340
「もー別れたいっすよ!」
練習後のロッカールーム。今をときめく怖いもの知らずのルーキーの声が響く。
「なんか束縛激しいって言うか。遠征中遊んでないか電話で探り入れてくるし…」
「昨日キャバいるとき電話かかって来たの、やっぱ彼女だったのかよw」
「まー実際遠征のたび女遊びしてるし、彼女も不安なんだろ?」
「えー!?でも俺まだ19っすよ!まだ遊びたいですよ〜!」
「じゃあ彼女作んなきゃいーじゃん」
「いやそれはそれでしょー」
若いというかなんというか…。哀れ、と言うべきか。
「すぐキレるし、デート連れてかないと不機嫌になるし、毎日メールしなきゃなんねーし…生理中なんて鬼ですよ鬼!あーマジ別れよっかなー」
「生理中は大目に見てやれよwうちの嫁さんもよく不機嫌になるけど、まあ慣れだな、慣れ。」
「何で女って生理中機嫌悪くなるんすかね?」
「さあな〜。腹痛くてイライラすんだろ。」
「どんなに可愛くても毎月豹変されたんじゃ愛も冷めますよね〜!…御幸さん!御幸さんの彼女さんはどーなんすか?」
「え?光?」
そこで光の話が出るんだ。話振られたくないから気配消してたんだけどな〜…。
「やっぱあんだけ美人な彼女でも嫌になります?」
「全然。」
「えー!?嘘だ〜!」
「嘘じゃねーよ。」
嫌になったことなんて一度もない。毎日可愛くて愛おしくて仕方がない。
「理不尽な八つ当たりとかされないんすか!?」
「されるされる。」
「えーじゃあなんで!?」
「俺にだけ八つ当たりするなんてかわいーじゃん♡」
「……。」
ぽかん、とルーキーは言葉を失った。周りのチームメイトは「またか」と言わんばかりに苦笑して、もう聞く耳を持っていない。
「じゃあお先〜!」
「おーおつかれさん」
「御幸また飲み行かねーで帰るのかよ」
「そりゃ1秒でも早くハニーに会いたいですから♡」
「へーへーごちそうさま」
チームメイトに呆れられながら帰っていく俺を見て、ルーキーは引きつった顔で呟いた。
「御幸さんヤバ…」
***
「ただいまー」
部屋の電気がついていたから光は先に帰って来たのかと思い、声を掛けながら部屋に入った。光と同棲を始めて1か月が経とうとしている。光がいる生活にやっと慣れてきて、だけどまだまだ幸せで浮ついた気持ちだ。
「光ー?」
おかしいな、帰ってるはずだけど…。返事がないため部屋の中を見渡しながらリビングに入ると、のそり、とソファの上で光が起き上がった。
「お、珍しい…昼寝でもしてたの?」
「……。」
光は答えず、俯いて、またそのまま具合が悪そうに俯せた。
「え…どした?大丈夫?」
「……。…来て」
「?」
俯せたまま手を伸ばしてくる光に歩み寄り、その手を握ると、光は顔を上げて俺に抱き着いてきた。
「光?どうしたんだよ?」
「う…。うう〜…」
え…な、泣いてる?
「光…?」
ぽんぽん背中を撫でて慰めると、やがて光は甘えた声で言った。
「…生理きた」
…ん?
