062
『先日報道された玉城光さんのスキャンダルについて、またもや衝撃の続報が飛び込んできました。』
テレビの中で、アナウンサーの女が興奮気味に喋っている。
『こちら、今朝の新聞の一面で取り上げられていますが――なんと、あの超人気俳優の蒼井颯斗さんが、玉城光さんに対するストーカー行為で逮捕・起訴されました。記事によりますと、蒼井容疑者は被害者の玉城さんに対し、睡眠薬を混入させた飲料を飲ませ、服を脱がせて写真を撮りそれをもとに脅迫するなど、複数の罪に問われています。また、玉城さんのマネージャーを務めていた木山容疑者も、幇助行為で共に起訴されています。玉城さんはこれについて先日記者会見を開き――』
俺は開きかけていたスマホを放り、ソファに座ってテレビに食い入る。画面は、記者会見の様子に切り替わった。白いブラウス姿の玉城さんと、隣にスーツ姿の御幸も座っている。
『なぜ今回このようなことが起こったのでしょうか?』
『本当に蒼井容疑者とは関係がなかったのですか?』
心無い記者の質問が飛び交う。しかし玉城さんは御幸と一瞬見つめ合うと、強い目で記者を見つめ返した。
『なぜこのようなことが起こったのかは、私にもわかりません。ただ、蒼井容疑者とは一度も関係したことはありませんし、プライベートで会ったこともありません。』
『以前は蒼井容疑者との熱愛が噂されたこともありましたが、それについてはいかがですか?』
『事実無根です。その噂についても、蒼井容疑者が事務所スタッフに指示していた証拠があり、ストーカー行為の一部であったことを証明しています。』
『ではあの写真は、全て蒼井容疑者が仕組んだことだったという事ですか?』
『そうです。』
カメラのフラッシュが飛び交う。画面越しに見ているだけで俺は苛立つのに、玉城さんは顔色一つ崩さない。
『あのような写真を流出させられたのに、なぜ写真集を出したのですか?』
玉城さんは質問した記者を見つめ、うっすらと微笑みさえ浮かべた。
『彼のしたことは、絶対に許せませんが…その卑怯な行為に、屈したくなかったからです。』
そう言い切った玉城さんは、今度こそすがすがしく微笑んだ。
『…御幸選手は、今回の件についてどう思われますか?』
御幸がアップで映し出され、フラッシュが飛んだ。
『彼女と同じ気持ちです。蒼井容疑者のことは許せません。ただ今は…彼女をしっかりと支えたいです。』
『一時は同棲解消、破局との報道もありましたが…』
『それはありえません。』
御幸はきっぱりと言い切った。
『玉城光さんとは、絶対に、別れません。』
…本当に。敵わない。特別なんだな、お互いに。一番…。
テーブルに置かれた本を持ち上げる。早朝、こっそり買いに走った写真集。…早朝だというのにすごい人だかりだった。高校時代も…いつも彼女は、人に囲まれていて。俺はその輪の外から、輪の中の玉城さんを…いや、玉城さんと、御幸を。ずっと…見ているだけだった。
ひとつ深呼吸して、写真集のページを開く。下着姿の彼女…。心臓が…痛い。苦しい。…熱い。
おれは彼女の白い脇腹の傷を、指先でなぞった。ざらりとした紙の感触を覚える。彼女の本当の肌は、きっともっと、柔らかくて、あたたかい。
「……綺麗だな…」
誰にともなく呟いて、俺はその身体を――肩を、腕を、腰を、胸を、唇を、瞳を――ただただ見つめた。
***
――玉城光の写真集、色気やべぇ。
――蒼井颯斗終わったな。玉城光、俺は信じてたぞ!
――下着写真流出に、写真集発売で反撃する勇気、すげぇし写真集も滅茶苦茶美しい。
――傷痕が逆にエロい。自殺未遂は蒼井の虚言で、本当は子供の頃の交通事故が原因らしい。
――昔、水着写真が出たときからずっと待ち望んでた。最高。
――このボディを高校時代から独り占めしてる男がいる事実…羨ましすぎる。
――光ーー!俺だーー!結婚してくれーー!!!
