雨の音が響く薄暗い部屋に、一人座っていた。
少し肌寒い。落ち着かないほどの静寂のせいで、時々聞こえるかすかな家鳴りにさえ、振り返って天井を仰いでしまう。

部屋に光がいない。それがこんなにつらいなんて。3年間一人で暮らしてきたのに、それがもう信じられなかった。

ガチャン、と鍵が開く音に、俺ははじかれるように立ち上がった。突然だった。光…帰って来たのか?期待と不安を抱いたまま玄関を見る。薄暗い玄関に、濡れた傘を提げ、くしゃくしゃの紙袋を胸に抱いて、彼女は立っていた。

「光…」

おかえり、だけでは足りない気がして、溢れる思いに口が追い付かなくなって、結局沈黙する。光は玄関に立ったまま俺をじっと見つめていた。胸に不安がよぎった。

「…何してるんだよ、部屋に…入れよ」

そう言うと、光は紙袋から本のようなものを取り出して、差し出した。

「…何?」

俺は歩いて行って、それを手に取り、表紙を見る。
下着だけを身に着けた姿の光が、そこに写っていた。
薄暗い室内で、白い下着姿の光が、目元だけを陽光に照らされて、宝石みたいに強く輝く瞳で――カメラをじっと睨んでいる。右下には細くかすれた文字で、『微光』と書いてあった。

「…写真集…明日発売されます。」

光の声を聴きながら、ページをめくる。ベッドに横たわる光、窓辺で水にぬれている光、白い肌に深紅のリボンを滑らせている光――わき腹の傷も、はっきりと写っている。

「…いいのか?」

あの傷…あんなに人に見られるのを怖がっていたのに。

「あの写真のこと、弁明するのは簡単です。でも…傷のことも…下着姿のことも…あいつに弱みを握られたままでいるのは、嫌なんです。このくらいなんでもないって…痛くもかゆくもないって、突き付けてやりたい」

…倉持、お前の言う通りだな。

「…だけど…一也さんが嫌だったら、言ってください。このまま…出て行きますから」

驚いた。昔は…もっと自信がなくて、俺から否定されるのをものすごく怖がっていて、何も言うなって言ってた光がそんなふうにはっきり言うなんて。
俺は写真集を置き、光を抱きしめた。光は俺の背中に手を回し、肩口に顔を埋める。

「…なんで…そんなに優しいんですか…?」

そう震える声で言う光に少し笑う。

「…いいかげんわかれよ。俺は、お前が思ってるよりずっと…お前のことが好きだって言っただろ」

光が顔を上げ、俺たちは見つめ合う。自然と唇が近づき、触れた。もう学生の頃のように、緊張で胸が破裂しそうにはならないけど、そのかわりに…胸にじわりと広がる熱を、より強く感じられる。
手を繋いで寝室へいき、光の服を脱がしていく。光はされるがままになって、じっと俺を見つめている。
下着だけの姿になると、少し恥ずかしそうに顔を赤くした。もう見慣れたわき腹の傷を指先でなぞる。そこに唇を近づけ、キスをする。何度も、何度も。下を這わせ、舐めて、顔を上げると――光はうるんだ目で俺を見つめていた。

「…嫌じゃ、ないんですか?私…下着姿の写真集なんか、出して」
「そりゃ…他の男に見られると思うと、悔しいし…嫌だよ」

宥めるように白い頬を撫でる。

「でも…お前は独り占めするにはもったいないほど、綺麗だから」
「……。」
「他の奴らに…自慢してやるよ」

首筋に唇を這わせると、光は少し微笑んだ。

「それに…」

胸を撫で、秘部の近くに手を滑らせると、光は欲情したように唇を噛んで、煽情的なまなざしを俺に向けた。

「その顔は、俺しか知らない。」

深く口づけをする。熱くて甘く、柔らかな感触。一番大事なのは、光が俺のそばにいること。光の心が、俺の一番近くにあること。お互いに一番、想い合っていること。
それが一番贅沢で、手に入れがたいもの。…あのクソ野郎は、知る由もないこと。
同情するぜ。こんなに…幸せな瞬間を知らないなんて。

光の喘ぎ声。しっとりと汗ばむ肌。赤く色づく蕾。俺を求める眼差し。

俺たちは抱き合って、熱を吐き出した。



***



「御幸一也さん!今回の報道について一言お願いします!!」
「玉城光さんに他の交際相手がいたことについてどう思われていますか!?」
「現在同棲を解消したとの噂についてはいかがですか!?」
「お二人は今回の件で破局されたんですか!?」

マンションを出るなり取り囲まれる俺。相変わらず嗅ぎつけるのが早えな。

「…別れてませんし、現在も順調に同棲中ですよ。」

そう答え、俺は振り返る。マンションから出てくる光を。
光が俺に駆け寄ると、報道陣はどよめき、カメラのフラッシュが一層激しくなった。

「…俺は彼女を信じていますし、あの写真のことも、元交際相手を名乗ってる奴のことも、彼女は被害者です。それについては現在しかるべき手続きを進めていますし、後日記者会見を行いますから…今はこれ以上お答えできません。」

光を車に乗せ、俺も運転席に乗り込み、車を発進させる。しばらく車を追いかけてきた報道陣がやっと見えなくなってきたころ、俺たちは同時に息を吐いた。

「はっはっは…すげぇな。俺らも有名になったもんだ」
「はあ…」

ため息を吐く光のスマホが鳴る。仕事関係の電話は牧瀬に任せてあるから、鳴ったのはプライベート用の、親しい人しか知らない番号だ。

「はい。」

光の返事の声色で、相手は牧瀬かもしれないと思った。

「…え、ほんとに?…うん、そっか、わかった。ありがとう。」

落ち着かない様子で電話を切る光。牧瀬?と聞くと、やはり頷いた。

「牧瀬、何だって?」
「…今日発売した写真集。どこも売り切れで…増販の問い合わせが事務所に殺到してて大変だって」
「え…」

正直複雑な心境だ。でも…

「…そうか。じゃあ…上手くいくよな、絶対」

ギアを握る俺の手に、光はそっと手を重ねた。

 


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