夏になって、司は元気な男の子を出産した。
その日はあの光臣ですら満面の笑みで、光も目を丸くするほどだった。

それから一週間…

「司!」

赤ん坊を抱いてうとうとしていた司をそっと揺り起こし、光が隣に座る。

「少し寝てきたら?私見てるから」
「光〜…」
「大丈夫だから。時間気にしないで寝てきなよ。」
「ごめんね…」

司臣と書いてかずおみ、と名付けられた男の子は、母親が抱いていないとすぐに泣いてしまう子で、司はほとんど眠れていなかった。とは言っても光はさすが一児の母だからか、光が抱くと落ち着くこともあって、司臣はほとんど司と光で交代して見ていた。
光は妊娠中だし司は遠慮していたのだが、出産後もう一週間もほとんど眠れていないとあって、今ばかりは泣きそうな顔で光に子供を預けた。

「光臣」

傍でおろおろしていた光臣は、光に呼ばれるとぎくりとした。さすがのコイツも赤ん坊には手を焼くらしく、まして自分が抱くといつも泣かせてしまうため肩身が狭いらしかった。

「どこ行くの?」
「え…。司を休ませに…」
「司は一人で寝たいんだよ。それより司臣くん抱っこしたら?」
「だ、だが…俺が抱くと泣くし…」
「慣れてないからだよ。父親でしょ?まだ2,3回しか抱っこしてないじゃない」
「……。」

たじたじになる光臣は珍しいし可笑しい。笑いを堪えてくっと横を向くと一也も笑いを堪えていて、目が合ってお互いにやりとした。こいつとは変なところで気が合う。

「ほら。」
「…はい」

光臣が光から赤ん坊を渡され、ぎこちなく抱くと、それまで落ち着いていた司臣がぐずりだした。

「お、おい、光…」
「しっかりして!パパが不安がるから赤ちゃんも不安になるのよ」
「だ、だけど…」

狼狽える光臣の腕で、司臣はますます激しく泣き始める。

「光!ど、どうすればいいんだ」
「あやせばいいのよ。パパだよ〜って」
「え……」

固まった光臣の腕から、光は呆れながら赤ん坊を抱き上げた。

「よしよし…」

司臣はふにゃふにゃ言いながら落ち着きを見せたが、なかなか泣き止まない。また泣き声が大きくなってきて、光は呟いた。

「お腹すいたのかも。光臣、ミルク!」
「み、ミルク?」
「ミルクも作れないの?もー、ほらこっち来て!」
「す、すまない…」

二人はキッチンへ行き、キッチンからは光が光臣をどやす声が聞こえてきた。

「ちゃんと冷まして。それ熱くない?」
「ど、どのくらいだ?」
「手に少し垂らしてみるの。人肌くらいの温度」
「わ、わかった…」

ぷくく、と一也が小さく笑ってソファに座った。俺は窓辺に立ち、同じように笑いを堪えきれず一也に目配せした。

「お前ももうすぐ他人事じゃなくなるぜ〜。」

しかし一也にそうからかわれて、俺はぎくりとした。

「え?いや…俺はちゃんとやるっつーの。光也の世話だってしてたし…」
「どうかな〜。今度女の子じゃん。光也より大変かもよ?」
「……。」

そうなのだ。検査をして、俺の子は女の子の可能性が高い、と医者に言われた。その時は光によく似た可愛い娘が生まれると天にも昇る気持ちだったけど…

「光也はよく寝る素直でいい子だしな〜。シッターも驚くほど手のかからない子だし」
「……。」
「司臣くらい手がかかるのが普通なんだよな。光也ですら1歳になるまではパパは嫌〜って泣いてたし」
「……。」
「しかも女の子でお前の子って…思春期大変だろうなぁ。将来クソオヤジって呼ばれないように頑張れよ(笑)」
「あぁ!?テメェブッ殺す…」

