034
「御幸。」
自販機の前に倉持が立っていることに、声をかけられて初めて気が付いた。脇のベンチで携帯とにらめっこしていた俺は、こいつが自発的に飲み物を買いに来るなんて珍しいなと考えながら、ああ、と返事をする。
「玉城さんかよ?相変わらずラブラブだな」
隊式興味もなさそうな素っ気ない声で言いながら、倉持は炭酸ジュースを買い、開ける。
「ちげえよ」
俺は短く答えて、携帯をポケットに仕舞った。
「今更照れてんじゃねーよ、どうせ今日の昼も会ってたんだろ」
「今日の昼?」
「急にいなくなったじゃねーか。ゾノが探してたぞ」
俺は少し思い返して、ああ、と呟いた。
「コンタクト直しに行ってただけ。つーか、光とはしばらく会ってねーよ」
言いながら、立ち上がってコーヒーを飲み干し、空き缶をゴミ箱へ放り投げる。ガコン、とにわかに大きな音が響いた後、倉持が静けさを待っていたように口を開いた。
「会ってないって?」
「甲子園前だし、試合もあったしな。応援には来るって言ってたけど。」
「…あっそ。」
甲子園が終われば、引退。それまでの時間を、無駄にしてほしくない。光にそう言われて、会うのを控えているのだった。メールも電話もしないから、野球に集中してくれと。ありがたいような、寂しいような。でもやっぱり、実際、助かっている。きっぱり言われなければ、光からの連絡がなんだかんだ気になってしまうだろうし、はっきりと「連絡もしない」と伝えられていれば、期待も不安も感じなくて済む。それに、そのかわり、全てが終わって時間ができたら――たくさん会いたいと。そう言った彼女の顔を思い出して、やる気も湧いてくる。
「随分冷めてんな」
そう言う倉持の意見は、きっと『一般的』なんだろうけど。
「いーんだよ。俺たちはお互い、わかってんだから」
ちゃんとお互い好きだってことが。俺の返事を聞いて、倉持は鬱陶しそうに顔を顰めた。
***
食堂に氷を取りに行くと、食事時でもないのに、なぜだか異様に人が集まっていた。皆テレビの前に集まって、なにやら夢中になっている。
「何見てんの?」
訊きながら自分も画面を覗き込む。どうやらバラエティ番組で、右上のテロップには『街で発見!一般人美女』と書いてある。
「これ、うちの学校の近くっぽいんだよ」
ノリが言った。ふうんと呟いて、俺も特にすることが無いし、近くの椅子に座ってテレビを見上げる。
「あ、やっぱりここ、駅前の商店街じゃね?」
「ほんとだ、見覚えがある」
誰かが言う通り、テレビでインタビュアーが歩いているのは学校の最寄駅のすぐそばだった。そして、光の家の近くでもある…。なんとなく興味を引かれて、氷を弄びながらテレビを眺めた。インタビュアーは次々に色々な女性に声をかけ、質問をしていく。
「おっ、この人美人」
「ほんとにこの辺の人かぁ?やらせじゃね?」
「まーいいじゃん、面白ければ…」
好き好きに野次を愚痴りながら、なんだかんだで10人近くがテレビに見入っていた。そんなときだった。テレビから、ひときわ大きな効果音が響き、画面が止まって、大きな文字で『番組史上最高の美少女発見!?』と打ち出された。自然と食い入るように見る男共。
『あ、あそこの子可愛いかも。行きましょう。あそこの、駅から出てきた女子高生二人組。』
リポーターがカメラマンに向かって言い、小走りで女子高生に駆け寄って行く。
『すみませーん。すみません。太陽テレビの街角美女発見という番組なんですけど、お話いいですか〜?』
女子高生たちが振り向く瞬間、またもやデデン!と効果音が鳴り、『!!!』の文字で画面がおおわれる。
「あーもう、もったいつけんなよ。」
「この制服、うちの学校じゃん。誰だろ?」
逸る男共が注目する中、女子高生二人がゆっくりとスローモーションで振り返る。そのうちの一人、右側の少女にカメラが目いっぱい寄った。
「えっ」
思わず声が出た。ぱちくりと目を瞬いてカメラを気にしてうつむいた少女は、俺の良く知る俺の彼女、光だった。
男共が俺を見、テレビを見る。食堂は静まり返っている。
『えっ!!ちょっ、すごい美女!すごい美女を発見しました!ホラ映して!映して!』
リポーターが興奮し、カメラが揺れ、光の戸惑った顔が画面いっぱいに映し出される。
