003
ヒャハハハハ!と、倉持の甲高い笑い声を聞きながら、俺は鳥肌だらけの手でふざけたグミを摘み上げた。
「何、んなもんにビビってんだよ!」
倉持は心底面白そうにひととおり俺を馬鹿にした後、俺の手からグミを抜き取って、食っていい?と聞いてきた。
倉持に気色悪いグミをくれてやって、俺はようやく落ち着く。…してやられた。きっとさっきの悲鳴も、あいつのことだから廊下で聞いていたんだろう。
やってくれるじゃねーか。
「…おい、御幸!」
「…あ?」
倉持がグミを齧りながら怒号を飛ばしてきた。
「だから何度も聞いてんじゃねーか、今の1年、どういう知り合いだよ!?」
「…悪いんだけど倉持クン、そのグミ食べながら近づかないでくれる?」
倉持はイライラしながらグミを全て口に放り込むと、改めて聞いてきた。
「まさか彼女じゃねーだろうな?」
「はっはっは。」
「んなッ!?て、テメェ…」
「ちげーよ。…でも、次はどうしてやろうかな…」
倉持が目尻をぴくぴくと痙攣させてドン引きしたのがわかった。俺今、きっといい笑顔してるんだろうなぁ。だって、めちゃくちゃ楽しいし。
「…御幸、ちょっといいか。」
不意に低い落ち着いた声がして顔を上げると、白州が立っていた。
「さっきそこで監督に会って、これを御幸に渡すよう言われたんだが…。」
「ああ、サンキュ。」
白州からノートを受け取ると、教室の入り口のあたりが騒がしいことに気が付いた。
「どこだ!?」
「なんだよ、いないじゃねーか!」
「もう自分の教室に帰ったんじゃねーの?」
「誰だよー、ここにいるって言った奴。」
「…すごい騒ぎだな。」
白州も廊下を行ったり来たりする生徒たちを振り向いて呟く。
「…何の騒ぎだ?」
倉持が首をかしげると、白州は意外そうに言った。
「…知らないのか?さっきここに、あの転校生が来てたって騒ぎになってるんだ。」
「転校生?」
「ほら、1年の…玉城光っていう…」
白州の答えに、俺と倉持は顔を見合わせる。
「何?あいつ、有名人か何か?」
俺が苦笑いで聞くと、白州は少し呆れたように言う。
「めちゃくちゃ有名だろ…2学期に転入してきて、超美人の転校生がきたって噂になってたし。俺もここに来る途中階段ですれ違ったが…噂通り綺麗だった。」
「…マジ?」
顔を引きつらせる俺の脳天に、倉持のチョップが落ちた。
「いって…!何すんだよ。」
「わりぃ、ちょっと腹が立ってな…」
白州は不思議そうに俺たちを見て困惑している。倉持は俺を睨みながら言った。
「その転校生、こいつのとこに来てたんだよ。」
「!…そうなのか。」
「随分と仲が良さそうだったよなァ、一也クン?」
「はっはっは、いやーそれほどでも。」
「クッソムカつく…!」
2発目のチョップを喰らうかな、と思った時、クラスの男共が俺の席に遠慮がちにやってきた。男共は互いに顔を見合わせ、誤魔化すような笑みを浮かべて小声で話しかけてきた。
「御幸!あのさ…玉城さんと仲良いの?」
「…なんで?」
「いや…あのさ…紹介してくれない?で、玉城さんのライン教えてくれよ。」
「…はぁ?自分で聞けよ。」
「頼む、教えてくれるか、聞いてみてくれるだけでいいから!」
両手を顔の前で合わせ、男共…よく数えたら5人の男子が、俺に懇願してくる。面倒臭いことになったな。それになにより、面白くない。
