「おい」

家の庭で塀に向かってボールを投げていると、不愛想な声がぶつかってきた。
振り返ると目つきの悪い同い年くらいの少年が、暇そうにポケットに手を突っ込んで仁王立ちしていた。

「お前友達いねーのかよ」

俺をにらんでそういう少年の方こそ、一人でこんな何もない住宅街をうろついているじゃないか、と俺は思った。

「え?誰?お前」
「んなこたどーでもいいんだよ!暇だからキャッチボール付き合ってやる」
「はぁ?なんだそりゃ。お前の方こそ友達いないんじゃん」
「うっせー!テメー名前何だよ」
「かずやだけど」
「ふーん。俺はよういち。なぁミットもう一個ねーの?」
「キャッチャー用ならあるけど」
「は〜?」
「俺がそっち使うよ」

ミットとボールを持ってきた俺を眺めて洋一は眉を寄せた。

「お前チビのくせに捕手やってんのかよ」
「はっはっは!そっちも身長そんな変わんなくない?」
「てめーいちいちムカつく奴だな」

会話とは裏腹に、洋一とは軽やかなキャッチボールが続いた。

「お前野球やってんの?」
「まあ」
「どこのチーム?」
「ハァ?んなもん入ってねー」
「え、もったいねー。上手いのに」
「お前に関係ねーだろ」
「そーだけどさ…、」

パシン、と洋一がボールを取って振りかぶった瞬間、何かに気づいた様子で動きを止めた洋一に、俺もその視線の先を追って振り返った。
そこには、白いワンピースを着た女の子が立っていた。

……可愛い。

こんな子この近所にいたっけ?始めて見る顔だ。なんだかお嬢様っぽいし。

「知り合い?」

洋一が振りかぶるのをやめて尋ねてきた。俺は首を横に振った。

「よお、迷子か?」

洋一は気さくにそう尋ねながら女の子に近づいて行った。同じくらいか、ちょっと年下かな?大人しそうな子だ。実際、歩み寄っていった洋一に委縮したように、その子は肩をすくめた。

「危ないから見てるならこっちにいろよ。」
「いや、ここうちの庭なんだけど」
「こまけーこたあいいじゃねーか。迷子かなんかだろ?」

言いあう俺と洋一を、その子はおびえるような瞳で見上げている。

「なあ、名前は?俺は一也で、こっちは洋一。」
「……ひかり」

か細い声で、女の子は言った。

「光か。ひとり?親は?」
「……。」
「近所の子か?子供一人じゃあぶねーぞ」
「…そういえば洋一もひとりじゃん。どっから来たの?お前」
「俺のことはいーんだよ!!なあ、光、友達とか親は一緒じゃないのかよ?」

「……こうちゃん…。」

女の子はうつむいて、ぽそりと呟いた。

「こうちゃん?」
「誰?」
「知ってるわけないだろ」
「はぐれたのか?」
「……。」
「この近く?こうちゃんってのは友達?」
「……。」
「何も言わないじゃん」
「なー、何か言ってくれねーと何もわからねーぞ」
「洋一の目つきが怖いんじゃない?」
「ぶっ殺すぞ」
「……。」

心細そうにうつむいた光の大きな瞳が、うるうると涙を帯び始めた。

「あーあー泣くなって!大丈夫だよ見捨てやしねえから」
「そのこうちゃんって奴探そうぜ。どっから来たか覚えてるか?」

洋一が光の顔をのぞき込むと、光は道の向こう側を振り返った。

「あっちから歩いてきたのか?」

洋一の問いに頷く光。

「よーし、じゃあ一緒に行こうぜ。こうちゃんって奴を探すぞ。」
「……。」

洋一は光の頭を撫で、手を差し出した。光はその手をおずおずと握り返し、ひとまず泣き止んだ。

「お前妹か弟でもいんの?」
「いねーよ。近所にガキがいっぱいいるんだよ」
「フーン」

それにしちゃあ扱いに慣れている。俺は少し洋一に感心した。
俺たちは光が歩いてきたという道をさかのぼりながら歩いていった。しかし道が3又に別れたところで、光は立ち止まってしまった。

「ここは?」
「……。」
「思い出せねーか?」

悲しそうにうつむく光。洋一は励ますように手を持ち上げた。

「そもそもどこから来たの?この辺の子?」

俺が尋ねると、光は考えこんだ。

「……森…。」
「森?」
「赤い橋…わたったら、こうちゃん…いなくなっちゃった…」

俺と洋一は顔を見合わせた。

「お前この辺住んでんだろ、心当たりねーのか?」
「こんな町中に森なんてあるわけないじゃん」
「でも光は森から歩いてきたんだもんなぁ?」
「……。」
「他に何か覚えてることない?」