『余りの美少女に動揺を隠しきれない安田リポーターに代わり紹介しまーす。こちらの美少女は現在高校2年生の玉城光さん。隣にいるのは同級生のお友達、牧瀬司さんでーす。お友達もなかなかの美少女!これは殿堂入りなるか!?』
ナレーターの面白おかしい声が流れ、映像が再開される。相変わらず興奮気味のリポーターが、光と牧瀬にマイクを差し出した。
『今、学校帰りですか?』
『いえ、今夏休みなんで、部活のあとふたりで遊んできて…その帰りです』
『高校生ですよね?』
『はい。2年です。』
殆どの質問に、牧瀬がそつなく答えていく。
『お二人のご関係は?』
『友達です。』
『今付き合っている人はいますか?』
『います。』
『ふたりとも?』
『はい。』
ふたりは目配せをしてうなずき合う。へー、牧瀬も付き合ってる奴がいるのか。知らなかった。
『ちなみに、彼氏さんの好きなところは?』
「……なんだよ。」
ニヤニヤと俺を見る部員たちを睨みつけるが、逆効果だ。くそ、逃げたいけど気になる…。
『えーっ、そうだなぁ、かっこよくて〜、男らしくて〜、優しくて〜、私をお姫様みたいに扱ってくれるところかなぁ!』
牧瀬が嬉しそうに答え、光も嬉しそうに微笑んで牧瀬を見上げている。
『おねえさんは?』
リポーターが光にマイクを向けた。少し頬を赤くして、光は口を開く。
『えっと…』
はずかしそうにはにかんで、隣の牧瀬をちらりと見て、マイクに向かう。
『…全部です』
シン、と静まり返る食堂。俺を振り返る男共。
「御幸…」
「お前……顔真っ赤!!」
「…うるせー」
食堂にどっと笑い声が起こり、俺はごまかすように氷をかみ砕く。
『全部ですか?少しも嫌だなーってところはない?』
『はい。』
『本当に?ちっとも?』
『ないです。全部好き。』
きっぱりと言い切って、光ははにかむ。俺は顔が熱くなる。リポーターは面白おかしく悔しがってみせたあと、なおもマイクを向ける。
『お二人とも、その彼氏さんというのは、どうやって知り合ったんですか?同じ学校の人?』
『学校の先輩です。ふたりとも。』
牧瀬が答え、光がうんうんと頷く。
『ちなみにその彼氏さんの写真を見せていただくことは…?』
『あっ、いいですよ。』
牧瀬がいち早く快諾し、スマホを取り出して画面をカメラに向けた。
『あはは。待ち受けにしてます。今大学生で、劇団員やってるんで、ぜひ舞台観に来てくださ〜い。』
そう照れたように笑いながら映し出された画面には、なかなかイケメンの、落ち着いた雰囲気の男が映っていた。ちゃっかり宣伝までするところが牧瀬らしい。
『おお〜!やはりこちらの美女の彼氏さんもイケメンという結果です!ではおねえさん、おねえさんの彼氏さんも見せていただけませんか?』
光に向けられるマイク。一瞬ヒヤリとしたが、光は微笑んで首を横に振った。
『ごめんなさい。相手がいま大事な時期なので、写真はちょっと。』
『えーっ、…では私にだけ見せると言うのは?テレビには映しませんから!』
『ごめんなさい。困らせたくないので』
『もしかして、有名な方なんですか?』
やばい。同じ学校で有名と言えば、結構絞られるぞ。騒がれると面倒だな。
そう思った時、突然牧瀬が光に抱き着いた。
『違うんですよ〜!この子、めちゃくちゃモテるから、付き合ってる相手なんかバレたら、学校で暴動が起きちゃうんですよ!身の安全の為なんです!あっでも彼氏さんは身も心も超イケメンですよ!それは私が保証します!』
『は、はあ、なるほど』
『まあ、暴動が起きてもファンクラブが守りますけどね!』
『ファンクラブ!?ファンクラブがあるんですか、おねえさん?』
『ありますよ!!ちなみに会員第1号は私です!!出会った瞬間に一目惚れしました!!』
どっと笑い声がテレビから溢れる。よかった、うまく流れた。やっぱさすがだな、こいつは。
ありがとうございました〜!と、いったん和やかな雰囲気で取材は終わる。
去っていく二人の後姿を移しながら、リポーターはこっそりとカメラに向かって笑った。
『…めちゃくちゃ可愛い子でしたね!俺芸能人に声かけちゃったかと思いました!』
ワハハハ、とスタジオからの笑い声が入り、リポーターは続ける。
『というわけで、今回のターゲットはあの子にしようと思います!』
ターゲット?なんのことだ?インタビューだけじゃないのか?
