348
「おはよ〜。」
「おはよう。」
ダイニングにおなかの大きくなってきた妊婦がふたり。
春の日差しの中で、おしゃべりに花が咲いている。
「ママぁ〜」
よちよちしつつ一人で歩けるようになった光也が、俺の手から離れて光に駆け寄った。
「おはよう光也。」
「おあよ〜」
光也が入ってきて、使用人たちの間にも笑顔が広がる。光也はもうすっかりこの城の人気者だった。
光也は光のおなかに抱き着き、ふと気が付いたようにそこを撫でた。
「ママどーしておなかおっきいの?」
光也も気づくほどおなかが大きくなってきた光は、光也を膝に抱き上げて微笑んだ。
「光也の大切なものが入ってるんだよ。」
「みっくんのたいせつなものー?」
「そうだよ。」
光也はじっと光のおなかを見つめて撫で、何を思ったか、ちゅっ、とキスをした。
「いやーん可愛い〜」
司が両手で頬を包んで言った。最近は毎日のように「光也君みたいな子が生まれないかな〜」と言っている。
「つかさちゃんのおなかもみっくんのたいせつなものー?」
光也が司を指さして尋ねると、司は嬉しそうに笑った。
「大切にしてくれたら司ちゃん嬉しいな〜。」
「たいせつにするよ!」
「うふふふやだぁも〜〜かわいすぎ!!」
「…朝食です」
周防が静かに言い、俺たちの前に朝食を配膳していった。光の隣にベビーチェアを置き、光也の食事も用意された。
「すおーくん〜」
「……。」
光也は手を一生懸命伸ばして周防に甘え、周防も慣れた様子で光の手から光也を抱き上げて、ベビーチェアに座らせた。
「周防君なつかれてるねぇ〜」
さすが〜、と司がからかって笑うと、周防は照れ臭そうに顔をしかめたまま配膳に戻った。
そうなのだ、光也は人懐こくて、周防にもよくなついている。周防もよく面倒を見てくれているし、それはわかる。だけど…
「よおちゃん!」
「おっ、元気だな〜光也」
「あそぼー!」
「ごはん食べたら遊ぼうな。キャッチボールするか?」
「するー!」
「じゃ、いっぱい食べてもっと元気にならないとな。」
「たべるー!」
…洋一になついてるのはなんかちょっと悔しい。面倒見がいいのは認めるけど。
「キャッチボール好きだねぇ〜光也君」
「…それしか教えられてないんじゃないか?」
「光臣どういう意味だコラ」
「でも、キャッチボール好きなんだよね光也。一也さんたちが野球教えてるの見てるから…この間もキャッチャーミットを欲しがって」
「え〜キャッチャーミットなんてわかるの光也君!」
「パパが持ってる大きいやつがいいって。ふふ」
そうなのだ。光也はもちろん俺にもなついてくれている。特に最近は究極のママっ子から少しだけ卒業して、パパと一緒がいい、パパと同じがいい、ってわがままも始まった。可愛いわがままだ。
「へえ〜!じゃあもう可愛くてしょうがないんじゃないですかあ〜?一也さ〜ん」
「もちろん。世界一可愛い。」
「うわあ即答!」
***
遊び疲れてすやすやと眠る光也。声を抑えて部屋を出て、ソロソロとリビングへ行くと、司がやっとという顔で口を開いた。
「あ〜〜!やっぱり可愛いな〜光也君!」
「ふふ。」
「それにすごいいい子!うちの親戚の子なんてお昼寝が嫌で泣いちゃって全然寝てくれないって聞いてたけど、光也君ってそういうことないの?」
「光也は昔からよく寝る子だったよな〜。」
「うん、あと、一也さんがたくさん寝たら大きくなれるぞって言ったのも効いてるみたい。ふふ」
「へえ〜〜。素直でかわいい〜」
司はソファに座っておなかを撫でた。
「楽しみだな〜…」
光もそんな親友を微笑んで見つめる。
司の予定日まであと3か月ほど。光の予定日は秋で、司よりもさらに3か月ほど後だ。
「うちの子にも野球教えてくださいね〜。」
司が俺と洋一を見て言って、俺たちはもちろんと笑った。検査によって、司の子は男の子だと医者から言われていた。冗談じゃなく、司の子ならかなり期待値は高いんじゃないだろうか…。司って昔、しょっちゅう色んな運動部から声かかってたし、礼ちゃんが目をつけてたくらいだし…。
