二日後。俺のマンションの前に、黒いワンボックスカーが停まる。光のマネージャーだ。

「早く乗って。」

人目を気にするように言い、俺たちが乗り込んだのを確認すると、マネージャーが逃げるように車を出した。

「…御幸選手」
「あ…はい」
「ほ…本物、なんですね」
「は、はい」

ルームミラー越しに言われて俺は苦笑する。

「あの…あとでサイン貰っても?」
「え。は、はい」

思いがけぬことを言われて頷くと、俺の隣の光が小さく噴出した。

「ちょっと光、何笑ってるのよ」
「だって…マネージャー、緊張感なさすぎですよ」
「しょ…しょうがないでしょ!まさか、御幸選手に会えるなんて、思ってなかったんだから!」
「ははは…」

愛想笑いで流すと、マネージャーはそわそわと切り出した。

「あの歌…あの歌詞が御幸先輩のこと、ってことは…光がデビューした頃の恋人って、もしかして…?」

俺たちは目配せをして笑い、光が答えた。

「御幸先輩です。」


***


大きなビルに着き、裏口から通されて、俺たちはとある一室に通される。そこにはすでに風格のある初老の男がでんと座っていた。

「社長、光が来ました」
「ああ…」

顔を上げたその男が、俺を見て動きを止めた。

「…え?御幸一也?」
「…初めまして。この度は…」

深く頭を下げてお詫びをしようとする俺に対し、社長はソワソワと棚をあさり、突然色紙と油性ペンを取り出す。

「あの…ゴメン。サイン貰えませんか?」
「えっ…?」

ぽかん、と社長を見ると、社長は悪びれずに言った。

「娘が君のファンでね…」
「は、はあ」

笑いをこらえる光の隣で色紙にサインをする。社長はそれを満足げに眺めれお礼を言った後、椅子に深々と腰かけた。

「…さて。でも、それとこれとは話が別だよ。」
「はい。わかっています。」
「まず、二人の関係を話してもらえる?」

俺は光と目配せをする。光は大丈夫だというようにうなずき、一歩進み出た。

「…一也さんとは、高校生の時にも付き合っていました。私のデビューのきっかけになった、あの番組…あのとき言っていた恋人は、一也さんのことなんです。」
「え?…そうなの?」

社長は本当に驚いた様子で目を丸くした。はい、と光は頷いて、話を続ける。

「それで…一度はすれ違いで、別れたけど…私はずっと忘れられなくて」
「……。」
「『幸せの場所』の歌詞も、本当は…一也さんに宛てて書きました。いつか、どこかで一也さんがこの歌を聴いてくれたら…って、期待して…」
「…それは良い話だけど。」

社長の低い声が部屋の空気を重たくした。

「時期がまずかったな。公開されたばかりの映画は清純派のラブストーリーだし、世間では、お前の熱愛報道は望まれてない。望まれているとしても、それは、蒼井颯斗との話題だ。」
「…蒼井さんとは…そんな関係じゃありません」
「でも世間はお前たちをくっつけたがっている。蒼井も乗り気だ。今日の午後の打ち合わせでは、その話をしようとしていたところだった」
「…そんな…」
「見てみろ。」

社長は部屋のテレビをつけた。ニュース番組では相変わらず俺たちの話題を取り上げている。

『玉城さんといえば、共演者である蒼井颯斗さんとの関係も噂されていただけに、驚きの声が上がっていますね。』
『多くのファンは映画の通り、この美男美女カップルの成立を期待していたところが大きいですからね。』

「……。」

光は俯いた。司会者はなおも続ける。

『えー、今回の報道後、公の場に姿を現していないお二人ですが…玉城さんの所属事務所に問い合わせたところ、プライベートは本人に任せておりますとの回答でした。』
『事務所側も、肯定も否定もしていないんですねぇ。』
『そうなんです。そこで今回私どもは、玉城さんと御幸選手をよく知る人物に独占インタビューをさせていただきました。』

「…え?」
「インタビュー?おい、聞いてないぞ」

社長が身を乗り出し、光は俺を振り返る。俺も首を傾げ、テレビを見た。…誰だ?俺たちをよく知る奴って?