俺が尋ねると、光はまた考え込んだ。

「……滝……。」
「滝ぃ?ますますあるわけないじゃん」
「光が見たって言ってんだろ。いいから考えろよ」
「いやいやこの辺にあるのは誰かの家とか八百屋くらい…」

「どうしたの、お嬢ちゃんたち?迷子?」

ふっと影が落ちて、見上げると、小太りの男が俺たちを見下ろしていた。

「いや俺らじゃなくて、コイツが迷子なんす」
「……。」

洋一が光を見て答えた。

「あーそうなんだ。じゃ、おじさんが警察に連れてってあげるよ。」

男は鼻息荒くそういって、光の細い腕をつかんだ。

「いや…。」

光は小さく呟いて、洋一の陰に隠れた。

「大丈夫だよ〜。おじさんこの辺に住んでるんだよ。交番の場所も知ってるから。」
「……。」
「歩き回ったら危ないよ。お父さんお母さんも君が見つからなかったら交番に行くんだよ?」
「……。」
「あのー、こいつ人見知りみたいで。俺らで交番に連れて組んでヘーキっすよ。」

俺が光と洋一の前に立つと、男は眉間にしわを寄せた。

「うるせえな、大人に任せてガキは家に帰れよ!」

急に敵対心をむき出しにしてそう怒鳴ってきた男に、俺も洋一も目を丸くした。同時に、本能的に光が危ないと思い、俺と洋一でかばうように前に出た。

「なんだよおっさん!てめえこそ帰れよ!」
「ハァ!?クソガキが!」

おっさんが洋一をどつこうとした瞬間、洋一はそれを避けておっさんの下腹部に拳をたたきこんだ。

「ぐえ…!」
「逃げるぞ!!」

おっさんがうずくまった途端洋一が叫んで光の手を引っ張り、俺たちは一目散に駆け出した。
走って走って、小さな空き地に駆け込んで、ふらふらの光を古ぼけたベンチに座らせた。

「あいつヤベー…」
「おやお前もね…よく殴れたな」
「ボクシングやってんだよ」

洋一は得意げに笑った。へえ…、と俺はまたこいつに感心した。手段はともかく、洋一のおかげで逃げ切れたのは間違いない。

「う…。」

座り込んだ光が、肩を震わせてしくしく泣き始めた。

「え〜…おい、だいじょーぶ?」
「怖かったんだろ、女だし」
「まー確かにあのおっさんはヤバかったな」
「だな、ヒャハハ」

光が泣き止むまで待とうと、俺と洋一は腕を組んで佇んだ。
その時だった。

「って!!」

隣の洋一が急によろめいた。次の瞬間、そこに立っていた少年が洋一に突進したのだと理解した。
金髪で淡い青の瞳の、俺たちより一回り体の小さい少年。なのに、勇敢に洋一に突進してきたのだ。

「テメー!いきなり何すん…、」
「こうちゃん!」

光が急に立ち上がって叫んだ。俺も洋一も固まって、こうちゃんと呼ばれた少年に注目した。こうちゃんは俺と洋一を鋭くにらみつけた。

「光に近づくな!不良共!!」
「ハァ?」
「光を泣かせやがって!!」

「……。」
「……。」

俺と洋一が顔を見合わせると、こうちゃんも不思議そうな顔になって俺たちを見比べた。

「…ぷっ…」
「ヒャハハハ!!!なんだそりゃwww」
「はっはっは!まーいいじゃん、白馬の王子サマって感じで(笑)」
「ヒャハハハハハハwwww」

「な…何がおかしい!」

身構えるこうちゃんに、光がなだめるように歩み寄っていった。

「こうちゃん、このふたりは…助けてくれたの…。」
「え?」

「そーだぜ〜。感謝しろよむしろ」
「そーだそーだ。ヒャハハ」

「……。」

こうちゃんは光の言葉を聞いて納得いかない様子で俺たちをにらんだ。

「…フン。まぎらわしいんだよ…」
「お前な〜、素直に謝れないわけ?」

「ほっほっほっほっほ」

突然響いた甲高い笑い声に、俺たちは皆びくりと驚いて振り返った。

「これは、これは。こんなところにお姫様がいるなんてねぇ」
「……。」

そこのベンチにいつの間にかいた黒づくめの老婆の真ん丸な目でじろじろ見られた光は、きょとんと眼を瞬いた。

「なんだよババア。あやしー奴だな」
「ほっほっほっほっほ」

にらみつける洋一にも動じず、何がおかしいのか老婆は笑い続ける。

「わしにはちょっとした未来が見えるんじゃ」
「未来ぃ?」

「嬢ちゃんと坊ちゃんはそう遠くない未来、結ばれる運命にある」

老婆の人差し指が、光と俺を交互に指さした。

「おばーちゃん何言ってんの?大丈夫?」
「ほっほっほっほ。10年後に思い知るじゃろうて」
「10年後〜?」
「くだらない。光とお前らが今後会うことは二度とない」
「…ってこうちゃんは言ってるけど?」
「お前にそう呼ばれたくない」
「じゃー名前なんて言うんだよお前」
「いう必要はない」
「めんどくせーやつだな」

「坊ちゃんも嬢ちゃんと結ばれる運命にあるのお」
「ハァ?」

老婆は今度は洋一を指さして言った。

「意味わかんねーぞババア」
「俺と洋一ふたりと結ばれんの?おかしくない?」

「坊ちゃんらは生涯嬢ちゃんを愛し続けるのじゃ」

ほっほっほっほ、と自信満々に笑う老婆に、俺も洋一も眉を寄せて顔を見合わせた。
確かに光は可愛い女の子だけど…老婆の言っている意味が分からない。そもそもなんで二人と結ばれるんだ。そういうのって普通ひとりなんじゃないのか。

 


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