「おなかいたい…。」
…あ〜〜〜。なるほど…。
高校の時も何度かあったな、生理痛が酷くて甘えん坊になったこと…。
「薬飲む?」
「…買うの忘れてて…ない…」
「じゃ、買ってくるよ。なんてやつ?」
「……。」
ぐすぐすいう光から薬の名前を聞きだし、近所のドラッグストアでその鎮痛剤を買った。生理痛の薬って、色々あるんだな…。頭痛薬と書かれたものから、生理痛専用のもの、それに子供用まで…。そうか…早いと小学生の時にはもうなってる子もいるのか…。俺…小学生の頃なんて、何にも考えてない悪ガキだったなぁ〜…。女の子の方がませてるのって、そういう体の変化が早く訪れるからなんだろうか。
…なんて脱線気味なことを考えつつ、鎮痛剤を持ってマンションの部屋に戻ると、涙に頬を濡らした光がすぐに抱き着いてきた。…やっぱすげえ甘えん坊になるな…。生理中の女は不機嫌でめんどくさい、なんてチームメイトは言ってたけど、光が甘えん坊になるのって変わってるんだろうか。でも、まあ、不機嫌になろうが甘えん坊になろうか、光は可愛いけど。そもそも片思い時代に散々きつく当たられていたから、光の不機嫌モードには慣れてる。
「はい。」
「…ありがとう…」
光は鎮痛剤を飲むと少し落ち着いた様子で、また俺にもたれかかってきた。
「光さん。」
「…何。」
「俺、シャワー浴びて着替えてきたい。」
「……。」
ムスッとしたまま俺の手をしぶしぶ離す光。
「早く戻ってきて。」
「プクク…はいはい。」
早く戻って来てって…なんだそれ。可愛すぎ。
さっとシャワーで汗を流して部屋着に着替えてリビングに戻ると、クッションを抱いてソファにいた光が両手を伸ばしてくる。
「ちょっと待ってて。」
「早く〜…」
キッチンに入る俺にねだりながらソファに寝転がる光。まだ痛み止めが効かないらしく、うんうん唸っていて可哀そうだ。俺はホットココアを作り、ソファに戻った。
「ほら」
「……。」
マグカップを受け取り、起き上がる光。昔生理痛がきついと甘えてきたとき、学校の自販機でココアを買ってあげたっけ。そしたら…
「一也さん大好き」
「…はいはい」
…そうそう、さらにべったりするようになったんだ。喜んでくれたなら嬉しいけど、昔はちょっと参った。気恥ずかしくて。
光はココアをちびちび飲んで、俺の腕にギュッと抱き着く。その目がうとうとしていたから、俺は腕を上げて光の肩を抱き寄せて、髪を撫でた。
「少し寝たら?」
「…うん」
生理中は眠くなるって、昔言ってたことを思い出して言うと、光はこくんと頷いて、ココアを飲んでから俺の膝の上に横になった。ソファの背にかけられていた毛布をひっぱり、光の肩にかけて、目を閉じた光の横顔を見つめて…胸にジワリと温かいものを感じながら、俺は昔のことを思い出していた。
***
「ほら、あったかいココア。」
「…ありがとう」
高校3年の秋。昼休みに会った光が生理中でだるそうにしていて、中庭のベンチに座らせてココアを上げた。鎮痛剤が効くのを待っているらしく、何か欲しいものはあるかと聞くとあったかい飲み物、と言った後で、ココア、と光は呟いた。
「大丈夫かぁ〜?」
「だめ…」
光は悲しそうな顔で答え、俺は苦笑する。だめって言われても、これ以上俺にできることはないし。ただ隣で慰めることくらいしか…。
「先輩が一緒にいてくれなきゃだめ」
「はいはい、いますよ」
だけどこんなふうに、いつもなら絶対恥ずかしがって言ってくれない台詞で甘えてくれるのはこういうときだけだから、ちょっと嬉しかったりして…。いや、ちがう。かなり嬉しい。
ふあ、と光が小さな欠伸をした。それからうとうとと眠たげに目を細める。そういえば前に、生理中は眠くなるって言ってたっけ…。
「眠そうだなー。少し寝る?」
「…んん…でも…」
「誰も来ねえよ、こっち寮しかないし」
「ん〜…」
あの真面目な光が迷ってる。相当眠いんだなこれは。
「予鈴が鳴る前に起こしてやるよ。」
「…じゃあ…ちょっとだけ…」
「うん」
肩を貸すつもりで言ったのだが、次の瞬間、光は俺の膝の上に頭を載せた。
え…ひ、膝枕!!?な…なかなかキワドイ…。
だけど光はもう気持ちよさそうに目を閉じていて、その横顔にかかる柔らかな髪につい手を伸ばして退かすと、真っ白なこめかみとバラ色の頬が現れて、きっと眠りの森の美女ってこんな感じだ、なんて思ってしまう。
光の寝顔…可愛いなぁ…
それにしてももう眠りに入ってるなんて、やっぱよっぽど眠かったんだな。暴力的なまでの睡魔ってあるよなぁ…。
……。光の寝顔…役得。それに、俺の前でこんなに無防備に寝るなんて、信頼されてるんだなぁと思うと…嬉しい。
そしてそのまま、どれくらい時間がたっただろうか。俺はふとそう思って、慎重にポケットから携帯電話を取り出し、時間を確認した。光が眠ってから、10分くらいか…。まだ少し時間あるな。
…なんか…幸せだなぁ…。こうして光の寝顔を見てると…いつまでもこうしていられる気がする。そんで、ずっとこんな日々が続いてほしいと思う…。俺が誰かとずっと一緒に居たいなんて思うようになるとはな…でも光と居ると、運命の出会いってあるのかな、なんて思っちまうな…
…それにしても…寝顔可愛いな…。
俺はうずうずして、ダメだ、バレたら怒られる、と思いつつも、つい…光の寝顔に携帯のカメラを向けた。
――パシャッ
……。撮ってしまった…。だって、寝顔なんてめったに見れないし!
