「何してんの?」

最近彼女ができた部員が、急に彼女が冷たくなったとかで、慰め…と見せかけて面白がっていろいろ話を聞き出していたところに、御幸が通りかかった。

「田口、彼女に振られそうなんだってよ」
「いやもう…あ〜〜〜〜もう」

麻生が嬉しそうに言うと、田口はテーブルにうつぶせた。
学校一のアイドル玉城さんをゲットしやがって早半年が経とうとしている御幸は、ふーん、とどうでもよさそうにつぶやいた。

「助けてくれぇ御幸…」
「いやなんで俺?関係ないじゃん」
「御幸は彼女と順調だろ!!どうやったら半年も付き合えるんだよ」
「どうって別に…特に特別なことはしてねーけど」
「〜〜〜〜!!」
「逆に田口がなんかやらかしたんじゃねーの?」

ニヤニヤそう言って、御幸は空いているパイプ椅子をもってきて座った。

「心当たりは?」
「何もねーよ!付き合ってまだ2週間くらいだし…でも今朝スゲー機嫌悪くて」
「それで?」
「イライラするから今日は顔見せるなって…」
「……。」

うわ〜…、と御幸は苦笑いを浮かべた。と思ったら、ふと思いついたように目を瞬いた。

「彼女生理なんじゃね?」
「え…」

ぽろっ、と衝撃的な発言をした御幸に、田口は顔を真っ赤にした。

「は!?そ…そんなんわかるかよ!つーか関係あるか!?」
「生理中はイライラするらしいよ。」
「お前何言って…、そ、そんなこと」
「いや真面目に。男には想像つかんくらい体調崩すから。女の子は。」
「……。」

御幸は一切茶化さず真剣に言うものだから、田口も周りの野次馬の俺たちもからかう気になれずに黙り込んだ。どうしても玉城さんの顔がちらつくし…。
生理の話とか…た、玉城さんとするのか?こいつが…?

「…御幸はどうしてんの?」

田口がすがるような顔で尋ねた。

「俺はまー…上着貸したり、あったかい飲みもんあげたり。」
「え…でもそれって…相手に聞いていいの?」
「俺は普通に聞いてるけど。」
「え!?…嫌がられない?つーかキモくない?男がそういうこと聞くの」
「でも体調悪いのに無理させるよりいいだろ。聞けば光フツーに言ってくれるし。でも俺は大体わかるけど。」
「え、わかるって…なんで!?」
「様子がいつもと違うし…あと周期で」
「周期!?!?」

ガタガタ、と俺たちが飛びのいて椅子が鳴った。ドン引きする俺たちに、え、なに?と悪びれない顔でぽかんとする御幸。信じられない。こいつは本当に、この2年間一緒に過ごしてきた御幸か?

「何?」
「何?じゃねーよ!お前玉城さんの生理の周期把握してるってこと…!?キモ!!」
「はあ?お子ちゃまだな〜お前ら…」
「いやいやいや変態!ヤベーコイツ!」

俺たちが笑いまくって馬鹿にしても、御幸は意に介さずふっと小さく笑った。

「はいはい。」

そう余裕たっぷりに笑われると、急激に悔しくなってきた。

「み、御幸…。聞くときって、普通に聞いていいのかな?」

田口だけは御幸を笑わず、真剣に尋ねた。なにしろ御幸にはあの玉城さんと半年も順調に付き合い続けているというゆるぎない実績がある。田口からしたら彼女ナシ歴=年齢で全くモテる気配もない俺らより、御幸の言葉のほうが信ぴょう性があるのだろう。

「付き合って2週間くらいだっけ?」
「あ、うん…そのくらい」
「じゃあ急に生理?って聞くのはさすがにデリカシーねーから、機嫌悪い時に体調悪いんだと思って気遣うだけでいいと思う」
「…あー…」

田口は先ほどまでよりは自信を取り戻した顔つきになってうなずいた。

「…玉城さんもそういうとき機嫌悪くなんの?」

好奇心を抑えきれない顔で麻生が聞いた。玉城さんはおしとやかで大人しくて、だけど御幸にはいつもちょっとクールで、年下だけど大人びて見える子だ。
そんな子がイライラしてるような姿はちょっと想像できなかった。

