「王子がお目覚めですよ。」

使用人がそう声を掛けに来ると、司はぱあっと笑顔になって立ちあがった。

「え!光、会ってもいい?」
「うん、もちろん」
「ひゃ〜楽しみ〜!ホラ光臣行こ!」
「これを飲んだら行く。」
「えー!?」
「先に行っててくれ。」

光臣は飄々とティーカップを傾けた。小さい子供が苦手とか?と一瞬考えたが、光臣がちらりと光を見て、光も何か気づいた様子で笑顔を作ったのがわかった。

「司、先に行ってて。私も準備してから行くから」
「え?うん、わかった、じゃあ…」

司は使用人に案内され、部屋を出て行った。

「光臣。」

光は光臣を呼び、隣のキッチンに入った。光也の食事の用意をするのだ。
かぼちゃと包丁を用意すると、一也がスッと光の手からそれを取り、切り始めた。力が必要で危ないからと、一也はカボチャなどを使うときは積極的に手伝う。頭ではわかっているものの、料理に自信のない俺はそこはどうしても敵わなくて、今も少し悔しさを覚えた。

「何か話があるの?」

光は一也にお礼を言って、白身魚を取り出しながら光臣に尋ねた。

「ああ。頼みがあって」

どうやら司に聞かれたくない話らしい。でも、俺と一也が聞いているのは構わない様子だった。

「何?」

鍋に湯を沸かし、手際よくニンジンやキャベツを切る光。

「司と話してたんだが…出産を日本とイタリア、どちらでするか」
「うん」
「司はイタリアに滞在しようと思ってるようだ。光にも会いに来られる距離だし」
「うん」
「でも、心配があって」
「…何?」
「パパラッチだ」

ああ…と光の目に納得の色が浮かんだ。

「日本でもイタリアでも、記者に付きまとわれて安心して過ごせない。」
「うん」
「だから…司だけ、出産までの間、この国にいさせてくれないか?滞在費はもちろん払う。」

光は手を止めて、真剣な顔の従弟を見上げた。

「え?だめ。」
「え?」
「え?」
「え?」

もちろんいいよと言うとばかり思っていた俺も一也も、おそらく光臣も、目を丸くして光を見た。

「光臣も一緒ならいいよ。」
「……。」

しかしそれに続いた言葉で、光臣はやられたとばかりに苦笑した。

「…いいのか?」
「当たり前でしょ。家族なんだから。」
「……。ありがとう」
「滞在費とか、そんなこと気にしなくていいから。生まれた後も、落ち着くまでいてくれていいし。」
「…本当にありがとう」

光臣のこんな穏やかな笑顔、初めて見たかもしれない。司とうまくやってんだな…。

「じゃあほら、はい。」
「…え?」

光は急に、光臣の手にいもなどを潰す道具を持たせた。

「かぼちゃを潰して。離乳食を作る練習だと思って。」
「……。」

にっこり、蒸かしたかぼちゃを差し出す光に、光臣は苦笑を浮かべて従った。



***



「え〜光臣が作ったの!?これ」
「潰しただけだが…」

離乳食を持って部屋に行くと、光也と対面していた司は目を丸くして驚いた。

「へ〜〜、光臣もかぼちゃ潰したりできるんだ」
「…俺を何だと思ってるんだ」

やっぱりなんだかんだ、このふたりはいい組み合わせなのかもしれない。
光も嬉しそうに二人を見て、光也の食事を用意して、光也にエプロンをかけた。

「離乳食ってこんな感じなんだ〜。」
「最初は重湯だけとか、ミルクも混ぜながらだけどね」
「なるほど〜」

産前産後の大変な時期に、マスコミを避けて、夫や親友が傍にいて…。そのほうがいいに決まっているし、光なら司の為にそうするだろう。
こうして、光也の経験をもとにいろいろ教えてあげられるし。

「それにしても光也君本当に天使〜」
「あはは。」
「うちの子絶対恋しちゃうよ!どうしよ?」
「…気が早いんじゃないか?」
「ふふふ、本当気が早いよ司。」

親友がいて、光も楽しそうだし。この国に来てから、交友関係は一気に狭くなっちまったしな…。この国にいる限り、周りの人間からしたら光は王女でしかなく、友人を探すのはちょっと無理がある。
だから司がここで過ごしてくれれば、光も嬉しいだろう。俺はそう思って、笑顔の光を見つめた。



***



光也の食事の後に俺たちも夕食を取って、光と一也はまた光也の部屋へ行った。光臣と司も客室に入ったので、俺は先に休もうか、光たちのところへ行こうか迷っているときに、廊下で話している光と一也を見かけた。

「光?」
「……。」

一也が何やら光に問いただしていて、光は苦笑を浮かべている。なんだ…?何を話してるんだ?

「何か隠してるだろ。」
「隠してるわけじゃ…」
「どんだけ一緒にいると思ってんの?わかるんだぞ、そういうのは」
「うん…」
「で…どうしたの?」

光が何か隠してる…?…あ、そういや、司に何か言いかけて、はぐらかして…。
それは俺も気になってた。

「……その」
「……。」
「…妊娠…したかもしれない」

ドキン、と心臓が跳ねた。それって、もしかして…。

「…洋一との?」

はっきりと、開き直ったような声で一也が言った。
光の返事は声ではなかったけど、こくん、と頷いて――俺は思いがあふれ出しそうになった。
俺との子を…光が妊娠…。

「……。」

…だけど一也は面白くないんじゃ…。
俺は急に緊張して、壁の陰から二人の様子をうかがった。

「…そっか。」

一也はそう呟き、光の頭を撫でた。

「あいつにはもう言ったの?」
「まだ…検査してから、伝えようと思って。でも、もう生理きてないから…多分…」
「そっか…。…喜ぶよ、アイツ」

一也…怒ってない…のか。結婚を許したときに、もう腹をくくってるってことか…

「光也の弟か、妹か」
「……。」
「仲良くなったらいいな…」

そう呟いた一也に、光は少し安堵したように微笑んだ。するとその直後――

「……っ」

一也が光にキスをした。…深いキスを。光は受け入れて、二人はしばらく舌を絡ませた。

「っ……。」

息が乱れたころ、一也は光の唇を解放した。

「…今夜は俺の部屋…来てくれる?」

頬を撫でながら尋ねた一也に、光はうなずいて。
俺は静かに踵を返し、その場を離れた。

 


ALICE+