ま、まあ、誰にも見せないから…
「あっ御幸…」
え。
不意に聞こえた聞き覚えのある声。見渡すと、寮の方の柵の間から麻生たちが出て来たところで、俺を見てお互いをどつき合いながら声だけは潜めて騒ぎ始めた。いやな騒ぎ方だ。うわ、見ろよアレ、ラブラブ…、などとひそひそ声が漏れ聞こえてくる。
恥ずかしいけど、光を起こしたくない。こんな状況で、というのもあるけど、今日は本調子じゃないし、つかの間の休息だし。俺は麻生たちを睨んで、人差し指を口元に当てて、静かにしろと訴えた。すると麻生たちは顔を赤くして、ヒソヒソ笑いをかみ殺し、何度もこっちを振り返りながら校舎に入っていった。
クソ…見られた。今日は寮でいじられんだろうな〜…。
***
「マジマジ!膝枕だぜ!」
「うっわセクハラ…」
「いや逆逆!玉城さんが御幸の膝で!」
「アァ!?マジ!?」
「何か見間違えたんじゃない?」
「何を見間違えるんだよw」
あ〜…やっぱり…
食堂の入り口で立ち尽くしていると、倉持が俺に気づいて声を上げた。
「あ!来やがった!」
「コラ御幸!!学校でイチャついてんじゃねぇ!!」
「はっはっは、羨ましい?ごめリンコ♡」
「んだとコノヤロォ!!」
「死ね!!」
あ〜はいはい、と笑って流しながら麦茶を取りに行く。食堂にたまっていた2年達も何事かと騒ぎを野次馬し始めた。
「いかがわしいなァ〜御幸ちゃんよォ」
「不純異性交遊反対!!」
「なんだそれ…寝てただけじゃん?体調悪かったんだよ。」
体調が悪かった、ということを聞いて、倉持達はちょっと拍子抜けしたように勢いをなくした。
「…ってアホか!ちょっと納得しかけたっちゅーねん!保健室行けや!結局イチャつきたかっただけやろが!」
「あっ…そーか!やっぱ死ね御幸!!」
「はっはっはっは!」
調子に乗って高笑いした時、するり、と俺のポケットから何かが抜き取られた。
「あ!?おい返せよ!」
「うわ!!こいつ待ち受け玉城さんだ!!」
「マジ!?」
「おい俺にも見せろ」
倉持が俺のポケットから携帯を抜き取ったのだった。相変わらず手癖の悪い奴だ。それにしても…待ち受けは普通に、光がピースして笑ってるやつだけど、アルバムにある寝顔を見られるのはヤバい!
「ムカつくから1年の時御幸が女装させられた写真玉城さんに送ろうぜ」
「いいねー」
「よくねーよやめろ!」
「えーとアルバムってどれだ?ガラケーの操作忘れたんだけど」
「おい返せって!!」
倉持が俺を見て、ニヤーと笑って、しまった、と思った。必死になりすぎて、これじゃ携帯にやましいデータがあると言ってるのと同じだ。
「そんなに返してほしいかよ?」
しまいにはそんなドS発言までする始末。倉持なんかに…超屈辱的なんですけど。
くっ…、となっている俺に、倉持はちょっと携帯を操作して、「そーだなぁ」と楽しげに言った。
「じゃ、今ここで玉城さんに電話して、愛してる♡って言ったら許してやるよ。」
「はぁ…!?」
「できなかったら皆にアルバム公開な。玉城さんの写真いっぱいありそうだし〜」
鬼か!!
