072
会議室でコーヒーを飲んでいると、ふと目に入った本棚の写真集。
「ちょっと。」
後ろに控えているマネージャーを呼びつけ、写真集を指さす。
「気分悪いからどっかやって。」
「は、はい!申し訳ありません。」
マネージャーはビクビク怯えながら玉城光の写真集をもってどこかへ持っていった。
…もう、サイアク。なんであんなブスが売れるの?おかげで勘違いして調子に乗って、芸歴浅いくせに偉そうだし、私のことも生意気な目で見てくるウザい女。颯斗の騒動の時、やっと消えてくれると思ったのに。終わってみれば、地獄に落ちたのは颯斗のほうで、あいつは被害者面でぬくぬく生き残ってる。
清純派でしかも顔で売ってるくせに、堂々と恋人と同棲してるのも気に入らない。仕事舐めすぎでしょ。なんで社長はあいつを恋愛禁止にしないわけ?この間のバラエティ番組だって、恋人と共演しただけじゃなく、他の男たちにも始終チヤホヤされていい気になって。ムカつく。なんとかして痛い目みせてやりたいなぁ…。
「森田さん、お待たせしてすみません。」
マネージャーと入れ違いに、番組プロデューサーとスタッフが入ってくる。私はすかさず立ち上がり、笑顔で会釈する。
「いいえ〜全然大丈夫です〜〜!お疲れ様です〜〜」
「お疲れ様です。どうぞ、おかけください。」
全員が席に着くと、スタッフがさっそく企画書を取り出した。
「実は今度このような企画案が出ていまして。ぜひ森田さんにやっていただけないかと。」
こんな大きな番組からオファーが来るのは初めてだから、どんな企画であれやるつもりではあるけれど。どれどれ…?
企画書に目を通し、思わず口元が緩んだ。
「…これって…」
「最近人気のドッキリ企画です。今芸能界で話題のカップルにハニートラップを仕掛けて、その反応を撮るというものです。本人たちには事前連絡一切なし。基本的にお蔵入りなしで、たとえ本当に引っかかってしまったとしても問答無用で放送します。ですのでこれまで何組かのカップルが破局していますし、仕掛け人との間にも亀裂が入ることも当然あって…いかがですか?やっていただけますか?リスクはありますが、超人気番組ですし、顔を売るには絶好のチャンスだと思いますよ。」
「もちろん、やらせてください。」
私はつい身を乗り出す。番組プロデューサーの男は、スタッフと安堵したように顔を見合わせる。
「それではこちらが今回のターゲットの基本情報になります。今回のターゲットは、プロ野球選手…御幸一也選手です。」
***
願ってもないチャンスが巡ってきた。これで玉城を地獄に陥れられる。
大きく胸元の開いた赤いミニドレスを着て、私はバーの入り口に待機する。
『森田さん、準備はよろしいですか?』
右耳に仕込んだイヤホンから番組スタッフの声が聞こえる。
「はい。」
こっそりと返事をする。ここでの会話も放送で流されることになる。
『今回、球団関係者の方にお願いして御幸選手をこのお店に呼び出してもらいました。呼び出した方は都合で30分遅れると連絡を入れたところです。』
「わかりました。」
『御幸選手はカウンターの奥の席でおひとりで座っています。準備ができたら始めてください。』
いよいよね。絶対、なにがなんでも、落としてやる。
カウンターの奥の席の、一人の男。…本当にいる。ふーん、やっぱり結構イケメンじゃん。玉城にはもったいないわ。
ヒールを鳴らし、歩み寄る。御幸一也はうつ向いたままスマホを眺めている。ひとつ席を開けて隣に座る。
「マティーニ。」
「かしこまりました。」
ふう、と息を吐き、御幸一也を横目で見る。…何をそんなにスマホばかり見てんのよ。
「…あのう。」
「……。」
「…あの、すみません〜」
「……え?」
二回呼ぶと、御幸一也はやっと振り向いた。あ、胸をチラ見した。これはいけるわ。
「もしかして…野球の御幸一也選手ですか?」
「ああ…はい。」
少し口角を上げる御幸一也。…近くで見るとますますイケメン。
…欲しくなっちゃった。
「やっぱり!私、ファンなんです〜!すごい、会えるなんて。感激!」
「ははは…どーも。」
「やだぁ。やっぱりすっごいかっこいい。ドキドキしちゃいます」
「え…あぁ、ははは。」
照れてニヤニヤしちゃって。結構楽勝かも。だいたい、5年以上も同じ相手と一緒にいたら普通に飽きるでしょ。そろそろ乗り換えたいんじゃないの?
