「オイ、昨日のどうなったよ?」

昨日の昼休み、俺は隣のクラスの女子に呼び出された。そのことを知っている倉持は、昨日からニヤニヤしながらしつこく聞き出そうとしてくる。周りに騒がれたくないからはぐらかしてるけど、なんでこうも人目があるときに来るのか…ああ、からかいたいからか。俺は教室の人目を避けるために席を立って廊下に出た。

「しつけぇな〜〜お前も…」
「告られたんだろ?付き合うの?」
「声デケェって」

本人や本人の友達が耳にしてしまうかもしれないから振ったとか大っぴらに言いたくねーんだよ…!前それで騒ぎになって女子から責められたし。

「何、何?告られたって!?」
「御幸が?誰に?」

あ〜もう、ほら…こうなる。
廊下にいた同級生が噂を聞きつけて集まってきて、俺はうんざりする。

「こいつ昨日告られたんだよ。」
「誰に誰に!?」
「隣のクラスの……」
「え!マジ!?」
「で、どうなったの?」
「付き合うの?」
「え!?御幸彼女できたの!?」
「うるせえって…!」

はっ。
いつの間にか、目の前に玉城がいた。大きな瞳で俺と俺の周りにいる同級生たちを見渡している。違う、と言いかけて、いやなんで玉城に必死に否定するんだ、と思いとどまった。そんなことしたら意識してんのバレバレだし…どうせ玉城は、興味もないだろうし…

「……。」

玉城は目を逸らして、牧瀬と連れ立って通り過ぎて行った。ほらな…無反応。

「な〜!御幸どうなったんだよ!」
「うるせぇな付き合ってねーよ!もうこの話すんな!」



***



次の日、中庭の渡り廊下で玉城を見かけた。もちろん牧瀬も一緒だ。
二人はベンチに座って、ジュースを片手におしゃべりをしているようだ。しばし玉城の後ろ姿を見つめていたい衝動にかられたけど、気づかれたら怒られるに決まってるので、ちょっと声をかけてやろうと思いつく。
近づいていくと、会話の内容が漏れ聞こえた。

「えーと、付き合って何か月だっけ?」
「…もうすぐ1か月かな。」

…え?

「うわ!びっくりした!」

俺に気づいた牧瀬が声を上げ、玉城も俺を振り返った。だけど玉城がどんな表情をしているかよりも、俺は今聞こえた会話の内容がショックすぎて、一瞬頭の中が真っ白になった。
玉城…付き合ってる奴がいるってこと?しかも、もう1か月も…?

「…あ」

玉城は立ち上がって、俺と目も合わせずに、後ずさった。

「ちょっと…わ…私、行くね…」
「えっ?光ー?ちょっとー!」

玉城は足早に渡り廊下を渡って校舎に入ってしまった。
牧瀬も慌てたように立ち上がり、失礼しますー、と走って玉城を追いかけて行ってしまう。
取り残された俺は、聞き漏れた話のショックと玉城になぜか避けられたショックとで、しばらく立ち尽くした。



***



玉城に彼氏が…。
1か月…って、嘘だろ…。一体誰と?同級生?それとも、年上?まさか年下?どんな奴なんだろう…
まあ玉城…美人だもんな…可愛いし…清楚で、真面目で…負けず嫌いで、努力家で…そりゃモテるよな…。
あー…きつい…

「あー…」

堪えきれず、声が出た。パイプ椅子に座って天井を仰ぎ、屍のような状態で実際魂も抜けそうなほど呆けて、もう椅子から立ち上がる気力もなかなか湧かない。

「なんで御幸死んでんの?」
「知らん」

「ああぁ〜〜…」

「うるせぇなぁ…シャキッとしろコラ!!クソ眼鏡!!」

後輩に示しがつかねーだろが!と倉持にたたき起こされたため、外の風にあたるために寮を出た。
だけど一人で土手道を歩いていると、なんだか余計にセンチメンタルになってきて、不意に泣きそうになった。
玉城に彼氏がいたことが、こんなにショックだなんて…。
あ〜〜もう…なんとかなんねーかな…何かの間違いであってほしい…。

「……。」

…嘘だろ。なんでこんな時に。
俺は道の先のベンチに玉城が座っているのを見つけて立ち止まった。
玉城は一人で、川の方を向いて座っていて、何か物思いにふけっている様子でボーっとしている。
…なんか…玉城も魂抜けてんな…。何かあったのかな…?

「……。」

川の流れる音が静かに響き、夕焼けの色に照らされる玉城の横顔は、ずって見ていたくなるほどに綺麗で。
この横顔を、遠慮なく、ずっと見つめていられる奴がいる…。いや、違うな、見つめ合うことだってできる。微笑んでもらうことだって、触れることだって…。それになにより、玉城に「好き」と言われる…その喜びを知ってる奴がいる…。
誰なんだよ…どんなすごい奴なんだよ。世界の一つや二つ、救ってる奴なんだろうな?そうじゃなきゃ割に合わない。こんな綺麗な、素晴らしい女の子の心を手に入れるなんて…

「……。」

ふ、と玉城が長いまつ毛をふるわせ、瞬いた。その瞬間にまた目を奪われた俺は、ぽろ、とバラ色の頬に宝石のかけらみたいな涙がこぼれたのを見た…気がした。
…玉城…泣いてるのか?
こんなところで、ひとりで?なんで?