「発信履歴玉城さんばっかじゃねーかw」
倉持はそう笑って俺を辱めて、ほらよ、と携帯を俺の耳に当てた。プルルルル、プルルルル、と無機質な呼び出し音が響いてくる。はずかしい…けど、しょうがない。アルバムは見せるわけにいかないし。だって、光と空き教室で会ったときに撮った、ちょっとイケナイ感じの写真もあるし……。…やっぱ見せるわけにはいかねェ!!断じて!!大丈夫、ちょっとふざけた感じで、いつもと同じ調子で、愛してるよ光♡って言うだけ。別に初めてでもないし。大丈夫大丈夫…
「もしもし。」
「あ、も、もしもし…」
プツンと呼び出し音が途切れ、光の声がした。倉持達は息をひそめて耳を近づけてきた。
「どうしたんですか?」
「あー、えっと…」
「あ、ちょっと待って。」
光の声が遠くなり、はーい、と返事をしている様子が響いた。叔母さんに何か言われたらしい。
「ごめんなさい。何ですか?」
光の声が近くに戻ってきた。今何してた?って聞け!と、麻生がヒソヒソ指示を出してくる。
「…今何してた?」
「今?……別に何も」
「……。」
「……。」
「……。」
シーン、と沈黙が流れた。
「…お前ほんとに付き合ってんの?」
「シッ!かわいそうだろ」
笑いをこらえる麻生、遠慮なく笑う倉持。…光はああみえて結構淡白なんだよ!!普段クールだけど甘えん坊の時はとことん甘えん坊で、そういうギャップが良いんだよ!!…とは、言えねーけど…
それにしても今淡白モードか…昼間甘えん坊モードだったから、生理痛も落ち着いて恥ずかしくなったとかかな…光のことだし…多分そうだ。
「で…何か用ですか?」
「あ〜…え〜…」
「何か用ですかって彼氏に言うセリフかよw」
「御幸、付き合ってるって実は嘘だろ?w」
「早く愛してるって言えよw」
うるせえ、と口パクで倉持達に抗議して、コホン、と咳払いをして仕切りなおす。
「あ…あのさ光」
「うん?」
いよいよか、と固唾をのんで見守る男たち。
「…あ…愛して…る」
シーン…と、食堂だけでなく、電話の向こうでも沈黙が流れた。倉持達は声を殺してはいるものの、ニヤニヤ小突き合っていて動作はうるさいけど。
「……な、何か言って」
ずっと沈黙している光に救いを求めるように耐え切れず言うと、電話の向こうで息をのむ気配がした。
「…うん」
「何、うんって」
「……だって、急に、そんなこと…。」
「……。」
まあ…こんなもんだ。普通はそうだ。光がすげー照れてるのは伝わってくるけど、もうただひたすらこっぱずかしいだけで、電話を切るタイミングを探っている自分がいる。だけど、その時…
「……好き」
ぽそ、と光が小さな声でつぶやいた。
「……えっ!?」
「も、もう寝るから。おやすみ!」
「え、ちょ、光今…」
プツッ、と電話が切れた。好きって…光が好きって…甘えん坊モード以外の時に言うの、めちゃくちゃレア…
「…スキ」
「……。」
ぼそり、と倉持が俺をからかうように言う。倉持に言われてもちっともときめかない。
「御幸ちゃ〜ん!好き!」
「俺も好き〜!」
「愛してるゥ〜!」
「うるせー!お前らに言われても嬉しくねーよ!」
「ヒャハハハ照れてる照れてる」
「スキ♡」
「ヒャッハッハッハ!!キメェ〜!」
ダメだこりゃ。もう収拾がつかない。
「ハァ〜お子ちゃまだなお前らは!」
「んだとゴルァ!!」
「彼女いるからって調子乗ってんじゃねぇ!!」
「死ね!!」
***
「ん…」
膝の上で光が目を覚ました。
「…んう…。…う〜…」
そのままもぞもぞと俺の腰に頬ずりするように顔を埋め、ぎゅうっと抱き着いてくる。
「ちょっ…ぐりぐりすんなソコ…」
