036
「……モデル?」
うん、と頷いた光。その突拍子もない話に、俺の頭は追い付かず、もう一度、モデル、とつぶやく。
「…なんで?」
出てきた言葉は疑問そのものだった。光がそういう世界に興味があるとは思っていなかったし、あまりにも突拍子がなかったのだ。テレビに映るまでも、何度かスカウトの経験はあったはずで、あまりに突然の心変わりをしたように思えた。いったい何が光にその決断をさせたのか、皆目見当がつかなかった。
「…先輩の試合を見に行って、思ったんです。」
俺の?何の関係があるんだ?
「先輩は…野球なんだって。」
「…どういう意味?」
「生まれてきた意味というか…迷いなく目指せるもの、というか」
…なんとなく言おうとしてることはわかった。
「それで、先輩はプロになるじゃないですか。」
「まあ…まだ決定じゃねーけど」
「それで…私には何があるんだろう、って思って」
「…なんで?」
「えーっと…」
光自身、まだちゃんと言葉にならないようで、しばらく考え込んだ。そして突然、あっと声を上げた。
「そう!そうだ。私、先輩に釣り合う女になりたいんです!」
ぶっ、と噴出して、むせた。なんで笑うんですか?と、光は大真面目な顔で問う。
「大袈裟だな、釣り合うとか釣り合わないとか、誰も思ってねえよ。お前はお前の…やりたいことをしろよ。」
「…やりたいことなんて…わからないし…。それに、モデルの仕事も、やってみたらすごく楽しいし…」
「まあ…それならいいけど」
そうつぶやくと、光は少しむっとして俺を見上げた。
「喜んでくれないんですか?」
「え?」
「…彼女がモデルになったのに」
俺は頬をかき、光を見る。顔は言わずもがな綺麗だし、スタイルもいいし、所作も整っていて、たしかに芸能人でもおかしくないほど目立つ。でもきっと、これまでどおりにはいかなくなる。
「…その、モデルってさ」
「?」
「…水着の撮影とか、あんの?」
光はぽかんとして俺を見て、小さく笑った。
「なんだ、そんなこと。それはないですよ。私…ここに傷もあるし」
「あ…」
そうか、そうだった。
「それにまだ未成年だから、露出は少ない方向で売るらしいです。」
「…そう」
じゃあ成人したらわかんねーってか?
…なんて言ったら、水を差しちまうかな。
「あ、あと、今度バラエティ番組に出ることになって…」
嬉しそうに話す光は可愛くて、俺の大好きな笑顔なのに、どこか遠く、寂しい気持ちを覚えながら、俺は相槌を打ち続けた。
***
『先日行われたGAプロダクション主催の美少女オーディションでグランプリに輝いた…』
夕食時、食堂のテレビから女性アナウンサーの嬉々とした声が流れると、部員たちの喧騒が一瞬にしてその話題で持ちきりになった。
「あっ、この子だよ、この子!うちの学校のさ…」
「2年の玉城さんだろ?なんか、ずっと前から何度もスカウトとかされてたらしいよ。」
「超美人だもんなぁ。お前本物見たことある?」
「ねーよ。最近さらに人だかりに囲まれて、本人見えねーもん」
「学校の周りとか、パパラッチ増えたよな。あれ、野球部だけじゃなくて玉城さんも撮りに来てるよな。」
「それはたぶんあれだろ、玉城さんの彼氏が誰なのか、探してんだろ…」
「……。」
俺はもそもそと飯を口に運ぶ。そうだ。光は現役高校生モデルとして鮮烈なデビューを飾り、瞬く間に人気者になった。まだデビューして一月ほどだというのに、いろいろな雑誌の表紙を飾り、特集を組まれ、テレビにも頻繁に出演している。世間では、ドッキリを仕掛けられたことをきっかけに芸能界デビューしたことからシンデレラストーリーだと美談として語られ、一方では純粋なファン、もう一方では歪んだファンとが生まれた。純粋なファンは別にいい。だが、歪んだファンは、光のプライベートを詮索し、テレビで言っていた「彼氏」が誰なのかしつこく暴こうとしている。
俺の存在が広まったら、きっとお互いにいい影響は及ぼさない。俺は卒業前だし、光はデビュー直後だということで、俺の存在が明らかにならないように、最近は全くと言っていいほど光に会っていない。時々メールしたり、電話したりするだけだ。それも、最近ではお互い変に気を使って、気まずくなってしまっている。まずいだろ、これは。
