373
薄く目を開けて、まぶしさにまた目を閉じた。
朝だ…。昨日の夜を思い出し、寝返りを打って、手探りで光のぬくもりを探した。
そして、とん、と固い何かに指先がぶつかった。探っていくと、それは冷たくて、重たくて…不思議に思って俺は目を開けた。
目を閉じた光がこちらに顔を向けて横たわっていて、俺はその腕に触れていた。
「え…。」
腕をつかむと、その肌は驚くほど固く、冷え切っていて…
腕を撫で、肩を掴み、頬を撫でた。
光は目覚めない。
ウソだ。
そんな、まさか…。
光……
「……!!」
俺は勢いよく起き上がった。
じっとりとシャツが汗で肌に張り付き、胸の底から震えが湧き出て、まだ薄暗い部屋の中を見渡し、混乱しながら俺は隣を見た。
光。光…。
頭の中はそれだけで、眠っている光の胸がかすかに上下し、静かな寝息が聞こえてきて、俺は安堵でため息をこぼした。一気に脱力して、今更恐怖を実感し、2,3粒涙までこぼれた。
光が…死んだ夢を見た。
その事実を理解するのも辛く、恐ろしかった。
「……一也さん…?」
気が付くと光が目を覚まし、眠たそうな目で俺を見上げていた。
「…どうしたの…?」
俺の異変に気付いて心配そうに起き上がり、俺の腕に触れる光。その手が温かくて、俺は安堵のあまりまた目頭が熱くなった。
「…いや…なんでもない…」
光が死んだ夢を見た…だなんて、口にするのも恐ろしくて、俺は大丈夫だと頭を振った。
光は少し俺の顔を見つめ、腕を引き寄せて、その胸に俺を抱き寄せた。ふくよかな温かい胸に抱かれると、とくん、とくん、と光の心臓の音が伝わってきて、俺は安堵で胸がいっぱいになり、しばらくの間、かっこわるいと思いながらも…光を抱きしめて肩を震わせた。
***
今日は光は眠たいというので、昼近くなってもまだベッドで眠っていた。
俺はキッチンで3人分の食事を作る。毒の事件があってから、光が口にするものは必ず周防が調理を監視したものか、俺が作ったものだけにしていた。
光に食べさせてやったあの食事に、毒が入っていたなんて…
知らなかったとはいえ、自分がスプーンですくって彼女の口に入れた、という事実に身震いする。同時に、犯人を絶対に許さないという気持ちも湧いてきた。
「今日の飯何?」
洋一がデカい息子のようなことを言ってキッチンに入って来た。
「ナポリタン。」
「フーン」
「光が好きなんだよな〜俺の作ったナポリタン♡初めて光に作ってやった料理も…」
「聞いてねーよ黙れ」
玉ねぎ、ピーマン、ニンジンを切ってパスタを湯で始め、ソーセージを切り始める。
「そろそろできるから光起こしといて」
「うい」
洋一は俺に指示されるのは嫌うくせに、光のことだと二つ返事で了解する。
洋一が部屋を出ていって、俺はサラダとナポリタンとスープを盛りつけて光たちのもとへ向かった。
部屋に入ると洋一が光をベランダのガーデンチェアに座らせてブランケットをかけてやっているところで、テーブルも整っていた。今日はそこで食べることにしたらしい。
「寒くねーか?」
「うん。」
微笑んで頷いた光の頭を、洋一が優しく撫でた。
「はいはいおまたせー。」
俺がサービングカートを押していって料理を並べると、光は笑顔で、わぁ、と嬉しそうに言った。
「ナポリタンだ。」
「食べられそう?」
うん、と嬉しそうにうなずく光を見て、食欲も大丈夫そうだと安心した。
光がナポリタンをフォークに絡ませ、口の中に運び、咀嚼して、飲み込む。そしてまたフォークで…
「…一也さん」
光が苦笑気味に俺を見た。
「食べづらい…。」
「え?はっはっは!つい見惚れちゃった〜ゴメりんこ♡」
光は苦笑したまま頬を赤くして、洋一は冷めた目で俺をにらんできた。
「…けほっ」
「――!!」
光が小さく咳をして、俺は反射的に立ち上がって、鉄製のガーデンチェアがけたたましい音を立てて倒れた。
驚いた洋一と光の目が俺に向かい、俺も俺自身の…一瞬で胸の中を支配した不安に驚いた。
「…ちょっとむせただけだよ、大丈夫」
光はなだめるように微笑んだ。ああ、うん、そっか、と動揺したまま俺は言って、周防が速やかに起こしてくれた椅子に力が抜けたように座った。
あんな夢を見たから…いや、それよりも、現実として、光がいなくなってしまうかと思う日々がずっと続いていたから。ほんの些細なことでさえ、ひどく怖い。
光がいなくなるなんて…考えられない。
