光也が5歳、星と司臣が3歳になった年。
光臣たちは仕事の都合で生活拠点をイタリアに移すことになり、今日はその出発の日だった。

「またいつでも来てね。」

光はそう言って、飛行機に乗り込む三人を見送った。
イタリアならばまたいつでも会える。
お城に戻って光也は家庭教師と勉強をしに勉強室へ、星はベビーシッターが部屋へ連れて行き、俺たち大人は書斎で公務を片付けた。いろいろな書類を仕分け、目を通していく。キリのない仕事だ。ある程度は大臣が仕分け、目を通すべき書類だけがまとめられてくるけど。

「来年度の寄付はこれでいいかな。」
「妥当だと思います。」

大臣がうなずき、光から書類を受け取る。
仕事にひと段落ついて、大臣たちが出ていくと、光は伸びをした。

「来年から光也も学校だね。」

周防が紅茶を入れてくれるのを横目に俺も椅子に座り、そうだなと感慨深くうなずく。
この国では日本のような小学校、中学校、という制度ではなく、大きな寄宿学校がいくつがあって、その中で初等部、中等部、高等部と分けられ、18歳になる年に卒業試験を受ける。その後は国内唯一の大学に進学する者もいれば、家業を継ぐ者もいるし、外国の大学へ進学する者もいる。らしい。
5歳で家を出て寄宿学校に入るとは…光也は大丈夫なんだろうか。
ちなみに、12〜15歳くらいまでは家で家庭教師をつけて勉強し、中等部や高等部から学校に入る者もいるようだ。特に女の子に多いとか。一応、光也にもどうするか聞いてみたものの、来年から入ると本人が断言した。後でこっそり男同士腹を割って大丈夫なのか聞いてみると、そうしないと強くなってママを守れないんだとか。

「今日制服の採寸でテーラーさんが午後来るって。」
「おー、いよいよだな」
「光也に寂しくなるねって言ったら、僕は大丈夫って言うの。2年位前まではママ、ママって言ってたのに…」

ふう、と寂しそうに口を尖らせた光に、俺と洋一は顔を見合わせて少し笑った。光也のママを守るという決心を知ったら光はどんな顔をするだろう。

「最近は星のこともよく見てくれるし、いいお兄ちゃんで…しっかりしてるけど、心配だなぁ。まだ5歳なのに」
「いや〜光也はかなりのママっ子だと思うけどな…」
「でも最近、手もつないでくれないんだよ。」
「恥ずかしいんだろ。」
「男はそんなもんだよ。」
「なーに、ふたりして」

なあ、と頷きあった俺と洋一を見比べ、光は面白くなさそうに目を細めた。




***



「ママかわいい〜」

晩さん会の為にいつもより着飾った光を見て、星は花のような笑顔を浮かべた。

「ありがとう。でも、星のほうが可愛いよ。」

光に抱っこされて嬉しそうに笑う星。二人の天使を前に、俺も洋一もぼーっと立ち尽くした。

「いや〜ほんと…光似でよかったな」
「うるせえ」

星はぱっちりした鮮やかな青いお目目につんとした小さな鼻、バラ色の頬、熟れた果実みたいな赤い唇、そして雪のように真っ白な肌、明るい金色の髪…。まるで光がそのまま小さくなったような女の子で、司なんかはことあるごとに「光に似て本当に良かった」と言って洋一の怒りを買っている。…ものの、洋一自身そう思っている節があるらしく、最近はあまり怒らない。それに…

「星は世界一かわいいな〜。」
「ひゃはははは。」

ぺちぺちてをたたいて朗らかに笑う星。そのお顔と声のおかげで可愛げはあるが、あの笑い方は間違いなく洋一の遺伝子だ。

「パパ…」

くい、と俺の手を光也が引っ張った。支度が終わって部屋に来たらしい。

「ほどけちゃった」
「ああ、貸してみ」

ネクタイをくちゃくちゃにして、恥ずかしそうに言う息子の襟を立て、ネクタイを結び直してやった。すると星が光也に気づいて、光の手から離れてやってきた。

「おにいちゃん、いこお!」

星はおにいちゃん子で、光也の手を握って嬉しそうにした。光也は澄まして、ちょっと待ってな、と言い、俺が襟を直すのを待っている。

「はい、できたぞ」
「ありがと…」

照れ臭そうにそう言って、光也は星の手を引いてさっさと食堂に向かった。

「仲良いな〜。」
「ねえ。来年から星寂しがるだろうなぁ…」

兄妹の微笑ましい姿を見守りながら、俺たちはしみじみと呟いた。



***



「忘れ物は?大丈夫?」
「うん」
「寒くない?マフラー巻く?」
「だいじょうぶだよ。」

心配そうな光にちょっと恥ずかしそうにしながら、光也は迎えの車の前でも澄ましていた。

「体に気を付けてね。」
「うん。」
「何かあったらすぐに連絡するのよ。」
「うん。」
「何もなくても、ママに連絡ちょうだいね。」
「…もう、大丈夫だってば。」

「おにいちゃああん」

星が泣きながら光也の前に歩いて行って、ぎゅっと抱き着いた。

「やだあああ!うわあああん」
「こ…こんなことで泣くなよ。」

強がった光也もちょっと目を潤ませた。

「星。星が泣いてたら、お兄ちゃん困っちゃうぞ〜」
「ううううう、うええええん」

星はしゃくりをあげながら光に泣きつき、洋一が抱き上げてなだめた。

「光也、…気を付けてね」

光も少し目元を赤くして両手を広げた。すると、最近は恥ずかしがって光と手を繋ぐのも嫌がっていた光也が、おずおずと光に抱き着いた。光が硬く抱きしめ返すと、しばらく抱き合った後、光也は俺の方にもやってきて、俺とも別れのハグをした。そして洋一と星ともハグを交わし、車に乗り込んだ。

「いってらっしゃい…光也。」

そう言った光を、光也は窓から見上げて、少し目元を拭った。

「いってきます。」

 


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