063
――仄暗い世界に舞い降りた、光の天使。
黒字に白い文字で書かれたポップ。それを覆うように、「完売御礼・大反響につき増販決定」と書かれた蛍光イエローの紙が貼られている。
「東条、おまたせ」
ふいにかかった信二の声に跳び上がりそうになって、俺は言葉を詰まらせた。
「あっ、ああ、うん!欲しいCDあった?」
「おう…」
信二は頷きながら、さっきまで俺が見つめていた場所を見る。ああ、バレた。
「…これ、玉城さんの写真集だよな?」
迷った挙句、信二はその話題を出した。…あまり触れてほしくなかったんだけどな。
「そ……そうだね。」
「……。」
沈黙が流れる。信二、俺がまだ玉城のこと引き摺ってると思ってんのかな。いや…全く気にならないと言えば、嘘になるけど。でももう、雲の上の人、だからなぁ。同じ教室で同じ授業を受けたり、ノートを見せ合ったり、変なジュースを買って見せ合ったりしていた日々は、なんだか現実味が薄れてきている。
「…買ったのか?」
「え!?ま、まさか。」
「だ…、だよな。」
「そうだよ。元クラスメイトのって…なんか…」
なんか…なんて言えばいいんだ?下手に意識していると思われたくないし、かといって…本当は気にならないわけでもない。いや、本当は…本音では…見たい。だけど俺が迷っているうちに、写真集はあっという間に売り切れてしまった。
「…そ、それに、気付いた時にはとっくに売り切れてたし。すごいよなあ、ほんと。」
「そ…そうだな。」
信二は俺を気遣うように苦笑いを浮かべる。あー…俺、今どんな顔してんだろ。
「と…とりあえず、行こうよ。沢村んち。」
「あ、ああ。」
ぎこちないまま、信二と店を出る。
今日はオフが被ったから、沢村の家に集まって3人で飲むことになったのだった。
「沢村んちも久々だな。」
「そうだね。」
「あいつちゃんとしたもん食ってんのかぁ?」
相変わらず信二は沢村のことになると面倒見が良い。だけどそれを言うとムキになるから黙っている。
沢村が住むマンションは駅から徒歩10分ほどのところにある。噂では倉持先輩も近くに住んでるらしいけど、会ったことはない。
信二がインターフォンを押すと、ドタバタと音がして、バタンと扉が開いた。
「おーお前ら!!早く上がれよ、タコパしようぜタコパ!!」
「沢村お前…静かにしろよ!苦情とか来ねえのかよ!?」
「あはは。部屋の主と客の立場が逆だよ、ふたりとも」
沢村がいると一気に空気が明るくなる。高校時代が懐かしい。
「お前らも飲むだろー?」
「おい沢村、机の上なんも置けねーじゃねーか!!ちったあ片づけとけよ、お前…」
信二が沢村を怒鳴りつけながら雑誌の束を持ち上げて、ぴたりと固まった。どうしたのかとその視線の先を見る。そこには、見覚えのある――いや、俺の中に強烈に焼き付いている女の子の顔があった。
「お前っ…、これ……」
「あー?」
信二がわなわなと雑誌の山を退かし、玉城の写真集を手に取ると、ビールの缶を抱えた沢村がやってきて何でもないことのように言った。
「ああ!それな、この間牧瀬がくれた」
「牧瀬!?牧瀬って、牧瀬司!?お前ら仲良いの!?」
牧瀬司といえば、高校時代、気さくで男女問わず友達が多い明るい女子だった。クラスのムードメーカーで、女子のリーダー的存在で、人望も厚く、俺もそこそこ仲が良かった、と思う。けど牧瀬も高校卒業後、舞台やドラマ、モデルの仕事で人気が出て、すっかり芸能人となってからは、玉城同様遠い世界の人という感じがした。
「え?お前らも友達だろ?」
「いや卒業以来一度も会ってねーけど!?」
「沢村、牧瀬とよく会ってるの?」
「よく会うってわけじゃねーけど…倉持先輩とはよく会ってるみたいだぜ。それも、倉持先輩に持って行ったらもう持ってたから、俺にやるっつって置いてったやつだし」
