細める。
たまには気分転換になっていいかもな。

寮の門に差し掛かったところで、倉庫の前に見慣れない人が立っているのを見つけ、立ち止まる。目を凝らして、ぎょっとした。あ…あれ、玉城さんじゃねーか。

「……。」

緊張しながら前を通りかかると、ふと目が合って、玉城さんがニコリとほほ笑んだから、驚いた。

「倉持先輩、こんばんは。」
「よ……よぉ。」

御幸の友達、とでも思っているんだろうか。はじめて会った頃より、かなり態度が柔和になった。警戒心が薄まったのが、御幸の友達だと思っているからなのか、俺自身に慣れたからなのか…。あまり考えたくない。

「御幸?」

軽い調子を装ってきくと、玉城さんは頷き、片手に持っていた携帯を見る。

「7時に約束してたんですけど…」

俺は時計を見上げる。もう7時から20分も過ぎている。7時と言えば…ちょうど俺が御幸の部屋に怒鳴りこんだころだ。あれから沢村も振り切れてねーみたいだし、抜け出しそこねてんな、あいつ…。
俺が呼びに行ってもいいが、沢村がいたらまた騒ぐだろう。少し考えて、俺は玉城さんを見た。

「あいつまだ手が離せねーみてーだったから、何か用なら俺が伝えとくけど。」

用、と言いながら玉城さんが持っている綺麗な紙袋を見る。どうせ、この荷物を渡しに来たんだろう。

「あ…そうですか…」

玉城さんはあきらかに残念そうにしながら、紙袋を持ちかえた。

「じゃあ…」

そう言いながら玉城さんが紙袋を持ち上げた瞬間。ものすごい勢いで車が通り過ぎ、足元の水溜りを蹴散らして行った。気付けば目の前の玉城さんはずぶぬれで、ブラウスはぴったりと肌に張り付いている。

「……!!」

息をのむ俺、何を考えているのかぽかんとして立ち尽くしている玉城さん。背後から近づいてくる、誰かの話し声。

「と、とりあえず入れ!」
「えっ…」

玉城さんを倉庫の中に押し込み、一緒に入って扉を閉める。

「明日小テスト2教科もあるんだけど。だりー」
「マジ?何と何?」
「現国と英U。」
「うわーどんまい…つかそれなら勉強しろよ」

2人…いや3人の野球部員が、どうやら倉庫の傍の花壇に座り込んでお喋りを始めたらしい。クソッ、なんでこんなときに…。

後ろを振り返ると、胸元を腕で隠すようにして立っている玉城さん。何の罰ゲームだよ、これ…。
……寒そうだな。
俺は迷いに迷って、着ているパーカーに手をかける。

「あ…あの。」

恐る恐ると言った顔で玉城さんが口を開く。

「あの…着替えるので、そこにいて下さいね。」
「え…?あ、あぁ…。」

ぽかんとする俺を余所に、玉城さんは用具の陰に隠れる。なんだ…?着替えがあるのか?
少しして、物陰から出てきた玉城さんは、明らかにデカい男物のトレーナーを着ていた。べ…別に残念になんて思ってねーし。

「…き、着替えがあって、よかったな」
「そうですね。」

玉城さんは朗らかに笑う。もしかして、御幸のかな。つーかもしかしなくても、これを届けに来たんじゃないのか?…そうとしか考えらんねぇ…。

「私…ここにいるのが見つかったら、まずい…ですよね?」

倉庫前の奴らのことを言ってるんだろう。まぁ、確かにまずい。主に俺が。
大会前に用具倉庫に女子を連れ込んだ、なんてことが広まったら…出場停止、悪くて退部、もっと悪くて停学か…?しかも相手は御幸の彼女…やべえよ、やばすぎる。

「そう…かもな」
「ですよね…。」

玉城さんは消沈した様子で手を前で組んで俯く。といってもブカブカのトレーナーを着ているせいで、袖口から手が出ずに、ぎゅっと袖を握りしめている。…可愛い。そんなことを思っていたら、急に思いついたように袖をまくり始めた。折られたブカブカの袖口から、細い手首がちらりとのぞく。…これはこれで可愛い。くそ、早くここから出たい。
ため息を吐きながら、傍のマットを見る。

