「ねえ!あそこにいるのって…」
「倉持選手だよね?野球の。」
「玉城さんの知り合いらしいよ。今日は付き添いで、見学に来たって。」
「えーっ、玉城さんって野球選手の知り合い多いよね。誰か紹介してほしいわ〜」
「ね、それよりどうする?声かける?サイン貰えるかな?」

…スタッフらしき女たちの会話が漏れ聞こえてきて俺はソワソワと落ち着かない。こんなに女に騒がれるなんて初めてだ。今まではいつも、御幸ばかりモテてやがったからな…。

「うーん…でも…」

くるのか?…サインくらい、いくらでもするぜ。

「この間御幸選手にサイン貰ったからいいや。」
「えーっ!いいなー!私も欲しい!」
「時々玉城さんの送迎で裏口に来るから、その時がねらい目だよ〜。御幸選手ってあまりファンサービスしないけど、彼女の前だと優しいから。」
「なにそれ、マジで〜?」

…ここでも御幸かよ!面白くねェ…。
ため息をついていると、控室のドアが開き、玉城さんが出てきた。着替えとメイクが終わったのだ。淡い水色のワンピースで、淡いトーンのメイクだ。瞳の色とワンピースの色がよく合っている。…綺麗だ。
玉城さんは俺を見上げると微笑み、歩き出した。

「撮影が始まるので、行きましょう」
「ああ…、うん。」

今日は蒼井颯斗と共にトーク番組のためのインタビュー撮影をするらしい。蒼井颯斗…どんな奴なんだ?玉城さんも牧瀬も、良い印象は抱いてないようだったけど…。なんにせよ、玉城さんに一服盛ってお持ち帰りしようとするようなクソ野郎だ。牧瀬の話だとマネージャーもスタッフも頼りにならないらしいし、俺が玉城さんを守ってやらなきゃ…。
そう覚悟して廊下を玉城さんと歩いていくと、突然、曲がり角で目の前に人が現れた。慌てて立ち止まる。その人物――濃紺のジャケットに白いシャツ、細身のチノパン姿の一見爽やかな優男は、ちらりと俺を一瞥すると、興味もなさそうに視線を外した。

「光ちゃん、お疲れ。」

そして、玉城さんに歩み寄った。玉城さんを見ると、冷たく男を睨んでいる。…こいつが蒼井颯斗か?
玉城さんは無言で足を速める。後を追う俺と男。

「ちょっと、待ってよ。無視は傷つくんだけど。」

そう言う男をなおも無視し、玉城さんはついには駆け足になって行ってしまった。残された俺と男。気まずいまま廊下を歩く。

「…あの、もしかして、倉持洋一選手?」
「え?」

それまで俺に興味もなさそうにしていた男が、突然気さくに話しかけてきたので、俺は意表を突かれる。

「はあ、そっすけど…」
「やっぱり!この間の試合、見ました。ナイス盗塁でしたね、夢中で見入っちゃいましたよ。」
「ハハ、いや…」

…何言ってんだこいつ?俺は最近移籍したばっかで、試合には出てねーぞ。

「あ、僕、蒼井颯斗といいます。」
「ああ…、どうも。」

差し出された手とぎこちない握手をする。馴れ馴れしい奴だな。でも…やっぱりこいつが蒼井颯斗か。

「光ちゃんとお知合いなんですか?」
「まあ。」
「…ああ!そっか。倉持選手って、御幸選手と仲が良かったですよね。その関係で?」
「まあ、そうっすね。それに、高校も一緒だったんで。」
「ああ!そうでしたね。」

