手の中に、柔らかくて小さな手が収まっている。
夢にまで見た光の手。ぬくもり。後ろをついてくる、小さな足音。俺はまだふわふわした気持ちで、街灯の少ない路地裏を歩き続けた。大通りに出て、歩道につけられた空車表示のタクシーに近づくと、合図をするまでもなく後部座席のドアが静かに開いた。光を促すと、光は何の躊躇もなくそこに乗り込んだ。どうして俺が来たのか、これからどこに行くのか、何も聞かずに俺に身を任せるように。

「…駅の通りを南方面に」
「はい。」

俺の声を受け、運転手の短い応答の後、タクシーは車道の流れに滑り込む。
座席の上にはまだ光の手と重なった自分の手があって、俺はそれを少し緩めて、ちいさなてのひらを指先でなぞり、指を広げた。するとその小さな手は、少し開いて指を柔らかく曲げ、俺の手の指と絡めてしっかりと握った。
隣の光を見ると、光は窓の外を眺めたまま、こちらを見ようとはしなかった。けれどその頬が濡れて光るのを見て、俺も熱くなった目を覚ますように、窓の外に視線を向けた。


***


タクシーはマンションの前で停車した。俺はキャップを脱ぎ、光の小さな頭にかぶせた。カードで支払いをすませ、タクシーを降りると、俺たちは黙ったまま、そして手を繋いだまま、マンションのロビーに入る。エレベーターの中でも光は無言だった。目深にかぶった黒いキャップのつばをつまみ、俯いている。
俺の部屋の前に着き、オートロックを解除し、重たいドアを開ける。俺に続いて、光はやはり躊躇いもなく部屋に入ってきた。ドアが閉まり、オートロックが施錠する無機質な機械音が響く。俺は光を振り返った。繋いでいた手をほどき、光の顔を隠すキャップを脱がす。

光は濡れた睫に覆われていた目を上げ、俺を見上げた。その頬に手を伸ばす。涙の筋をぬぐって、また俯こうとする光の顔を上げ、息をのんで眺める。
うすく化粧をした、大人びた光の顔。だけど、やっぱり、光だ。
俺は光を抱きしめた。
会いたかった。懐かしいぬくもり。感触。におい。

「…なんで…?」

胸に顔をうずめた光が震える声で呟く。

「…わかんねぇの?」

こんなこと前にもあったな、と思いながら呟く。あの時、光はなかなか素直になってくれなくて、だけど、そういうところも愛おしくて…。
光は俺の背中に腕を回し、抱きしめ返した。

「……会いたかった…です」

光の言葉が、ふかくじんわりと胸の奥に広がった。しばらく抱きしめた後、俺はゆっくりと体を離す。

「…渡したいものがある」
「…?」

不思議そうな顔をして涙をぬぐう光を、部屋の中へ案内する。ソファに座らせ、棚の奥の箱から、小さなそれをつまみ出し、光の前に差し出した。光が出した手のひらに、それをそっと乗せる。古い、小さな傷だらけの、少し大きなボタン。

「これ…。」

光は感極まったように息をのんだ。

「約束しただろ。」

そういうと、光はかすかに微笑んで、ボタンを大切そうに握りしめた。

「…で。」

俺は光の隣に腰を下ろし、切り出した。

「なんで倉持と会ってたんだよ。」

光はきょとん、としたあと、顔を赤くして目を伏せた。

「…だって…」

手の中でボタンを握りしめたまま、光は呟く。

「御幸…さんの、連絡先を…教えてもらいたくて」
「……。」

…なんだ。…そうだったのか。
…いや、まてよ、ということは…光も俺と連絡を取ろうとしていたってことか?

「…ずっと…後悔してました」
「……。」
「あんな形で…別れたこと…」
「…うん」
「私…先輩のこと、…御幸さんの…こと」

ぎゅう、っと光はボタンごとスカートの裾を握りしめた。

「…愛してます、ずっと」

俺はそれまで息をするのを忘れていたように、大きく息を吸った。久しぶりに、胸のつかえがとれたような、目の前が明るくなったような…そんな感覚の中で、自然と笑みが浮かんだ。

「俺も…愛してる。ずっと」

お前以外なんて考えられない。お前がいない人生も。
崩れるように泣き出した光を、きつく抱きしめる。短くなった髪を撫でると、自然とうなじに指が触れた。くすぐったそうに肩をすくめた光と目が合って、自然と顔を近づける。
唇が触れ合った瞬間、腹の底から熱い幸福感がこみあげてきた。
むさぼるようにキスをして、光の存在を確かめた。指を絡めて手を繋いで、何度もキスをした。服を脱ぎながら寝室になだれ込む。一緒にベッドに倒れこむと、光はうるんだ目で俺を見つめた。見つめあって、またキスをして、俺は光の体に手を伸ばした――。

 


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