――御幸一也になりたい。切実に。
口をあけたままのアホ面でSNSを眺める。すげえ反響だな…。でも、玉城さんを擁護する声ばかりで安心した。
安心したら腹減ったし、コンビニで何か買ってくるか…、そう思って立ち上がると、ちょうどインターフォンが鳴った。覗き穴を覗くと、そこにいたのは牧瀬だった。…なんか、男の部屋に女一人で来ても全く意識しない、貴重な存在だよな、こいつ。
何の躊躇もなくドアを開けると、牧瀬は明るい笑顔で箱を持ち上げて見せる。
「こんにちは。美味しいカツサンド買って来たんですけど、一緒にどうですか?」
「おー、いいタイミング。」
「え?」
「いやなんでもねぇよ。入れよ」
「おじゃましまーす。」
牧瀬は慣れた様子で上がり込み、ソファに座った。
「何飲む?」
冷蔵庫をあけながら問う。…が、返事はない。不思議に思って振り向くと、ソファに座っている牧瀬の手に――あの写真集が握られていた。
「あっ…!いや、それは…!」
慌てて駆け寄るが、牧瀬はキラキラした目で俺を見る。終わった…。
「なんだぁ、倉持さん、自分で買ってたんですね。私、今日持って来たのに」
「…は?」
呆然とする俺の前で、牧瀬はもう一冊、バッグから写真集を取り出す。
「これどこも売り切れで、もう手に入らないでしょ?だから、持って行ってあげようと思って」
「……。」
「でも…そっか〜〜、あの行列に並んで買ったのかぁ…」
「…なんだよ」
含みのある言い方に苛立ちながら動揺を押し隠す。べ、べつに下心があったわけじゃ…ねえし…!
「いや〜〜…倉持さんってほんと……純情ですよねぇ……」
「はあ!?てめっ…」
「あ〜〜、でもなんか、わかるなあ、ほっぺにチューしちゃうのも」
「…えっ!!?おま、な、なんで知って…!!!」
にわかに顔が熱くなり、どもる。そんな俺を牧瀬は憐れむように見上げた。
「…やっぱりモデル仲間、紹介しましょうか?」
「…余計なお世話だっつっただろ!」
「えーー、でもぉ、辛くないですか?」
無視して台所に戻り、炭酸飲料をグラスに注ぐ。
「…いーんだよ、別に。もともと…好きとか、付き合うとか…考えてねーし」
「それって…ずっと見てるだけってことですか?」
「べつにそういうんじゃねーよ」
彼女についてこうしようとか、ああしようとか、考えても無駄だ。どうせ…目で追っちまうし、かといって俺の行動ひとつで、彼女の気持ちが動くとも思えない。
「俺は俺のやりたいようにやってるだけだ」
「……。」
牧瀬と俺の前にグラスを置き、座布団に座ってカツサンドに手を伸ばす。
「…せつな〜〜〜い」
「うるせっ!お前、時々沢村に似ててムカつくんだよ!」
***
夜、ビールを飲みながらスマホを眺めていると、突然着信が鳴った。その名前を見て、俺はすぐに通話ボタンを押す。
「もしもし、亮さん?」
『お前、出るの早すぎ』
「ヒャハッ、ちょうどスマホ弄ってたんすよ」
この人の声はなんだか懐かしい。この間会ったばかりだけど。
「どうしたんすか?電話なんて珍しいっすね」
『ちょっと聞きたいことがあってさ』
「? はい」
『お前、玉城光の写真集買った?』
渇いた呼吸が口から洩れた。買った…と言えば、この人、絶対押しかけてくるだろ。でもこの人には自分の気持ちはばれてるし、下手に否定するのも怪しい…。っつーか、やばい。早く何か言わねェと、
『買ったんだ。』
…遅かった。この人に隠し事は無理だ。
「いや…まあ……はい。」
『なにそれ?ハッキリ言えよ。』
「……買いました。」