いちいち驚いて見せるのがわざとらしい。牧瀬が言っていた、目が笑っていないというのもなんとなくわかるような気がする。なんつーか…こいつの言葉、全部が嘘っぽい。

「光ちゃん、高校でもモテてたでしょう。」
「ああ、そっすね」
「やっぱり。すごく美人だし、優しい子ですもんね。」

優しい、ねぇ…。無視されてた奴の言う事かよ。

「倉持選手も、実は気になったりしたんじゃないですか?」
「そんな風に考えたことはないっすね。」
「…え?それはどうして?」
「御幸がいましたから。あの二人の世界に入り込める奴はいませんよ、昔からずっと。」
「……。」

蒼井颯斗は笑顔を崩さないまま、無言で話を切り上げて足を速めた。…なんだ?いきなり。やっぱりあいつ、なにかおかしい。



***



映画のポスターが並べられた、おしゃれな小部屋のようなセットに、インタビュアーと面する形で玉城さんと蒼井颯斗が並んで座り、撮影が始まった。あのインタビュアー…見たことあるぞ。

「はーい、今週も始まりました、今話題の芸能人のぶっちゃけ話をお届けする、ぶっちゃけトーク!今週はなんと、現在大ヒット上映中の映画、『あの夏を君に』で主演を務めた玉城光さんと蒼井颯斗さんにお越しいただきました!」

インタビュアー兼司会者でもある名の知れたタレントの女が軽快なトークを始める。玉城さんと蒼井は笑顔で拍手をして応え、よろしくお願いしますとお辞儀をした。

「いや〜〜、映画でもそうでしたけど、こうして実際お会いすると息をのむほどの美男美女ですね!わたくし緊張してきました。」

司会者は軽いジョークを交えて雰囲気を和やかにしながらボードを取り出す。

「それでは早速ぶっちゃけトークをお伺いしてまいりますが、お二人とも覚悟はよろしいですか?」
「もちろんです。」

蒼井が自信満々に頷き、玉城さんはニコニコと頷く。

「それでは一つ目の質問です!映画ではお二人とも、出会った瞬間からお互いに惹かれ合い、一途な恋を貫きますが…お二人はどんな異性に惹かれますか?…はい!では蒼井さんからぶっちゃけてください!」

小さく手を上げていた蒼井は、爽やかにはにかんで応答した。

「はい。えー…そうですね。…はは、恥ずかしいな。僕は…誰にも見せない弱みを、僕だけに見せてくれたりしたら、もうグラッときちゃいますね。守ってあげたくなるというか。」

キャー、と観客席から黄色い声が上がり、蒼井は照れ笑いをする。

「まさに今回の映画のヒロインのような子ですね?」
「そうですね。男は大体、そういう子に弱いんですよ。」
「なるほど、参考になります。…では玉城さん、いかがですか?」

玉城さんは微笑んで口を開く。

「はい。私は…お互いにお互いが必要だな、と思った時に、すごく惹かれますね。」
「なるほど…。それは御幸選手のことでしょうか?」
「あはは…そうですね。」

…なんだろう。玉城さんと蒼井の間の空気が冷えている気がする。

「…それでは二つ目の質問に移りたいと思います!えー、映画では、主人公たちはひとつの恋を貫きますが…ぶっちゃけおふたりが今までに付き合った人数は?」
「えー!それ、聞いちゃいます?」

蒼井が楽しそうに笑っておどけて見せる。

「聞いちゃいますよ、ぶっちゃけトーク!ですから!では蒼井さんから行ってみましょうか?」
「あはは、やだなあ。これ、ほんとのこと言っちゃって大丈夫ですか?マネージャーさーん。」

マネーシャーを巻き込んで笑いを誘い、蒼井は満足そうに笑う。

「僕、実はちゃんと誰かと付き合ったこと、ないんですよ。」
「ええ!?こんなにイケメンなのに?」
「ないです、ないです。高校まで男子校でしたし、芸能活動で忙しかったですから。なかなか恋愛する時間がなかったんです。」
「これは…視聴者の女性たちが盛り上がってしまいますよ!」
「あはは!彼女募集中です。なんちゃって。」

