蒼井にどつかれ、部屋の中に転ばされる。続いて蒼井も部屋に入ってくると、後ろ手にドアを閉めた。
俺はジャケットを脱ぎながら立ち上がり、玉城さんにかけ、蒼井を振り返る。

「マジで尻軽女だな。」

発された言葉に、俺は耳を疑った。

「お前ら、浮気してんだろ?御幸一也がいない間にさ。」
「…はぁ?」
「フン、付き合った人数は一人とか…笑える。清純派で売ってる顔だけの女は必死だな。」
「……。」
「あちこちで男に尻尾振って、誘惑して…そうでもしなきゃ、売れないもんな。」

これがこいつの本性かよ。…マジでヤベー奴じゃねーか。

「…玉城さんは御幸としか関係してねーよ。」
「まだ庇うわけ?ご褒美に何してもらえんの?」

殴りたくなるのを必死で堪える。

「…玉城さんはそんな奴じゃねーよ!本当の玉城さんを知らねーくせに…」
「お前は知ってるってわけ?」
「テメーよりは知ってるよ!高校からずっと見て…」

はっと口をつぐむ。蒼井はにやりと笑った。

「…へぇ。お前、玉城光が好きなんだ。」
「…違う」
「ふっ…まだ言う?バレバレだよ、もう。高校からずっと?片思いしてるわけ?親友の彼女に?うわー、引くわ。」
「黙れよ。違うっつってんだろ!」

テーブルを蹴飛ばして音を立てると、蒼井は一瞬ビビったように肩をすくめた。

「んなことよりテメー、これはどういうことだよ。」

視線だけで玉城さんを見る。状況からみて、蒼井が何かしたとしか考えられない。

「俺が何かしたとでも言いたいわけ?」
「違うっつーのかよ。」
「そうだよ。僕は被害者なんだから。」

黙って蒼井を見続けると、聞いてもいないのに蒼井はペラペラと喋り続ける。

「玉城が俺を控室に呼んだんだよ。来てみたら、そんな恰好でさ。誘惑されたよ。事務所の意向で、次回のドラマの共演話が立ち消えになったから、焦ったんだと思うよ。新人女優からすれば、俺と共演NGになったら、ほとんどの恋愛ドラマや映画に出られなくなるからね。もちろん俺は断ったけど、それでちょっと揉みあいになって…急に倒れたんだよ。昨日も倒れたんだろ?」

ああ…クソ、殴りてぇ。
よくもまあ見え透いた嘘をペラペラと。この男、気持ちわりぃ。

「精神的に不安定で、参ってたんじゃねえの?もともとちょっとおかしいみたいだしさ。こんな傷、作るくらいだし。」

そう言って蒼井はスマホの画面を俺に向ける。そこには、下着姿の玉城さんが映っていた。気を失っていて、ぐったりとソファに倒れている姿。その白い脇腹のあたりに、うっすらと紅い、斬りつけたような傷の痕がみえた。
反射的にスマホに手を伸ばすが、蒼井に避けられ手は空を切る。

「消せよ!!」
「嫌だよ。こっちだって証拠がないと、なんか言いがかりつけられたときに濡れ衣を着せられるだろ。」
「濡れ衣じゃねーだろうが!玉城さんに何飲ませたんだよ!?」
「何のこと?俺は何もしてないよ。大声出さないでくれる?これ以上騒ぐなら、ここであったこと皆にバラすけど。」

ちらりとスマホを覗かせて蒼井は言う。俺が唇を噛むと、蒼井は楽しそうに笑った。

「俺も、映画の共演者の悪評が広まるのは避けたいけどさ。これ以上足引っ張られても困るし、この件は相談させてもらうから。」
「おい!ちょっと待てよ…」

蒼井は足早に部屋を出て行った。追いかけようとして、踏みとどまる。玉城さんを置いていくわけには…クソッ、牧瀬がいれば…。…いや、御幸が…いれば。

「玉城さん!…おい!」

何度か揺さぶると、玉城さんは苦しげに呻いて、ぼんやりと目を開けた。頭を押さえ、ゆっくりと起き上がる。ジャケットが肌蹴るのを、俺は慌てて抑える。玉城さんは気持ちが悪そうに口元を押さえ、しばらく俯いて、眩暈がするのか目を何度か瞑って頭を振ると、ようやく俺を見た。

