秋のさわやかな日。
光が女の子を出産した。

「かっわ……!」
「…言葉になってないぞ」

真っ白に光輝くような女の子。こんな天使みたいな赤ん坊が、俺の娘だなんて…。
翌朝対面してその愛くるしさに悶絶している司の横で、俺はまだ感動に浸っていた。
深夜に産気づいた光が出産する間、部屋の前で一也と待機して、産声を聞いて医者の許しを得て、明け方に初めて自分の娘を見た。自然と涙が出て、言葉にならないくらい幸せで…。赤ん坊のしわしわの顔と、光の汗にまみれた笑顔と、…それだけを覚えてる。

「可愛い〜〜〜…!!!光也くんも超絶可愛いけど、やっぱ女の子って違うねぇ〜〜〜…」

たしかに、まだ髪も生えていないのに、光也とは違う女の子らしさを感じる。雰囲気が柔らかいというか、華やかというか。

「名前は決まってるの?」
「うん。」

光はうなずいて、笑顔で俺を見上げて、ね、と首を傾げた。俺も笑顔でうなずいた。幸せだな…。俺と光の娘…か。

「星…っていうの。ファーストネームはアンジェリーナ。」
「素敵〜〜〜」

アンジェリーナ・星・アンクレー。アンジェリーナは天使という意味のアンジェラから派生した名前。
小さな天使。俺と光の天使だ。

「それにしても星ちゃんもよく寝るね〜」

司が少し羨ましそうに言った。ついさっき、ようやく司臣が眠ったので、やっと星を見に来れたからだ。

「…光もよく寝る赤ん坊だったから、母親似なんじゃないか?」

ぽつり、と思い出したように光臣が言うと、光が眉をしかめた。

「なんでそんなこと光臣が知ってるの?」

確かに。光が赤ん坊の時はこいつも赤ん坊だったはずだ。

「昔母さんがよく言ってた。羨ましいって」
「……。」

光臣が母親の話をするなんて珍しい。一同しばし口をつぐんだが、ふと思いついて、俺はつぶやいた。

「…ってことは、司臣が全然寝ないのって、お前に似たってこと?」
「……。」

光臣の無表情に苦味が混じった。

「はっはっは!そういうことだな」
「顔も光臣そっくりなのにそんなとこまで似たの〜〜?」
「……。」

光臣は藪から蛇が出てきたような顔でじっと黙り込んだ。余計なことを言ったと後悔している顔だ。
…と、言っている傍から、隣の部屋から司臣の泣き声が響いてきて、司があっと声を上げた。

「もう起きちゃったの〜…はーい今行くからね!」

隣の部屋で周防が見てくれているが、司が急いで部屋を出て言って、光臣も一緒に出ていった。ここ数か月光にしごかれて、ようやく育児の当事者意識が出てきたらしい。最近は自分からミルクを用意するし、あやすのも慣れてきたし、おむつ交換もできるようになった。風呂に入れるのは怖いと言ってやりたがらないらしいけど。

「光也が起きたら会わせてみようか」
「そうだね。」

そんな話を三人でしていたところ、光の腕の中ですやすやと寝息を立てていた星が、突如ふにゃふにゃと泣き出した。

「あ。ミルクはさっき上げたから…オムツかな。」
「俺、やるよ」

進み出ると、おっ、と一也がからかうように目を丸くした。

「ほんと?じゃあお願い。」
「おう。光はまだ休んでて。」

星を抱き、ベビーベッドに寝かせてオムツを持ってきた。一也は監督のように腕を組んで様子を見守っている。

「大変だよな〜。光也は最近自分でオムツ持ってくるんだぜ〜」
「もうすぐ2歳の光也と昨日生まれた星を一緒にすんな。」
「いやいや懐かしいなと思ってさ」

光也のおむつ替えで要領はわかってる。タオルを敷いてオムツを外し、おしりふきできれいに…。

「…おい。見るなよ」
「え?」
「星は女の子なんだぞ」
「ええ?赤ん坊じゃん」
「うるせえ。俺の大事な娘を変な目で見やがったら殺す」
「うわ〜コワ〜」

一也はへらへら笑いながら光の隣に腰かけた。
まだ誰も触れていない、まっさらな娘の大事なところ。これを10数年後…たった10数年後に、どこの馬の骨ともわからねぇ男に好き勝手されるかもしれないなんて…