なんかあいつを見てるとイライラするな。俺は腕組をしてフンと鼻を鳴らした。彼女いたことねーだぁ?んなわけねーだろ。

「では玉城さんは?」
「ひとりです。」
「ええっ、そうなんですか!?それは御幸選手のことですよね?」
「…はい。」
「いやーん羨ましい。憧れのカップルですねぇ。」

玉城さんは照れ臭そうにはにかんで頷く。御幸め、つくづく恵まれてやがる。

「では、三つ目の質問を…」

どこか緊張した空気のまま、撮影は続く。さわやかな笑顔でこなす蒼井と玉城さんだったが、ふたりは撮影中、一度も目を合わせることはなかった。


***


一見何の問題もなく撮影が終わり、合図の後、部屋中にねぎらいの言葉があふれる。一瞬にして部屋の空気が変わる。やっぱり芸能界は特殊な世界だ。
玉城さんに言われていた通り、俺は一足先に控室に向かった。人気のない廊下を歩く。道は入り組んでいて、迷子になりそうだ。テレビ局はそういうものらしい。

「あっ!」

廊下の向こうから、俺を見て駆け寄ってくる女がいた。つい立ち止まっていると、その女は、今朝紹介された玉城さんのマネージャーだと気づいた。

「どうも」

会釈をして、何か話したそうにしている彼女を見る。

「お疲れ様です。見学、どうでした?」

たいした話ではないらしい。早く控室に行きてぇけど…振り切るのも不自然だしな…。

「すごかったっす。普段の玉城さんとはまた少し違って。さすがプロっすね。」
「そうですね、光も最近はテレビにも慣れてきて…こういうトーク番組、前は苦手だったのに。」
「そうなんすね。」

適当なところで切り上げようとしても、女はまだ話を続ける。

「今日の衣装、どう思いました?」
「衣装?…ああ、ワンピースですか?」

妙なことを訊くな、と思いながら頷く。

「綺麗でした。」
「そうですよね!光、ああいう色似合いますよね。」

違和感を感じる。そんなに大した話題じゃないのに、女は妙に必死に…会話を続けようとしているみたいで。

「あの衣装、蒼井さんが選ばれたんですよ。」
「……。」

何か嫌な予感がして、貼り付けていた笑顔を消した。

「…すいません、ちょっと今急いでるんで、これで。」

女の顔色を気にせず、俺は足早に控室へと向かった。人気はどんどんなくなる。そういや、なんで玉城さんだけ、こんな離れた控室なんだ?
胸騒ぎを覚えながらもようやく控室のドアが見えてくると、俺は駆け足になった。しかし俺が辿り着く前にそのドアは開き、出てきたのは、蒼井颯斗だった。

俺は立ち止まって蒼井と対峙する。蒼井は無表情で俺を見て、にこりと口角を上げた。

「倉持さん、どうも。」

無言で会釈を返す。蒼井の笑顔が、強張っているように見えた。

「光ちゃん、今ちょっと具合が悪いみたいで。昨日、倒れたって聞きました。最近忙しいから、無理しちゃってるのかな。すみませんが、マネージャーさん呼んできてもらえませんか?」
「……。」
「僕はここで光ちゃんの様子を見てるので。」

おかしいだろ、絶対、何か変だ。
俺はかまわず蒼井を押しのけ、控室のドアに手をかける。その腕を、蒼井がものすごい力でつかんできた。

「…ただの友達でしょう?勝手に入らない方がいいですよ。…女性の部屋なんだから」

だったらテメーはどうなんだよ。俺は蒼井を睨みつけ、力任せにドアノブをひねった。
ドアが勢い良く開く。部屋にはメイク台とテーブル、ソファがあり、そのソファに、玉城さんは横たわっていた。…ワンピースを破られ、下着姿で。床にはペットボトルのお茶が蓋の開いたまま転がり、淡い緑の水溜まりを作っている。
俺は蒼井を振り返る。蒼井はもう、笑っていなかった。

 


ALICE+