「…え…?」

じっと俺を見て、目を瞬き、部屋の中を見渡し、腕を擦って、自分の体を見て――驚いたように両腕で胸元を覆った。

「だ、大丈夫!何も見てねえし、何もしてねえから」

とにかく落ち着かせようと、ジャケットの襟を引っ張って玉城さんの体を覆う。玉城さんは青ざめた顔で俺を見ている。胸の奥が痛く、焦る。

「これ…なんですか…?なんで…」

そう呟く玉城さんに、俺は床に転がっているペットボトルを指さした。

「あれ、誰からもらった?」

玉城さんはペットボトルを見つめ、はっとした。だんだん状況を掴んでくれたらしい。

「…マネージャーさんから…」
「飲んだのか?」
「…収録が終わって、ここに戻ってきて、少し…飲みました」

そう呟いて、頭を押さえる。

「…それから……」

また顔が青ざめる。

「……覚えてない…」
「これに何か入れられたんだな」

玉城さんは震え、今にも泣きだしそうになる。

「落ち着いて聞いてくれ」

そのか弱い両肩に手を置き、前を向かせた。

「俺がここに来たとき、蒼井颯斗がいた。」
「えっ…」
「あいつに…玉城さんの写真を、撮られた」
「……写真?」
「あの…わき腹の、傷」

玉城さんの目から、とうとう涙がこぼれた。

「…見たんですか!?」

俺すらも責める口調で彼女は取り乱す。

「画像を見せられた。」
「……。」
「ごめん。俺がもっと早くここに来てれば…」

そう言いかけ、ふと思い出す。あの、妙な女のことを。

「…あのお茶」
「…え?」
「マネージャーからもらった、って言ってたよな。」

玉城さんは頷く。

「…そいつもグルだ」
「……。」

玉城さんの目に浮かぶ涙が揺れる。抱きしめ…るのはだめだよな。頭を撫で…るのも、やめたほうがいいか。涙を拭く…のは、どうなんだろう。ああくそ、どうしたらいいかわかんねえ。玉城さんは、御幸の彼女だし…。

「…とにかく、服着て。俺、外で待ってるから…」

結局、肩を軽く叩くに留めて、俺は控室を出る。無機質な白い壁と天井が続く廊下。それがスクリーンのようになって、脳裏に玉城さんの姿が浮かんだ。…綺麗な肌だったな。白くて、柔らかそうで…腰は細くて、胸は…結構デカくて…。
頭を振って光景を振り払う。どうしても浮かんでしまうよこしまな考え。だって、俺はまだ血気盛んな若い独身で、よりによって5年間片思いしてる子が、下着姿で目の前に現れたんだぜ。…蒼井がいなけりゃ反応してたかもしれない。そしたらきっと、玉城さんに軽蔑されてたな…。
深くため息を吐く。俺、最低だ。

「…倉持さん」

背後でドアが少し開き、俺は慌てて振り返る。とにかく、玉城さんを家まで送って、御幸に電話して…。
そんなことを考えながら、ドアの隙間から顔をのぞかせた玉城さんを見て、ぎくりとした。玉城さんはまだ俺のジャケットを羽織っただけの下着姿で、だけど先ほどまでよりも少し冷静になった声で、言った。

「…服がありません」
「…は!?」

予想もしていなかった言葉に息をのむ。

「ないって…どういうことだよ?」
「わかりません…確かにここで着替えて、服もここに置いて行ったのに」

玉城さんは部屋を振り返り、また俺を見上げる。

「…マネージャーさんが持って行ったのかも」
「え!?なんでそんなこと…」
「わからないけど…この部屋から何か持ち出せるとしたら、マネージャーさんしかいません」

どうしようか思案し、何も思いつかないまま口を開く。

「誰か…何か…」
「司に電話して、何か着るものを持って来てもらいます。」
「それだ」

俺が頷くと、玉城さんも頷いて部屋に引っ込んだ。まだ呆然としたまま廊下でため息を吐く。…大変なことになったな。


***


30分ほどで、牧瀬はやって来た。舞台が終わってそのまま来たらしく、メイクで別人のようになっている牧瀬にぎょっとしていると、牧瀬はすごい剣幕で俺を押しのけ、玉城さんの控室に入っていた。
それからすぐにドアが開き、俺は部屋の中に招かれた。
牧瀬の物だろうか、ジーンズにパーカーという珍しい服装の玉城さんが、ソファに座っていた。ラフな格好だが、雑誌のモデルのように着こなしている。…というか、モデルか。

「ここに来る途中で光のマネージャーに会ったんだけど」

牧瀬はメイクをシートのようなものでこすり落としながら、怒りをにじませた声で話し始めた。

「光の服をどうしたか聞いたら、蒼井颯斗からのプレゼントのワンピースを着て帰るって聞いたから、スタッフに事務所に持って帰らせたって言ってたんだよ!?ありえない!!」
「……。」

激高する牧瀬の横で、玉城さんは静かに座っていたが、その表情には怒りが滲んでいた。…こういうところの雰囲気は、昔の奥村と少し似ている。親戚って言っていたっけ…。

「光、明日の仕事は断った方が良いよ。」

すっかりメイクを落として普段の顔に戻った牧瀬が言う。

「あいつ、今度は何してくるか…」
「だけど…このままじゃ傷のこともバラされるし、あることないこと言われるだけ。」

玉城さんは決意したように手を握りしめた。

「だから、明日…あいつと話をする。」
「話って…」

戸惑う牧瀬を余所に、玉城さんは俺を見上げた。

「倉持さん…同席してくれませんか?倉持さんがいれば、向こうも下手に手は出してこないと思うんです。」
「そりゃ…いいけど…話って、大丈夫なのか?」
「…わからないけど、そうするしかありません。」
「どこで話すの?」
「撮影が終わったら、向こうから来ると思う。…私の控室に。」

俺と牧瀬は顔を見合わせる。
玉城さんは強く、先ほどまで取り乱していたのが嘘のように、冷静だった。

 


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