「倉持先輩!?」
意外な人物に俺と信二は顔を見合わせた。
「なんで…?付き合ってるの?」
「いやそれはねーよ、牧瀬は高校の時から別の先輩と付き合ってるし」
「じゃあなんで倉持先輩と?」
「よくわかんねーけど、御幸先輩と玉城が付き合ってるじゃん。で、御幸先輩と倉持先輩は仲良いし、玉城と牧瀬も仲良いじゃん。だからじゃねーの?」
「うーん…」
ビールを片手に憶測ばかりが飛び交う。そして…写真集に視線を落とす。
「沢村…お前、これ、見たのか?」
「見たけど?」
「……見たのかよ!?」
「なんだよ見ちゃわりいかよ!?もらったんだから見るだろ!!」
「だってお前これっ……同級生の下着写真…だぞ」
ごくり、と隣の信二の喉が鳴った。
「…沢村、どうだった?」
写真集の表紙を見つめながら呟く。
「え?どうって…まあ…綺麗、だよ」
沢村はらしくなく、ぽつりとつぶやいた。意を決して、俺は写真集に手を伸ばす。
「…東条、」
信二の声も無視して、ページを捲った。
…玉城が、そこにいた。
こっそりとひとりで、思い描いたことのある姿で。男なら仕方ないと思う。でも、写真の中の本物の彼女は――彼女の体は、俺の稚拙な想像なんかよりももっと、色気があって、綺麗で、扇情的で。肌に添う柔らかな腕も、純白のレースに覆われた、くっきりと谷間に影を落とす胸の膨らみも、細くくびれ、雪のような白さの腰に、うっすらと筆で撫でたような薄紅色の傷跡も――思わず指でなぞりたくなって、直前、2人の前だと思いだして、俺は我に返った。
「…東条?」
信二が俺を覗き込む。
「…ちょっと…駄目だ、俺。頭冷やしてくる…」
熱い顔を隠して、恥なんて気にしていられずに、部屋を出る。
…玉城。すごく綺麗だ。あんな姿を――御幸先輩はいつも見てるのか。
「……いいなあ」
あの頃、御幸先輩に敵うわけないと思って、俺は玉城を諦めた。
だけど――あの頃は少なくとも、手を伸ばせば届く場所に…玉城がいたんだよな。今ではもう信じられない。
後悔しないように、もっと――頑張ればよかった。今更だけど…。
玉城、今でも悪戯好きなのかな。今でも、相変わらず変なジュース飲んでんのかな。今でも…俺のこと、覚えてるのかな。
沢村のマンションの周りは賑やかで、近づいてくる足音がすぐ横の階段に迫った時、俺はやっと気が付いた。
「……え」
「あれ?」
階段を上がってきた女性は、俺の顔をまじまじと見つめて目を丸くした。
「もしかして…東条君!?」
「…牧瀬!?」
俺が声を上げると、うわ―久しぶり!と牧瀬は笑顔を顔いっぱいに広げる。笑顔を見ると、やっぱり牧瀬だ、と実感する。高校時代に比べて、うっすらとメイクして服装も垢抜けた彼女は、キレイになっていた。
「なんでここに?」
「今、信二と沢村のとこで飲んでて…」
「あーそうなんだ。」
「牧瀬は?」
「私は倉持さんのとこに寄ったついでに、沢村君の顔も見ていこうかと思って。ふたりとも、放っておくとすぐ不摂生するんだもん。だからほら、サラダの差し入れ。」
「ははは、そうなんだ。」
ひとしきり笑って、ふと尋ねる。
「……倉持さん?」
「え?うん。この近くで一人暮らししてるんだよ。」
「それは知ってるけど…仲良いの?」
牧瀬は思いがけないことを訊かれた顔で、うーん、と唸った。
「いい人だよ?」
「いや、答えになってない…」
「うーんなんていうか、…同情?」
「同情?」
「そう。倉持さん最近凹んでて…見てられないからさぁ」
「……?」
疑問符を浮かべる俺を余所に、牧瀬は沢村の部屋のインターフォンを鳴らした。
「どうした東条!?鍵は開いてるぞ!このうっかりさんめ!」
「だぁから沢村、大声出すなって…!」
玄関に詰めかけた沢村と信二が、牧瀬を見て立ち止まった。
