コンビニで適当に飲み物を買って部屋に戻ると、光はいたって普通にキッチンに立っていた。

「おかえりなさい。お風呂沸いてますよ。」
「ああ…」

そう言って洗い物をする彼女。…本当に大丈夫なのか?
学生時代にもあいつは、辛いことがあってもなかなか相談してくれなかったな。少しは頼りにしてくれるようになったかもと思っていただけに、少しショックだ。
いや、そんなことよりも、俺が気づいてやらなきゃ。

「…一緒に入る?」

そうからかうと、光は俺を少し振り返って、もう!と笑った。
一緒に風呂はまだ駄目か。ちぇっ。

脱衣所に向かい、服を脱いで浴室に入る。浴槽の湯には白濁色の入浴剤が入れられていた。光の好きなジャスミンの香りだ。髪を洗って体を流し、浴槽に体を沈める。自然とため息を吐いた。光に何があったんだろうか。牧瀬も知らないとなると…仕事で何か嫌なことがあったのか?多少のことでくよくよする奴じゃないけど…時々すごく繊細になるからな。
一緒に暮らし始めて、そばにいると安心するし、信頼しているけど、まだ光の知らない部分があると思う。これから少しずつでも、知っていけんのかな。

ガチャ、と浴室の外から音がした。…光?何か物でも取りに来たのか?

俺が風呂に入ってる間、光が脱衣所に入ってくることなんてほとんどなかったから、俺は少し驚く。そろそろ出ようと思ってたけど…あいつが出て行ってからの方がいいよな、たぶん。
そう考えて湯に浸かっていると、不意に、浴室のドアが静かに開いた。

「…え?」

思わず声を出してドアを見上げる。そこには光が――何も身に着けない姿で立っていた。
ぽかんとする俺を恥ずかしそうに一瞥し、椅子に座ってシャワーを浴びる。白い肌に水滴が流れていく。細いうなじ、肩、腕、腰。ここからだと腕が少し上がるたびに、ちらりと胸の膨らみが見える。
光がシャワーを浴び終えるまで、俺は驚いたままその姿に見入っていた。だから、シャワーを止めた光が振り返って目が合った瞬間、ドキリと心臓がはねた。

「…光、」
「ちょっと、詰めてください」
「あ、う、うん」

慌てて身を起こす。光は浴槽に入ってきて、俺に背を向けて沈んだ。目の前に白いうなじが現れる。そこを伝って水滴が湯に落ちるのを眺めながら、俺はやっと口を開けた。

「…光、いつも嫌がってたのに、なんで…」
「…別に…嫌じゃないです」

光は体育すわりのように膝を抱え、俯く。

「明日から…1か月も会えないから…」

…そうか。
光は光なりに、心を開こうとしてくれてる。

光の腰に手を回す。そのまま肌を撫でると、指先にざらりとした感触があった。あの傷だ。その瞬間、光が驚いたように俺の手を掴んだ。

「…痛かった?」

ただの傷跡だから、そんなはずはないのだが、俺は思わず尋ねる。すると光は首を横に振り、俺を振り返った。俺の頬を両手で包み、体の向きも変えて俺をまたぐ格好で向かい合いになる。そして熱のこもった目で俺を見つめると、そのまま口づけをしてきた。ねだられることはあっても、光からしてくるなんて珍しい。俺は嬉しさと少しの疑問を抱きながら口づけに応える。
互いの体をまさぐって、俺は光の首筋に吸い付く。そこに赤い痕を残してから、やばい、と思った。明日撮影とかだったらどうしよう。
だが光はお返しとばかりに俺の首筋に唇を這わせてきた。…今日はずいぶん積極的だ。いつもは恥ずかしがって、顔もほとんど見せてくれないのに。

「…光、光。」

髪を撫でてあやすように、俺は光を止める。見つめ合って、濡れる赤い唇を撫で、呟いた。

「…ベッド行こう」



***



目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
寮生活で身に染みついた起床時間は未だに拭えない。こんなに早起きする必要はもうないのに。だけど…

隣で静かに眠っている光の寝顔を見て、胸があたたかくなる。

毎朝これが見られるから、早起きも悪くない。まあ、明日から1ヶ月はお預けなんだけど…。
そんなことを考えていると、光が目を覚ました。瞼がゆっくりと持ち上がり、眠たそうに瞬きをして俺を見上げる。恥ずかしそうに口元をゆるめて顔を背けたその髪を、俺はそっと撫でてみる。

「コーヒー飲む?」

こくり、と小さな頭が動いた。可愛い。
ベッドから降りて下着とTシャツを身に着け、キッチンへ向かう。コーヒーを淹れていると、Tシャツにショートパンツのラフな部屋着姿に着替えた光がやって来た。
コーヒーを差し出すと嬉しそうに微笑んで受取り、くるりと背を向けてソファへ向かう光。その色っぽい後姿を眺めながら、今俺はこんな幸せな生活を送ってるんだぞと、高校時代の自分に教えたくなる。

「今日仕事は?」

冷蔵庫からバターを取り出しながら訊くと、ソファから声が返ってくる。

「朝から打ち合わせです。」

テレビが点き、今日の天気予報が読み上げられる。

「雨か…」

光が沈んだ声で呟いた。

「もう梅雨だな。」

バターを火にかけながら答える。
バターの香りに誘われたように、光がキッチンにやってきてフライパンを覗き込んだ。

「なんかあったら連絡しろよ。」

そう声をかけると、光は俺を見上げる。

「大丈夫ですよ、過保護のみゆきちゃん。」
「…おい、なんだよそれ。」

抗議の眼差しを向けると、光は楽しそうに笑い出した。

「高校生の時、倉持さんがたまにそう呼んでたじゃないですか。」
「そういうことは覚えてなくていいっつうの。」

ため息を吐きながら、だけどやっぱり、光の倉持に対する信頼のようなものを感じる。光は人見知りだし、とくに男に関しては警戒心が強く、仕事以外ではほとんど笑いかけることもしない。だけど、倉持に対しては普通に笑うし、時々冗談を言ったりもする。まあ、倉持が悪い奴じゃないことは、俺もよく知っているけど。

「まあ…俺はすぐには駆けつけられないし、何か困ったことがあったら、遠慮しねーで倉持に相談しろよ。あいつ面倒見良いから、色々助けてくれると思うし」
「…一也さんって、本当に倉持さんのこと信頼してますよね。」

ずるりと肩がずり落ちそうになる。それだけお前が心配なんだっつーの。

「…とにかく、一人で無理すんじゃねーぞ。お前には牧瀬もいるんだから。」

そう言い聞かせると、光もさすがに茶化すのはやめて、静かに頷いた。

 


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