『今回の仕掛人は…こちら!』
画面が切り替わり、何者かの足元が映る。画面はゆっくりと上がって、その人物の顔が映ると、スタジオから黄色い声が響き渡った。
『今話題の超イケメン俳優!蒼井颯斗さんです!』
『こんにちは!蒼井颯斗です!』
…テレビで何度か見たことあるな。爽やかな長身イケメン。女から人気がありそうだ。
『さて、町で出会った美女を超イケメン芸能人がナンパしたら成功するのか!?しないのか!?検証行ってみたいと思います!』
……なんだと!?
ダン、と思いのほかグラスが乱暴に机に落ちた。男どもは面白そうにテレビと俺を見る。…いやいや、何動揺してんだ俺。あの光がそう簡単になびくわけないだろ。それに、俺を裏切るわけがない。そう、そうだ…。たとえ今、距離を置いて連絡を絶っているとしても…。
画面は上空からの映像に切り替わる。隠し撮りらしい。駅前で牧瀬と手を振って別れ、一人商店街の方へ歩いていく光を追っていく。
『蒼井さん、今八百屋の前を通った制服の女の子です。金髪で、青いスカートの。』
『了解です。』
リポーターとマイクでやり取りし、蒼井颯斗は軽い駆け足で光を追いかける。歩いている光にすぐに追いつくと、ふわりと背後から覗き込むようにして、目深にかぶっていた黒いキャップを少しずらし、声をかけた。
『すみません、ちょっといいですか?』
『え?』
隣に並んで歩き始める蒼井に、あきらかに警戒して肩をすくめる光。辺りを見回して、足を速める。
『あれ?蒼井さんの顔を見ても反応ありませんね。気付いてないのか?まさか蒼井さんを知らないんでしょうか?』
リポーターの暢気な声が入り、スタジオのタレントも不思議そうに首をかしげる。光、ほとんどテレビ見ないからな。
『すいません。今、追っかけの人たちから逃げてて。ちょっと、一緒に知り合いのふりして歩いてもらえませんか?』
『え?追っかけ…?』
光はまた辺りを見回し、早歩きをして蒼井を警戒しつつ、小さな声で答える。
『どこですか…?』
あからさまに怪しんでいる言葉。リポーターが苦い顔をする。
『あっ、これ、警戒されてますね。』
しかし蒼井はめげない。光と歩幅を合わせながら、またキャップをずらして顔を見せる。
『走って逃げてきたんで、ちょっとわからないけど、まだ近くにいると思うんで。すいません、ほんと、ちょっと一緒に歩いてほしいんです。ね、お願い。』
『うわーっ!こんな、蒼井クンにお願いされたら、断れる女子いないでしょう!』
司会者のタレントが声を上げ、ゲストの女がうんうんと頷く。バカ、光はそんな女じゃねーし。
『…そこに交番ありますよ。そこで相談された方がいいと思います。』
『こ、交番?』
蒼井のあっけにとられた声。ふん、ほらみろ。光はそんな軽い女じゃねーんだよ。付き合うまで、俺がどれだけ苦労したと思ってんだ。
『ああっとこれはー!?番組史上初のナンパ失敗かァー!?』
ナレーターの大声。フンと笑みをこぼす俺。
「…御幸、ニヤつきすぎ」
白州の冷静な突込み。俺は咳ばらいをひとつする。
「クソーッ!蒼井颯斗頑張れ!いけ!」
「ナンパ成功させろ〜〜!!」
「リア充爆発しろー!!」
「おい、何応援してんだよ。」
テレビにヤジを飛ばす奴らを睨む。ま、いたくもかゆくもねーけど。
『…わかりました!ごめん。すいません。俺、君に嘘つきました。』
突然、蒼井が光の前に立ちはだかり、両手を上げて降参のポーズをする。光は通せんぼをされて困り果てたように立ち止まり、蒼井を見上げた。
『君があまりに綺麗だから、ウソをついて声をかける口実にしました。ごめんなさい。』
キャーッ!と、スタジオから黄色い声が上がる。
『これ、女の子こんなこと言われたらたまんないでしょ!』
『たまらないです〜!夢ですう!』
タレントたちのくだらないやり取り。画面はまた商店街に戻る。
『僕が誰だかわかりますか?』
蒼井はさわやかな笑顔でキャップを取る。キャー!と、黄色い声が増す。
『誰ですか?』
光は悪びれない声で答える。ぽかんと立ち尽くす蒼井。ふん、いい気味だぜ。
『え…僕のこと知りませんか?』