「ふえええん」
部屋の外から光也の鳴き声が聞こえて、みんな一斉に顔を上げた。
「大丈夫、俺行くよ」
「そう…?」
ベビーシッターが傍についているけど、光也が寝付かずに泣くのは珍しいから、心配そうに立ち上がった光にそう言って俺は部屋を出た。光はおなかを抱えて心配そうにしながらも頷いた。
洋一が気遣うように光をまたソファへ座らせるのを横目にして、俺は光也が泣いている部屋へ急ぎながら、どうしてももやもやした。
大切な光也がいて、光は俺を愛してくれてる。それはわかってる。だけど…洋一との間にも子供ができて…まったく悲しくないと言ったら、嘘になる…。
どうしても昔のことを考えてしまう。光と二人だけで暮らしていた日々…。俺はそれだけで幸せだったのに。
でも、洋一を迎えるように言ったのは俺だ。
「光也。」
俺が部屋に入ると、泣きわめく光也に手を焼いているベビーシッターがいた。変わりますよと光也を抱き上げてあやすと、光也は少し落ち着いた。ベビーシッターはそれを見て、遠慮するように部屋を出ていった。
「どうした光也?眠れない?」
「なんでおいてくのぉ…」
ぐすぐす、たどたどしい声で光也はそう呟いて、俺の肩口で涙をこぼした。
俺はその小さな頭を撫でてやりながら、そうか、と思った。
眠る前にはみんなあの部屋にいたのに、目を覚ましたら誰もいなくなっていて、不安になったんだ。
「置いて行かないよ。パパがすぐ来ただろ?」
「うんん…」
不安に加えて眠気も交じって余計に不機嫌になっているらしい。光也は珍しくぐずって、ベッドに戻ろうとしなかった。
「…ママは?」
やっぱり光也はママっ子だ。俺にも甘えてくれるようにはなったけど、やっぱり一番はママらしい。
「ママは…おなかが大きいだろ?」
「うん…」
「だから、歩くのが大変なんだよ。」
「……。」
「だからパパが急いで来たの。」
「……ママぁ…」
「光也。」
どうしたものかと思っていると、背中からやさしい声がかかった。光だ。
「ママ〜〜〜」
光也がまたぐずりだしたけど、これは甘えているだけだ。光を見て、不安そうな表情はなくなった。
「光也…」
光は光也を抱きしめ、こめかみにキスをして、じっと見つめて甘えさせた後、どうしたの、と尋ねた。
そのころには光也はすっかり機嫌が直って、今度は眠そうにぐずりはじめた。やっと眠るというので、光は光也をベッドに横たわらせ、タオルを掛けた。光也はすぐに寝息を立て始めた。
「光、大丈夫か?」
「大丈夫だよ。」
椅子をすすめたけど、光は首を振って微笑んだ。
「まだそんなにおなか大きくなってないし、それに、光也の時よりつわりも軽いから…」
「…そっか」
確かに、光は今回あまりつわりが長引かなかった。光也の妊娠中と比べて顔色もいいし、食欲もある。
ひとりめよりもふたりめのほうが楽、というのはよくあることです、と医者も言っていた。
「もどろっか」
光はそう微笑んで、踵を返した。だけど俺はその手を引き留めた。反射的に。
「…一也さん?」
光は振り向き、丸い瞳で俺を見上げた。
俺は…なにも言葉にならず、口ごもった。とにかく、まだ光に行ってほしくなかった。もう少し二人きりでいたかった。だけどそれって、光也と同じ、2歳児のわがままみたいで…。
「……。」
光は俺の前に戻ってきて、にこ、と微笑んで、俺の頬を掌で撫でた。あたたかくて柔らかい光の手のひら。優しくて甘い香りがする。
俺は顔を近づけて、そっと食むようなキスをした。光は微笑んで、背伸びをしてキスを返してきた。それから俺の手を引いて、傍のソファに座った。
「もう少ししたら戻ろう。」
そういった光に、胸の奥がじんと熱くなった。
「…うん。」
俺はうなずいて、我ながらガキだなと苦笑して、光と手を絡ませてソファに座った。