「え、いや光は…」

御幸は急に口を引きつらせて顔を赤くした。

「え…なんだその反応!?」
「なんだよ言えよ!」

御幸はらしくなく赤い顔で頭をかき、苦笑いを浮かべた。

「光はなんていうか…」
「なんだよ」
「怒ったりはしないんだけど…」
「はっきり言えって」
「……。」

御幸は口籠って、ますます顔が赤くなったかと思ったら、急に立ち上がった。

「…この話終わり!内緒!」
「ハァ!?おいコラ待て御幸!!」
「吐け!!」




***




「光。」

練習が終わったある日の夕方、グラウンドのそばに玉城さんが立っているのを見つけ、御幸が駆け寄って行った。

「ごめん!すぐ着替えてくる」

そう言った御幸に玉城さんはうなずき、携帯を開いた。この後何か約束していたらしい。
…美人だよな〜やっぱ…。練習を終えて更衣室に向かう部員たちがみんな玉城さんの姿を盗み見ていく。
俺も部屋着に着替え、夕食までの間暇なので素振りでもしようかと外に出ると、校門のそばに御幸と玉城さんの姿を見つけた。

「大丈夫?」

御幸が何やら心配そうに声をかけていて、俺はこっそりと、無意識に様子を伺った。

「生理?」
「…うん…」

…ええ!?マジで普通に聞いてやがる…。あれが普通なのか!?それともあの2人が変わってんのか…!?
っていうか、玉城さん、生理なんだ…。…ってなんか俺が変態みたいじゃねーか!!

「じゃあ今日はやめとく?体しんどいだろ」
「……。」

玉城さんはいつものクールな態度からは想像できないほど甘えたような目で御幸を見上げ、御幸のシャツを掴んだ。

「やだぁ、帰りたくない…。」

!!?
た、玉城さんってあんな可愛くわがまま言うの…!?
普段は御幸先輩ウザいとかしつこいとかあっちいってとか言ってるのに…!!

「でもお腹痛いんだろ?」
「…せんぱぁい…」
「なんだよ、どうしたいの」
「……。」
「家まで送るから。買い物はまた今度にしようぜ」
「でも…。…んん…」
「何?」

玉城さんは御幸のシャツを掴み、うつむいて駄々をこねるように言った。

「…ちゅーしたい…。」

…!!?!?

「こ、ここで?」
「…だめ?」
「いやさすがに誰か来るし…」
「でも他にするところないじゃん…」
「や…まぁそーだけど…」
「だって1週間はエッチもできな…」
「ちょ!シー!静かに!」

え…!?えっち!?!?!?
御幸やっぱもう玉城さんとそんなことして…!!!!!
でも御幸は寮で毎日野球漬けでそんな暇…場所だって…。…ハッ、ま、まさか、昼間学校で…!?いや、まさか、そんな…

「せんぱいぃ…」
「わかった、わかったから…とりあえず土手まで歩こう、な?」
「ぎゅうして。」
「いやだからここじゃ人目が…」
「お腹痛いの!」
「わ、わかったって…ホラ、これでい?」

ぎゅ、と軽く玉城さんを抱擁する御幸。

「もっとぉ…」
「あーもー…続きは土手行ってから。さすがに誰か来るって…」
「んん〜…」
「ホラ、行こう」

御幸は玉城さんの手を引いて歩きだした。手をつながれて、玉城さんはしぶしぶ歩き出し、ちょっと御幸に駆け寄ってその腕に抱き着いた。
いつもの玉城さんと印象が違いすぎる…けど、この間御幸があんな顔で言葉を濁した理由が今わかった。
玉城さんって生理中、あんなになるのかよ……羨ましい……
俺もあんな風に、あんな可愛い子に甘えられたい…!!無茶言って振り回されたい!!玉城さんくらいかわいい子なら大歓迎!!なんだってしてあげるのに…

…でも現実は、玉城さんは御幸の彼女。
あ〜、ちくしょう、面白くない…!