『知らないです。…同じ学校の人?』
『いや、違いますけど…』
蒼井は少し混乱した様子で笑いながら首を振る。
『えっ!?この子、蒼井クン知らないってマジか!?』
『こんな子いるんすね…天然記念物でしょ』
スタジオからは笑いが起こる。興味ねーんだから知らなくたっておかしくねーだろ。
『僕、蒼井颯斗っていいます。』
『…?はあ』
『一応…俳優やってます。』
『俳優?』
光は首を傾げた。
『ごめんなさい。知らないです。』
『あ…そうですか』
意気消沈する蒼井。万策尽きただろ、もうあきらめろ。
『じゃあ…私、帰るので』
『あ、ちょ、待ってください!』
光が蒼井の横を通り抜けようとすると、蒼井は咄嗟に光の肩を引き留めた。
『…正直言って、君のこと、本当に素敵だと思うし、もっと知り合いたいと思う。よかったら、一緒にお茶してくれませんか?』
キャア、と湧く黄色い声。それと対照的な、光の冷めた声。
『いえ…ごめんなさい。』
『この後予定があるんですか?』
『いいえ。あなたとお茶は、行きませんという意味です。』
『…それは、どうして?』
『恋人がいるので。』
はは、と蒼井が小さく笑う。
『少しお話しするだけでも駄目ですか?彼氏さんがいても、少しでも僕に可能性があるなら、考えてくれませんか?』
『ないです。』
『…連絡先だけでも?だめですか?』
『ごめんなさい。』
『…僕、本当に君に、すごく惹かれてるんです。ちょっと、運命感じてます。どうしても連絡先が知りたいんです。チャンスをくれませんか?』
『この後、美少女が発した衝撃の一言とは!?』
CMが始まり、俺は深く息を吐く。いつの間にか肩に力が入っていた。いや、もちろん光のことは信じてるけどな。しかしあいつ、食い下がりすぎだろ。悪趣味なテレビだぜ、ほんと。
「いいところでCMかよ…」
いつの間にか倉持が俺の後ろの椅子に座っていた。
「…いたの?」
「あ?やんのか?」
「やんねーよ…この元ヤン」
俺はグラスを持ち上げて、下ろす。もう氷はすっかり溶けてしまった。
「つーか御幸、彼女がテレビに出るの知らなかったの?」
ノリの言葉に喉を詰まらせる。黙り込んだ俺を、倉持は面白そうに眺めた。
「案外、ナンパOKしたから内緒にしてたんだったりしてな〜」
「ありえねーよ。」
「お、ずいぶん自信満々じゃねーか。最近彼女と会ってない御幸クンよぉ」
倉持のニヤニヤ笑いがムカつく。俺は氷をまたグラスに入れてきて、椅子に戻った。ちょうどCMが終わり、先ほどの場面が映る。
『チャンスをくれませんか?』
男のいけ好かない声が響き、スタジオのタレントたちが息をのんで成り行きを見守る。光は、男に向き直り、静かに言った。
『できません。…私、今の恋人以上に好きになれる人、いないので。』
静まり返る食堂。危うく落としそうになったグラスを、震える手で机に置く俺。
『…でも…少しでも、僕のこと知ってくれませんか?僕、君のこと、絶対に大切にします。』
スタジオの黄色い声が響く中、光は静かに首を横に振った。
『先輩…私の恋人以上に私を大切にしてくれる人は、いません。』
スタジオのタレントたちが息をのむ。蒼井も言葉を失って立ち尽くす。俺も息をするのを忘れ、男どもの視線を感じ、自分の顔がすごく熱いことに気が付いた。
「…オイ、御幸」
ゆらり、と背後の倉持が立ち上がったのを感じて、振り向くと、倉持はおそろしい顔で俺を見下ろしていた。
「…いっぺん死んで来いやオラァ!!!」
「キャー倉持クンコワ〜イ」
「あっ!!待て逃げんな!!!」
「クソ眼鏡ー!!!」
「爆発しろォ!!!」
男どもの野次から逃れ、一人寮の裏に走ってきた。生ぬるい夜の風を浴びながら、たいして星の見えない空を見上げる。夏の夜風では、俺の火照った顔は、いつまでも冷めないのだった。
自販機の前に倉持が立っていることに、声をかけられて初めて気が付いた。脇のベンチで携帯とにらめっこしていた俺は、こいつが自発的に飲み物を買いに来るなんて珍しいなと考えながら、ああ、と返事をする。
「玉城さんかよ?相変わらずラブラブだな」