「よっ。金丸君も久しぶり〜。私のこと覚えてる?」
「おー牧瀬じゃん。今からタコパするんだけどお前も食う?」
「えーいいの?じゃあ遠慮なく〜」
「ちょ、待て待て待て」
盛り上がる沢村と牧瀬に突っ込みを入れる信二。
「何?」
「何だよ?」
「何だよはこっちのセリフだよ。お前らこんな仲良かったのかよ?」
「まあ…」
「そこそこ?」
「息ぴったりすぎかよ」
牧瀬も加わって賑やかになり、4人で部屋に戻ると、早速たこ焼き器の準備をする。沢村が何かの景品で当てたやつだ。当たった時は、小湊や降谷も呼んで5人で飲んだっけ。
皆でテーブルを囲み、ビールが配られ、乾杯をする。もう別世界の人だと思っていた牧瀬が、すぐ隣で高校時代と同じように無邪気に笑っている。人生何が起こるかわからないものだなぁ。今日、突然牧瀬と再会するなんて。
牧瀬…、玉城とは今でも仲良いんだろうか。テレビではよく、親友です、って言ってるけど…実際どうなんだろう。でも倉持先輩に会いに来るくらいだし、玉城とも仲良いままなのかな。ってことは…今後もしかして、俺もまた玉城に会えたり…
「牧瀬、玉城元気か?」
「ぶっ!!」
悶々と考えていた名前を沢村があっさり口にするものだから、俺は喉を詰まらせそうになった。大丈夫か?と、信二が水を差し出してくれる。
「光?元気だよ。」
「なんかニュースになってたじゃんか。ストーカー男の話。」
「ああ、蒼井颯斗?大丈夫。有罪は確実らしいし、最近はやっとマスコミも落ち着いてきたよ。」
「そーかそーか、それならよかった」
「まぁ、まだまだ外出は控えてるけどねー。でもそれよりも、写真集の売れ行きがすごくて。毎日増販の催促の電話が事務所に殺到してるの。」
「……それ、」
俺は水を飲み干し、グラスをテーブルに置く。
「御幸先輩…よく平気だよね。」
「東条?」
「…自分の彼女の下着姿、いろんな男に見られてさ。俺だったら…」
俺だったら?そんなことあり得ないことはわかってるのに、何を偉そうに。それに…さっき、自分も見たくせに。
俺…どうしようもない気持ちの八つ当たりで、御幸先輩の悪口なんか言って、最低だ。
「いや、しょうがねーだろ。」
けろりとした声で沢村が言った。
「あんだけ綺麗で胸もデケェ彼女、自慢しなきゃ勿体ねぇよ。うん、御幸一也はそーいう男だ!」
「…まあ、他のモデルは普通に水着だの下着だの、もっと際どい写真集も普通に出してるしな。むしろ今までが特別だったっつーか。俺らは高校から知ってるから、なんか変な感じだけどよ…」
沢村と信二の言葉を聞いて、さらに自分が恥ずかしくなった。確かに…そうだよな。玉城は…モデルを仕事にしてるんだもんな。…プロ、なんだよな。もう、俺の知ってる高校生の玉城光じゃない。
「光はかっこいいよ。」
怒るかと思った牧瀬は、意外と落ち着いた声で話し始めた。
「あんな写真をあんな奴にバラまかれて…悔しかっただろうし、悲しかったと思う。普通なら立ち直れない。でも…堂々と戦って、返り討ちにしたんだもん。あの写真集のおかげで、光はもう…『恥ずかしい写真をばらまかれた、可哀そうな女の子』じゃなくなった。それが一番じゃないかな。御幸さんも…そう思ったんだと思う。」
…そうか。俺…バカだな。自分の事しか考えてない。
玉城にとって何が大切か。何が幸せか。それを理解して、傍で支えてくれる――だから玉城は、御幸先輩を選んだんだろう。俺、やっぱり敵わないな。
「…あ、ほらほら、焼けたぞ!東条、皿」
「あ…、うん、ありがとう…」
励ますように声をかけてくれる信二と、気にしていないように明るく笑う牧瀬、沢村。こんなに良い奴らに囲まれてるのに。俺、馬鹿だったな。
もしもう一度、玉城に会えたら――今度はもう少し、大人になれるだろうか。
明るい笑い声が響く部屋で、俺は一人、決意に似た願いを胸に秘めた。