「…んふふ」
慌てた俺の声が可笑しかったのか、光は少し笑って顔を上げて起き上った。鎮痛剤も効いて痛みが引き、少し元気になったようだ。
「はあ〜…」
「何落ち着いてんだよ(笑)」
俺に抱き着いて肩口に頭を預け、また目を閉じる光。
「落ち着くんだもん〜…」
「俺いつまで抱き枕になってればいいの?」
「ずっと。」
「…はい」
苦笑しながら、でも嬉しくなっちゃうんだからしょうがない。
ベタ惚れすぎ、なんて周りからは呆れられるけど…
「一也さん…」
「……。」
俺の名前をこんな幸せそうな笑顔で呼ばれちゃったら、死ぬほど愛おしくなっちゃうのもしょうがないじゃないか。
俺は頬を緩めて光の寝顔を見つめ、髪を撫でた。
練習後のロッカールーム。今をときめく怖いもの知らずのルーキーの声が響く。
「なんか束縛激しいって言うか。遠征中遊んでないか電話で探り入れてくるし…」
「昨日キャバいるとき電話かかって来たの、やっぱ彼女だったのかよw」
「まー実際遠征のたび女遊びしてるし、彼女も不安なんだろ?」
「えー!?でも俺まだ19っすよ!まだ遊びたいですよ〜!」
「じゃあ彼女作んなきゃいーじゃん」
「いやそれはそれでしょー」
若いというかなんというか…。哀れ、と言うべきか。
「すぐキレるし、デート連れてかないと不機嫌になるし、毎日メールしなきゃなんねーし…生理中なんて鬼ですよ鬼!あーマジ別れよっかなー」
「生理中は大目に見てやれよwうちの嫁さんもよく不機嫌になるけど、まあ慣れだな、慣れ。」
「何で女って生理中機嫌悪くなるんすかね?」
「さあな〜。腹痛くてイライラすんだろ。」
「どんなに可愛くても毎月豹変されたんじゃ愛も冷めますよね〜!…御幸さん!御幸さんの彼女さんはどーなんすか?」
「え?光?」
そこで光の話が出るんだ。話振られたくないから気配消してたんだけどな〜…。
「やっぱあんだけ美人な彼女でも嫌になります?」
「全然。」
「えー!?嘘だ〜!」
「嘘じゃねーよ。」
嫌になったことなんて一度もない。毎日可愛くて愛おしくて仕方がない。
「理不尽な八つ当たりとかされないんすか!?」
「されるされる。」
「えーじゃあなんで!?」
「俺にだけ八つ当たりするなんてかわいーじゃん♡」
「……。」
ぽかん、とルーキーは言葉を失った。周りのチームメイトは「またか」と言わんばかりに苦笑して、もう聞く耳を持っていない。
「じゃあお先〜!」
「おーおつかれさん」
「御幸また飲み行かねーで帰るのかよ」
「そりゃ1秒でも早くハニーに会いたいですから♡」
「へーへーごちそうさま」
チームメイトに呆れられながら帰っていく俺を見て、ルーキーは引きつった顔で呟いた。
「御幸さんヤバ…」
***
「ただいまー」
部屋の電気がついていたから光は先に帰って来たのかと思い、声を掛けながら部屋に入った。光と同棲を始めて1か月が経とうとしている。光がいる生活にやっと慣れてきて、だけどまだまだ幸せで浮ついた気持ちだ。
「光ー?」
おかしいな、帰ってるはずだけど…。返事がないため部屋の中を見渡しながらリビングに入ると、のそり、とソファの上で光が起き上がった。
「お、珍しい…昼寝でもしてたの?」
「……。」
光は答えず、俯いて、またそのまま具合が悪そうに俯せた。
「え…どした?大丈夫?」
「……。…来て」
「?」
俯せたまま手を伸ばしてくる光に歩み寄り、その手を握ると、光は顔を上げて俺に抱き着いてきた。
「光?どうしたんだよ?」
「う…。うう〜…」
え…な、泣いてる?
「光…?」
ぽんぽん背中を撫でて慰めると、やがて光は甘えた声で言った。
「…生理きた」
…ん?