『へー。俺の近所の本屋なんて、朝から向かいの通りまで行列ができてたのに。お前すごいね』
「いや俺は、たまたま…」
たまたまで買えるような代物ではないことくらいバレている。俺は口を噤んだ。
『まあお前が持ってるなら良かった。今から行っていい?』
「え!?…見に来るんすか?」
『当たり前じゃん、見たいし。純とかにも聞いたけど、誰も買えなかったみたいなんだよね。じゃ、今から行くから。』
「えっ…」
俺の返事を待たず、電話は切られる。…まじか。
そわそわと部屋の中をうろつく。禁煙を始めてから、こういうときどうやって落ち着いたらいいのかわからない。
まもなくしてインターフォンが鳴って、俺はため息を吐いて玄関に向かった。
「…早いっすね」
ドアの前で笑顔を浮かべる亮さんを見る。
「ちょうど近くで飲んでたんだよ。こいつらと」
見ると、亮さんの後ろには純さんと哲さんもいた。俺は先輩たちを招き入れる。
「うおっ!これか!例の写真集は」
純さんがテーブルの上の写真集を手に取り、哲さんとソファに腰かけた。
テーブルの上に転がったビールの空き缶を眺めていた亮さんは、ふと俺を見上げる。
「…ヤケ酒?」
「ち、違いますよ!」
あいかわらず痛いとこばかりついてくる人だ。
純さんと哲さんは写真集を開き、息をのんでいる。半分ほどページが進んだところで、ふいに哲さんは立ち上がり、玄関の方へ歩いて行った。
「ちょっと…風に当たってくる。」
そう言い残して哲さんは部屋を出る。あーあ、と亮さんは静かに呟いた。
「哲も健気だよね。」
「え?」
「玉城さんのこと。とっくにフラれてんのに、まだ忘れられないみたいでさ。」
純、俺にも見せて、とソファに歩いて行く亮さんの背中を眺めながら、先ほどの言葉が俺の頭に反響する。
「え……え!?フラれたって…どういうことっすか!?」
「え?お前、知らなかったの?」
「い、いつ!?」
「いつっていうか…はっきり告ったわけじゃないよ?でも哲が玉城さんのこと好きなのは傍から見ててバレバレだったじゃん。玉城さんはずっと御幸にぞっこんだったけど。」
…全然知らなかった。まさかあの哲さんが…。
亮さんは放心する俺を放っておいてソファに座り、純さんから写真集を奪う。純さんは魂を抜かれたように頭を抱えて俯き、深いため息を吐いている。
「…へぇ、やっぱすごい美人だね。」
亮さんは楽しそうに写真集を見ている。
「前から思ってたけど、結構デカいよね。何カップあんのかな。」
…なんか、玉城さんのそういう話は聞きたくねぇ…。俺はお茶を淹れるふりをして台所に向かった。
「あ、倉持。俺ビール。」
「…うっす」
蛇口をひねりかけた手を止めて、冷蔵庫を開ける。後ろからは亮さんの声が聞こえ続ける。
「なあ見てこれ、この脚最高。」
「うわっ、これ…やべぇって」
「高校時代を知ってるからこそ、余計にエロいよね。」
「……。」
「……。」
亮さんと純さんの会話がふと途切れる。なんだ、と振り向くと、ふたりとももう、写真集を閉じていた。
「…これを御幸は好き放題してるんだね?」
「ヤメロ亮介!!それだけは考えないようにしてたのによォ〜〜!!!」
頭を抱えて寝ころがった純さんは、俺がビールをテーブルに置くと、がばりと起き上がって勢いよく飲みだした。
「…おい倉持!!今すぐ御幸を呼びやがれ!!一発なぐらねぇと気がすまねぇ!!」
「野蛮だなあ」
「知るか!!全国の男の総意だ!!」
「いや…来ないと思いますよ、今玉城さんのことで色々忙しいみたいだし」