…光に会いたい。
『…ということで、本日のゲストはこの方!今話題の超美少女モデル、玉城光さんでーす!!』
うおおおお!と、野太い歓声のなか、きらびやかなスタジオに登場する白いワンピース姿の光。少し微笑んで、司会者の隣に並ぶ。
かわいい〜!きれ〜い!と、ひととおりの賛辞をあびた後、光ははにかんでカメラに会釈した。
『玉城さん、なんと芸能界デビューのきっかけが、この番組に仕掛けられたドッキリだったということで!』
『はい、そうなんです。』
『ドッキリをしかけられたときはどうでしたか?』
『驚きました。あと…恥ずかしかったですね。』
『あの蒼井颯斗さんにあんなに迫られてもぐらつかない、とても一途だと話題になりましたよね?』
『あの時は必死で…自分が何を言ったか、よく覚えてないんです。』
『では、ウフフ。その時の映像を…こちらです!どうぞ!』
VTRが流れ、ドッキリの終盤、光のはっきりとした声が流れる。光はその映像をはにかんで眺め、顔を覆って恥ずかしそうにした後、司会者を見上げた。
『どうでしたか?』
司会者に振られ、光は小さく笑う。
『…恥ずかしいセリフですね。』
『でも、これは彼氏さん、嬉しかったんじゃないですか?』
『いやあ、どうなんでしょう…』
『ちなみにこの時の彼氏さんとは、現在も順調なんですか?』
『……』
一瞬、光は迷ったように口をつぐんだ。それから司会者を振り返り、笑顔を浮かべた。
『はい。』
スタジオから湧く祝福の声と落胆の声。
はいって…肯定してよかったのかよ?こういう仕事はイメージが大事で…恋人なんかいたら、邪魔でしかないだろ。
『…それでは玉城さんにもご参加いただいて、さっそくこのコーナーに移りたいと思います…』
司会者の浮足立った声を背中に、食器を片付け、食堂を後にする。倉持の視線を感じながらドアを閉めきり、ひとり、静まり返った部屋に帰った。林も奥村も自主練でいない。俺はスコアブックを開き、眺めながら、深くため息をついた。
うん、と頷いた光。その突拍子もない話に、俺の頭は追い付かず、もう一度、モデル、とつぶやく。
「…なんで?」
出てきた言葉は疑問そのものだった。光がそういう世界に興味があるとは思っていなかったし、あまりにも突拍子がなかったのだ。テレビに映るまでも、何度かスカウトの経験はあったはずで、あまりに突然の心変わりをしたように思えた。いったい何が光にその決断をさせたのか、皆目見当がつかなかった。
「…先輩の試合を見に行って、思ったんです。」
俺の?何の関係があるんだ?
「先輩は…野球なんだって。」
「…どういう意味?」
「生まれてきた意味というか…迷いなく目指せるもの、というか」
…なんとなく言おうとしてることはわかった。
「それで、先輩はプロになるじゃないですか。」
「まあ…まだ決定じゃねーけど」
「それで…私には何があるんだろう、って思って」
「…なんで?」
「えーっと…」
光自身、まだちゃんと言葉にならないようで、しばらく考え込んだ。そして突然、あっと声を上げた。
「そう!そうだ。私、先輩に釣り合う女になりたいんです!」
ぶっ、と噴出して、むせた。なんで笑うんですか?と、光は大真面目な顔で問う。
「大袈裟だな、釣り合うとか釣り合わないとか、誰も思ってねえよ。お前はお前の…やりたいことをしろよ。」
「…やりたいことなんて…わからないし…。それに、モデルの仕事も、やってみたらすごく楽しいし…」
「まあ…それならいいけど」
そうつぶやくと、光は少しむっとして俺を見上げた。
「喜んでくれないんですか?」
「え?」
「…彼女がモデルになったのに」
俺は頬をかき、光を見る。顔は言わずもがな綺麗だし、スタイルもいいし、所作も整っていて、たしかに芸能人でもおかしくないほど目立つ。でもきっと、これまでどおりにはいかなくなる。
「…その、モデルってさ」
「?」
「…水着の撮影とか、あんの?」
光はぽかんとして俺を見て、小さく笑った。
「なんだ、そんなこと。それはないですよ。私…ここに傷もあるし」
「あ…」
そうか、そうだった。
「それにまだ未成年だから、露出は少ない方向で売るらしいです。」
「…そう」
じゃあ成人したらわかんねーってか?