隊式興味もなさそうな素っ気ない声で言いながら、倉持は炭酸ジュースを買い、開ける。
「ちげえよ」
俺は短く答えて、携帯をポケットに仕舞った。
「今更照れてんじゃねーよ、どうせ今日の昼も会ってたんだろ」
「今日の昼?」
「急にいなくなったじゃねーか。ゾノが探してたぞ」
俺は少し思い返して、ああ、と呟いた。
「コンタクト直しに行ってただけ。つーか、光とはしばらく会ってねーよ」
言いながら、立ち上がってコーヒーを飲み干し、空き缶をゴミ箱へ放り投げる。ガコン、とにわかに大きな音が響いた後、倉持が静けさを待っていたように口を開いた。
「会ってないって?」
「甲子園前だし、試合もあったしな。応援には来るって言ってたけど。」
「…あっそ。」
甲子園が終われば、引退。それまでの時間を、無駄にしてほしくない。光にそう言われて、会うのを控えているのだった。メールも電話もしないから、野球に集中してくれと。ありがたいような、寂しいような。でもやっぱり、実際、助かっている。きっぱり言われなければ、光からの連絡がなんだかんだ気になってしまうだろうし、はっきりと「連絡もしない」と伝えられていれば、期待も不安も感じなくて済む。それに、そのかわり、全てが終わって時間ができたら――たくさん会いたいと。そう言った彼女の顔を思い出して、やる気も湧いてくる。
「随分冷めてんな」
そう言う倉持の意見は、きっと『一般的』なんだろうけど。
「いーんだよ。俺たちはお互い、わかってんだから」
ちゃんとお互い好きだってことが。俺の返事を聞いて、倉持は鬱陶しそうに顔を顰めた。
***
食堂に氷を取りに行くと、食事時でもないのに、なぜだか異様に人が集まっていた。皆テレビの前に集まって、なにやら夢中になっている。
「何見てんの?」
訊きながら自分も画面を覗き込む。どうやらバラエティ番組で、右上のテロップには『街で発見!一般人美女』と書いてある。
「これ、うちの学校の近くっぽいんだよ」
ノリが言った。ふうんと呟いて、俺も特にすることが無いし、近くの椅子に座ってテレビを見上げる。
「あ、やっぱりここ、駅前の商店街じゃね?」
「ほんとだ、見覚えがある」
誰かが言う通り、テレビでインタビュアーが歩いているのは学校の最寄駅のすぐそばだった。そして、光の家の近くでもある…。なんとなく興味を引かれて、氷を弄びながらテレビを眺めた。インタビュアーは次々に色々な女性に声をかけ、質問をしていく。
「おっ、この人美人」
「ほんとにこの辺の人かぁ?やらせじゃね?」
「まーいいじゃん、面白ければ…」
好き好きに野次を愚痴りながら、なんだかんだで10人近くがテレビに見入っていた。そんなときだった。テレビから、ひときわ大きな効果音が響き、画面が止まって、大きな文字で『番組史上最高の美少女発見!?』と打ち出された。自然と食い入るように見る男共。
『あ、あそこの子可愛いかも。行きましょう。あそこの、駅から出てきた女子高生二人組。』
リポーターがカメラマンに向かって言い、小走りで女子高生に駆け寄って行く。
『すみませーん。すみません。太陽テレビの街角美女発見という番組なんですけど、お話いいですか〜?』
女子高生たちが振り向く瞬間、またもやデデン!と効果音が鳴り、『!!!』の文字で画面がおおわれる。
「あーもう、もったいつけんなよ。」
「この制服、うちの学校じゃん。誰だろ?」
逸る男共が注目する中、女子高生二人がゆっくりとスローモーションで振り返る。そのうちの一人、右側の少女にカメラが目いっぱい寄った。
「えっ」
思わず声が出た。ぱちくりと目を瞬いてカメラを気にしてうつむいた少女は、俺の良く知る俺の彼女、光だった。
男共が俺を見、テレビを見る。食堂は静まり返っている。
『えっ!!ちょっ、すごい美女!すごい美女を発見しました!ホラ映して!映して!』
リポーターが興奮し、カメラが揺れ、光の戸惑った顔が画面いっぱいに映し出される。
『余りの美少女に動揺を隠しきれない安田リポーターに代わり紹介しまーす。こちらの美少女は現在高校2年生の玉城光さん。隣にいるのは同級生のお友達、牧瀬司さんでーす。お友達もなかなかの美少女!これは殿堂入りなるか!?』
