「御幸〜、今日ちょっと付き合えよ。」
「お前が来ると女の子たちもノリいいしさぁ」

肩を組んで強引に誘う球団の先輩たち。それも意に介さずに、御幸は上着を羽織るふりをして腕を振り払うと、足早に歩きだした。

「いや〜、彼女が待ってるんで帰ります。」
「またかよ、最近付き合いわりいぞ〜」
「しょうがねーよ、家に玉城光がいるんだぞ。そこらの女じゃもう満足できねーってよ」
「はっはっは、そんなとこッス」

うぜえ、とか、覚えてろ、なんて野次を浴びながら俺の方へ歩いてくる御幸。その顔は相変わらずいい笑顔をしている。

「相変わらず癪に障る奴だな。ここでも友達できねーぞ」
「どうでもいいっつーの。行くぞ」

御幸はあんなことを言ってはぐらかしたが、今日は青道のメンバーが集まる飲み会なのだ。俺らの代のレギュラー陣や、都合がついた先輩達も来てくれることになっている。
タクシーを拾い、会場となる飲み屋へ向かう。予定よりも少し遅くなった。キャップを目深にかぶった男二人、店内に足を踏み入れ、店員に予約だと告げると奥の個室に案内された。
引き戸を開けると、広い座敷席はすっかり出来上がっていた。

「おっ!!主役が来たぞ〜〜!!」
「おせえぞ御幸ーー!!」
「御幸先輩!!ご結婚おめでとうございま〜〜す!!」

「うわ、うるさ…まだ結婚してねーし」

「聞いたか!!『まだ』だとよ!!」
「すまないがリア充は帰ってくれないか?」

「歓迎してんのかしてねーのかどっちだよ」

賑やかな輪の中に入って、空いている真ん中の座布団に二人並んで座る。懐かしい顔ぶれに囲まれて、高校時代に戻ったみたいで…懐かしいし、悪くない気分だ。

「おい沢村ァ!俺のグラスが空だぜー!」
「ちょっと!俺らもう大人なんすよ!いつまでも先輩面で命令しねーでくれませんかね!?」
「ヒャハハハ、オメーは永遠に俺の下僕だっつーの」
「ひどっ!?」

沢村に酌をさせ、懐かしい話に身を投じる。誰が今何をしてるかだとか、今年の青道野球部の活躍だとか、監督は相変わらずらしいだとか。でも、一番盛り上がっている話題は、やはりあれだ。

「おう御幸、家に玉城光がいる生活はどうだ?」
「…幸せっす」
「お前、全国の男たちを敵に回しておいて、よく今日ここに顔出せたよね?」
「ちょっと…亮さんが言うとシャレになんねーっすよ」

すっかり先輩たちに遊ばれている御幸。ふん、たまにはいい薬だ。いいザマだぜ。

「倉持、お前御幸の愛の巣に行ったことあるんだろ?どんな感じなの?」
「愛の巣って…」

すでに疲れている御幸を楽しそうにからかう亮さん。俺はつとめて楽しそうに悪ノリをして見せる。

「ヒャハハ。コイツ、玉城さんの前だといっちょまえにカッコつけてますよ。」

脳裏に浮かぶのは、陽だまりの中、キッチンで幸せそうに笑う二人の姿。

「へえ。倉持、玉城さんにも会ったんだ?」

亮さんの鋭い言葉にぎくりとして、息を吐く。何びびってんだ俺、別に普通のことだろ。

「はい、まあ…」
「どうだった?実物は」
「ヒャハ、実物って…高校の時、何度も見てるでしょ、亮さんも」
「でも結構印象変わったじゃん。見たのももう4年くらい前だし。」
「…。」