…なんて言ったら、水を差しちまうかな。
「あ、あと、今度バラエティ番組に出ることになって…」
嬉しそうに話す光は可愛くて、俺の大好きな笑顔なのに、どこか遠く、寂しい気持ちを覚えながら、俺は相槌を打ち続けた。
***
『先日行われたGAプロダクション主催の美少女オーディションでグランプリに輝いた…』
夕食時、食堂のテレビから女性アナウンサーの嬉々とした声が流れると、部員たちの喧騒が一瞬にしてその話題で持ちきりになった。
「あっ、この子だよ、この子!うちの学校のさ…」
「2年の玉城さんだろ?なんか、ずっと前から何度もスカウトとかされてたらしいよ。」
「超美人だもんなぁ。お前本物見たことある?」
「ねーよ。最近さらに人だかりに囲まれて、本人見えねーもん」
「学校の周りとか、パパラッチ増えたよな。あれ、野球部だけじゃなくて玉城さんも撮りに来てるよな。」
「それはたぶんあれだろ、玉城さんの彼氏が誰なのか、探してんだろ…」
「……。」
俺はもそもそと飯を口に運ぶ。そうだ。光は現役高校生モデルとして鮮烈なデビューを飾り、瞬く間に人気者になった。まだデビューして一月ほどだというのに、いろいろな雑誌の表紙を飾り、特集を組まれ、テレビにも頻繁に出演している。世間では、ドッキリを仕掛けられたことをきっかけに芸能界デビューしたことからシンデレラストーリーだと美談として語られ、一方では純粋なファン、もう一方では歪んだファンとが生まれた。純粋なファンは別にいい。だが、歪んだファンは、光のプライベートを詮索し、テレビで言っていた「彼氏」が誰なのかしつこく暴こうとしている。
俺の存在が広まったら、きっとお互いにいい影響は及ぼさない。俺は卒業前だし、光はデビュー直後だということで、俺の存在が明らかにならないように、最近は全くと言っていいほど光に会っていない。時々メールしたり、電話したりするだけだ。それも、最近ではお互い変に気を使って、気まずくなってしまっている。まずいだろ、これは。
…光に会いたい。
『…ということで、本日のゲストはこの方!今話題の超美少女モデル、玉城光さんでーす!!』
うおおおお!と、野太い歓声のなか、きらびやかなスタジオに登場する白いワンピース姿の光。少し微笑んで、司会者の隣に並ぶ。
かわいい〜!きれ〜い!と、ひととおりの賛辞をあびた後、光ははにかんでカメラに会釈した。
『玉城さん、なんと芸能界デビューのきっかけが、この番組に仕掛けられたドッキリだったということで!』
『はい、そうなんです。』
『ドッキリをしかけられたときはどうでしたか?』
『驚きました。あと…恥ずかしかったですね。』
『あの蒼井颯斗さんにあんなに迫られてもぐらつかない、とても一途だと話題になりましたよね?』
『あの時は必死で…自分が何を言ったか、よく覚えてないんです。』
『では、ウフフ。その時の映像を…こちらです!どうぞ!』
VTRが流れ、ドッキリの終盤、光のはっきりとした声が流れる。光はその映像をはにかんで眺め、顔を覆って恥ずかしそうにした後、司会者を見上げた。
『どうでしたか?』
司会者に振られ、光は小さく笑う。
『…恥ずかしいセリフですね。』
『でも、これは彼氏さん、嬉しかったんじゃないですか?』
『いやあ、どうなんでしょう…』
『ちなみにこの時の彼氏さんとは、現在も順調なんですか?』
『……』
一瞬、光は迷ったように口をつぐんだ。それから司会者を振り返り、笑顔を浮かべた。
『はい。』
スタジオから湧く祝福の声と落胆の声。
はいって…肯定してよかったのかよ?こういう仕事はイメージが大事で…恋人なんかいたら、邪魔でしかないだろ。
『…それでは玉城さんにもご参加いただいて、さっそくこのコーナーに移りたいと思います…』
司会者の浮足立った声を背中に、食器を片付け、食堂を後にする。倉持の視線を感じながらドアを閉めきり、ひとり、静まり返った部屋に帰った。林も奥村も自主練でいない。俺はスコアブックを開き、眺めながら、深くため息をついた。