倉持洋一。
調べたら、あいつも野球選手だった。

御幸一也とは高校時代からの付き合いで、同級生。3年時に出場した甲子園ではレギュラーで、副主将。…親友ってワケ。良く調べたら、この間の玉城のハワイロケにも出ていて、玉城とも面識があることが分かった。

この私の誘いを断るなんて。絶対に許さない…。

「おはようございます。」

部屋に女の声が響き、周りの空気が変わった。皆が期待と羨望に輝かせた目で見つめる先には――玉城光。
どうしてあいつばかり特別扱いされるの。ちょっと顔がいいだけの、ずる賢い女。
腹の中では周りを見下して笑ってるに違いないのに。

「やっぱキレイだなー玉城光。」
「今回のオーディション、彼女に決まってるも同然でしょ。」

関係者の会話が聞こえて、胸が冷えた。手元の台本を見る。
今日のオーディションは、映画界の巨匠といわれている楠田監督の映画のヒロインを決めるもの。『水の中の声』という映画で、ヒロインは恵まれない家庭環境からこの世界を憎み、死後の世界に思いを馳せている。最期、ヒロインは海に身を投げ入水自殺を図るという暗い映画だが、この監督の作品に起用されることは新人女優の登竜門。今後の女優人生を左右する。
まだドラマの脇役しか経験のない私は、このオーディションの話に飛びついた。声がかかるだけでも、嬉しかった。
なのに…オーディション会場に来てみれば、すでに話題は玉城で持ち切り。あいつもこのオーディションを受けるなんて…聞いてない。

台本を開き、椅子に座ってセリフに目を通す玉城。澄ましちゃって…こっちはあんたのせいで散々だっていうのに。

玉城を睨みつけていると、不意に玉城はスタッフに呼ばれて席を立った。荷物を置いたまま、部屋を出て行く。
…椅子の上に置かれたままの台本。願ってもないチャンスだと、思った。私は駆け寄って、台本を手に取る。ヨレヨレでしわだらけ、付箋まみれ、書き込みだらけの汚い台本。いくら練習してきたって…このオーディションに落ちれば意味はない。あいつの努力を踏みにじる。それが、こんなに楽しいなんて。
私は台本を自分のバッグに押し込み、その場を後にする。元の椅子に座って自分の台本に目を通していると、まもなくして、玉城は一人で戻ってきた。
椅子に歩いて行って、顔をこわばらせる。バッグを開き、中を何度も確かめる。その焦りに満ちて青ざめた顔を見ていたら、ついつい口元が緩んだ。

「それでは時間になりましたので、オーディションを開始します。」

スタッフが部屋の中の参加者に声をかける。

「皆さん席に着き、呼ばれた方から前へ出て、セリフを読んでください。」

私はイスに深く腰掛けなおし、うっすらと笑みを浮かべてその悲劇的な光景を眺めた。

「では、1番。玉城光さん。」


「…はい。」

玉城はバッグから手を離し、何も持たずに審査員たちの前へ立った。

「え…台本無し?」
「全部暗記したってアピールでしょ。」

参加者たちの囁く声。審査員たちは目配せをし、真ん中に座る男が手を差し出す。

「始めてください。」

その声を合図に、玉城は深く息を吐き出した。

「…世界は冷たい」

低く深い声が部屋に響いた。参加者たちは顔を見合わせる。

「私をどこかへ連れて行こうとする。私はここにいたいのに。
綺麗な空に雲を塗る。私はこんなに凍えているのに。
波は声をかき消す。私はこんなに泣き叫んでいるのに。
風は花弁をさらっていく。私の大切な思い出なのに。
綺麗な街はいつも、私を独りぼっちにする。」

カタン、と音がして、何かと思ったら、参加者の一人が立ち上がった音だった。彼女は荷物を拾い上げ、静かに部屋を出て行った。
すると何人かが顔を見合わせて、俯いて、荷物を拾い、同じように部屋を出て行った。
異様な光景だった。

「あなたはこの街に似ている。
私を魅了する癖に、突き放す。
どうして私ばかり愛さなきゃいけないの。
私を愛してるというなら、どうしてこんなに苦しませるの。」

参加者たちは――諦めたような顔をして、帰っていく。
部屋にはもう、ほとんど人が残っていなかった。

「やっとわかった。あなたにこの手が届くことは絶対にない。
だから私はあなたが見えない場所に行く。
少しの輝きもぬくもりもない場所へ。
海が私を呼んでいる。水の中から声が聞こえる。
私が死んだら、あなたは泣いてくれる。
そうすることで初めてあなたの心の傍に行ける。
だから…」

部屋が静まり返った。審査員たちは顔を見合わせ、頷き合う。
…待ってよ、なにそれ。意味わかんない…だって…

「…セリフが全然違うわ!!」

私は声を張り上げて立ち上がった。審査員と、玉城と、部屋にわずかに残った参加者が一斉に私を見る。

「こんなの…失格でしょ?ありえない。意味わかんない。何勝手にセリフ作っちゃってんの?台本は?まさか失くしたの?」
「台本は…失くしました。」

玉城が私を見つめたまま言う。はっ、と笑いがこぼれる。

「…オーディション舐めてんの?」
「でも…今見つけました。」
「…は?」

玉城は私の方へ歩いてくる。その伸ばした手が、私のバッグへ向かう。咄嗟にバッグを攫って玉城とにらみ合った。

「……。」
「……。」

返せとでも言われるかと思ったが、玉城は黙ったまま私を見つめている。

「…とにかく、もう決まった。」

静かな部屋の中、口を開いたのは、審査員の男だった。

「セリフは違うが、玉城さんの今の演技は、ヒロインの心情をよく理解していた。もともとの台本以上に。台本をよく読み、研究しなければ、あんな演技はできない。」
「…え?」
「参加者たちもそう思ったから、部屋を出て行った。敵わないと思ったからだ。」
「…で、でも…!」

そんなバカげたこと。ありえない。
笑いがこみあげる私を、審査員の男は冷たい眼で見つめた。

「今部屋に残っている奴らは、今の玉城さん以上の演技をする自信があるか、もしくは…自分の力量さえわからない、愚か者だ。」

 


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