「くさい」

光と同棲を始めて数日。一緒に出掛けようとマンションのエレベーターに乗った時、光が顔を顰めた。

「え?」
「たばこくさい。だれかここですった」

光は顔を顰めたまま、カタコトに強調してそう言った。
俺はちょっとクンクンと鼻を鳴らしてみて、確かに少し煙草のようなにおいがするかも、と思った。

「禁煙なのにな〜」
「くさい…」
「そんなに?」
「くさーい…」
「煙草嫌い?」

エレベーターが地下駐車場につき、扉が開いた。

「きらい。くさいもん」

つんと嫌そうにそっぽを向いた光はかわいい。大人っぽくなったけど、こういうところは高校生のころと変わってないな。

「ふうん…」

別に俺は煙草は自分で買って吸うほど好きでもないし、この時はあまり気にしなかった。


***


数日後、帰り際に先輩と話をして、煙草を勧められて一本吸った。マンションに帰る頃には自分が煙草を吸ったことも忘れて、ごく普通に部屋に入った。

「ただいまー」
「あ!おかえりなさい!」

先に帰っていたらしい光が駆けてきてお出迎えしてくれた。あ〜幸せだな、帰ってきて光がいるのって…。
いつものように軽いハグをすると、体を離した光は神妙な顔をして俺を見上げた。

「?どうかした?」
「一也さん…」

スッ、と俺から手を離し、後ずさる光。え…何?

「…煙草吸った?」
「え?」

その瞬間、俺は数十分前に先輩から煙草を貰って吸ったことを思いだした。

「あ…あー、うん…」

言いながら、そういえば前、光が煙草嫌いって言ってたっけ…、と急に思い出し、語尾が濁る。

「一本だけ…先輩にもらって…」
「……。」

いや…これは言い訳だ…

「そう…」

光はそう言って、踵を返して部屋に入って行った。ダメ、とも、やめて、とも言わなかったけど、明らかに嫌そうだ。
だけどそんなににおいがしたのか?自分じゃ全然わからない。一本しか吸ってないし…光がよっぽど敏感なのか?
俺は歯磨きをして、部屋でくつろいでいる光の隣に座った。

「光、俺…」

もう吸わないから、と言おうとして、光の肩に腕を回すと、光は身を引いて俺の身体を押し返した。

「ごめん、ほんとうに煙草のにおいダメなの」
「え…まだにおいする!?歯磨いたんだけど…」
「…服ににおいがついてる」
「ええ…!?そうか…?」
「吸ってるからわからないんだよ」
「……。」

そんなに煙草嫌いなのか…。もう本当に吸わないようにしよう…一本たりとも。
体には悪いんだし、むしろ吸わない方がいいんだから…。



***



「こちらはイタリアの有名な葉巻でございますよ。」

王室宛に届いたプレゼントを本城には吸う人がいないからと、使用人が俺と洋一に届けてくれた。珍しい独特の香りの葉巻が並ぶ高級そうな木箱。洋一はそのうちの一つを手に取って、興味深そうに眺めた。

「すげー、葉巻なんて初めて見た。吸ってみようぜ一也」
「俺はいいや。」
「え?せっかくなのにもったいねーなぁ」

煙草はやめたんです、と使用人に説明し、俺は洋一を置いて部屋を出た。
…どうなってもしーらない。



***



「ただいまー。」
「おかえり。」

公務に出ていた光が帰ってきて、リビングに入るなり俺にハグをした。

「どうだった?」
「ちょっと緊張したけど…」

「おっ、光。おかえり」

洋一がバルコニーからやってきて、光が笑顔を浮かべた。

「ただいま…」

洋一に歩み寄り、洋一は光が抱き着いてくるもんだと思って両手を広げたものの、光はあと少しの所で立ち止まって鼻を押さえた。

「…洋一さん煙草吸った?」
「え?」

ぎくり、と洋一の顔が引きつった。

「くさい…」
「い、いや、一本だけ葉巻…貰って…」

光にくさい、と言われたことへのショックを隠し切れない顔で言い訳をする洋一。ついにやけると、洋一は「お前こうなること知ってただろ」と言いたげに俺を睨んだ。

「ごめん…たばこのにおいダメなの…」

光はそう言って、顔の前を手で仰ぎながらリビングを出て行った。

 


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