「…つか俺、あいつのラインしらねーし。俺ガラケーだし。」
「はぁっ!?マジ?…じゃ、メールアドレスでもいいからさ、頼むよ!」
「メアドも電話番号も知らねえよ。自分で聞けば?たぶん教えてくれるよ、あいつ。」
昨日のことをぼんやりと思い出す。玉城は自分の連絡先を教えることを何とも思っていないようだったし、「話してみれば気が合うかもしれない」という考えの持ち主だ。きっと、連絡先くらい簡単に教えてくれるだろう。ただ、簡単にブロックもするみたいだから、長続きするかどうかはわからないが。
予鈴が鳴って、男共は慌てたように時計を見上げ、じれったいようすで俺に縋ってくる。
「とにかく、聞いてみてくれよ!頼んだぞ!」
「…えー。」
「今度何か奢るから!」
「…じゃ、今度もし会ったら、な。」
ひとまずはその返答で妥協したらしい。クラスメイト達は席に戻り、白州も帰って行った。俺は次に玉城に会う楽しみに水を差されたような気分で、頬杖をついた。
***
玉城との再会はすぐにやってきた。
翌日、昼休みに監督に呼び出されていた俺が、教室に戻る途中の渡り廊下でのこと。
窓際に立つ華奢な後姿を見つけ、足が止まる。…玉城だ。玉城はジャージ姿の細い男と向かい合って立っていて、何かを話している。仲が良さそうだ。…クラスの男か?
「…好きな人がいるんですか?」
相手の男の、少し高めの声が響いた。
「ええ。」
玉城が頷く。その表情はこちらからは見えない。
「誰なんだ、そんな…幸せな奴は。ぶん殴ってやりたい。」
男は悲痛な顔をしてうつむく。
「それは無理だわ。」
玉城の、少し笑いを含んだような綺麗な声がして、俺も思わず耳を澄ます。
「そんなに…立派な奴なんですか。」
「ええ。とても素敵な人。」
「…いつから、どこで出会ったんです?」
「3日前から、橋の上で。」
「それって…。」
「すれ違ったの。」
「からかわないでください。…僕は真剣なんです。」
「私も真剣よ。」
「…そいつの名前は。」
「答えてほしい?」
「いや…言葉にしなくてもいい。もしその答えが、僕の思った通りなら。」
「どうするの?」
「くちびるを咎めないでほしい。」
男は玉城の腰に手を回し、身を寄せて、顔を近づけた。そこで俺はようやく我に返って、それまで呆然と見惚れていたことに気付いた。
なんだあいつ、玉城の彼氏か?いや、見たところ、たった今告白が成功した…のか?ざわざわと胸が騒ぐ。苦しい。嘘だろ、俺、結構ショック受けてる。いや…かなりやばい。泣きそうだ。
顔を近づけた二人が、本当にキスをしたかどうかはわからない。キャア、と女子たちが黄色い声を押し殺したのはわかった。ただ呆然とする俺の前で、玉城は男と離れると、少し笑っているようだった。
パタッ、と軽い音が、渡り廊下に異様に大きく響いた。玉城と相手の男が気付いてこちらを見たことで、俺は自分が筆箱を落としたことに気が付いた。
慌てて拾い上げて玉城を見ると、玉城は顔を赤くして俺を見下ろしていた。隠し事がばれて恥ずかしがっているような、そんな表情だった。
俺と玉城の様子に気づいていない相手の男は、嬉しそうに玉城の両肩に手を置き、興奮気味に詰め寄った。
「ね、今すっごく上手くいったよね!?やっぱジュリエットは光しか考えられないよ!ねぇお願い、文化祭だけのピンチヒッターでいいからさ、演劇部来てくれないかな!?」
…ん?今なんつった?