最近光也の為に封印していた暴言を吐き出しかけて、はっと口を噤んだ。一也がニヤニヤして、図星を突かれた気分になったからだ。
もし、もしもだけど…光そっくりの娘に、クソオヤジ死ね、なんて言われたら…
…本当に死にたくなるかも…。

「じゃ、光也そろそろ起きるだろうから行くわ」
「…さっさと行け」

はっはっは、と笑いながら一也は部屋を出て行った。その軽い足取りを見て、にわかに少し羨ましくなった。
息子って…いいよなぁ、将来一緒に野球できるし…。…いや!もちろん娘ができるのはめちゃくちゃ嬉しいけど。
だけどきっと同性の方が、いろいろ気楽そうだ…。男同士の話もできそうだし…。
…いや!だけど、光の娘だぞ!めちゃくちゃ、それはそれは可愛いに決まってる。やっぱりすごく楽しみだ。うん。
一也が羨ましがるくらい、パパっ子になったりして…。

「ほら、落ち着いたでしょ。」
「ああ…」

キッチンから光たちが出てきてソファに座り、光臣が息子を抱いてミルクをあげていた。哺乳瓶を吸いながら、まだ涙で濡れた睫を震わせて、司臣はやっと泣き止んでいる。
司臣は上手い具合に司と光臣が混ざったような顔で、なかなか男前になりそうな顔立ちだ。そんな息子を見つめて、光臣はやっと安堵を顔に浮かべた。

「じゃあ私ちょっと光也を見てくるから」
「え!?」
「大丈夫だよ、ミルク飲んだらゲップさせて、お腹いっぱいになれば眠ると思うから」
「え…え!?ど、どうやって…」
「光、俺が見てるから…」

狼狽える光臣に困った様子の光に、俺が言うと、光は心から安堵したように微笑んだ。

「ありがとう洋一さん。」
「おう。」

ほら、やっぱり俺、絶対頼りになる父親になれるよな。
ミルクも光也に何度も上げたことあるし、ゲップもさせたことある。おむつを替えてやったりもしたし、沐浴だって経験済み。

「お前とは経験が違うのよ。」
「…?」

光臣の隣に座ると、光臣は訝し気にしながらもミルクをあげるのに精いっぱいで何も突っ込まなかった。




***



「光!」

隣に立つ光の顔を覗き込むと、なぜか不機嫌そうな顔で光は俺を見上げた。
不機嫌そうだけど、綺麗な青い瞳と悩まし気な赤い唇、バラ色の頬にさらさらふわふわの綺麗な髪。やっぱり光って可愛いな…。世界一綺麗だ…。

「光?なんだよ、どーしたんだよ」
「……。」

ぽん、と頭を撫でると、光は一瞬の沈黙ののち、俺の手を振り払った。

「…え?」

行き場のなくなった手をそのままに、俺は呆然と光を見た。
光は大きな宝石のような青い瞳で俺を見つめ、そして――

「うぜーんだよ、クソジジイ」

…と、吐き捨てた。




「……!!」

はっ、と目が覚めた。ここは…。真っ暗な部屋。…部屋?あれ?
……なんだ、夢か……!!


「…洋一さん?」

俺の肩を揺さぶっていたらしく、隣で光は不思議そうに目を瞬いていた。

「え、あれ…光?」

今日は俺は一人で眠ったはず…。光から何も言われなかったから、今日光は自分の部屋か一也の部屋で寝てるもんだと思って、さっさと寝たことは覚えてる。

「洋一さんと寝たいなって思って…。」
「……。」

光は照れ臭そうに言って、俺の胸はきゅんと締め付けられた。

「でも、うなされてたから…。」
「あー…いや、変な夢見て…」
「変な夢?」
「いや、もう忘れた」

俺はそう言って、布団を捲って光を招き入れた。
光はベッドに入ると横になって、俺にくっついてきた。可愛い…。

「おやすみなさい。」
「…おやすみ。」

光を抱き寄せて、俺も目を閉じた。
ずっとこんな毎日が続けばいい…と思いながら。

 


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