***




今日は一也がいない。
光は朝から姿を見ていなくて、周防によると「まだ眠っていらっしゃいます」とのこと。俺は1人で朝食を済ませ、寂しくリビングでゲームをしていた。
…光、起きてこないかなぁ…。せっかく今日は2人っきりで過ごせるのに…。

…と、思っていると、リビングのドアが開いた。

「!…光!」

眠たそうな顔で、光は珍しくルームウェアにガウンを羽織った姿で現れた。

「おはよう!光…」
「…おはよう…。」

光は部屋の中を見渡しながら言う。…もしかして、一也を探してる?…凹むぜ…

「…一也なら、仕事だけど」
「え…。…あ、そうだった…」

やっぱりそうだった…!しかも残念そうにつぶやいて、光は悲しそうにソファに座り、横になった。
…せっかく2人っきりで過ごせる滅多にない日なのに、なんだよ!光の一番があいつだって、わかってるけど…。いない日くらいは、俺を優先してくれたって…。

「……う…。」
「え?」

不意に、光が苦しげに呟いた。見ると光はうずくまって、お腹を抑えるように丸くなり、なんとなく顔色も悪い。もしかして…体調が悪いのか?

「光…どうした?」
「……。」

ゲームを置いて光に歩み寄ると、光は何度か目を瞬きーーポロ、と涙をこぼした。

「えっ…!!」
「……。」
「ど、ど、どうしたんだよ?どっか痛いのか?」
「……。」
「か…一也に電話する?」

悔しいけど、俺にはどうしたらいいかわからない。こういうとき、あいつは宥めるのがうまくて…
だから光も、あいつを探したのかも…。…悔しい。

「……大丈夫…。」

光はつぶやいて涙を拭い、クッションに顔を埋めた。

「でもよ…」
「……。」
「…なあ、どうしたんだよ?話してくれって…」
「……。」
「光。」
「……ただの…生理」
「え……」

…な、なんだ…。とりあえずよかった、大事じゃなくて…
でも生理って…確か光は、めちゃくちゃあいつに甘えてたと思うけど…
…俺じゃ役不足ってこと?

「そ…そーか」
「……。」

…俺も甘えられたい…!!一体どうすりゃ…。とりあえず、あいつみたいに気遣ってみるか。

「…なんか飲む…か?」
「……。」
「…ココア…とか?」

確かいつもあいつは、ココアやハーブティーを淹れてやっている。ハーブティーはよくわからないけど、ココアくらいなら俺にも作れる。…作ったことないけど、多分。なんか粉入れて牛乳と混ぜりゃあいいんだろ。簡単簡単。

「…うん」

よし…!

「わかった、じゃあすぐ作ってきてやるからな」
「え…洋一さんが?」
「おう、任せとけって」
「……。」

不思議そうな光の目に見送られ、俺はキッチンへ入った。いつも光の料理を見るときくらいしか入らないから、1人で入るのは新鮮だ。
えーと、ココア…。
見渡すと、コーヒー豆や紅茶の茶葉が置いてある戸棚に、茶色い粉が入った密閉瓶を見つけた。…これか?
ふたを開けてにおいをかいでみると、ふわっと香るほろ苦いチョコレートのような香り。これだ。
冷蔵庫から牛乳を持ってきて小さな鍋に注ぎ、ココアの粉を適当に3杯ほど入れて火にかけた。これでも光の手伝いをしたことがあるから火くらいは扱える。ココアを掬ったスプーンでそのまま鍋をぐるぐるかき混ぜながら牛乳を温めていると、ココアが玉になってなかなか溶けないことに気づいた。なんだこれ、どうすりゃいいんだ。
…まあ、沸けばそのうち溶けんだろ。

ぐつぐつ、薄い茶色になった牛乳が沸騰して、一丁前にココアのにおいが漂い始める。よし、いい感じだ。…ココアがまだ溶け切ってねーけど。
ともかく沸騰したから火を止め、念入りにかき混ぜてできる限り玉をつぶし、光のマグカップに注いだ。…一也がいつも作る時と比べて、見てくれが良くないけど…しょうがない。初めて作ったんだから。