ナレーターの面白おかしい声が流れ、映像が再開される。相変わらず興奮気味のリポーターが、光と牧瀬にマイクを差し出した。
『今、学校帰りですか?』
『いえ、今夏休みなんで、部活のあとふたりで遊んできて…その帰りです』
『高校生ですよね?』
『はい。2年です。』
殆どの質問に、牧瀬がそつなく答えていく。
『お二人のご関係は?』
『友達です。』
『今付き合っている人はいますか?』
『います。』
『ふたりとも?』
『はい。』
ふたりは目配せをしてうなずき合う。へー、牧瀬も付き合ってる奴がいるのか。知らなかった。
『ちなみに、彼氏さんの好きなところは?』
「……なんだよ。」
ニヤニヤと俺を見る部員たちを睨みつけるが、逆効果だ。くそ、逃げたいけど気になる…。
『えーっ、そうだなぁ、かっこよくて〜、男らしくて〜、優しくて〜、私をお姫様みたいに扱ってくれるところかなぁ!』
牧瀬が嬉しそうに答え、光も嬉しそうに微笑んで牧瀬を見上げている。
『おねえさんは?』
リポーターが光にマイクを向けた。少し頬を赤くして、光は口を開く。
『えっと…』
はずかしそうにはにかんで、隣の牧瀬をちらりと見て、マイクに向かう。
『…全部です』
シン、と静まり返る食堂。俺を振り返る男共。
「御幸…」
「お前……顔真っ赤!!」
「…うるせー」
食堂にどっと笑い声が起こり、俺はごまかすように氷をかみ砕く。
『全部ですか?少しも嫌だなーってところはない?』
『はい。』
『本当に?ちっとも?』
『ないです。全部好き。』
きっぱりと言い切って、光ははにかむ。俺は顔が熱くなる。リポーターは面白おかしく悔しがってみせたあと、なおもマイクを向ける。
『お二人とも、その彼氏さんというのは、どうやって知り合ったんですか?同じ学校の人?』
『学校の先輩です。ふたりとも。』
牧瀬が答え、光がうんうんと頷く。
『ちなみにその彼氏さんの写真を見せていただくことは…?』
『あっ、いいですよ。』
牧瀬がいち早く快諾し、スマホを取り出して画面をカメラに向けた。
『あはは。待ち受けにしてます。今大学生で、劇団員やってるんで、ぜひ舞台観に来てくださ〜い。』
そう照れたように笑いながら映し出された画面には、なかなかイケメンの、落ち着いた雰囲気の男が映っていた。ちゃっかり宣伝までするところが牧瀬らしい。
『おお〜!やはりこちらの美女の彼氏さんもイケメンという結果です!ではおねえさん、おねえさんの彼氏さんも見せていただけませんか?』
光に向けられるマイク。一瞬ヒヤリとしたが、光は微笑んで首を横に振った。
『ごめんなさい。相手がいま大事な時期なので、写真はちょっと。』
『えーっ、…では私にだけ見せると言うのは?テレビには映しませんから!』
『ごめんなさい。困らせたくないので』
『もしかして、有名な方なんですか?』
やばい。同じ学校で有名と言えば、結構絞られるぞ。騒がれると面倒だな。
そう思った時、突然牧瀬が光に抱き着いた。
『違うんですよ〜!この子、めちゃくちゃモテるから、付き合ってる相手なんかバレたら、学校で暴動が起きちゃうんですよ!身の安全の為なんです!あっでも彼氏さんは身も心も超イケメンですよ!それは私が保証します!』
『は、はあ、なるほど』
『まあ、暴動が起きてもファンクラブが守りますけどね!』
『ファンクラブ!?ファンクラブがあるんですか、おねえさん?』
『ありますよ!!ちなみに会員第1号は私です!!出会った瞬間に一目惚れしました!!』
どっと笑い声がテレビから溢れる。よかった、うまく流れた。やっぱさすがだな、こいつは。
ありがとうございました〜!と、いったん和やかな雰囲気で取材は終わる。
去っていく二人の後姿を移しながら、リポーターはこっそりとカメラに向かって笑った。
『…めちゃくちゃ可愛い子でしたね!俺芸能人に声かけちゃったかと思いました!』
ワハハハ、とスタジオからの笑い声が入り、リポーターは続ける。
『というわけで、今回のターゲットはあの子にしようと思います!』
ターゲット?なんのことだ?インタビューだけじゃないのか?
