「やあだああ〜〜〜!!」

部屋中に光也の鳴き声が響き渡る。元気だなー、と笑う司の腕の中で、司臣もつられて泣き出した。続いてぐずりだす星を素早く抱き上げた洋一が速やかに部屋を脱出する。3次被害を防ぐためだ。

「こ〜ら光也。それはわがままだぞ〜」
「やだやだやあだああああ〜〜〜!!!」

魔の二歳児、と言うらしいけど、本当にそうなんだな…。
2歳になった光也はわがままが増え、癇癪を起こすことが増えた。多分、一番甘えたいときに母親を独占できないことも影響してるんだろうけど、それは仕方のないことだし、光は一生懸命光也にも愛情を注いでる。そのおかげで最近はちょっと顔色が悪く、今日はもう少し寝ていろと部屋にいさせていたのだが…。

「お…おはよう…?」

リビングの扉を開けて、寝間着にガウンを羽織った光が疲れた笑顔で入ってきた。光也の癇癪を聞きつけていてもたってもいられなかったらしい。

「光、こっちは大丈夫だから休んでなよ」
「大丈夫だよ。光也、どうしたの。」

光は少し青白い顔で微笑んで、光也の隣にやってきた。

「ママがいなきゃ嫌なんだって。」

司が苦笑気味に教えると、光も苦笑いをした。

「光也ごめんね。ママ今日は眠かったの」
「ママぁぁ…」

ベビーチェアから手を伸ばす光也を光は抱き上げ、自分の膝に座らせた。

「光也〜。あんまりわがまま言ってると、ママ倒れちゃうぞ。」

光の胸でぐずる光也の顔を覗き込んで言うと、光也はぷいっとそっぽを向いた。あ、なんか昔の光に似てる。

「脅かさないの。」

光は俺をそうたしなめ、光也をあやして落ち着かせて、朝食を食べるよう言い聞かせた。
光也が落ち着くと司臣も落ち着き、洋一も星を抱いて戻ってきた。
結局光も一緒にみんなで朝食をとり、まだ少し不貞腐れている光也は洋一が遊びに連れ出してくれて、司と光臣と司臣は部屋へ、星はベビーシッターが部屋へ連れて行き、俺は光が休めるよう寝室へ連れて行った。

「まだ出産の疲れも残ってるんだから、無理するなよ。」

光はあまり体が丈夫ではないし、産後2年ほどは妊娠・出産による体へのダメージは残るのだと医者から聞かされていた俺は、青白い顔色の光が心配でたまらなかった。
ベッドに入って枕を背にもたれた光は苦笑して、さすがに疲れを顔ににじませていた。

「光也もいっちょ前にわがままになってきたな〜…。昨日も遅くまで付き合わされたんだろ」
「うーん…星がきて不安なんだと思うし…」
「それはわかるけど、光は無理しすぎだよ。とにかく夜は俺に任せて寝てろよ。」
「うん…」

