今朝外に出たら、息が白かった。
思えばすっかり寒くなって、きつい練習からも解放されたこの頃は、この寮の見慣れた景色も白く色あせて見える。
俺たち3年は自主登校期間に入り、ちらほら実家に帰る奴も出てきた。練習がないとなると、俺も実家から通えないわけではないし、どっちにいても通学に問題はないけど、俺がいなくなったらきっと沢村の奴はたるむだろうから、まだここにいる。
洗濯籠を持って寮の前を歩いていると、携帯電話を持った御幸が向こうから歩いてきた。

「はよ」
「…おー」

2年の時の冬休みを思い出す。あの時もこんな風に、こいつと寮で二人きりだった。…いや、今はまだ、他の奴らもいるけど。

「ちょうどよかった。俺、明日から実家戻るから」
「は?」

御幸の言葉に、危うく洗濯物を落としそうになった。

「あ、3日だけな。」
「…んだよ、びっくりさせんなよ」

舌打ちをして御幸を睨む。…こいつ絶対わざとだろ。

「卒業したら、またすぐ引っ越すからな…いろいろ準備してくる」
「…あっそ」

御幸はプロ入りが決まった。羨ましくない、といえばうそになる。でも、納得してる自分もいて。むしろ、これだけ期待させておいてプロになれなかったら、それこそシメてやってるとこだ。

「……た」
「ん?」

玉城さんは?と聞きかけて、口を閉じた。だって、それを聞く権利は、俺にはない。
どうせこいつのことだから、うまくやるだろうし。

「…いや。なんでもねえ」
「…?」

御幸の訝しむ視線を無視して、洗濯室へ向かう。誰もいないそこで、洗濯物を洗濯機に放り込み、洗剤を入れてスイッチを入れる。それからベンチに座って、持ってきた雑誌を開いた。巻頭グラビアは玉城さん。…というか、最近売ってる雑誌のほとんどに載っている。本当にあっという間に、有名人になってしまった。まだ夢のように思えるときがある。こうしてセーラー服を着てこちらに微笑んでいる玉城さんを見るのも、変な気分だ。だって、本物の彼女は、こんな風には笑わない。こんな、どこまでも端正な人形の顔みたいな笑顔。本当は、もっと…

『倉持先輩、こんにちは。』

安心してる時の笑顔は――もっと…

『…もう!一也先輩!』

…御幸といるときの笑顔は、もっと…自然で、綺麗だ。

――奇跡の美少女、玉城 光 あどけなくも神秘的な微笑――

…こんな、神格化した彼女は、彼女じゃない。
いや…違うな。こんなことを考えるのはきっと、もう、絶対に…自分の手の届かない場所に、彼女が行ってしまったからだ。ようするに、ただの…負け惜しみなんだ。

「…ダセェ」

ひとり呟いて、俺は雑誌を閉じた。



***



――今日は登校日。久々の教室でなんだか落ち着かないまま一日を終える。
ここに来るのも後数回だと思うと名残惜しい。少し前までは、早く放課後になってほしくて、いつも時計ばかり見ていた。

HRが終わり、提出物を担任に預け、寮に帰るというところで、御幸の姿がないことに気付く。机にはまだ鞄があるから、まだ帰っていないはずだが。
…便所にでも行ったか?
そう思ってしばらく待ってみたが、御幸は戻ってこない。別に置いて行ってもいいのだが、なんとなく気になって、俺は教室を出た。

近くの男子トイレにも、他のクラスにもいない。
途中でノリと白州に会って、1回の中庭のあたりで見たと聞き、俺は階段を駆け下りる。
…なんで俺はこんなに必死になってあいつを探してるんだ。馬鹿馬鹿しい。

それでも中庭の前まで来ると、植木の影に、見慣れた背中を見つけた。まちがいない、あのデカケツは御幸だ。

「おいみゆ…」

声をかけようとして、口をつぐんだ。御幸と向かい合って立っている、一人の女子を見つけたからだった。よく見なくてもそれが玉城さんだとわかった。…というか、御幸がわざわざ会いに行く女子なんて、玉城さんくらいしかいない。

…さっさと置いて帰ってればよかった。
そんな公開がよぎりながら、俺は二人の姿から目を逸らす。
このまま声はかけずに帰ろう。二人の時間を邪魔しちゃ悪いだろ。久々に会ったんだろうし。

俺は踵を返し、校舎に戻ろうとして――外壁の上に覗く黒い影を見つけた。

すぐに身を翻し、二人に駆け寄る。そして、御幸が振り向くのも待たずに、二人の間に割って入り、両腕で二人の肩を抱いた。

「よー!こんなところにいたのかよ、早く行こうぜ〜」
「は?…倉持?急に何…」
「しっ。」

御幸を黙らせて、視線で外壁を指す。

「外からカメラで覗いてる奴がいる。多分記者だ…お前ら、一緒にいるところなんて撮られたらヤベーだろ。このまま校舎に入るぞ」
「……あ、ああ」

戸惑う二人を強引に押すふりをして、連れ立って校舎に入る。なるべく、特別な関係に見えないように。それでも左手に抱く玉城さんの肩が、驚くほど細くて、柔らかくて、あたたかくて…俺は足元ばかり見ていた。

 


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