「あのぉ、隣の席で、ちょっとお話とか…?」
「いや、もうすぐ連れがくるんで。」
…は?さっきまでデレデレしてたくせに!連れって…30分も遅れてくるはずでしょ!?
御幸一也はスマホでなにかメッセージを送り、バッグに放り込んだ。おおかた、呼び出した人に早く来いとでも送ったんだろう。その人は来ないけど。
「このお店、よく来るんですか〜?」
「いえ、全く。」
ちょうど出されたマティーニと一緒に、強引に隣の席に移る。御幸一也は一瞬困ったように私を見、ニコリと笑って身を離した。
「そうなんだぁ〜。私も今日たまたま来たんですよぉ!なのに会えるなんてすごーい!」
「…。」
御幸一也は愛想笑いのように微笑むと、またバッグからスマホを取り出して弄り始めた。…興味ないって言いたいわけ?ムカつく。…今仕掛けても、普通に断られそうね。もう少し押しておかないと。
「ちょっとすみませ〜ん。」
胸を寄せて、わざと御幸一也の前に身を乗り出し、腕を伸ばして彼の向こう側のメニューボードを手に取る。スマホに夢中になっていた彼は、目の前に胸が迫ると、そっと顔を背けた。…なんだ、やっぱり意識してんじゃない。
「御幸さんが飲んでるそれ、どのお酒ですかぁ?」
「カンパリです。」
御幸一也はメニューにちらりと視線をやって、ニコリとして言った。ふーん、カンパリのロックか。
「赤くてかわいい〜。次、私もそれにしようかなぁ。」
「……。」
また愛想笑い。
「でもロックかぁ。私、あんまりお酒強くないから…あっ、これなんだろう?ロングアイランド・アイスティー。これにしようかな〜。」
「…それ、結構強いですよ。」
御幸一也が、やっと自分から口を開いた。私は口元が緩むのを隠して笑みを作る。
「えっ?そうなんですか〜?私、お酒あんまりよくわからなくて…御幸さんのおすすめはどれですかぁ?」
『…森田さん。そろそろ30分経過します。』
不意にイヤホンからスタッフの声が響く。…うるさいわね、わかってるわよ。
「お酒強くないのに、一人で来たんですか?」
御幸一也は疑うような目で私を見た。…なに、どういう意味?
「…そうなんです。私、最近彼氏と別れて…気分を晴らしたくて。」
「…ふうん。」
「御幸さん…。御幸さんって、素敵な方ですね。」
「…はい?」
たじろぐ御幸一也に、私は身を寄せる。胸を押し付けて、足を組んで。顔を覗き込み、上目遣い。
「もしよかったら…今度、ふたりっきりでお会いしたいです。」
御幸一也は目をさ迷わせ、逃げるように身を引いた。
「それは無理です。」
「どうしてですか…?」
「恋人が大事なので。」
…はぁ?あんな奴のどこがいいのよ。
「連絡先の交換だけでも…だめですか?」
「それも無理です。」
「…お願いします。」
「無理です。」
「…どうしても?」
「……。」
御幸一也は小さくため息を吐き、立ち上がる。なんで…そんな顔するの?この私がこんなにアピールしてるのに…
「一生大切にしたい子がいるから、彼女が悲しむことはしたくない。」
……ハァ!?なにそれ…意味わかんない…
「連れも忙しいみたいなので、帰ります。」
「えっ!?ちょっと…待ってよ」
私たちが立ち上がった途端、店の入り口から男たちがどやどやなだれ込む。番組名が書かれたボードを持ったタレントと、カメラマンや音声などのスタッフたちだ。
「はいはいは〜〜い!すみません御幸選手。今回私たちコレで…」
タレントの男が掲げたボードを見て、御幸一也は苦笑した。
「ドッキリ…ですか?」
「いや〜〜すみませんでした〜!でもさすが!芸能界一の美男美女純愛カップル!玉城さんのこと、本当に愛してますね〜!」
「いや…はっはっは…」
照れたように笑う御幸一也。信じらんない…こんなの放送されたら、玉城がまた調子に乗るじゃない。本当は御幸一也に事前にドッキリだってこと教えてたんじゃないの!?じゃなければ、私に見向きもしないなんてありえない。
…これで終わりになんてしないから。
スタッフたちが御幸一也を取り囲んでいる隙に、私はそっと自分のプライベート用のスマホを、御幸一也のバッグに滑り込ませた。
「ちょっと。」
後ろに控えているマネージャーを呼びつけ、写真集を指さす。