黒字に白い文字で書かれたポップ。それを覆うように、「完売御礼・大反響につき増販決定」と書かれた蛍光イエローの紙が貼られている。
「東条、おまたせ」
ふいにかかった信二の声に跳び上がりそうになって、俺は言葉を詰まらせた。
「あっ、ああ、うん!欲しいCDあった?」
「おう…」
信二は頷きながら、さっきまで俺が見つめていた場所を見る。ああ、バレた。
「…これ、玉城さんの写真集だよな?」
迷った挙句、信二はその話題を出した。…あまり触れてほしくなかったんだけどな。
「そ……そうだね。」
「……。」
沈黙が流れる。信二、俺がまだ玉城のこと引き摺ってると思ってんのかな。いや…全く気にならないと言えば、嘘になるけど。でももう、雲の上の人、だからなぁ。同じ教室で同じ授業を受けたり、ノートを見せ合ったり、変なジュースを買って見せ合ったりしていた日々は、なんだか現実味が薄れてきている。
「…買ったのか?」
「え!?ま、まさか。」
「だ…、だよな。」
「そうだよ。元クラスメイトのって…なんか…」
なんか…なんて言えばいいんだ?下手に意識していると思われたくないし、かといって…本当は気にならないわけでもない。いや、本当は…本音では…見たい。だけど俺が迷っているうちに、写真集はあっという間に売り切れてしまった。
「…そ、それに、気付いた時にはとっくに売り切れてたし。すごいよなあ、ほんと。」
「そ…そうだな。」
信二は俺を気遣うように苦笑いを浮かべる。あー…俺、今どんな顔してんだろ。
「と…とりあえず、行こうよ。沢村んち。」
「あ、ああ。」
ぎこちないまま、信二と店を出る。
今日はオフが被ったから、沢村の家に集まって3人で飲むことになったのだった。
「沢村んちも久々だな。」
「そうだね。」
「あいつちゃんとしたもん食ってんのかぁ?」
相変わらず信二は沢村のことになると面倒見が良い。だけどそれを言うとムキになるから黙っている。
沢村が住むマンションは駅から徒歩10分ほどのところにある。噂では倉持先輩も近くに住んでるらしいけど、会ったことはない。
信二がインターフォンを押すと、ドタバタと音がして、バタンと扉が開いた。
「おーお前ら!!早く上がれよ、タコパしようぜタコパ!!」
「沢村お前…静かにしろよ!苦情とか来ねえのかよ!?」
「あはは。部屋の主と客の立場が逆だよ、ふたりとも」
沢村がいると一気に空気が明るくなる。高校時代が懐かしい。
「お前らも飲むだろー?」
「おい沢村、机の上なんも置けねーじゃねーか!!ちったあ片づけとけよ、お前…」
信二が沢村を怒鳴りつけながら雑誌の束を持ち上げて、ぴたりと固まった。どうしたのかとその視線の先を見る。そこには、見覚えのある――いや、俺の中に強烈に焼き付いている女の子の顔があった。
「お前っ…、これ……」
「あー?」
信二がわなわなと雑誌の山を退かし、玉城の写真集を手に取ると、ビールの缶を抱えた沢村がやってきて何でもないことのように言った。
「ああ!それな、この間牧瀬がくれた」
「牧瀬!?牧瀬って、牧瀬司!?お前ら仲良いの!?」
牧瀬司といえば、高校時代、気さくで男女問わず友達が多い明るい女子だった。クラスのムードメーカーで、女子のリーダー的存在で、人望も厚く、俺もそこそこ仲が良かった、と思う。けど牧瀬も高校卒業後、舞台やドラマ、モデルの仕事で人気が出て、すっかり芸能人となってからは、玉城同様遠い世界の人という感じがした。
「え?お前らも友達だろ?」
「いや卒業以来一度も会ってねーけど!?」
「沢村、牧瀬とよく会ってるの?」
「よく会うってわけじゃねーけど…倉持先輩とはよく会ってるみたいだぜ。それも、倉持先輩に持って行ったらもう持ってたから、俺にやるっつって置いてったやつだし」