「おなかいたい…。」
…あ〜〜〜。なるほど…。
高校の時も何度かあったな、生理痛が酷くて甘えん坊になったこと…。
「薬飲む?」
「…買うの忘れてて…ない…」
「じゃ、買ってくるよ。なんてやつ?」
「……。」
ぐすぐすいう光から薬の名前を聞きだし、近所のドラッグストアでその鎮痛剤を買った。生理痛の薬って、色々あるんだな…。頭痛薬と書かれたものから、生理痛専用のもの、それに子供用まで…。そうか…早いと小学生の時にはもうなってる子もいるのか…。俺…小学生の頃なんて、何にも考えてない悪ガキだったなぁ〜…。女の子の方がませてるのって、そういう体の変化が早く訪れるからなんだろうか。
…なんて脱線気味なことを考えつつ、鎮痛剤を持ってマンションの部屋に戻ると、涙に頬を濡らした光がすぐに抱き着いてきた。…やっぱすげえ甘えん坊になるな…。生理中の女は不機嫌でめんどくさい、なんてチームメイトは言ってたけど、光が甘えん坊になるのって変わってるんだろうか。でも、まあ、不機嫌になろうが甘えん坊になろうか、光は可愛いけど。そもそも片思い時代に散々きつく当たられていたから、光の不機嫌モードには慣れてる。
「はい。」
「…ありがとう…」
光は鎮痛剤を飲むと少し落ち着いた様子で、また俺にもたれかかってきた。
「光さん。」
「…何。」
「俺、シャワー浴びて着替えてきたい。」
「……。」
ムスッとしたまま俺の手をしぶしぶ離す光。
「早く戻ってきて。」
「プクク…はいはい。」
早く戻って来てって…なんだそれ。可愛すぎ。
さっとシャワーで汗を流して部屋着に着替えてリビングに戻ると、クッションを抱いてソファにいた光が両手を伸ばしてくる。
「ちょっと待ってて。」
「早く〜…」
キッチンに入る俺にねだりながらソファに寝転がる光。まだ痛み止めが効かないらしく、うんうん唸っていて可哀そうだ。俺はホットココアを作り、ソファに戻った。
「ほら」
「……。」
マグカップを受け取り、起き上がる光。昔生理痛がきついと甘えてきたとき、学校の自販機でココアを買ってあげたっけ。そしたら…
「一也さん大好き」
「…はいはい」
…そうそう、さらにべったりするようになったんだ。喜んでくれたなら嬉しいけど、昔はちょっと参った。気恥ずかしくて。
光はココアをちびちび飲んで、俺の腕にギュッと抱き着く。その目がうとうとしていたから、俺は腕を上げて光の肩を抱き寄せて、髪を撫でた。
「少し寝たら?」
「…うん」
生理中は眠くなるって、昔言ってたことを思い出して言うと、光はこくんと頷いて、ココアを飲んでから俺の膝の上に横になった。ソファの背にかけられていた毛布をひっぱり、光の肩にかけて、目を閉じた光の横顔を見つめて…胸にジワリと温かいものを感じながら、俺は昔のことを思い出していた。
***
「ほら、あったかいココア。」
「…ありがとう」
高校3年の秋。昼休みに会った光が生理中でだるそうにしていて、中庭のベンチに座らせてココアを上げた。鎮痛剤が効くのを待っているらしく、何か欲しいものはあるかと聞くとあったかい飲み物、と言った後で、ココア、と光は呟いた。
「大丈夫かぁ〜?」
「だめ…」
光は悲しそうな顔で答え、俺は苦笑する。だめって言われても、これ以上俺にできることはないし。ただ隣で慰めることくらいしか…。
「先輩が一緒にいてくれなきゃだめ」
「はいはい、いますよ」
だけどこんなふうに、いつもなら絶対恥ずかしがって言ってくれない台詞で甘えてくれるのはこういうときだけだから、ちょっと嬉しかったりして…。いや、ちがう。かなり嬉しい。
ふあ、と光が小さな欠伸をした。それからうとうとと眠たげに目を細める。そういえば前に、生理中は眠くなるって言ってたっけ…。
「眠そうだなー。少し寝る?」
「…んん…でも…」
「誰も来ねえよ、こっち寮しかないし」
「ん〜…」
あの真面目な光が迷ってる。相当眠いんだなこれは。
「予鈴が鳴る前に起こしてやるよ。」
「…じゃあ…ちょっとだけ…」
「うん」
肩を貸すつもりで言ったのだが、次の瞬間、光は俺の膝の上に頭を載せた。
え…ひ、膝枕!!?な…なかなかキワドイ…。
だけど光はもう気持ちよさそうに目を閉じていて、その横顔にかかる柔らかな髪につい手を伸ばして退かすと、真っ白なこめかみとバラ色の頬が現れて、きっと眠りの森の美女ってこんな感じだ、なんて思ってしまう。
光の寝顔…可愛いなぁ…
それにしてももう眠りに入ってるなんて、やっぱよっぽど眠かったんだな。暴力的なまでの睡魔ってあるよなぁ…。
……。光の寝顔…役得。それに、俺の前でこんなに無防備に寝るなんて、信頼されてるんだなぁと思うと…嬉しい。
そしてそのまま、どれくらい時間がたっただろうか。俺はふとそう思って、慎重にポケットから携帯電話を取り出し、時間を確認した。光が眠ってから、10分くらいか…。まだ少し時間あるな。
…なんか…幸せだなぁ…。こうして光の寝顔を見てると…いつまでもこうしていられる気がする。そんで、ずっとこんな日々が続いてほしいと思う…。俺が誰かとずっと一緒に居たいなんて思うようになるとはな…でも光と居ると、運命の出会いってあるのかな、なんて思っちまうな…
…それにしても…寝顔可愛いな…。
俺はうずうずして、ダメだ、バレたら怒られる、と思いつつも、つい…光の寝顔に携帯のカメラを向けた。
――パシャッ
……。撮ってしまった…。だって、寝顔なんてめったに見れないし!