静かに食事をし、周防が食器を下げてくれて、光が薬を飲むのを確認し、部屋に戻って光がベッドに入ると、洋一が俺の腕を引いた。来い、ということらしい。
光が目に入る範囲で部屋の隅に移動すると、洋一は苦い顔で言った。
「お前さ…心配するのはわかるけど、今日みたいな調子じゃ光にも心配かけるだろ」
「ああ…わかってる…」
ごめん…、と呟いた俺に、洋一はやりづらそうに天井を仰いだ。
「気持ちはわかるけどよ…。」
はあ、と洋一の小さいため息が響いた。
「来週には光也と星も帰ってくるんだから…父親がそんなんじゃ子供たちも心配するだろ。早く切り替えろよ。」
「…ああ」
最後に俺の胸元を小突いて、洋一は「ちょっと走ってくるわ」と部屋を出て行った。…気を利かせたのかもしれない。
俺は光の傍へ歩いて行って、椅子をベッドの横に置いた。
「そっちじゃなくて、こっちに来て。」
しかし光がそう言ってベッドをポンポン叩くものだから、俺は笑ってベッドに腰かけた。
「一也さん。」
光は俺の腕に腕を絡ませてきて、身を預けてきた。
「来週、光也たちが帰ってくる前に、お買い物に付き合ってくれる?」
「買い物?」
「ごはん作ってあげたくて。」
そうほほ笑む光を見て、もうずっと部屋で寝たきりだったし、買い物くらいなら外に出てもいいかも、と俺も考えた。
「いいよ、何作るの?」
「えっとね、光也の好きなビーフシチューと、星の好きなサーモンのマリネと…あとパン焼いて、サラダとデザートも。」
「そんなに?無理するなよ。」
うん、と光ははにかんで、まあ俺も手伝うしいいか、と俺も微笑を作った。
「あとね、司臣君もお休みに入るから、司たちも来週遊びに来てくれるみたい。」
「…それはいいけど…」
いや、でもやっぱり、心配なものは心配だ。
「本当に…無理はするなよ。光臣たちが来てても、ちゃんと部屋で休んで…」
「…うん」
ちょっと不満げに頷いて、俺を見上げる光。かわいそうだけど、まだ本調子ではないし、もともと体も弱いから仕方がない。言い聞かせようと口を開きかけたところで、光が先に言った。
「一也さんも一緒にいてくれる?」
そのかわいらしい文句に、俺はつい顔が緩んだ。
「ずっと一緒にいるよ。」
朝だ…。昨日の夜を思い出し、寝返りを打って、手探りで光のぬくもりを探した。
そして、とん、と固い何かに指先がぶつかった。探っていくと、それは冷たくて、重たくて…不思議に思って俺は目を開けた。
目を閉じた光がこちらに顔を向けて横たわっていて、俺はその腕に触れていた。
「え…。」
腕をつかむと、その肌は驚くほど固く、冷え切っていて…
腕を撫で、肩を掴み、頬を撫でた。
光は目覚めない。
ウソだ。
そんな、まさか…。
光……
「……!!」
俺は勢いよく起き上がった。
じっとりとシャツが汗で肌に張り付き、胸の底から震えが湧き出て、まだ薄暗い部屋の中を見渡し、混乱しながら俺は隣を見た。
光。光…。
頭の中はそれだけで、眠っている光の胸がかすかに上下し、静かな寝息が聞こえてきて、俺は安堵でため息をこぼした。一気に脱力して、今更恐怖を実感し、2,3粒涙までこぼれた。
光が…死んだ夢を見た。
その事実を理解するのも辛く、恐ろしかった。
「……一也さん…?」
気が付くと光が目を覚まし、眠たそうな目で俺を見上げていた。
「…どうしたの…?」
俺の異変に気付いて心配そうに起き上がり、俺の腕に触れる光。その手が温かくて、俺は安堵のあまりまた目頭が熱くなった。
「…いや…なんでもない…」
光が死んだ夢を見た…だなんて、口にするのも恐ろしくて、俺は大丈夫だと頭を振った。
光は少し俺の顔を見つめ、腕を引き寄せて、その胸に俺を抱き寄せた。ふくよかな温かい胸に抱かれると、とくん、とくん、と光の心臓の音が伝わってきて、俺は安堵で胸がいっぱいになり、しばらくの間、かっこわるいと思いながらも…光を抱きしめて肩を震わせた。
***
今日は光は眠たいというので、昼近くなってもまだベッドで眠っていた。
俺はキッチンで3人分の食事を作る。毒の事件があってから、光が口にするものは必ず周防が調理を監視したものか、俺が作ったものだけにしていた。
光に食べさせてやったあの食事に、毒が入っていたなんて…
知らなかったとはいえ、自分がスプーンですくって彼女の口に入れた、という事実に身震いする。同時に、犯人を絶対に許さないという気持ちも湧いてきた。