光は微笑んで俺を見つめ、少し頬を染めた。

「…何?」
「私もわがまま言っていい?」
「え?」
「来て。」

光は両手を広げて俺を見上げた。俺がベッドに腰かけると、光はその広げた両手で俺に抱き着いた。

「わがままってこれ?」
「ふふ、うん。」

光の背中に手を回し、抱きしめ返す。こんなに細い体で、あんなにかわいい子供を二人も、命を懸けて育てて、産んで…。やっぱり光ってすごい。

「全然わがままじゃねーよ…」

柔らかな髪を撫でて、いとおしい気持ちがこみ上げた。もうしばらく光とこうしてなかったな…。光也と星の世話に追われていたし、光臣たちも滞在しているし。

「光。」

名前を呼んで、俺を見上げた光の赤い唇を塞いだ。光は首を傾けてキスを受け入れ、何度か軽いキスをして、胸がいっぱいになって…唇を離した。

「少し眠れよ。それか何か飲む?」
「ん…」

いつもより白い頬を撫でて言うと、光は甘えるように俺の手のひらに頬を摺り寄せた。
すると、突然部屋の部屋のドアが開き、俺たちは同時に振り返った。

「ママぁぁ!」
「コラ光也!ママは休んでんだから…!」

飛び込んできた光也と、光也を追いかけてきた洋一。洋一は俺たちにすまなそうに眉をしかめた。
どうやら遊びに連れ出した光也がわがままを言って光に会いに来たらしい。

「みっくんの!!」

光也はベッドによじ登って俺を押しのけ、光に抱き着いた。

「いやいや、ママはパパのだぞ〜光也。」
「みっくんの!!!」
「2歳児相手に何言ってんだ。」
「光也どうしたの?洋ちゃんと遊ばないの?」

光也に話しかけるときだけ、光は洋一のことを洋ちゃんと呼ぶ。光也に合わせているのだ。だけどそのたびに、洋一はまんざらでもない顔をする。

「ママぁぁ〜〜…」

光也は光の胸に顔をうずめていやいやと首を振った。
またママか〜…。これじゃ光が休めない。

「ママは疲れてるんだよ光也。」
「いやあ!!」
「ママを守るために修行するんじゃなかったのか〜?光也〜」
「…やーあ!」
「あれ〜?恥ずかしいな〜光也。お兄ちゃんなのに、星に笑われちゃうぞ〜」
「……。」

あ…ちょっと迷ってる。

「光也、ママ、ココアを飲んで少し眠りたいな。光也もママと一緒にココア飲んでくれる?」
「……うん」

こくん、と光也は素直にうなずいた。光のいうことは素直に聞く。本当にママっ子だなー、光也は…。

「じゃあ…」
「俺、淹れてくるよ」

光がベッドから出ようとしたのを止めて、俺は寝室を出てキッチンに向かった。ココアを4つ作り、また寝室に戻ると、洋一がテーブルを用意してくれていた。
ココアを置くと、洋一がベビーチェアを持ってきて光也を座らせる。光もベッドから出て、こちらに歩いてこようとしたとき。
ふらついた光が、傍のキャビネットに掴まって、そのまま床に座り込んでしまった。

「光!」

血相を変えて駆け寄った俺と洋一を、光也が呆然と見つめる。

「だ、大丈夫…ちょっと立ち眩みがしただけ…。」

光は苦笑してそう言ったものの、まだめまいがするのかしばらく座ったまま動けず、数十秒してやっと立ち上がって椅子に座った。

「光、医者呼ぼうか?」
「ううん、平気だよ」
「だけど…」
「呼んだほうがいいだろ。呼ぶぞ。いいよな光?」
「だ、大丈夫だってば。ちょうど明日検診の日だし」
「でも…」
「本当に大丈夫。今日はこれ飲んだら寝るから」

そう言う光に俺も洋一も渋々口をつぐんだ。光は微笑んで、まだ呆然としている光也の頬をつついた。

「光也。ママは大丈夫だよ。おどろかせてごめんね」
「……。」

光也ははっとして、どこか真剣な顔でふるふる首を振って、ココアを飲む光の顔をじっと見つめていた。
てっきり、ママ〜、って泣きつくと思っていたから意外だ。
ココアを飲み終わり、光がベッドに入るのを光也はおとなしく見守って、俺と手をつないで寝室を出た。

「…ママげんきになる?」

廊下で、光也は不安そうに俺を見上げて尋ねた。俺は光也の小さな頭を撫で、頷いた。

「休めば元気になるよ。」
「……。」

なんだかばつがわるい顔…。わがままを言って、自分のせいでママの元気がなくなったと思ったのだろうか。

「光也。」

小さな体を抱き上げると、光也は俺の腕の中にすっぽり収まってしまう。本当に小さな、大切な息子。光が命懸けで生んでくれた…。俺にそっくりな、小さな命。

「ママはいつも光也のこと大切にしてくれるよな。」
「…うん」
「だから、光也もママのこと大切にしような。」
「…うん」
「そうしたら、ママもすぐ元気になるよ。」

こくん、と頷いて、光也は俺の方に抱き着いた。しょんぼりしてしまった光也の背中をあやしながら、洋一と目配せをした。

 


ALICE+