ま、まあ、誰にも見せないから…
「あっ御幸…」
え。
不意に聞こえた聞き覚えのある声。見渡すと、寮の方の柵の間から麻生たちが出て来たところで、俺を見てお互いをどつき合いながら声だけは潜めて騒ぎ始めた。いやな騒ぎ方だ。うわ、見ろよアレ、ラブラブ…、などとひそひそ声が漏れ聞こえてくる。
恥ずかしいけど、光を起こしたくない。こんな状況で、というのもあるけど、今日は本調子じゃないし、つかの間の休息だし。俺は麻生たちを睨んで、人差し指を口元に当てて、静かにしろと訴えた。すると麻生たちは顔を赤くして、ヒソヒソ笑いをかみ殺し、何度もこっちを振り返りながら校舎に入っていった。
クソ…見られた。今日は寮でいじられんだろうな〜…。
***
「マジマジ!膝枕だぜ!」
「うっわセクハラ…」
「いや逆逆!玉城さんが御幸の膝で!」
「アァ!?マジ!?」
「何か見間違えたんじゃない?」
「何を見間違えるんだよw」
あ〜…やっぱり…
食堂の入り口で立ち尽くしていると、倉持が俺に気づいて声を上げた。
「あ!来やがった!」
「コラ御幸!!学校でイチャついてんじゃねぇ!!」
「はっはっは、羨ましい?ごめリンコ♡」
「んだとコノヤロォ!!」
「死ね!!」
あ〜はいはい、と笑って流しながら麦茶を取りに行く。食堂にたまっていた2年達も何事かと騒ぎを野次馬し始めた。
「いかがわしいなァ〜御幸ちゃんよォ」
「不純異性交遊反対!!」
「なんだそれ…寝てただけじゃん?体調悪かったんだよ。」
体調が悪かった、ということを聞いて、倉持達はちょっと拍子抜けしたように勢いをなくした。
「…ってアホか!ちょっと納得しかけたっちゅーねん!保健室行けや!結局イチャつきたかっただけやろが!」
「あっ…そーか!やっぱ死ね御幸!!」
「はっはっはっは!」
調子に乗って高笑いした時、するり、と俺のポケットから何かが抜き取られた。
「あ!?おい返せよ!」
「うわ!!こいつ待ち受け玉城さんだ!!」
「マジ!?」
「おい俺にも見せろ」
倉持が俺のポケットから携帯を抜き取ったのだった。相変わらず手癖の悪い奴だ。それにしても…待ち受けは普通に、光がピースして笑ってるやつだけど、アルバムにある寝顔を見られるのはヤバい!
「ムカつくから1年の時御幸が女装させられた写真玉城さんに送ろうぜ」
「いいねー」
「よくねーよやめろ!」
「えーとアルバムってどれだ?ガラケーの操作忘れたんだけど」
「おい返せって!!」
倉持が俺を見て、ニヤーと笑って、しまった、と思った。必死になりすぎて、これじゃ携帯にやましいデータがあると言ってるのと同じだ。
「そんなに返してほしいかよ?」
しまいにはそんなドS発言までする始末。倉持なんかに…超屈辱的なんですけど。
くっ…、となっている俺に、倉持はちょっと携帯を操作して、「そーだなぁ」と楽しげに言った。
「じゃ、今ここで玉城さんに電話して、愛してる♡って言ったら許してやるよ。」
「はぁ…!?」
「できなかったら皆にアルバム公開な。玉城さんの写真いっぱいありそうだし〜」
鬼か!!