『今回の仕掛人は…こちら!』
画面が切り替わり、何者かの足元が映る。画面はゆっくりと上がって、その人物の顔が映ると、スタジオから黄色い声が響き渡った。
『今話題の超イケメン俳優!蒼井颯斗さんです!』
『こんにちは!蒼井颯斗です!』
…テレビで何度か見たことあるな。爽やかな長身イケメン。女から人気がありそうだ。
『さて、町で出会った美女を超イケメン芸能人がナンパしたら成功するのか!?しないのか!?検証行ってみたいと思います!』
……なんだと!?
ダン、と思いのほかグラスが乱暴に机に落ちた。男どもは面白そうにテレビと俺を見る。…いやいや、何動揺してんだ俺。あの光がそう簡単になびくわけないだろ。それに、俺を裏切るわけがない。そう、そうだ…。たとえ今、距離を置いて連絡を絶っているとしても…。
画面は上空からの映像に切り替わる。隠し撮りらしい。駅前で牧瀬と手を振って別れ、一人商店街の方へ歩いていく光を追っていく。
『蒼井さん、今八百屋の前を通った制服の女の子です。金髪で、青いスカートの。』
『了解です。』
リポーターとマイクでやり取りし、蒼井颯斗は軽い駆け足で光を追いかける。歩いている光にすぐに追いつくと、ふわりと背後から覗き込むようにして、目深にかぶっていた黒いキャップを少しずらし、声をかけた。
『すみません、ちょっといいですか?』
『え?』
隣に並んで歩き始める蒼井に、あきらかに警戒して肩をすくめる光。辺りを見回して、足を速める。
『あれ?蒼井さんの顔を見ても反応ありませんね。気付いてないのか?まさか蒼井さんを知らないんでしょうか?』
リポーターの暢気な声が入り、スタジオのタレントも不思議そうに首をかしげる。光、ほとんどテレビ見ないからな。
『すいません。今、追っかけの人たちから逃げてて。ちょっと、一緒に知り合いのふりして歩いてもらえませんか?』
『え?追っかけ…?』
光はまた辺りを見回し、早歩きをして蒼井を警戒しつつ、小さな声で答える。
『どこですか…?』
あからさまに怪しんでいる言葉。リポーターが苦い顔をする。
『あっ、これ、警戒されてますね。』
しかし蒼井はめげない。光と歩幅を合わせながら、またキャップをずらして顔を見せる。
『走って逃げてきたんで、ちょっとわからないけど、まだ近くにいると思うんで。すいません、ほんと、ちょっと一緒に歩いてほしいんです。ね、お願い。』
『うわーっ!こんな、蒼井クンにお願いされたら、断れる女子いないでしょう!』
司会者のタレントが声を上げ、ゲストの女がうんうんと頷く。バカ、光はそんな女じゃねーし。
『…そこに交番ありますよ。そこで相談された方がいいと思います。』
『こ、交番?』
蒼井のあっけにとられた声。ふん、ほらみろ。光はそんな軽い女じゃねーんだよ。付き合うまで、俺がどれだけ苦労したと思ってんだ。
『ああっとこれはー!?番組史上初のナンパ失敗かァー!?』
ナレーターの大声。フンと笑みをこぼす俺。
「…御幸、ニヤつきすぎ」
白州の冷静な突込み。俺は咳ばらいをひとつする。
「クソーッ!蒼井颯斗頑張れ!いけ!」
「ナンパ成功させろ〜〜!!」
「リア充爆発しろー!!」
「おい、何応援してんだよ。」
テレビにヤジを飛ばす奴らを睨む。ま、いたくもかゆくもねーけど。
『…わかりました!ごめん。すいません。俺、君に嘘つきました。』
突然、蒼井が光の前に立ちはだかり、両手を上げて降参のポーズをする。光は通せんぼをされて困り果てたように立ち止まり、蒼井を見上げた。
『君があまりに綺麗だから、ウソをついて声をかける口実にしました。ごめんなさい。』
キャーッ!と、スタジオから黄色い声が上がる。
『これ、女の子こんなこと言われたらたまんないでしょ!』
『たまらないです〜!夢ですう!』
タレントたちのくだらないやり取り。画面はまた商店街に戻る。
『僕が誰だかわかりますか?』
蒼井はさわやかな笑顔でキャップを取る。キャー!と、黄色い声が増す。