「…光」

リビングに戻ると、ソファで横になっていた光が起き上がった。

「これ…ココア」
「……。」
「う、うまいかわかんねーけど」
「…ありがとう」

光はマグカップを受け取って、そっと口を付けた。

「お砂糖入れた?」
「え…、あ!」
「……。」
「ご、ごめん!すぐ入れてくる」
「いいよ。」
「いやでも…」
「いいから、ここにいて」

光は俺の腕に抱き着き、ちびちびココアをのみ始めた。…思ってたほどうまくいかなかったけど、これはこれで幸せ…。やっぱ普段よりちょっと甘えん坊になってる気がする。あー…一也、今日は帰ってこなくていい…。

「洋一さん」

光はマグカップを置き、俺の顔をじっと見つめた。

「な…何?」

光の手が俺の顔を撫でる。

「ちくちくする」
「…そりゃ、髭が」
「…んん…。」

光は甘えるように俺の肩口に頬を寄せ、ぎゅっと抱き着いてきた。

「洋一さん〜…」
「な…なんだよ?」

ぎゅってして、とか、言われんのかな…!?

「眠い」
「……。」

…違った。

「……。」
「……。」
「……。」
「……ひ、光?」
「……。」

もぞ、と俺の肩口にほおずりして、静かな呼吸が聞こえた。…もしかして…寝てる!?

「……。」

…え、俺、このまま動けないの?




***




「ただいまー…あれ?」

ドアが開き、一也が入ってきて、俺は素早く人差し指を立てて口元にかざし、一也をにらんだ。

「寝てんの?」

小声で尋ねる一也にこくりと頷く。へー、とソファに座る一也を見ながら、ちょっと優越感。
一也の前で光が俺の方を選ぶことって、ほとんどないし。

「生理?」
「……。」

さすがよくわかってんな…。俺は何も答えなかったが、一也は納得したように苦笑した。
まあ、光が昼寝してること自体、珍しいしな。

「…ん…」

と、気配を感じたのか、光が身じろぎをして起き上がった。
隣の一也に気づき、ぽかんと固まって、にこにこ頬を緩ませる一也をしばらく見つめて、光は目を潤ませた。

「おいで。」

一也が気色悪いほどやさしい声で言うと、光は一也の胸に顔をうずめて抱き着いた。

「お腹痛い?」
「うん…」
「薬は飲んだ?」
「うん…」
「もう少し眠る?」
「……。」
「俺もここにいるよ。」
「…うん…」

一也は光の背中をあやしながら言い、光を抱きしめたまま寝かしつけた。
な、慣れてやがる…

「おやすみ。」
「……。」

光の髪を撫でて言い、光はそのまままた目を閉じて眠った。
長いまつげについた涙をぬぐってやりながら、一也は優しい顔をする。

「かわいいよなぁ〜」
「お前…すげぇな」

さすがに脱帽して言うと、一也は苦笑した。

「まあ、高校んときから慣れてるしな〜」
「……。」

…ムカつく。
けど、高校の時、もしも俺だったら…こんなにうまく対応できてただろうか。今日だって戸惑ってばかりだった。
一也が羨ましくて、同じように光に甘えてほしいと思ったけど…実際ちょっと甘えてくれて、嬉しかったけど。でも、一也ほどうまくはできなかった。
一也と俺の違いはきっと…俺はずっと光にあこがれていて、遠い存在で、高嶺の花だった。でも一也は、ずっとすぐそばで、近い存在で、向かい合っていた…。

「ココア、お前が作ったの?」
「あ?…あぁ…まぁ…」

一也はテーブルに置かれた飲みかけのココアを見て言った。

「へー。お前がねぇ…」
「…んだよ。光のためならその位するっつーの」
「はっはっは。ダマだらけだけど」
「うるせぇ。初めて作ったんだからしょうがねーだろ」
「そーだなー、まぁ、努力は買ってやろう」
「何様だ!テメーのためじゃねえし」

舌打ちをして、静かにしろよ、と一也に言われながら、その胸で眠る光の寝顔を見て、次こそはもっとうまくやる、と自分の中でこっそり決意した。

 


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