声をかけるべきか迷っているうちに、玉城は瞬きをして、そのたびにぽろぽろ、どんどん涙があふれてきた。顔も悲しそうにゆがんで、ついにはうつむいて、小さく息をのむ声をこぼした。

「っ…、…ふ…っ」
「……。」
「……っ」

声を押し殺して泣いている玉城を、そのまま放って帰ることはさすがにできない。結局はそう結論付けて、俺は決意を固めて、玉城に歩み寄った。

「…玉城?」
「…!」

玉城は心底驚いたように、濡れたままの目で俺を見上げて、すぐに涙を隠すように顔を背けた。

「ど…どしたの?」
「なんでもない…大丈夫です」

なんでもないわけないし、大丈夫そうにも見えない。置いて帰るわけにもいかないし…

「いや…でも…」

どうすりゃいいんだ。泣き止むまで傍に居る?家まで送る?玉城んちってどこだよ。なんとか…何かしてあげたいけど…
そう迷いながら慰めようと肩に伸ばした手が、玉城に触れた瞬間。

「触らないで!」

玉城の手によって俺の手ははじかれた。
直後、玉城はハッとバツが悪そうに俺を見て、そしてすぐに涙を思い出したように俯いた。

「…ごめんごめん。触らねーよ。」
「……。」

触らないで、なんて、めちゃくちゃ傷つく。でもそれよりも、玉城をほっとけないという気持ちの方が強くて、俺は少し距離を開けて玉城の隣に座った。

「……。」
「……。」

少し沈黙して、玉城は涙を拭って鼻を啜り、俯いたまま呟く。

「…どっか行ってよ…」
「いや…さすがにお前置いて行けないだろ、泣いてんのに」
「……。」

顔を向こうに背けたまま目元を拭う玉城。ベンチの上に置かれた無防備でほっそりとした左手を見て、そっと握る想像をして、俺は視線を逸らした。

「……。…私だったら…」

涙で潤んだような声で、玉城が話し始めて、俺は耳を澄ました。

「私の彼氏が…私以外の泣いてる女の子と一緒にいてあげてるなんて、絶対嫌」

…はっ、と乾いた笑いがこぼれた。

「…そりゃーすいませんね。でも実際知ってる後輩がひとりで…もうすぐ暗くなんのに泣いてたら、ほっといて帰るわけにいかねーだろ」
「……。」
「お前の彼氏は随分女心がわかるんだろうな〜。今呼べばいいじゃん、ここに。そしたら俺だって安心して帰るっての…」
「……。…彼氏なんて…いないし…」
「……。」

彼氏なんて……
…え?今なんつった?

「え!?彼氏いない!?」
「…だったら何?」
「いやだってお前…彼氏いるんじゃ…」
「はぁ?いないし、そんなの」
「だって今日話してただろ、付き合って1か月とかなんとか…」
「……友達の話ですけど」

ぶわっ…、と腹の底から胸いっぱいに、言い表せない喜びが沸き起こって溢れ出た。そして崩れ落ちそうなくらい大きな安ど感に包まれ、俺は辛うじてそれをため息に昇華した。

「はあ〜〜〜〜……」
「…何なんですか?馬鹿にしてるの?」
「なんでだよ!びっくりしただけだって。いや〜お前に彼氏がいるんだとばっかり思い込んでたからさ…」
「……。」

玉城の不審な目を見て、しまった、と思って慌てて口を噤んだ。嬉しすぎて饒舌になりすぎた。

「…やっぱり馬鹿にしてるんでしょ。自分は彼女できたからって、浮かれて…」
「は?」
「…何?」

玉城は涙で濡れた目で俺を睨む。そーか、あの時の廊下での話…玉城やっぱり勘違いして…

「俺彼女なんていねーよ。」
「………嘘。」
「ホント。」
「…だってこの前…」
「告られただけ。…断ったよ」
「……。…本当に?」

え…、な、なんでそんな真剣な目で聞いてくんの?俺に彼女がいるかどうかなんて、玉城はどうでもいいはずじゃ…

「…ホントだけど?」
「……。」

玉城は口を噤んで俯き、顔を背けた。その耳が…俺の見間違いでなければ、夕焼けよりも赤く染まっていた。

「…ふうん…」

玉城は呟いて、不意に立ち上がった。

「帰る。」
「え、急だな…」

ちらり、と俺を振り向いた玉城の目はまだ潤んでいたけど、表情は晴れていた。

「彼女作らないんですか?」
「え?」
「モテるでしょ。」

さっきの話もそうだし、出会いが出会いなだけに、否定できない。俺は苦笑した。

「…作ってる暇ねーよ。俺は忙しいの。」
「……。」

するとなぜか玉城は嬉しそうに口元を緩めてはにかんだ。そんな笑顔は初めて見て、俺は目を奪われた。

「一生作らなくていいですよ。」
「え…一生?」
「じゃ、さよなら。」

それだけ言い残して玉城はなんだか上機嫌に帰って行った。よくわかんねーけど…でも、玉城には彼氏はいない…。

「…っしゃ」

俺はこっそりと呟き、寮に帰ることにした。



***



「たっだいま〜」
「うわっなんか機嫌よくなってるし」
「この短時間に何があったんだよ」

食堂に麦茶を取りに行くと、倉持達の不審そうな目で出迎えられた。

 


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