『誰ですか?』
光は悪びれない声で答える。ぽかんと立ち尽くす蒼井。ふん、いい気味だぜ。
『え…僕のこと知りませんか?』
『知らないです。…同じ学校の人?』
『いや、違いますけど…』
蒼井は少し混乱した様子で笑いながら首を振る。
『えっ!?この子、蒼井クン知らないってマジか!?』
『こんな子いるんすね…天然記念物でしょ』
スタジオからは笑いが起こる。興味ねーんだから知らなくたっておかしくねーだろ。
『僕、蒼井颯斗っていいます。』
『…?はあ』
『一応…俳優やってます。』
『俳優?』
光は首を傾げた。
『ごめんなさい。知らないです。』
『あ…そうですか』
意気消沈する蒼井。万策尽きただろ、もうあきらめろ。
『じゃあ…私、帰るので』
『あ、ちょ、待ってください!』
光が蒼井の横を通り抜けようとすると、蒼井は咄嗟に光の肩を引き留めた。
『…正直言って、君のこと、本当に素敵だと思うし、もっと知り合いたいと思う。よかったら、一緒にお茶してくれませんか?』
キャア、と湧く黄色い声。それと対照的な、光の冷めた声。
『いえ…ごめんなさい。』
『この後予定があるんですか?』
『いいえ。あなたとお茶は、行きませんという意味です。』
『…それは、どうして?』
『恋人がいるので。』
はは、と蒼井が小さく笑う。
『少しお話しするだけでも駄目ですか?彼氏さんがいても、少しでも僕に可能性があるなら、考えてくれませんか?』
『ないです。』
『…連絡先だけでも?だめですか?』
『ごめんなさい。』
『…僕、本当に君に、すごく惹かれてるんです。ちょっと、運命感じてます。どうしても連絡先が知りたいんです。チャンスをくれませんか?』
『この後、美少女が発した衝撃の一言とは!?』
CMが始まり、俺は深く息を吐く。いつの間にか肩に力が入っていた。いや、もちろん光のことは信じてるけどな。しかしあいつ、食い下がりすぎだろ。悪趣味なテレビだぜ、ほんと。
「いいところでCMかよ…」
いつの間にか倉持が俺の後ろの椅子に座っていた。
「…いたの?」
「あ?やんのか?」
「やんねーよ…この元ヤン」
俺はグラスを持ち上げて、下ろす。もう氷はすっかり溶けてしまった。
「つーか御幸、彼女がテレビに出るの知らなかったの?」
ノリの言葉に喉を詰まらせる。黙り込んだ俺を、倉持は面白そうに眺めた。
「案外、ナンパOKしたから内緒にしてたんだったりしてな〜」
「ありえねーよ。」
「お、ずいぶん自信満々じゃねーか。最近彼女と会ってない御幸クンよぉ」
倉持のニヤニヤ笑いがムカつく。俺は氷をまたグラスに入れてきて、椅子に戻った。ちょうどCMが終わり、先ほどの場面が映る。
『チャンスをくれませんか?』
男のいけ好かない声が響き、スタジオのタレントたちが息をのんで成り行きを見守る。光は、男に向き直り、静かに言った。
『できません。…私、今の恋人以上に好きになれる人、いないので。』
静まり返る食堂。危うく落としそうになったグラスを、震える手で机に置く俺。
『…でも…少しでも、僕のこと知ってくれませんか?僕、君のこと、絶対に大切にします。』
スタジオの黄色い声が響く中、光は静かに首を横に振った。
『先輩…私の恋人以上に私を大切にしてくれる人は、いません。』
スタジオのタレントたちが息をのむ。蒼井も言葉を失って立ち尽くす。俺も息をするのを忘れ、男どもの視線を感じ、自分の顔がすごく熱いことに気が付いた。
「…オイ、御幸」
ゆらり、と背後の倉持が立ち上がったのを感じて、振り向くと、倉持はおそろしい顔で俺を見下ろしていた。
「…いっぺん死んで来いやオラァ!!!」
「キャー倉持クンコワ〜イ」
「あっ!!待て逃げんな!!!」
「クソ眼鏡ー!!!」
「爆発しろォ!!!」
男どもの野次から逃れ、一人寮の裏に走ってきた。生ぬるい夜の風を浴びながら、たいして星の見えない空を見上げる。夏の夜風では、俺の火照った顔は、いつまでも冷めないのだった。