「気分悪いからどっかやって。」
「は、はい!申し訳ありません。」
マネージャーはビクビク怯えながら玉城光の写真集をもってどこかへ持っていった。
…もう、サイアク。なんであんなブスが売れるの?おかげで勘違いして調子に乗って、芸歴浅いくせに偉そうだし、私のことも生意気な目で見てくるウザい女。颯斗の騒動の時、やっと消えてくれると思ったのに。終わってみれば、地獄に落ちたのは颯斗のほうで、あいつは被害者面でぬくぬく生き残ってる。
清純派でしかも顔で売ってるくせに、堂々と恋人と同棲してるのも気に入らない。仕事舐めすぎでしょ。なんで社長はあいつを恋愛禁止にしないわけ?この間のバラエティ番組だって、恋人と共演しただけじゃなく、他の男たちにも始終チヤホヤされていい気になって。ムカつく。なんとかして痛い目みせてやりたいなぁ…。
「森田さん、お待たせしてすみません。」
マネージャーと入れ違いに、番組プロデューサーとスタッフが入ってくる。私はすかさず立ち上がり、笑顔で会釈する。
「いいえ〜全然大丈夫です〜〜!お疲れ様です〜〜」
「お疲れ様です。どうぞ、おかけください。」
全員が席に着くと、スタッフがさっそく企画書を取り出した。
「実は今度このような企画案が出ていまして。ぜひ森田さんにやっていただけないかと。」
こんな大きな番組からオファーが来るのは初めてだから、どんな企画であれやるつもりではあるけれど。どれどれ…?
企画書に目を通し、思わず口元が緩んだ。
「…これって…」
「最近人気のドッキリ企画です。今芸能界で話題のカップルにハニートラップを仕掛けて、その反応を撮るというものです。本人たちには事前連絡一切なし。基本的にお蔵入りなしで、たとえ本当に引っかかってしまったとしても問答無用で放送します。ですのでこれまで何組かのカップルが破局していますし、仕掛け人との間にも亀裂が入ることも当然あって…いかがですか?やっていただけますか?リスクはありますが、超人気番組ですし、顔を売るには絶好のチャンスだと思いますよ。」
「もちろん、やらせてください。」
私はつい身を乗り出す。番組プロデューサーの男は、スタッフと安堵したように顔を見合わせる。
「それではこちらが今回のターゲットの基本情報になります。今回のターゲットは、プロ野球選手…御幸一也選手です。」
***
願ってもないチャンスが巡ってきた。これで玉城を地獄に陥れられる。
大きく胸元の開いた赤いミニドレスを着て、私はバーの入り口に待機する。
『森田さん、準備はよろしいですか?』
右耳に仕込んだイヤホンから番組スタッフの声が聞こえる。
「はい。」
こっそりと返事をする。ここでの会話も放送で流されることになる。
『今回、球団関係者の方にお願いして御幸選手をこのお店に呼び出してもらいました。呼び出した方は都合で30分遅れると連絡を入れたところです。』
「わかりました。」
『御幸選手はカウンターの奥の席でおひとりで座っています。準備ができたら始めてください。』
いよいよね。絶対、なにがなんでも、落としてやる。
カウンターの奥の席の、一人の男。…本当にいる。ふーん、やっぱり結構イケメンじゃん。玉城にはもったいないわ。
ヒールを鳴らし、歩み寄る。御幸一也はうつ向いたままスマホを眺めている。ひとつ席を開けて隣に座る。
「マティーニ。」
「かしこまりました。」
ふう、と息を吐き、御幸一也を横目で見る。…何をそんなにスマホばかり見てんのよ。
「…あのう。」
「……。」
「…あの、すみません〜」
「……え?」
二回呼ぶと、御幸一也はやっと振り向いた。あ、胸をチラ見した。これはいけるわ。
「もしかして…野球の御幸一也選手ですか?」
「ああ…はい。」
少し口角を上げる御幸一也。…近くで見るとますますイケメン。
…欲しくなっちゃった。
「やっぱり!私、ファンなんです〜!すごい、会えるなんて。感激!」
「ははは…どーも。」
「やだぁ。やっぱりすっごいかっこいい。ドキドキしちゃいます」
「え…あぁ、ははは。」
照れてニヤニヤしちゃって。結構楽勝かも。だいたい、5年以上も同じ相手と一緒にいたら普通に飽きるでしょ。そろそろ乗り換えたいんじゃないの?