「…っあ〜〜〜〜!!ムカつく!!」
ぱたりと倒れ込んだ純さん。亮さんは涼しい顔をしてビールを開ける。
「そういえばその話、実際どうなの?」
「え?」
「蒼井颯斗。」
「…ただのストーカー野郎っすよ。俺も実際会ったけど…糞野郎です」
「ふーん…」
亮さんはビールを水のように飲み、テーブルに置いた。軽い音がした。
「玉城さんって、波瀾万丈だよね。昔から。」
「……。」
確かにそうだ。そしていつも、御幸がそれを救ってきた。
「美しすぎる宿命って言うのかな。人から愛される分、憎まれもしてさ…」
「……。」
「あれだけ美人だと、それだけで人を惑わせちゃうのかな。」
「……。」
「好きになり過ぎて相手を憎んじゃうなんて、残酷だよね。」
「…玉城さんを、」
写真集の表紙の彼女を、ぼんやりと見つめる。光の妖精みたいな彼女を。
「…憎むような奴は…本当の彼女を、知らないんです。」
シン、と部屋が静まり返る。
亮さんと純さんは、ぽかんと俺を見上げていた。…やべぇ、俺、今めちゃくちゃ恥ずかしいこと言ったよな。
「倉持お前…いい年して純情だね。」
くっ…!!今日2回も言われた…!!
「何だお前、御幸の彼女に惚れてんのか?」
「ちっ、違いますよ!!ただ個人的に!!一人の人間として!!」
「まったく、どいつもこいつも健気すぎて甘しょっぱいね。砂吐きそうだから帰ろう、純。」
「りょ、亮さんまで!!」
おじゃましました〜、とちゃっかりビールを手にドカドカ出て行く二人。ドアが閉まり、静かになった部屋で、俺は一人項垂れる。つ…疲れた。
一人寝転んで天井を見上げ、ため息を吐く。
ただ静かに流れる一人の時間が、今は必要だと思った。
テレビの中で、アナウンサーの女が興奮気味に喋っている。
『こちら、今朝の新聞の一面で取り上げられていますが――なんと、あの超人気俳優の蒼井颯斗さんが、玉城光さんに対するストーカー行為で逮捕・起訴されました。記事によりますと、蒼井容疑者は被害者の玉城さんに対し、睡眠薬を混入させた飲料を飲ませ、服を脱がせて写真を撮りそれをもとに脅迫するなど、複数の罪に問われています。また、玉城さんのマネージャーを務めていた木山容疑者も、幇助行為で共に起訴されています。玉城さんはこれについて先日記者会見を開き――』
俺は開きかけていたスマホを放り、ソファに座ってテレビに食い入る。画面は、記者会見の様子に切り替わった。白いブラウス姿の玉城さんと、隣にスーツ姿の御幸も座っている。
『なぜ今回このようなことが起こったのでしょうか?』
『本当に蒼井容疑者とは関係がなかったのですか?』
心無い記者の質問が飛び交う。しかし玉城さんは御幸と一瞬見つめ合うと、強い目で記者を見つめ返した。
『なぜこのようなことが起こったのかは、私にもわかりません。ただ、蒼井容疑者とは一度も関係したことはありませんし、プライベートで会ったこともありません。』
『以前は蒼井容疑者との熱愛が噂されたこともありましたが、それについてはいかがですか?』
『事実無根です。その噂についても、蒼井容疑者が事務所スタッフに指示していた証拠があり、ストーカー行為の一部であったことを証明しています。』
『ではあの写真は、全て蒼井容疑者が仕組んだことだったという事ですか?』
『そうです。』
カメラのフラッシュが飛び交う。画面越しに見ているだけで俺は苛立つのに、玉城さんは顔色一つ崩さない。
『あのような写真を流出させられたのに、なぜ写真集を出したのですか?』