「今日の飯何?」
洋一がデカい息子のようなことを言ってキッチンに入って来た。
「ナポリタン。」
「フーン」
「光が好きなんだよな〜俺の作ったナポリタン♡初めて光に作ってやった料理も…」
「聞いてねーよ黙れ」
玉ねぎ、ピーマン、ニンジンを切ってパスタを湯で始め、ソーセージを切り始める。
「そろそろできるから光起こしといて」
「うい」
洋一は俺に指示されるのは嫌うくせに、光のことだと二つ返事で了解する。
洋一が部屋を出ていって、俺はサラダとナポリタンとスープを盛りつけて光たちのもとへ向かった。
部屋に入ると洋一が光をベランダのガーデンチェアに座らせてブランケットをかけてやっているところで、テーブルも整っていた。今日はそこで食べることにしたらしい。
「寒くねーか?」
「うん。」
微笑んで頷いた光の頭を、洋一が優しく撫でた。
「はいはいおまたせー。」
俺がサービングカートを押していって料理を並べると、光は笑顔で、わぁ、と嬉しそうに言った。
「ナポリタンだ。」
「食べられそう?」
うん、と嬉しそうにうなずく光を見て、食欲も大丈夫そうだと安心した。
光がナポリタンをフォークに絡ませ、口の中に運び、咀嚼して、飲み込む。そしてまたフォークで…
「…一也さん」
光が苦笑気味に俺を見た。
「食べづらい…。」
「え?はっはっは!つい見惚れちゃった〜ゴメりんこ♡」
光は苦笑したまま頬を赤くして、洋一は冷めた目で俺をにらんできた。
「…けほっ」
「――!!」
光が小さく咳をして、俺は反射的に立ち上がって、鉄製のガーデンチェアがけたたましい音を立てて倒れた。
驚いた洋一と光の目が俺に向かい、俺も俺自身の…一瞬で胸の中を支配した不安に驚いた。
「…ちょっとむせただけだよ、大丈夫」
光はなだめるように微笑んだ。ああ、うん、そっか、と動揺したまま俺は言って、周防が速やかに起こしてくれた椅子に力が抜けたように座った。
あんな夢を見たから…いや、それよりも、現実として、光がいなくなってしまうかと思う日々がずっと続いていたから。ほんの些細なことでさえ、ひどく怖い。
光がいなくなるなんて…考えられない。
静かに食事をし、周防が食器を下げてくれて、光が薬を飲むのを確認し、部屋に戻って光がベッドに入ると、洋一が俺の腕を引いた。来い、ということらしい。
光が目に入る範囲で部屋の隅に移動すると、洋一は苦い顔で言った。
「お前さ…心配するのはわかるけど、今日みたいな調子じゃ光にも心配かけるだろ」
「ああ…わかってる…」
ごめん…、と呟いた俺に、洋一はやりづらそうに天井を仰いだ。
「気持ちはわかるけどよ…。」
はあ、と洋一の小さいため息が響いた。
「来週には光也と星も帰ってくるんだから…父親がそんなんじゃ子供たちも心配するだろ。早く切り替えろよ。」
「…ああ」
最後に俺の胸元を小突いて、洋一は「ちょっと走ってくるわ」と部屋を出て行った。…気を利かせたのかもしれない。
俺は光の傍へ歩いて行って、椅子をベッドの横に置いた。
「そっちじゃなくて、こっちに来て。」
しかし光がそう言ってベッドをポンポン叩くものだから、俺は笑ってベッドに腰かけた。
「一也さん。」
光は俺の腕に腕を絡ませてきて、身を預けてきた。
「来週、光也たちが帰ってくる前に、お買い物に付き合ってくれる?」
「買い物?」
「ごはん作ってあげたくて。」
そうほほ笑む光を見て、もうずっと部屋で寝たきりだったし、買い物くらいなら外に出てもいいかも、と俺も考えた。
「いいよ、何作るの?」
「えっとね、光也の好きなビーフシチューと、星の好きなサーモンのマリネと…あとパン焼いて、サラダとデザートも。」
「そんなに?無理するなよ。」
うん、と光ははにかんで、まあ俺も手伝うしいいか、と俺も微笑を作った。
「あとね、司臣君もお休みに入るから、司たちも来週遊びに来てくれるみたい。」
「…それはいいけど…」
いや、でもやっぱり、心配なものは心配だ。
「本当に…無理はするなよ。光臣たちが来てても、ちゃんと部屋で休んで…」
「…うん」
ちょっと不満げに頷いて、俺を見上げる光。かわいそうだけど、まだ本調子ではないし、もともと体も弱いから仕方がない。言い聞かせようと口を開きかけたところで、光が先に言った。
「一也さんも一緒にいてくれる?」
そのかわいらしい文句に、俺はつい顔が緩んだ。
「ずっと一緒にいるよ。」