「あのぉ、隣の席で、ちょっとお話とか…?」
「いや、もうすぐ連れがくるんで。」
…は?さっきまでデレデレしてたくせに!連れって…30分も遅れてくるはずでしょ!?
御幸一也はスマホでなにかメッセージを送り、バッグに放り込んだ。おおかた、呼び出した人に早く来いとでも送ったんだろう。その人は来ないけど。
「このお店、よく来るんですか〜?」
「いえ、全く。」
ちょうど出されたマティーニと一緒に、強引に隣の席に移る。御幸一也は一瞬困ったように私を見、ニコリと笑って身を離した。
「そうなんだぁ〜。私も今日たまたま来たんですよぉ!なのに会えるなんてすごーい!」
「…。」
御幸一也は愛想笑いのように微笑むと、またバッグからスマホを取り出して弄り始めた。…興味ないって言いたいわけ?ムカつく。…今仕掛けても、普通に断られそうね。もう少し押しておかないと。
「ちょっとすみませ〜ん。」
胸を寄せて、わざと御幸一也の前に身を乗り出し、腕を伸ばして彼の向こう側のメニューボードを手に取る。スマホに夢中になっていた彼は、目の前に胸が迫ると、そっと顔を背けた。…なんだ、やっぱり意識してんじゃない。
「御幸さんが飲んでるそれ、どのお酒ですかぁ?」
「カンパリです。」
御幸一也はメニューにちらりと視線をやって、ニコリとして言った。ふーん、カンパリのロックか。
「赤くてかわいい〜。次、私もそれにしようかなぁ。」
「……。」
また愛想笑い。
「でもロックかぁ。私、あんまりお酒強くないから…あっ、これなんだろう?ロングアイランド・アイスティー。これにしようかな〜。」
「…それ、結構強いですよ。」
御幸一也が、やっと自分から口を開いた。私は口元が緩むのを隠して笑みを作る。
「えっ?そうなんですか〜?私、お酒あんまりよくわからなくて…御幸さんのおすすめはどれですかぁ?」
『…森田さん。そろそろ30分経過します。』
不意にイヤホンからスタッフの声が響く。…うるさいわね、わかってるわよ。
「お酒強くないのに、一人で来たんですか?」
御幸一也は疑うような目で私を見た。…なに、どういう意味?
「…そうなんです。私、最近彼氏と別れて…気分を晴らしたくて。」
「…ふうん。」
「御幸さん…。御幸さんって、素敵な方ですね。」
「…はい?」
たじろぐ御幸一也に、私は身を寄せる。胸を押し付けて、足を組んで。顔を覗き込み、上目遣い。
「もしよかったら…今度、ふたりっきりでお会いしたいです。」
御幸一也は目をさ迷わせ、逃げるように身を引いた。
「それは無理です。」
「どうしてですか…?」
「恋人が大事なので。」
…はぁ?あんな奴のどこがいいのよ。
「連絡先の交換だけでも…だめですか?」
「それも無理です。」
「…お願いします。」
「無理です。」
「…どうしても?」
「……。」
御幸一也は小さくため息を吐き、立ち上がる。なんで…そんな顔するの?この私がこんなにアピールしてるのに…
「一生大切にしたい子がいるから、彼女が悲しむことはしたくない。」
……ハァ!?なにそれ…意味わかんない…
「連れも忙しいみたいなので、帰ります。」
「えっ!?ちょっと…待ってよ」
私たちが立ち上がった途端、店の入り口から男たちがどやどやなだれ込む。番組名が書かれたボードを持ったタレントと、カメラマンや音声などのスタッフたちだ。
「はいはいは〜〜い!すみません御幸選手。今回私たちコレで…」
タレントの男が掲げたボードを見て、御幸一也は苦笑した。
「ドッキリ…ですか?」
「いや〜〜すみませんでした〜!でもさすが!芸能界一の美男美女純愛カップル!玉城さんのこと、本当に愛してますね〜!」
「いや…はっはっは…」
照れたように笑う御幸一也。信じらんない…こんなの放送されたら、玉城がまた調子に乗るじゃない。本当は御幸一也に事前にドッキリだってこと教えてたんじゃないの!?じゃなければ、私に見向きもしないなんてありえない。
…これで終わりになんてしないから。
スタッフたちが御幸一也を取り囲んでいる隙に、私はそっと自分のプライベート用のスマホを、御幸一也のバッグに滑り込ませた。