だめだ。普通に装えば装うほど、追い詰められる。

「そう、…っすね。…めちゃくちゃ、美人っすよ。相変わらず。」

無理やり笑顔を作って言い残し、沢村を捕まえて理不尽に絡みに行って、玉城さんの話題から逃れた。


***


「2番と4番が…キス!!」

王様を引き当てた俺が宣言すると、うげえええ!!と野太い悲鳴が上がる。

「ほらほら。2番と4番、誰?」

亮さんが酒のつまみの見学とばかりに焼酎を舐めながらニヤニヤと男どもを見る。よろよろと立ち上がった一人目は、ゾノ。そしてもう一人は…

「あっ!!御幸4番だぞ!!」
「沢村お前…先輩をつけろ先輩を。」

沢村に晒し上げられる形で、御幸がゾノの方に押しやられた。

「ヒャハハ御幸かよ!いい気味だぜ」
「倉持ぃ…相手俺やぞ!お前覚えとけよ!」

ゾノは怒鳴り散らし、御幸はぐったりと項垂れる。

「はいキース!!キース!!」
「ちゃんと唇にするんだぞ〜!!」

「黙っとれお前ら!!」
「……。」

不運な二人を取り囲み、ヤジを飛ばす男たち。するとそれをニヤニヤと眺めていた亮さんが、ふと思いついたように口元に手を添えて声を上げた。

「おいゾノ。御幸とキスしたら、玉城光と間接キスだよ。」

その一言を皮切りに、それまで二人を野次っていた声が一転、ゾノを羨むものに変わる。

「マジじゃねーか!!おいゾノそこ変われ!!」
「いや…そうだとしても御幸とはしたくねーだろ…」
「…俺、そう考えるとアリかも」

おいマジかよ。変な笑いが出る。
ゾノは意を決したように御幸の両肩を掴んだ。

「せやな…そう思えばまだマシ…」

そう自分に言い聞かせるように呟いて、しかめっ面で唇を引き結ぶ御幸と、一瞬唇を重ねた。

「…げええええ!!」
「うわ、やりやがった!!」

どっと悲鳴が沸き、ゾノも御幸もぐったりと座り込む。

「最悪だ…」

御幸は呟いて口元をぬぐい、はい、とすかさず亮さんが差し出した焼酎をぐっと一気飲みした。

「はいじゃあ次引いて〜」

王様ゲームの発案者である亮さんは実に楽しそうにまた割り箸を配る。そして自ら王様を引き当てると、ビールの入ったジョッキを掲げて言った。

「10番、これ1杯一気飲み〜」
「ゲッ…」

顔を顰めたのは御幸だ。つくづく運のねー奴。

「また御幸?はい。」
「…ッス」

うんざりとそれを受け取って、意を決したように一気にグラスを傾ける御幸。喉を鳴らし、赤い顔で、勢いよくビールを飲み干した。

「…っはあ…あー、気持ちわりい…」

拍手と歓声が湧く。由井が水を持ってきて御幸に手渡す。
飲み会はそんな調子で進み、日付はとっくに変わって、バカ騒ぎにも飽きてきたころ、ようやくお開きとなった。

「あーあ、御幸つぶれてるよ」

亮さんが涼しい顔をして座敷に横たわる御幸を眺めて言った。…この人かなり飲んでたのに、相変わらずスゲェな。

「倉持。」
「え、はい?」
「こいつ連れて帰ってやれよ。」
「えー、俺っすか…」
「御幸の家知ってんの、お前だけだろ。」

そうだけど…。亮さんに逆らうこともできず、俺はため息をついて御幸の腕を持ち上げ、肩にかける。

「重っ!!ったく、これだからデブは…おい沢村!こいつタクシーまで運ぶの手伝え!」
「えーー!!もう、しょうがないッスね!!」

生意気に文句を言う沢村に手伝わせ、御幸を何とかタクシーに放り込み、奥へ押しやって、自分もタクシーに乗った。御幸のマンションの住所を告げ、爆睡している御幸に無理やりキャップを被せた。ったく、ただでさえ最近はマスコミに付きまとわれてんだから、しっかりしろっての。
マンションの前にタクシーが滑り込むと、俺は辺りを窺った。幸い今日はマスコミの姿はない。

「おい、いい加減起きろ。着いたぞ」
「…んう…」

御幸を揺さぶると、気分が悪そうに口元を抑えてぐったりとする。

「…連れてって」
「…ったく」

舌打ちをし、御幸の腕を肩に担ぎ、タクシーを降りて、マンションのエレベーターに乗り込む。

「鍵は?」
「…あー…鞄の中」
「……。」

御幸の鞄をあさり、鍵を見つけて引っ張り出した。部屋の前まで何とか御幸を連れてきて、オートロックを解除する。暗い玄関に男二人なだれ込むと、御幸は、やばい、とつぶやいて口元を抑えた。

「……トイレ」
「ハァ?早く行け!」

スニーカーを引っ張って脱がせ、ケツをひっぱたく。御幸はよたよたと壁に手をついてトイレの方へ歩いて行った。
…ったく、世話の焼ける。放り投げた靴を揃えるためにしゃがみ、手を伸ばした。
そのとき、背中に声がかかった。

「…先輩?おかえりなさい」

眠たそうな、でも嬉しそうな声に気付いた直後、ふわりと柔らかい何かが背中にくっついてきて、首に細い腕が絡まった。…玉城さんに抱きしめられていた。心臓が痛いほど跳ねている。柔らかくて、暖かくて、甘い良いにおいがして。
光が届かない暗い玄関、俺は御幸と似たような黒っぽい服装で、黒いキャップをかぶっていて、しゃがんでいたからきっと体つきもよくわからなくて…玉城さん、勘違いしてるんだ。
言わなきゃ。違うって。御幸じゃないって。このままじゃやばい…

「…大丈夫ですか?お水持ってきましょうか…」

玉城さんがさらに体を預けてきて、背中に柔らかいものが押し付けられる。やばい、やばすぎる。
声を上げようとしたその時、玉城さんが後ろからそのまま顔を近づけてきて、俺を覗き込むように首を傾げた。まるで、キスでもしようとしたみたいに…。
そして目が合って、玉城さんは声を失ったように息をのみ、慌てて離れた。

「え…!く、倉持さん…?」

混乱した様子で口元を覆い、顔を赤くする。多分、俺も真っ赤だ…。

「ご…ごめんなさい!あの…私、勘違いしてて」
「あー、いや、気にすんなよ、そんな…」

まだドキドキして、冷静になれないまま、俺は取り繕う。クソ、静まれ心臓…!

「…あれ、光?」

突然御幸の声がして、俺は一瞬息が止まった心地だった。

「起きてたの?」
「え…ううん…音がしたから…」

玉城さんは俺をチラリと見、御幸に笑いかける。

「…お水、飲みますか?」
「…うん、ありがと」

御幸を気遣ってソファへ促すと、玉城さんは俺を振り返る。

「倉持さんは?」
「いや…もう、帰るから」

玄関のドアに手をかけると、ソファで項垂れている御幸が言った。

「泊まってけば?もう電車ねーし、この辺タクシーも走ってないぜ」
「いや…でも」

これまで図々しく居座っていただけに、ここで遠慮するのも不自然な気がして、俺は煮え切らない返事をする。

「…そうですよ、倉持さん。」

水の入ったグラスを持って、玉城さんが俺に微笑む。

「今から帰ったら、朝になっちゃいますし…」

時計を見ると、時刻は午前3時を回ったあたり。確かに、言う通りだけど…
玉城さんのどこかぎこちない笑顔が、胸の奥に痛くしみる。

「…じゃあ…お言葉に甘えて」

靴を脱いで、リビングに上がる。玉城さんに水をもらい、一気に飲み干したのに、背中の熱はいつまでも消えてくれなかった。

 


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