玉城さんは質問した記者を見つめ、うっすらと微笑みさえ浮かべた。
『彼のしたことは、絶対に許せませんが…その卑怯な行為に、屈したくなかったからです。』
そう言い切った玉城さんは、今度こそすがすがしく微笑んだ。
『…御幸選手は、今回の件についてどう思われますか?』
御幸がアップで映し出され、フラッシュが飛んだ。
『彼女と同じ気持ちです。蒼井容疑者のことは許せません。ただ今は…彼女をしっかりと支えたいです。』
『一時は同棲解消、破局との報道もありましたが…』
『それはありえません。』
御幸はきっぱりと言い切った。
『玉城光さんとは、絶対に、別れません。』
…本当に。敵わない。特別なんだな、お互いに。一番…。
テーブルに置かれた本を持ち上げる。早朝、こっそり買いに走った写真集。…早朝だというのにすごい人だかりだった。高校時代も…いつも彼女は、人に囲まれていて。俺はその輪の外から、輪の中の玉城さんを…いや、玉城さんと、御幸を。ずっと…見ているだけだった。
ひとつ深呼吸して、写真集のページを開く。下着姿の彼女…。心臓が…痛い。苦しい。…熱い。
おれは彼女の白い脇腹の傷を、指先でなぞった。ざらりとした紙の感触を覚える。彼女の本当の肌は、きっともっと、柔らかくて、あたたかい。
「……綺麗だな…」
誰にともなく呟いて、俺はその身体を――肩を、腕を、腰を、胸を、唇を、瞳を――ただただ見つめた。
***
――玉城光の写真集、色気やべぇ。
――蒼井颯斗終わったな。玉城光、俺は信じてたぞ!
――下着写真流出に、写真集発売で反撃する勇気、すげぇし写真集も滅茶苦茶美しい。
――傷痕が逆にエロい。自殺未遂は蒼井の虚言で、本当は子供の頃の交通事故が原因らしい。
――昔、水着写真が出たときからずっと待ち望んでた。最高。
――このボディを高校時代から独り占めしてる男がいる事実…羨ましすぎる。
――光ーー!俺だーー!結婚してくれーー!!!
――御幸一也になりたい。切実に。
口をあけたままのアホ面でSNSを眺める。すげえ反響だな…。でも、玉城さんを擁護する声ばかりで安心した。
安心したら腹減ったし、コンビニで何か買ってくるか…、そう思って立ち上がると、ちょうどインターフォンが鳴った。覗き穴を覗くと、そこにいたのは牧瀬だった。…なんか、男の部屋に女一人で来ても全く意識しない、貴重な存在だよな、こいつ。
何の躊躇もなくドアを開けると、牧瀬は明るい笑顔で箱を持ち上げて見せる。
「こんにちは。美味しいカツサンド買って来たんですけど、一緒にどうですか?」
「おー、いいタイミング。」
「え?」
「いやなんでもねぇよ。入れよ」
「おじゃましまーす。」
牧瀬は慣れた様子で上がり込み、ソファに座った。
「何飲む?」
冷蔵庫をあけながら問う。…が、返事はない。不思議に思って振り向くと、ソファに座っている牧瀬の手に――あの写真集が握られていた。
「あっ…!いや、それは…!」
慌てて駆け寄るが、牧瀬はキラキラした目で俺を見る。終わった…。
「なんだぁ、倉持さん、自分で買ってたんですね。私、今日持って来たのに」
「…は?」
呆然とする俺の前で、牧瀬はもう一冊、バッグから写真集を取り出す。
「これどこも売り切れで、もう手に入らないでしょ?だから、持って行ってあげようと思って」
「……。」
「でも…そっか〜〜、あの行列に並んで買ったのかぁ…」
「…なんだよ」
含みのある言い方に苛立ちながら動揺を押し隠す。べ、べつに下心があったわけじゃ…ねえし…!
