プロ入りし、早くも3年が過ぎようとしていた。
久々のオフの朝、ランニングから帰ってシャワーを浴び、テレビをつける。
画面に映ったのは、懐かしい光の姿だった。

…髪、切ったのか。

光の綺麗な金色の髪は顎程まで短く切られ、白い首筋がはっきりと映える。
あの首筋に…すぐに触れられたんだよな、あの頃の俺って。そんな時期があったなんて、もう、信じられない。それくらい、俺にとって光は遠い存在になっていた。

『大人気モデルで女優の玉城光さんが、自ら主演する映画の主題歌を手掛け、大変な話題になっています。』

映画に歌まで…ほんと、何でもできるんだよな、あいつ。器用で、そつがなくて…そういえば、真壁とバスケで対決したこともあったっけ。あの頃から…俺のこと、意識くらいはしてくれてたのかな。なんて…今となってはもう、関係ねーけど。

『えー、来週17日に公開される映画、“あの夏を君と”。高校生の甘酸っぱくも切ないラブストーリーを描いた作品です。』
『主演は超美少女と話題の大人気モデル、玉城光さんと、超イケメン俳優として知られる蒼井颯斗さんとなっています。いやあ、美男美女で眼福ですねぇ。』
『本当ですね。今回のこの映画、蒼井さんが主役と決まった時に、お相手役にぜひにと蒼井さん自ら指名したのが玉城さんだったそうです。玉城さんは今回初めて女優に挑戦するという事で、初めは辞退する考えだったようですが、蒼井さんの強い希望で今回共演がかなったという事なんですね。』
『そうなんですか、まるで“シンデレラ”ですねぇ。』

コーヒーを淹れながら、キャスターの会話を聞き流す。蒼井颯斗…。そうだ、結局、同じ世界の人間同士がお似合いだ。そうだろ、光。

『というわけで、今回、主演のお二人にお越しいただいてます!』

拍手が起こり、再び光にカメラが寄った。隣の男は蒼井颯斗だったのか。…お似合い、かもしれねえな。
光は昔のようなはにかみ笑いではなく、すっかり落ち着いた微笑を浮かべて、キャスターの質問にそつなく答えていた。やっぱり、他人みたいだ。すぐ赤くなって、すぐムキになって、すぐに泣く…そんな光しか、俺は知らない。

『…そして本日はなんと、玉城さんが歌う映画の主題歌を聴かせていただけるという事で!』
『はい。歌わせていただきます。』
『とっても楽しみです!蒼井さんはもちろんもう聴きましたよね?』
『ええ、もちろん。これは映画を見る前でも感動する歌だと思います。』
『楽しみです。…では玉城さんの用意が整ったようですので、玉城さんお願いいたします。映画“あの夏を君と”。主題歌は玉城光さんによる、“幸せの場所”です。どうぞ。』

ピアノの演奏が始まる。青いライトの中、キラキラした瞳でまっすぐ前を見つめ、マイクを持つ光。小さく口を開き、歌い始めた。


ーーグラウンド響く掛け声、遠い青空を背負って
白い君の背中を私は眺めていた
ただ前を向いて走っていく君を

ふざけ合って見つめ合って喧嘩もしたね
満員電車言い訳にしてくっついて
はぐれないように繋いだ手いつまでも離さなかった

あんなに好きだったのに
君の優しい悪戯思い出をお守りにして
ひとりでも私は歩いて行けるよ

…気づけば俺は、涙を流しながらその歌を聴いていた。…これは、俺への歌だ。光からのメッセージだ。あの日言えなかったことを…伝えようとしてるんだ。
…さよならって。


…あんなに好きだったから
君が見せてくれた世界私の姿
永遠に恋をする
あの夏に、君と…


――コーヒーカップが床にたたきつけられた音で我に返った。
拍手の中、作ったような笑顔に戻った光の、少しうるんだ瞳が一瞬だけ見えた。
こんな歌、歌われて…どうしろっていうんだ。今さら、思わせぶりなことをして。…本気なのか?それとも、ただ、思いついただけ?
だけど…もし、もしも、まだ可能性があるなら…。

俺はスマホを掴み、電話帳を開く。
長らく開いていなかった人物のページ。光という文字。震える指で、通話ボタンに触れる。
心臓がはねて、スマホを耳に当て、息をのむ。しかし呼び出し音が響く前に、無機質な音声が耳の中に響いた。

『この番号は、現在使われておりません。番号をお確かめの上…』

…そうだよな。当たり前だ、何期待してんだ俺。
酷い落胆の中、テレビの中で微笑む光を睨みつける。そのうち胸が苦しくなって、俺は、投げつけるようにリモコンの電源ボタンを押した。
部屋に静寂が降り、俺は一人、割れたカップを拾い上げる。深いため息をついた。こみあげた感情をごまかすように深呼吸した。…俺、まだ相当、光のことが好きみたいだ。
馬鹿だな、自分から別れを切り出したくせに。一度手放したら、そんなに簡単に、戻れないことも…わかっていたはずなのに。

『もう、いいです。』

自分への落胆に聞こえた。でも、じゃあ、どうするのが正解だったんだよ。
恋人を失ったとなってから、実際に光の人気は爆発的に上がった。すっかり清純派アイドルのように持て囃されたあと、成人してからは一度だけ、水着のグラビアも発表された。白いわき腹の傷は、綺麗に消されていた。そうやって作り上げられていくんだ。世間の理想の『玉城光』が。そこに俺は、必要ない。

携帯が鳴った。気持ちを落ち着かせて開くと、倉持の文字があった。

「はい」
『うわ、テンション低っ』
「…なんか用?」

特に気も使わずに八つ当たりしたが、倉持は気分を害した様子もなく話し始めた。

『なんか用、じゃねーよ。今日飲み行くって言ってたろ。忘れてんじゃねーかと思って電話したんだよ』
「……まだ朝じゃん」
『その間。やっぱ忘れてたんだろ。』
「……。」
『はい図星』

片手がふさがっているため、俺はカップの破片を拾うのを諦め、布巾をコーヒーの水溜まりに落とす。

「…おかげさまでもう思い出したから。用ってそれだけ?もう切るぞ。今手が離せねーんだよ」
『ん…ああ。じゃあな』

倉持は何か言いたげにした気もしたが、かまわず切った。どうせ夜会うんだし。
こぼれたコーヒーを片付け、割れたカップを捨てる。そう、捨てる。捨てれば、そのうち忘れる。捨てたことさえも。だから…大丈夫だ。
静かな部屋にももう慣れた。以前より鳴らなくなった携帯にも。だからきっと、光の存在もそのうち、薄れてくれる。

 


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