『今回取材に応じてくれたのは、玉城さんと深い親交があることで知られる、女優・牧瀬司さんです。牧瀬さん、初めまして。』
『初めまして。よろしくお願いします。』

「つ…司?」

光が呟き、ぽかんとしてテレビを見る。俺が最後に見た時よりも大人びた、すっきりとしたショートヘアの牧瀬が、微笑みを浮かべてインタビュアーの隣に座っていた。

『牧瀬さんは、玉城さんと御幸選手と同じ青道高校に通われていたんですよね?』
『はい。2年の夏に玉城さんが同じクラスに転入してきて、それからずっと親友です。御幸選手は学校では有名でしたから、その時からよく知っていました。』
『今回のこの熱愛報道、牧瀬さんはどうお考えですか?』
『嬉しく思います。ずっと二人を見てきたので。』
『と言いますと?』
『高校生の時から二人は想い合っていました。光は…いえ、ふたりとも、とても一途で、私の知る限り、ずっとお互いだけを想い合ってるので。』
『それはつまり、お二人は以前にも交際関係にあった、ということですか?』
『そうです。光がデビューする前、テレビで言っていたあの“恋人”は、御幸一也さんのことですから。』

牧瀬は言って、優しい表情で微笑んだ。

『だから…今はとにかく、おめでとうと…よかったねと、言ってあげたいです。』

「…司…」

涙ぐむ光。やっぱりすげえな、牧瀬は。
社長はどうしたものかと唸っているが、パソコンで何かを調べていたマネージャーが、突然パソコンをタブレットに切り替えてこちらに向けた。

「社長、光。これ…」

それは誰もがやってるSNSの検索ページ。検索ワードは俺たちの名前になっている。

――高校の時からずっと好きとか、一途すぎるだろ!
――あの恋人って、御幸一也だったの!?
――つーか、同じ学校出身ってこと、初めて知った。お似合い。
――言われてみればすごくお似合い。週刊誌の写真も、ふたりとも幸せそうだし。

批判する声もあったが、多くは賛同するような、納得しているような声が多かった。意外そうに目を丸くする社長にマネージャーは続ける。

「どうやら、先ほどのインタビューの他にも、こういう投稿が原因になっているようです。」

そう言ってマネージャーが表示したのは、何人かのアカウントをまとめてリスト化し、投稿の表示を絞ったもの。その多くは、俺の見慣れたアカウントだった。

――御幸先輩、玉城さん、おめでとう! 東条秀明
――御幸先輩と玉城光さんの熱愛報道、やっとか、って感じ。お似合いです。 金丸信二
――玉城を幸せにできるのは、御幸先輩しかいません!!結婚式のスピーチはお任せください!! 沢村栄純
――おめでとうございます。高校時代からずっと、皆のあこがれの素敵なカップルでした。 小湊春市
――ご結婚されるんですか?おめでとうございます。 降谷暁
――御幸先輩の熱愛報道、びっくりした…。おめでとうございます! 由井薫
――おめでとうございます。お幸せに。 結城将司
――御幸先輩!光先輩!おめでとうございまーす!! 瀬戸拓馬
――泣かせたら許しません。 奥村光舟
――御幸、今度こそ幸せにしたれよ!! 前園健太
――高校時代から注目の的のカップル。これ以上お似合いの相手はいないと思う。 川上憲史
――今年一番嬉しいニュースだ。おめでとう。 白州健二郎
――やるじゃん、御幸。おめでとう。 小湊亮介
――おめでとう!!だが御幸は俺にも誰か紹介しろコラ!! 伊佐敷純
――御幸、光、おめでとう。お互い支え合い高め合える、素晴らしいパートナーだと思う。 結城哲也

――昔から散々周りを振り回したお騒がせカップル、おめでとう!幸せになれこのヤロー。 倉持洋一


「…あいつら…」

自然と笑いがこみあげてきて、光と笑い合う。

「他にも、野球選手たちがこぞって祝福の投稿をしていて…」

マネージャーも嬉しそうに顔をほころばせてタブレットを操作する。社長は息を吐き、わかった、とつぶやいた。

「次に光が公の場に出るのは?」
「来週火曜日のファッションショーです。牧瀬司も参加します。」
「…よし。そのときマスコミが詰めかけるだろうから、交際を認めよう。」

「え…!」

光が息をのみ、俺を見上げ、笑みを浮かべて社長を見る。

「事務所として、二人の交際を認める。」
「…!」
「ありがとうございます!」

光と笑い合い、手を強く繋ぐ。もう離さない。もう、堂々としていいんだ。
光の嬉しそうな笑顔を見つめながら、あいつらに感謝しなきゃな、と胸の奥で呟いた。

 


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