「いや〜〜…倉持さんってほんと……純情ですよねぇ……」
「はあ!?てめっ…」
「あ〜〜、でもなんか、わかるなあ、ほっぺにチューしちゃうのも」
「…えっ!!?おま、な、なんで知って…!!!」
にわかに顔が熱くなり、どもる。そんな俺を牧瀬は憐れむように見上げた。
「…やっぱりモデル仲間、紹介しましょうか?」
「…余計なお世話だっつっただろ!」
「えーー、でもぉ、辛くないですか?」
無視して台所に戻り、炭酸飲料をグラスに注ぐ。
「…いーんだよ、別に。もともと…好きとか、付き合うとか…考えてねーし」
「それって…ずっと見てるだけってことですか?」
「べつにそういうんじゃねーよ」
彼女についてこうしようとか、ああしようとか、考えても無駄だ。どうせ…目で追っちまうし、かといって俺の行動ひとつで、彼女の気持ちが動くとも思えない。
「俺は俺のやりたいようにやってるだけだ」
「……。」
牧瀬と俺の前にグラスを置き、座布団に座ってカツサンドに手を伸ばす。
「…せつな〜〜〜い」
「うるせっ!お前、時々沢村に似ててムカつくんだよ!」
***
夜、ビールを飲みながらスマホを眺めていると、突然着信が鳴った。その名前を見て、俺はすぐに通話ボタンを押す。
「もしもし、亮さん?」
『お前、出るの早すぎ』
「ヒャハッ、ちょうどスマホ弄ってたんすよ」
この人の声はなんだか懐かしい。この間会ったばかりだけど。
「どうしたんすか?電話なんて珍しいっすね」
『ちょっと聞きたいことがあってさ』
「? はい」
『お前、玉城光の写真集買った?』
渇いた呼吸が口から洩れた。買った…と言えば、この人、絶対押しかけてくるだろ。でもこの人には自分の気持ちはばれてるし、下手に否定するのも怪しい…。っつーか、やばい。早く何か言わねェと、
『買ったんだ。』
…遅かった。この人に隠し事は無理だ。
「いや…まあ……はい。」
『なにそれ?ハッキリ言えよ。』
「……買いました。」
『へー。俺の近所の本屋なんて、朝から向かいの通りまで行列ができてたのに。お前すごいね』
「いや俺は、たまたま…」
たまたまで買えるような代物ではないことくらいバレている。俺は口を噤んだ。
『まあお前が持ってるなら良かった。今から行っていい?』
「え!?…見に来るんすか?」
『当たり前じゃん、見たいし。純とかにも聞いたけど、誰も買えなかったみたいなんだよね。じゃ、今から行くから。』
「えっ…」
俺の返事を待たず、電話は切られる。…まじか。
そわそわと部屋の中をうろつく。禁煙を始めてから、こういうときどうやって落ち着いたらいいのかわからない。
まもなくしてインターフォンが鳴って、俺はため息を吐いて玄関に向かった。
「…早いっすね」
ドアの前で笑顔を浮かべる亮さんを見る。
「ちょうど近くで飲んでたんだよ。こいつらと」
見ると、亮さんの後ろには純さんと哲さんもいた。俺は先輩たちを招き入れる。
「うおっ!これか!例の写真集は」
純さんがテーブルの上の写真集を手に取り、哲さんとソファに腰かけた。
テーブルの上に転がったビールの空き缶を眺めていた亮さんは、ふと俺を見上げる。
「…ヤケ酒?」
「ち、違いますよ!」
あいかわらず痛いとこばかりついてくる人だ。
純さんと哲さんは写真集を開き、息をのんでいる。半分ほどページが進んだところで、ふいに哲さんは立ち上がり、玄関の方へ歩いて行った。
「ちょっと…風に当たってくる。」
そう言い残して哲さんは部屋を出る。あーあ、と亮さんは静かに呟いた。
「哲も健気だよね。」
「え?」