「おはよう。」
ダイニングにおなかの大きくなってきた妊婦がふたり。
春の日差しの中で、おしゃべりに花が咲いている。
「ママぁ〜」
よちよちしつつ一人で歩けるようになった光也が、俺の手から離れて光に駆け寄った。
「おはよう光也。」
「おあよ〜」
光也が入ってきて、使用人たちの間にも笑顔が広がる。光也はもうすっかりこの城の人気者だった。
光也は光のおなかに抱き着き、ふと気が付いたようにそこを撫でた。
「ママどーしておなかおっきいの?」
光也も気づくほどおなかが大きくなってきた光は、光也を膝に抱き上げて微笑んだ。
「光也の大切なものが入ってるんだよ。」
「みっくんのたいせつなものー?」
「そうだよ。」
光也はじっと光のおなかを見つめて撫で、何を思ったか、ちゅっ、とキスをした。
「いやーん可愛い〜」
司が両手で頬を包んで言った。最近は毎日のように「光也君みたいな子が生まれないかな〜」と言っている。
「つかさちゃんのおなかもみっくんのたいせつなものー?」
光也が司を指さして尋ねると、司は嬉しそうに笑った。
「大切にしてくれたら司ちゃん嬉しいな〜。」
「たいせつにするよ!」
「うふふふやだぁも〜〜かわいすぎ!!」
「…朝食です」
周防が静かに言い、俺たちの前に朝食を配膳していった。光の隣にベビーチェアを置き、光也の食事も用意された。
「すおーくん〜」
「……。」
光也は手を一生懸命伸ばして周防に甘え、周防も慣れた様子で光の手から光也を抱き上げて、ベビーチェアに座らせた。
「周防君なつかれてるねぇ〜」
さすが〜、と司がからかって笑うと、周防は照れ臭そうに顔をしかめたまま配膳に戻った。
そうなのだ、光也は人懐こくて、周防にもよくなついている。周防もよく面倒を見てくれているし、それはわかる。だけど…
「よおちゃん!」
「おっ、元気だな〜光也」
「あそぼー!」
「ごはん食べたら遊ぼうな。キャッチボールするか?」
「するー!」
「じゃ、いっぱい食べてもっと元気にならないとな。」
「たべるー!」
…洋一になついてるのはなんかちょっと悔しい。面倒見がいいのは認めるけど。
「キャッチボール好きだねぇ〜光也君」
「…それしか教えられてないんじゃないか?」
「光臣どういう意味だコラ」
「でも、キャッチボール好きなんだよね光也。一也さんたちが野球教えてるの見てるから…この間もキャッチャーミットを欲しがって」
「え〜キャッチャーミットなんてわかるの光也君!」
「パパが持ってる大きいやつがいいって。ふふ」
そうなのだ。光也はもちろん俺にもなついてくれている。特に最近は究極のママっ子から少しだけ卒業して、パパと一緒がいい、パパと同じがいい、ってわがままも始まった。可愛いわがままだ。
「へえ〜!じゃあもう可愛くてしょうがないんじゃないですかあ〜?一也さ〜ん」
「もちろん。世界一可愛い。」
「うわあ即答!」
***
遊び疲れてすやすやと眠る光也。声を抑えて部屋を出て、ソロソロとリビングへ行くと、司がやっとという顔で口を開いた。
「あ〜〜!やっぱり可愛いな〜光也君!」
「ふふ。」
「それにすごいいい子!うちの親戚の子なんてお昼寝が嫌で泣いちゃって全然寝てくれないって聞いてたけど、光也君ってそういうことないの?」
「光也は昔からよく寝る子だったよな〜。」
「うん、あと、一也さんがたくさん寝たら大きくなれるぞって言ったのも効いてるみたい。ふふ」
「へえ〜〜。素直でかわいい〜」
司はソファに座っておなかを撫でた。
「楽しみだな〜…」
光もそんな親友を微笑んで見つめる。
司の予定日まであと3か月ほど。光の予定日は秋で、司よりもさらに3か月ほど後だ。
「うちの子にも野球教えてくださいね〜。」
司が俺と洋一を見て言って、俺たちはもちろんと笑った。検査によって、司の子は男の子だと医者から言われていた。冗談じゃなく、司の子ならかなり期待値は高いんじゃないだろうか…。司って昔、しょっちゅう色んな運動部から声かかってたし、礼ちゃんが目をつけてたくらいだし…。