「光がヒロイン役だと観客もあつまるし、ロミオ役のあたしもやりやすいし!ねっ、お願い!」
「えぇ〜…、やだよ、予定通り司がジュリエットやって、その…桂木先輩だっけ?がロミオでいいじゃん。司もそのほうが…」
「無理だよ無理無理無理!あたし心臓持たないもん!ねぇお願い〜、先輩たちからも光の勧誘頼まれてるの!光今どこにも部活入ってないでしょ?暇だと文化祭で役員にされちゃうよ、演劇部に来てよ〜!」
…とんでもない誤解をしてしまったことだけはわかった。相手が男でなく、女だという事も。中性的な顔立ちで、髪も短く、ジャージを着ているからわからなかった。
「…か、考えとくよ。」
押しに負けたのか、玉城は不服そうにそう呟いた。すると司と呼ばれた女子は満面の笑みを浮かべて玉城を抱きしめた。
「ほんとーに!?やったやった!お願いね!!」
「ちょっ…まだ決めてないってば…」
「もー光優しい!大好き!」
「司〜!生徒会の人が呼んでるー!」
「はぁーい!今行く!」
ばたばたと慌ただしく友達が去っていくと、玉城は少し疲れた様子で俺を振り返った。…睨んでいる。
俺はいつものようにへらりと笑顔を浮かべて玉城に歩み寄った。
「似合ってたぜ、ジュリエット♪」
玉城は悔しそうに眉を寄せて押し黙る。不服そうに、恥ずかしそうに。睨み付けてくる目も、上目遣いになっていて。…うわー、可愛い。こりゃ、噂になるわけだ。
しかし昨日のリベンジをこんなところで果たせるとは、俺もツイてたな。
「…なんでこんなところにいるんですか?」
「監督…片岡先生に呼ばれて、職員室に行ってきたんだよ。」
「……。」
玉城は少し顔を赤くしてそっぽを向いた。
…もしかして、自分を探しに来たと思ったのか?昨日の仕返しでもしに来たと思ったか。それは考えなかったわけではないが…だとしたら、相当可愛いなこいつ。
「…あ、そうだ。お前に聞きたいことがあったんだわ。」
「え?」
思い出したように言うと、玉城が思いのほか嬉しそうな声で反応したので、少し胸の奥がむずむずする。
「俺のクラスの奴が、お前のメアド知りたいって言うんだよ。教えてもいいか?」
「……えぇ?」
可愛らしい顔が一変、眉を寄せて目を細め、口を歪めてガラの悪い顔で俺を睨みつけてきた。それでもものすごい美人だから、おそろしいものだ。
「駄目ならそう言っとくけど。」
「……。…別にいいですけど。」
玉城はスマホを取出し、メールアドレスを表示させる。俺はそれを登録して、スマホを玉城に返した。
「じゃ、たぶん何人かからメールが来ると思うから。」
「……。」
なんだ?やっぱり本当は嫌なのか?こいつなりに、先輩に気を使って立ててくれたのだろうか。そうとは考えにくいが。
「…その人たちって、御幸先輩と仲良い人たちなんですか?」
「え?いや別に普通だけど。」
「そうですか。よかった。」
玉城はスマホをポケットに仕舞う。
「それならブロックし辛くないですね。」
「おいおい…する前提かよ。」
前言撤回。こいつはこういう奴だった。
「あのなあ、そんなにほいほいブロックするなら、最初から教えなきゃいいじゃねーか。普通に断るよりひでぇぞそれ。」
「だって…知らない相手だから、メールやラインで話をして、まずは知って友達になってほしい、っていうのはよくわかるんです。だからメールをして相手を知った上で、私が『合わないな』と思って断るんだったら、相手の方も理解してくれると思うんですよね。」
「…理屈はわかるけど。メールなんてやりとりしてたら、相手だって期待するだろ。軽い気持ちでブロックするなよ。そもそも、誰にでも簡単にメアド教えんな。」
「…なんでですか?」
「傷つくだろーが。」
「……。」
玉城は黙り込む。やべえ、言い過ぎたか?