「倉持先輩!?」
意外な人物に俺と信二は顔を見合わせた。
「なんで…?付き合ってるの?」
「いやそれはねーよ、牧瀬は高校の時から別の先輩と付き合ってるし」
「じゃあなんで倉持先輩と?」
「よくわかんねーけど、御幸先輩と玉城が付き合ってるじゃん。で、御幸先輩と倉持先輩は仲良いし、玉城と牧瀬も仲良いじゃん。だからじゃねーの?」
「うーん…」
ビールを片手に憶測ばかりが飛び交う。そして…写真集に視線を落とす。
「沢村…お前、これ、見たのか?」
「見たけど?」
「……見たのかよ!?」
「なんだよ見ちゃわりいかよ!?もらったんだから見るだろ!!」
「だってお前これっ……同級生の下着写真…だぞ」
ごくり、と隣の信二の喉が鳴った。
「…沢村、どうだった?」
写真集の表紙を見つめながら呟く。
「え?どうって…まあ…綺麗、だよ」
沢村はらしくなく、ぽつりとつぶやいた。意を決して、俺は写真集に手を伸ばす。
「…東条、」
信二の声も無視して、ページを捲った。
…玉城が、そこにいた。
こっそりとひとりで、思い描いたことのある姿で。男なら仕方ないと思う。でも、写真の中の本物の彼女は――彼女の体は、俺の稚拙な想像なんかよりももっと、色気があって、綺麗で、扇情的で。肌に添う柔らかな腕も、純白のレースに覆われた、くっきりと谷間に影を落とす胸の膨らみも、細くくびれ、雪のような白さの腰に、うっすらと筆で撫でたような薄紅色の傷跡も――思わず指でなぞりたくなって、直前、2人の前だと思いだして、俺は我に返った。
「…東条?」
信二が俺を覗き込む。
「…ちょっと…駄目だ、俺。頭冷やしてくる…」
熱い顔を隠して、恥なんて気にしていられずに、部屋を出る。
…玉城。すごく綺麗だ。あんな姿を――御幸先輩はいつも見てるのか。
「……いいなあ」
あの頃、御幸先輩に敵うわけないと思って、俺は玉城を諦めた。
だけど――あの頃は少なくとも、手を伸ばせば届く場所に…玉城がいたんだよな。今ではもう信じられない。
後悔しないように、もっと――頑張ればよかった。今更だけど…。
玉城、今でも悪戯好きなのかな。今でも、相変わらず変なジュース飲んでんのかな。今でも…俺のこと、覚えてるのかな。
沢村のマンションの周りは賑やかで、近づいてくる足音がすぐ横の階段に迫った時、俺はやっと気が付いた。
「……え」
「あれ?」
階段を上がってきた女性は、俺の顔をまじまじと見つめて目を丸くした。
「もしかして…東条君!?」
「…牧瀬!?」
俺が声を上げると、うわ―久しぶり!と牧瀬は笑顔を顔いっぱいに広げる。笑顔を見ると、やっぱり牧瀬だ、と実感する。高校時代に比べて、うっすらとメイクして服装も垢抜けた彼女は、キレイになっていた。
「なんでここに?」
「今、信二と沢村のとこで飲んでて…」
「あーそうなんだ。」
「牧瀬は?」
「私は倉持さんのとこに寄ったついでに、沢村君の顔も見ていこうかと思って。ふたりとも、放っておくとすぐ不摂生するんだもん。だからほら、サラダの差し入れ。」
「ははは、そうなんだ。」
ひとしきり笑って、ふと尋ねる。
「……倉持さん?」
「え?うん。この近くで一人暮らししてるんだよ。」
「それは知ってるけど…仲良いの?」
牧瀬は思いがけないことを訊かれた顔で、うーん、と唸った。
「いい人だよ?」
「いや、答えになってない…」
「うーんなんていうか、…同情?」
「同情?」
「そう。倉持さん最近凹んでて…見てられないからさぁ」
「……?」
疑問符を浮かべる俺を余所に、牧瀬は沢村の部屋のインターフォンを鳴らした。
「どうした東条!?鍵は開いてるぞ!このうっかりさんめ!」
「だぁから沢村、大声出すなって…!」
玄関に詰めかけた沢村と信二が、牧瀬を見て立ち止まった。
「よっ。金丸君も久しぶり〜。私のこと覚えてる?」