「発信履歴玉城さんばっかじゃねーかw」
倉持はそう笑って俺を辱めて、ほらよ、と携帯を俺の耳に当てた。プルルルル、プルルルル、と無機質な呼び出し音が響いてくる。はずかしい…けど、しょうがない。アルバムは見せるわけにいかないし。だって、光と空き教室で会ったときに撮った、ちょっとイケナイ感じの写真もあるし……。…やっぱ見せるわけにはいかねェ!!断じて!!大丈夫、ちょっとふざけた感じで、いつもと同じ調子で、愛してるよ光♡って言うだけ。別に初めてでもないし。大丈夫大丈夫…
「もしもし。」
「あ、も、もしもし…」
プツンと呼び出し音が途切れ、光の声がした。倉持達は息をひそめて耳を近づけてきた。
「どうしたんですか?」
「あー、えっと…」
「あ、ちょっと待って。」
光の声が遠くなり、はーい、と返事をしている様子が響いた。叔母さんに何か言われたらしい。
「ごめんなさい。何ですか?」
光の声が近くに戻ってきた。今何してた?って聞け!と、麻生がヒソヒソ指示を出してくる。
「…今何してた?」
「今?……別に何も」
「……。」
「……。」
「……。」
シーン、と沈黙が流れた。
「…お前ほんとに付き合ってんの?」
「シッ!かわいそうだろ」
笑いをこらえる麻生、遠慮なく笑う倉持。…光はああみえて結構淡白なんだよ!!普段クールだけど甘えん坊の時はとことん甘えん坊で、そういうギャップが良いんだよ!!…とは、言えねーけど…
それにしても今淡白モードか…昼間甘えん坊モードだったから、生理痛も落ち着いて恥ずかしくなったとかかな…光のことだし…多分そうだ。
「で…何か用ですか?」
「あ〜…え〜…」
「何か用ですかって彼氏に言うセリフかよw」
「御幸、付き合ってるって実は嘘だろ?w」
「早く愛してるって言えよw」
うるせえ、と口パクで倉持達に抗議して、コホン、と咳払いをして仕切りなおす。
「あ…あのさ光」
「うん?」
いよいよか、と固唾をのんで見守る男たち。
「…あ…愛して…る」
シーン…と、食堂だけでなく、電話の向こうでも沈黙が流れた。倉持達は声を殺してはいるものの、ニヤニヤ小突き合っていて動作はうるさいけど。
「……な、何か言って」
ずっと沈黙している光に救いを求めるように耐え切れず言うと、電話の向こうで息をのむ気配がした。
「…うん」
「何、うんって」
「……だって、急に、そんなこと…。」
「……。」
まあ…こんなもんだ。普通はそうだ。光がすげー照れてるのは伝わってくるけど、もうただひたすらこっぱずかしいだけで、電話を切るタイミングを探っている自分がいる。だけど、その時…
「……好き」
ぽそ、と光が小さな声でつぶやいた。
「……えっ!?」
「も、もう寝るから。おやすみ!」
「え、ちょ、光今…」
プツッ、と電話が切れた。好きって…光が好きって…甘えん坊モード以外の時に言うの、めちゃくちゃレア…
「…スキ」
「……。」
ぼそり、と倉持が俺をからかうように言う。倉持に言われてもちっともときめかない。
「御幸ちゃ〜ん!好き!」
「俺も好き〜!」
「愛してるゥ〜!」
「うるせー!お前らに言われても嬉しくねーよ!」
「ヒャハハハ照れてる照れてる」
「スキ♡」
「ヒャッハッハッハ!!キメェ〜!」
ダメだこりゃ。もう収拾がつかない。
「ハァ〜お子ちゃまだなお前らは!」
「んだとゴルァ!!」
「彼女いるからって調子乗ってんじゃねぇ!!」
「死ね!!」
***
「ん…」
膝の上で光が目を覚ました。
「…んう…。…う〜…」
そのままもぞもぞと俺の腰に頬ずりするように顔を埋め、ぎゅうっと抱き着いてくる。
「ちょっ…ぐりぐりすんなソコ…」
「…んふふ」
慌てた俺の声が可笑しかったのか、光は少し笑って顔を上げて起き上った。鎮痛剤も効いて痛みが引き、少し元気になったようだ。
「はあ〜…」
「何落ち着いてんだよ(笑)」
俺に抱き着いて肩口に頭を預け、また目を閉じる光。
「落ち着くんだもん〜…」
「俺いつまで抱き枕になってればいいの?」
「ずっと。」
「…はい」
苦笑しながら、でも嬉しくなっちゃうんだからしょうがない。
ベタ惚れすぎ、なんて周りからは呆れられるけど…
「一也さん…」
「……。」
俺の名前をこんな幸せそうな笑顔で呼ばれちゃったら、死ぬほど愛おしくなっちゃうのもしょうがないじゃないか。
俺は頬を緩めて光の寝顔を見つめ、髪を撫でた。