「え、洋一なんか泣いてない?」
「え…?」

しまった。余計なことを考えるな。
俺はてきぱきとおむつを替え、元のおむつをくるんで捨てて、すっきりした顔の星を抱き上げた。

「さすが上手だね、洋一さん」

にこにこ微笑む光に、光そっくりの天使を返して、また胸の奥が切なくなった。
俺の娘が…いつか、いつか…

「星に近づく男は全員ぶっ殺そう」
「え…」
「いやパパ怖すぎ」



***



「……。」

きょとん、とした真ん丸な目で、眠る星を見つめる光也。それから困惑気味に、一也の顔を見上げた。

「光也の妹の星だよ。」
「いもと?」

一也の言葉にまた眼を瞬いて、指をくわえて、甘えるように光の膝に抱き着いた。光は一也に目配せし、光也を抱き上げて膝の上に抱きかかえた。
光也が指をしゃぶるのはちょっと珍しい。突然現れた妹という存在に不安を感じたんだろうか。仲良くなってくれたらいいなぁなんて、俺たち大人は勝手な期待をしてたけど…。

「光也。」

光な自分の胸に顔をうずめてしまった光也の小さな背中を抱きしめ、頭にキスをした。

「ママの大切な光也…。」
「……。」

指をしゃぶっていた光也が、その言葉で何かを思い出したように、光のおなかを撫でた。それから星を振り向いて、じっと見つめ、光の膝から降りて、星の顔を覗き込んだ。そして、すやすや眠る星の小さな額に、ちゅっ、とキスをした。
そのあとまた光の膝の上に戻ってしまったけど、光也のそのやさしさに、俺も光も一也も頬を緩めて顔を見合わせた。




***



「やだあもっと!もっとちゃんとなげてえ!」

光也がわがままを言って一也が苦笑している。今二人は部屋の中でスポンジボールを使ってキャッチボールをしているのだが、野球教室で教えている一也を見たことがある光也は、今自分が手加減をされていることに我慢がならないのだった。まあ、野球教室でも一也は手加減してるんだけど。

「ちゃんと投げてるよ。」
「もっとつよくう!」
「そんなことしたら光也がふっとんじゃうから」
「ないもん!!」
「まだ光也じゃ捕れないって…」
「とれうもん!!」
「……。」

「貸してみ」

俺は一也の手からスポンジボールを取り、光也の頭をポンと撫でた。

「よく見てろよ光也。危ないからパパのところで」

一也に光也を抱かせ、俺は振りかぶって、ソファに向かってボールを全力投球した。
ボスッ!と、光也のきいたことのない音を立てて、ボールはソファとクッションの隙間に埋まった。

「どうだ〜?これが俺の本気だぞ光也」
「……。」

ぽかん、としたまま固まっている光也。スポンジボールとはいえ生後2年足らずの赤ん坊には刺激が強かったらしい。

「危ないのがわかっただろ?」

小さな肩に手を置いて尋ねると、光也はこくん、と素直にうなずいた。

「危ないからパパも洋ちゃんもいつも力を抑えてるんだ」
「ちから…」
「本気を出すのは光也や星やママがピンチの時だけなんだぞ」
「……!」

キラキラキラ、光臣の大きな瞳が宝石をも凌駕する輝きを放った。

「みっくんも!」
「おっ、光也もママと星のピンチを助けてくれるのか?」
「うん!」
「じゃあ修行して強くならないとな〜。」
「しゅぎょするう!!」
「よーしじゃあまずはソファの周りを5周走ってこい!」

光也は張り切って、よちよちとソファの周りを危うげに走り始めた。

「お前上手いな〜ほんと…」
「いつの時代も男はヒーローに憧れるもんだからな。」
「さすが元ヤンは上下関係を仕込むのがうまい…」
「どういう意味だコラ」

 


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