「えーっ!そんなことがあったんですか!?」

サラダを差し入れに来てくれた牧瀬にビールを振舞いながら、昼間の話をした。

「うっわ〜…人のバッグにスマホ〜?手段選ばないな〜…!」
「まあ今日あれだけ釘刺したし、さすがにもう何もないとは思うけどな。」
「それで今日森田機嫌悪かったのか〜。夕方の撮影で一緒だったんですけど、最悪でしたよ。スタッフにも気を使わせて…」

はあ、とため息をひとつついて、牧瀬は笑顔になった。

「でもよかった。倉持さんって意外と頼りになるんですね〜」
「意外と、は余計だ。」

牧瀬と笑い合っていると、部屋に鳴り響く聴きなれない着信音。俺たちは同時に口をつぐみ、着信音を聴く。

「…電話?」

牧瀬を見る。牧瀬は口をすぼめて頭を横に振った。

「私のじゃないですよ。」
「…え?俺のでもねーけど」
「でもこの音、倉持さんのバッグから聴こえません?」
「…え〜?いやそんなはず…」

笑いながらバッグに近づく。…サイドポケットの中に光る液晶画面。俺はそのピンク色のスマホを取り出して、青ざめた顔で牧瀬を振り返った。

「これっ…今日の…アイツの…!!」
「え!?」
「こっわ!!なんだよこれホラー映画かよ!!」

一通り騒いだ後、未だに鳴り響くスマホを前に、俺たちは冷静になる。

「…私が出ましょうか?」
「…いや。俺が出る。」

意を決して通話ボタンに手を伸ばす。スピーカーで、と牧瀬が口パクで言い、俺は頷いてスピーカーモードに切り替える。

『もしもし。』

少々威圧的な女の声が響いた。

「…はい。」
『私、森田桃ですけど。』
「…だと思ったよ。」

少し沈黙した後、森田は苛立った声で言った。

『私、あなたの名前知らないんだけど。名前は?』
「…倉持」
『ふーん。倉持さん、ね。』

代わりましょうか?と牧瀬が口パクで言う。いい、と俺は首を横に振る。

『またスマホを落とした…なんて言ってもさすがに信じてくれないだろうから、本題に入っていい?』
「ああ」
『明日。二人で会えない?』

牧瀬を見る。牧瀬は目を見開いて首を横に振った。やめとけ、とでも言うように。

「…スマホを渡すだけ。何も話はしない、っつーならいいけど。」
『それじゃ意味ないでしょ?私は倉持さんに話があるの。』
「じゃあ今、この電話で言え。」
『駄目。直接じゃないと』

思わずため息が出る。

『お願い。会ってくれたらもう、こんなことしないから。』
「……。」

…しょうがねえか。まあ俺は御幸と違って、失うもんは何もねーし。

「…じゃあ今日と同じ場所で、同じ時間に。」
『わかった。じゃ。』

あっけなく電話は切られる。切った途端、牧瀬が身を乗り出してきた。

「…私も一緒に行きましょうか?」
「いいって。お前明日は大学だろ。」
「そうですけど…」

一度しょんぼりと身を引いた牧瀬は、また身を乗り出してきた。

「…絶対、森田と目を合わせちゃだめですからね!威嚇したり、挑発に乗ったりしてもダメですからね!相手にしないで、穏やかに話を聞き流して、あまり近寄らないように!」
「…野生動物か何かかよ、あいつは」



***


翌日、約束の時間に店の前で待っていると、時間を数分すぎたころ、ヒールの音が近づいてきて俺の前で止まった。顔を上げると、森田桃。昨日のような愛想のいい笑顔ではなく、不愛想に俺を睨みつけている。

「ほら」

スマホを差し出すと、森田は無言でそれを受け取った。

「で、話って何?」

さっさと終わらせて帰りたい。あまりかかわらない方がいい人間みたいだし。そんな俺の考えとは裏腹に、森田は俺の腕に自分の腕を絡ませてきた。

「おい、なんだよ…」
「こっち。いいから来て。」

強引に引っ張られる腕を振りほどくわけにもいかず、不本意ながらもつれて行かれる。森田は路地を一本裏に入り、人通りの少ない道に入ると、どこかのビルの裏口のような鉄扉を開けて中へ進んでいった。

「ちょっと待てよ、勝手に入ったら…」
「廃ビルだよ。誰も来ないから。」

は?じゃあなんでこんなところに…
嫌な予感がしたとき、森田はようやく俺の腕を離して俺に向き合った。そしてバッグを足元に落とし、おもむろにブラウスのボタンに手をかけた。

「おい!何してんだよ!」

慌てて手で視界を遮る。それでも直前見えてしまった、真っ赤な下着と胸の谷間が脳裏にチラついた。
森田は俺の腕をつかみ、目の前から退けた。森田と目が合う。ブラウスを脱ぎ捨て、下着姿になった森田と。クソ、見たくもねえっつーの…
どなりつけてやろうと思った矢先、森田は急に顔を近づけてきて、唇を重ねた。初めて感じる柔らかな感触。熱い舌が口の中に割り込んでくる。

「…っやめろ!!」

無理やり顔を背ける。腕も振り払い、脱ぎ捨てられていたブラウスを投げつけた。

「何考えてんだよ…ふざけんな、クソッ!!」
「…もしかして、初めて?」

カァッと顔が熱くなった。反対に森田は小さく笑いだす。

「えっ、マジで?今時?」
「…なんなんだよ、お前、マジで…っ」
「いいじゃん。…卒業させてあげるよ。」

森田は俺に近寄って、右頬に唇を近づけた。
――玉城さんの顔が浮かんだ。気づいたら、森田を押し返していた。

「いっ…たぁ…」

森田はしりもちをついて俺を睨み上げる。

「…っ何がしてぇんだよ、テメーは!!」

思わず怒鳴りつけると、森田は俺を馬鹿にしたように顔を歪めて笑った。

「何って…わかんないの?」
「そういう意味じゃねーよ、なんでこんなことすんだよ!」
「別に。あんたがチョロそうだったから、一回寝て言うこと聞かせようとしただけ。」

なんてことないようにそう言い放った森田に、俺は自分の耳を疑う。

「…ハァ?お前…頭おかしいんじゃねーの」
「なんとでも言えば。あんただって、ほんとはしたいくせに」

森田は立ち上がって、俺に密着し、ジャケットの中に手を滑り込ませてきた。俺の胸元に胸を押し付け、腰をくねらせる。

「…っやめろって言ってんだろ!」

その腕を掴んで突き放し、俺はドアへ駆け寄った。

「帰る。二度と面見せんな!!」

どなりつけて、ドアをあけ放ち、怒りのままに外へ飛び出した。ムカつきが収まらず、何度も大きなため息を吐き出す。…初めて触った、女の体。ムカつくのに、気持ち悪いのに、どうしても頭から離れない。

「…チッ」

乱暴に唇をぬぐい、舌打ちを打つ。足早に家に向かいながら、今はとにかく、頭の中から森田桃を消す方法ばかり考えていた。

 


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