「…わかりました。」
…案外素直にうなずいた。呆気にとられていると、予鈴が鳴り響いた。
「やべっ!…じゃーな!」
俺は急いで教室に向かう。階段を駆け上がりながら、思わず玉城のメアドをゲットした実感が今更湧いて来て、胸の奥がふわふわと浮ついた。
「何、んなもんにビビってんだよ!」
倉持は心底面白そうにひととおり俺を馬鹿にした後、俺の手からグミを抜き取って、食っていい?と聞いてきた。
倉持に気色悪いグミをくれてやって、俺はようやく落ち着く。…してやられた。きっとさっきの悲鳴も、あいつのことだから廊下で聞いていたんだろう。
やってくれるじゃねーか。
「…おい、御幸!」
「…あ?」
倉持がグミを齧りながら怒号を飛ばしてきた。
「だから何度も聞いてんじゃねーか、今の1年、どういう知り合いだよ!?」
「…悪いんだけど倉持クン、そのグミ食べながら近づかないでくれる?」
倉持はイライラしながらグミを全て口に放り込むと、改めて聞いてきた。
「まさか彼女じゃねーだろうな?」
「はっはっは。」
「んなッ!?て、テメェ…」
「ちげーよ。…でも、次はどうしてやろうかな…」
倉持が目尻をぴくぴくと痙攣させてドン引きしたのがわかった。俺今、きっといい笑顔してるんだろうなぁ。だって、めちゃくちゃ楽しいし。
「…御幸、ちょっといいか。」
不意に低い落ち着いた声がして顔を上げると、白州が立っていた。
「さっきそこで監督に会って、これを御幸に渡すよう言われたんだが…。」
「ああ、サンキュ。」
白州からノートを受け取ると、教室の入り口のあたりが騒がしいことに気が付いた。
「どこだ!?」
「なんだよ、いないじゃねーか!」
「もう自分の教室に帰ったんじゃねーの?」
「誰だよー、ここにいるって言った奴。」
「…すごい騒ぎだな。」
白州も廊下を行ったり来たりする生徒たちを振り向いて呟く。
「…何の騒ぎだ?」
倉持が首をかしげると、白州は意外そうに言った。
「…知らないのか?さっきここに、あの転校生が来てたって騒ぎになってるんだ。」
「転校生?」
「ほら、1年の…玉城光っていう…」
白州の答えに、俺と倉持は顔を見合わせる。
「何?あいつ、有名人か何か?」
俺が苦笑いで聞くと、白州は少し呆れたように言う。
「めちゃくちゃ有名だろ…2学期に転入してきて、超美人の転校生がきたって噂になってたし。俺もここに来る途中階段ですれ違ったが…噂通り綺麗だった。」
「…マジ?」
顔を引きつらせる俺の脳天に、倉持のチョップが落ちた。
「いって…!何すんだよ。」
「わりぃ、ちょっと腹が立ってな…」
白州は不思議そうに俺たちを見て困惑している。倉持は俺を睨みながら言った。
「その転校生、こいつのとこに来てたんだよ。」
「!…そうなのか。」
「随分と仲が良さそうだったよなァ、一也クン?」
「はっはっは、いやーそれほどでも。」
「クッソムカつく…!」
2発目のチョップを喰らうかな、と思った時、クラスの男共が俺の席に遠慮がちにやってきた。男共は互いに顔を見合わせ、誤魔化すような笑みを浮かべて小声で話しかけてきた。
「御幸!あのさ…玉城さんと仲良いの?」
「…なんで?」
「いや…あのさ…紹介してくれない?で、玉城さんのライン教えてくれよ。」
「…はぁ?自分で聞けよ。」
「頼む、教えてくれるか、聞いてみてくれるだけでいいから!」
両手を顔の前で合わせ、男共…よく数えたら5人の男子が、俺に懇願してくる。面倒臭いことになったな。それになにより、面白くない。