「ふえええん」
部屋の外から光也の鳴き声が聞こえて、みんな一斉に顔を上げた。
「大丈夫、俺行くよ」
「そう…?」
ベビーシッターが傍についているけど、光也が寝付かずに泣くのは珍しいから、心配そうに立ち上がった光にそう言って俺は部屋を出た。光はおなかを抱えて心配そうにしながらも頷いた。
洋一が気遣うように光をまたソファへ座らせるのを横目にして、俺は光也が泣いている部屋へ急ぎながら、どうしてももやもやした。
大切な光也がいて、光は俺を愛してくれてる。それはわかってる。だけど…洋一との間にも子供ができて…まったく悲しくないと言ったら、嘘になる…。
どうしても昔のことを考えてしまう。光と二人だけで暮らしていた日々…。俺はそれだけで幸せだったのに。
でも、洋一を迎えるように言ったのは俺だ。
「光也。」
俺が部屋に入ると、泣きわめく光也に手を焼いているベビーシッターがいた。変わりますよと光也を抱き上げてあやすと、光也は少し落ち着いた。ベビーシッターはそれを見て、遠慮するように部屋を出ていった。
「どうした光也?眠れない?」
「なんでおいてくのぉ…」
ぐすぐす、たどたどしい声で光也はそう呟いて、俺の肩口で涙をこぼした。
俺はその小さな頭を撫でてやりながら、そうか、と思った。
眠る前にはみんなあの部屋にいたのに、目を覚ましたら誰もいなくなっていて、不安になったんだ。
「置いて行かないよ。パパがすぐ来ただろ?」
「うんん…」
不安に加えて眠気も交じって余計に不機嫌になっているらしい。光也は珍しくぐずって、ベッドに戻ろうとしなかった。
「…ママは?」
やっぱり光也はママっ子だ。俺にも甘えてくれるようにはなったけど、やっぱり一番はママらしい。
「ママは…おなかが大きいだろ?」
「うん…」
「だから、歩くのが大変なんだよ。」
「……。」
「だからパパが急いで来たの。」
「……ママぁ…」
「光也。」
どうしたものかと思っていると、背中からやさしい声がかかった。光だ。
「ママ〜〜〜」
光也がまたぐずりだしたけど、これは甘えているだけだ。光を見て、不安そうな表情はなくなった。
「光也…」
光は光也を抱きしめ、こめかみにキスをして、じっと見つめて甘えさせた後、どうしたの、と尋ねた。
そのころには光也はすっかり機嫌が直って、今度は眠そうにぐずりはじめた。やっと眠るというので、光は光也をベッドに横たわらせ、タオルを掛けた。光也はすぐに寝息を立て始めた。
「光、大丈夫か?」
「大丈夫だよ。」
椅子をすすめたけど、光は首を振って微笑んだ。
「まだそんなにおなか大きくなってないし、それに、光也の時よりつわりも軽いから…」
「…そっか」
確かに、光は今回あまりつわりが長引かなかった。光也の妊娠中と比べて顔色もいいし、食欲もある。
ひとりめよりもふたりめのほうが楽、というのはよくあることです、と医者も言っていた。
「もどろっか」
光はそう微笑んで、踵を返した。だけど俺はその手を引き留めた。反射的に。
「…一也さん?」
光は振り向き、丸い瞳で俺を見上げた。
俺は…なにも言葉にならず、口ごもった。とにかく、まだ光に行ってほしくなかった。もう少し二人きりでいたかった。だけどそれって、光也と同じ、2歳児のわがままみたいで…。
「……。」
光は俺の前に戻ってきて、にこ、と微笑んで、俺の頬を掌で撫でた。あたたかくて柔らかい光の手のひら。優しくて甘い香りがする。
俺は顔を近づけて、そっと食むようなキスをした。光は微笑んで、背伸びをしてキスを返してきた。それから俺の手を引いて、傍のソファに座った。
「もう少ししたら戻ろう。」
そういった光に、胸の奥がじんと熱くなった。
「…うん。」
俺はうなずいて、我ながらガキだなと苦笑して、光と手を絡ませてソファに座った。