「玉城さんのこと。とっくにフラれてんのに、まだ忘れられないみたいでさ。」
純、俺にも見せて、とソファに歩いて行く亮さんの背中を眺めながら、先ほどの言葉が俺の頭に反響する。
「え……え!?フラれたって…どういうことっすか!?」
「え?お前、知らなかったの?」
「い、いつ!?」
「いつっていうか…はっきり告ったわけじゃないよ?でも哲が玉城さんのこと好きなのは傍から見ててバレバレだったじゃん。玉城さんはずっと御幸にぞっこんだったけど。」
…全然知らなかった。まさかあの哲さんが…。
亮さんは放心する俺を放っておいてソファに座り、純さんから写真集を奪う。純さんは魂を抜かれたように頭を抱えて俯き、深いため息を吐いている。
「…へぇ、やっぱすごい美人だね。」
亮さんは楽しそうに写真集を見ている。
「前から思ってたけど、結構デカいよね。何カップあんのかな。」
…なんか、玉城さんのそういう話は聞きたくねぇ…。俺はお茶を淹れるふりをして台所に向かった。
「あ、倉持。俺ビール。」
「…うっす」
蛇口をひねりかけた手を止めて、冷蔵庫を開ける。後ろからは亮さんの声が聞こえ続ける。
「なあ見てこれ、この脚最高。」
「うわっ、これ…やべぇって」
「高校時代を知ってるからこそ、余計にエロいよね。」
「……。」
「……。」
亮さんと純さんの会話がふと途切れる。なんだ、と振り向くと、ふたりとももう、写真集を閉じていた。
「…これを御幸は好き放題してるんだね?」
「ヤメロ亮介!!それだけは考えないようにしてたのによォ〜〜!!!」
頭を抱えて寝ころがった純さんは、俺がビールをテーブルに置くと、がばりと起き上がって勢いよく飲みだした。
「…おい倉持!!今すぐ御幸を呼びやがれ!!一発なぐらねぇと気がすまねぇ!!」
「野蛮だなあ」
「知るか!!全国の男の総意だ!!」
「いや…来ないと思いますよ、今玉城さんのことで色々忙しいみたいだし」
「…っあ〜〜〜〜!!ムカつく!!」
ぱたりと倒れ込んだ純さん。亮さんは涼しい顔をしてビールを開ける。
「そういえばその話、実際どうなの?」
「え?」
「蒼井颯斗。」
「…ただのストーカー野郎っすよ。俺も実際会ったけど…糞野郎です」
「ふーん…」
亮さんはビールを水のように飲み、テーブルに置いた。軽い音がした。
「玉城さんって、波瀾万丈だよね。昔から。」
「……。」
確かにそうだ。そしていつも、御幸がそれを救ってきた。
「美しすぎる宿命って言うのかな。人から愛される分、憎まれもしてさ…」
「……。」
「あれだけ美人だと、それだけで人を惑わせちゃうのかな。」
「……。」
「好きになり過ぎて相手を憎んじゃうなんて、残酷だよね。」
「…玉城さんを、」
写真集の表紙の彼女を、ぼんやりと見つめる。光の妖精みたいな彼女を。
「…憎むような奴は…本当の彼女を、知らないんです。」
シン、と部屋が静まり返る。
亮さんと純さんは、ぽかんと俺を見上げていた。…やべぇ、俺、今めちゃくちゃ恥ずかしいこと言ったよな。
「倉持お前…いい年して純情だね。」
くっ…!!今日2回も言われた…!!
「何だお前、御幸の彼女に惚れてんのか?」
「ちっ、違いますよ!!ただ個人的に!!一人の人間として!!」
「まったく、どいつもこいつも健気すぎて甘しょっぱいね。砂吐きそうだから帰ろう、純。」
「りょ、亮さんまで!!」
おじゃましました〜、とちゃっかりビールを手にドカドカ出て行く二人。ドアが閉まり、静かになった部屋で、俺は一人項垂れる。つ…疲れた。
一人寝転んで天井を見上げ、ため息を吐く。
ただ静かに流れる一人の時間が、今は必要だと思った。