「…つか俺、あいつのラインしらねーし。俺ガラケーだし。」
「はぁっ!?マジ?…じゃ、メールアドレスでもいいからさ、頼むよ!」
「メアドも電話番号も知らねえよ。自分で聞けば?たぶん教えてくれるよ、あいつ。」
昨日のことをぼんやりと思い出す。玉城は自分の連絡先を教えることを何とも思っていないようだったし、「話してみれば気が合うかもしれない」という考えの持ち主だ。きっと、連絡先くらい簡単に教えてくれるだろう。ただ、簡単にブロックもするみたいだから、長続きするかどうかはわからないが。
予鈴が鳴って、男共は慌てたように時計を見上げ、じれったいようすで俺に縋ってくる。
「とにかく、聞いてみてくれよ!頼んだぞ!」
「…えー。」
「今度何か奢るから!」
「…じゃ、今度もし会ったら、な。」
ひとまずはその返答で妥協したらしい。クラスメイト達は席に戻り、白州も帰って行った。俺は次に玉城に会う楽しみに水を差されたような気分で、頬杖をついた。
***
玉城との再会はすぐにやってきた。
翌日、昼休みに監督に呼び出されていた俺が、教室に戻る途中の渡り廊下でのこと。
窓際に立つ華奢な後姿を見つけ、足が止まる。…玉城だ。玉城はジャージ姿の細い男と向かい合って立っていて、何かを話している。仲が良さそうだ。…クラスの男か?
「…好きな人がいるんですか?」
相手の男の、少し高めの声が響いた。
「ええ。」
玉城が頷く。その表情はこちらからは見えない。
「誰なんだ、そんな…幸せな奴は。ぶん殴ってやりたい。」
男は悲痛な顔をしてうつむく。
「それは無理だわ。」
玉城の、少し笑いを含んだような綺麗な声がして、俺も思わず耳を澄ます。
「そんなに…立派な奴なんですか。」
「ええ。とても素敵な人。」
「…いつから、どこで出会ったんです?」
「3日前から、橋の上で。」
「それって…。」
「すれ違ったの。」
「からかわないでください。…僕は真剣なんです。」
「私も真剣よ。」
「…そいつの名前は。」
「答えてほしい?」
「いや…言葉にしなくてもいい。もしその答えが、僕の思った通りなら。」
「どうするの?」
「くちびるを咎めないでほしい。」
男は玉城の腰に手を回し、身を寄せて、顔を近づけた。そこで俺はようやく我に返って、それまで呆然と見惚れていたことに気付いた。
なんだあいつ、玉城の彼氏か?いや、見たところ、たった今告白が成功した…のか?ざわざわと胸が騒ぐ。苦しい。嘘だろ、俺、結構ショック受けてる。いや…かなりやばい。泣きそうだ。
顔を近づけた二人が、本当にキスをしたかどうかはわからない。キャア、と女子たちが黄色い声を押し殺したのはわかった。ただ呆然とする俺の前で、玉城は男と離れると、少し笑っているようだった。
パタッ、と軽い音が、渡り廊下に異様に大きく響いた。玉城と相手の男が気付いてこちらを見たことで、俺は自分が筆箱を落としたことに気が付いた。
慌てて拾い上げて玉城を見ると、玉城は顔を赤くして俺を見下ろしていた。隠し事がばれて恥ずかしがっているような、そんな表情だった。
俺と玉城の様子に気づいていない相手の男は、嬉しそうに玉城の両肩に手を置き、興奮気味に詰め寄った。
「ね、今すっごく上手くいったよね!?やっぱジュリエットは光しか考えられないよ!ねぇお願い、文化祭だけのピンチヒッターでいいからさ、演劇部来てくれないかな!?」
…ん?今なんつった?