「そこ、寒いだろ。座れよ。あいつらが行ったら出よう」
「あ…はい。」

玉城さんはマットの端の方にちょこんと腰を下ろした。くそ、いちいち可愛いな。
それから俺を不思議そうに見上げる。

「先輩も座ってください。」

気遣うように言われたけど…いや、あまり近づきたくない。そんなつもりは全くないけど、もし、もしもだ。万が一にでも、間違いが起きたら…。いや、絶対そんなことにはしない。

「俺は平気だから。」

そう素っ気なく答えると、玉城さんは返事に困ったように口を噤んだ。
そっちは俺のことなんて意識もしてねーんだろうけど、大体の男は、この状況で意識しないなんて、無理な話だと思うぜ…。俺もそれは例外じゃない。だからなるべく離れて、なるべく見ないようにしねーと…。

…なんでこんなことになったんだ。俺は倉庫の窓から外の様子を覗く。
…無だ。心を無にして、玉城さんがいることは忘れろ。倉庫前のあいつらがいなくなることにだけ集中するんだ。

「あっ…!」

それまで静かに談笑していた3人組の男が、急にざわついた。

「おい、御幸主将じゃん」
「えっ…」

ひそひそと言い合い、花壇に座っていた一人は慌てて立ち上がる。

「お、お疲れ様です!」

声を揃えて言う3人の元に、一人歩いてきた人影が近づいていく。

「…おう」

気のない返事をして、やってきた御幸は辺りを見渡している。玉城さんを探しているんだろう。

「…あ、そうだ、宿題やらねーと」
「俺もテスト勉…」
「あ、じゃあ俺ら、失礼します…」

そそくさと3人が去っていくと、御幸はポケットから携帯電話を取り出して開く。青白い小さな光が御幸の横顔を照らし出す。

「…あの人たち、行きました?」

玉城さんが突然訊いてきて、俺はびっくりして息をのんだ。

「え、あ、うん。でも今、御幸が来た」
「先輩が?」

玉城さんはすっくと立ち上がって、俺の隣にやってきて、窓の外を覗いた。突然縮まる距離にどきりとする。寮生活では絶対にありえない、ほのかな良い香りもする。
と思ったら、玉城さんは踵を返して迷わず扉を開けた。

「えっ」

そんな、だって今出て行ったら、まずいんじゃ…

「一也先輩!」

小声で玉城さんは嬉しそうに御幸を呼んで、軽い駆け足で駆け寄って行く。

「え?…あれ?」

御幸はわけがわからない様子で、玉城さんの恰好や今しがた出てきた倉庫、そしてその入り口に立つ俺を見る。

「先輩がなかなか来ないから、倉持先輩にお願いしようと思ったんですけど…」

玉城さんはなんでもないことのように説明を始める。

「そこで水溜りの水を被っちゃって、倉持先輩が倉庫に隠してくれたんです。」

ちらり、と御幸の視線が動く。

「なので、服はまたあとでお返しします…すみません。」
「…いや、それは別にいいんだけど」

御幸は何か言いたげだ。そりゃそうだよな。自分の彼女と男が二人っきりで倉庫から出てきたんだぜ。

「…倉庫にいたの?倉持と二人で?」
「はい。倉持先輩がいてよかったです。」

きっぱりと笑顔で言い切った玉城さんに、さすがの御幸も俺も毒気を抜かれた気分で立ち尽くした。
御幸はしばらく考えた後、はあ、と小さくため息を吐いて、玉城さんの頭にポンと軽く触れた。

「…まあ、それならよかったけど、お前もう少し気をつけろよ」
「いやあの車、本当にいきなり来たんですよ。すごい勢いで」
「そういう意味じゃねー」
「はぁ?」

もういいから、と御幸は玉城さんの背中を押し、門の方を向かせる。

「暗くなる前に帰れ。

 


ALICE+