「おー牧瀬じゃん。今からタコパするんだけどお前も食う?」
「えーいいの?じゃあ遠慮なく〜」
「ちょ、待て待て待て」
盛り上がる沢村と牧瀬に突っ込みを入れる信二。
「何?」
「何だよ?」
「何だよはこっちのセリフだよ。お前らこんな仲良かったのかよ?」
「まあ…」
「そこそこ?」
「息ぴったりすぎかよ」
牧瀬も加わって賑やかになり、4人で部屋に戻ると、早速たこ焼き器の準備をする。沢村が何かの景品で当てたやつだ。当たった時は、小湊や降谷も呼んで5人で飲んだっけ。
皆でテーブルを囲み、ビールが配られ、乾杯をする。もう別世界の人だと思っていた牧瀬が、すぐ隣で高校時代と同じように無邪気に笑っている。人生何が起こるかわからないものだなぁ。今日、突然牧瀬と再会するなんて。
牧瀬…、玉城とは今でも仲良いんだろうか。テレビではよく、親友です、って言ってるけど…実際どうなんだろう。でも倉持先輩に会いに来るくらいだし、玉城とも仲良いままなのかな。ってことは…今後もしかして、俺もまた玉城に会えたり…
「牧瀬、玉城元気か?」
「ぶっ!!」
悶々と考えていた名前を沢村があっさり口にするものだから、俺は喉を詰まらせそうになった。大丈夫か?と、信二が水を差し出してくれる。
「光?元気だよ。」
「なんかニュースになってたじゃんか。ストーカー男の話。」
「ああ、蒼井颯斗?大丈夫。有罪は確実らしいし、最近はやっとマスコミも落ち着いてきたよ。」
「そーかそーか、それならよかった」
「まぁ、まだまだ外出は控えてるけどねー。でもそれよりも、写真集の売れ行きがすごくて。毎日増販の催促の電話が事務所に殺到してるの。」
「……それ、」
俺は水を飲み干し、グラスをテーブルに置く。
「御幸先輩…よく平気だよね。」
「東条?」
「…自分の彼女の下着姿、いろんな男に見られてさ。俺だったら…」
俺だったら?そんなことあり得ないことはわかってるのに、何を偉そうに。それに…さっき、自分も見たくせに。
俺…どうしようもない気持ちの八つ当たりで、御幸先輩の悪口なんか言って、最低だ。
「いや、しょうがねーだろ。」
けろりとした声で沢村が言った。
「あんだけ綺麗で胸もデケェ彼女、自慢しなきゃ勿体ねぇよ。うん、御幸一也はそーいう男だ!」
「…まあ、他のモデルは普通に水着だの下着だの、もっと際どい写真集も普通に出してるしな。むしろ今までが特別だったっつーか。俺らは高校から知ってるから、なんか変な感じだけどよ…」
沢村と信二の言葉を聞いて、さらに自分が恥ずかしくなった。確かに…そうだよな。玉城は…モデルを仕事にしてるんだもんな。…プロ、なんだよな。もう、俺の知ってる高校生の玉城光じゃない。
「光はかっこいいよ。」
怒るかと思った牧瀬は、意外と落ち着いた声で話し始めた。
「あんな写真をあんな奴にバラまかれて…悔しかっただろうし、悲しかったと思う。普通なら立ち直れない。でも…堂々と戦って、返り討ちにしたんだもん。あの写真集のおかげで、光はもう…『恥ずかしい写真をばらまかれた、可哀そうな女の子』じゃなくなった。それが一番じゃないかな。御幸さんも…そう思ったんだと思う。」
…そうか。俺…バカだな。自分の事しか考えてない。
玉城にとって何が大切か。何が幸せか。それを理解して、傍で支えてくれる――だから玉城は、御幸先輩を選んだんだろう。俺、やっぱり敵わないな。
「…あ、ほらほら、焼けたぞ!東条、皿」
「あ…、うん、ありがとう…」
励ますように声をかけてくれる信二と、気にしていないように明るく笑う牧瀬、沢村。こんなに良い奴らに囲まれてるのに。俺、馬鹿だったな。
もしもう一度、玉城に会えたら――今度はもう少し、大人になれるだろうか。
明るい笑い声が響く部屋で、俺は一人、決意に似た願いを胸に秘めた。