「光がヒロイン役だと観客もあつまるし、ロミオ役のあたしもやりやすいし!ねっ、お願い!」
「えぇ〜…、やだよ、予定通り司がジュリエットやって、その…桂木先輩だっけ?がロミオでいいじゃん。司もそのほうが…」
「無理だよ無理無理無理!あたし心臓持たないもん!ねぇお願い〜、先輩たちからも光の勧誘頼まれてるの!光今どこにも部活入ってないでしょ?暇だと文化祭で役員にされちゃうよ、演劇部に来てよ〜!」
…とんでもない誤解をしてしまったことだけはわかった。相手が男でなく、女だという事も。中性的な顔立ちで、髪も短く、ジャージを着ているからわからなかった。
「…か、考えとくよ。」
押しに負けたのか、玉城は不服そうにそう呟いた。すると司と呼ばれた女子は満面の笑みを浮かべて玉城を抱きしめた。
「ほんとーに!?やったやった!お願いね!!」
「ちょっ…まだ決めてないってば…」
「もー光優しい!大好き!」
「司〜!生徒会の人が呼んでるー!」
「はぁーい!今行く!」
ばたばたと慌ただしく友達が去っていくと、玉城は少し疲れた様子で俺を振り返った。…睨んでいる。
俺はいつものようにへらりと笑顔を浮かべて玉城に歩み寄った。
「似合ってたぜ、ジュリエット♪」
玉城は悔しそうに眉を寄せて押し黙る。不服そうに、恥ずかしそうに。睨み付けてくる目も、上目遣いになっていて。…うわー、可愛い。こりゃ、噂になるわけだ。
しかし昨日のリベンジをこんなところで果たせるとは、俺もツイてたな。
「…なんでこんなところにいるんですか?」
「監督…片岡先生に呼ばれて、職員室に行ってきたんだよ。」
「……。」
玉城は少し顔を赤くしてそっぽを向いた。
…もしかして、自分を探しに来たと思ったのか?昨日の仕返しでもしに来たと思ったか。それは考えなかったわけではないが…だとしたら、相当可愛いなこいつ。
「…あ、そうだ。お前に聞きたいことがあったんだわ。」
「え?」
思い出したように言うと、玉城が思いのほか嬉しそうな声で反応したので、少し胸の奥がむずむずする。
「俺のクラスの奴が、お前のメアド知りたいって言うんだよ。教えてもいいか?」
「……えぇ?」
可愛らしい顔が一変、眉を寄せて目を細め、口を歪めてガラの悪い顔で俺を睨みつけてきた。それでもものすごい美人だから、おそろしいものだ。
「駄目ならそう言っとくけど。」
「……。…別にいいですけど。」
玉城はスマホを取出し、メールアドレスを表示させる。俺はそれを登録して、スマホを玉城に返した。
「じゃ、たぶん何人かからメールが来ると思うから。」
「……。」
なんだ?やっぱり本当は嫌なのか?こいつなりに、先輩に気を使って立ててくれたのだろうか。そうとは考えにくいが。
「…その人たちって、御幸先輩と仲良い人たちなんですか?」
「え?いや別に普通だけど。」
「そうですか。よかった。」
玉城はスマホをポケットに仕舞う。
「それならブロックし辛くないですね。」
「おいおい…する前提かよ。」
前言撤回。こいつはこういう奴だった。
「あのなあ、そんなにほいほいブロックするなら、最初から教えなきゃいいじゃねーか。普通に断るよりひでぇぞそれ。」
「だって…知らない相手だから、メールやラインで話をして、まずは知って友達になってほしい、っていうのはよくわかるんです。だからメールをして相手を知った上で、私が『合わないな』と思って断るんだったら、相手の方も理解してくれると思うんですよね。」
「…理屈はわかるけど。メールなんてやりとりしてたら、相手だって期待するだろ。軽い気持ちでブロックするなよ。そもそも、誰にでも簡単にメアド教えんな。」
「…なんでですか?」
「傷つくだろーが。」
「……。」
玉城は黙り込む。やべえ、言い過ぎたか?
「…わかりました。」
…案外素直にうなずいた。呆気にとられていると、予鈴が鳴り響いた。
「やべっ!…じゃーな!」
俺は急いで教室に向かう。階段を駆け上がりながら、思わず玉城のメアドをゲットした実感が今更湧いて来て、胸の奥がふわふわと浮ついた。