「光〜!」

雑誌の撮影のためとあるビルに入ると、目の前に光の後姿を見つけ、私は嬉しくなって駆け寄る。光は立ち止まってくるりと振り返り、弱く笑った。

「…なんかあった?」
「え?ううん」

光は否定したけど、その顔はなんだか疲れている。まあ、女優としてもモデルとしてもひっぱりだこで、多忙だろうしなぁ…。

「…でも久しぶりに一緒に撮影だね!」
「そうだね。」
「あっ、そういえば昨日放送してたの見たよ。」
「ん?」
「この間御幸さんが言ってた、ハニートラップ。」
「ああ…」

光の顔が少し曇った。

「光は?見た?」
「…少し。」
「めちゃくちゃ強引にアピールしてたよね。あーっ、ムカつく。」
「……。」
「でもさ!御幸さん、『一生守りたい子がいる』って言ってたじゃん。もう、見ててドキドキしちゃった!」

光は少し照れたような困ったような微笑を浮かべて前を向いて、ふと表情を顰めた。視線の先を見ると、森田桃がいた。

「……。」
「……。」

私たちは全員口をつぐんで、すれ違った。その瞬間――ドン、と光が弾かれたようにつんのめり、床に倒れた。

「光っ!だ、大丈夫?」
「……。」

光は森田を見上げる。森田は光を冷たく一瞥し、ヒールを鳴らして去っていった。

「またあいつ――!!」

追いかけようとする私の腕を、光は掴む。

「大丈夫だから。」

そう言って、立ち上がった。強い顔をして。
いつも…光はそうやって、立ち向かう。

「…わかった。でも…無理、しないでね。」
「わかってる。」

光が微笑んだから、私はそれ以上言うのをやめた。
衣装を受け取り、着替えるために部屋に入る。森田はすでに着替え終わって、メイクを始めている。
私と光もそれぞれ着替え、襟やリボンを直される。

「ちょっと、これどうしたの!?」

光の衣装を直していたスタッフが声を上げた。思わず見ると、光の足首が赤く腫れているのを見つけたようだった。

「光!もしかしてさっき…!」
「さっき、転んでしまったんです。」

私の声にかぶせるように光は言った。

「すみません。でも…大丈夫です。」
「まあ、今日はブーツだから隠れるし、大丈夫かな…」
「本当に…すみません。気を付けます。」

悔しい。なんで光が謝らないといけないの…?

「やっぱり新人は意識が低くて駄目ね〜」

キンキンと響く声がした。メイクを終えた森田が腕を組んで立っていた。

「撮影前は特に怪我や病気に気を付ける。プロなら当然でしょ?」

真剣なまなざしで諭すように言う森田。光はそんな森田を見上げ、目を伏せる。

「…はい。すみません。」
「やだ、私に謝ることじゃないでしょ。困るのは玉城さん自身なんだから。せっかくお仕事をもらっても、こういうことが続くと、先はわからないんだよ?」
「はい。…以後気を付けます。」

森田は満足そうに笑みを浮かべ、撮影に向かう。
嫌な空気の中、撮影が始まった。


***


「光、はい、お弁当。」
「ありがとう。」

撮影を終えると辛そうに椅子に座り込んでしまった光にお弁当を持っていくと、光は弱弱しく笑った。

「光はチキンのソース抜きだったよね?」
「うん。…司は何にしたの?」
「私はこれ。豆腐サラダセット。今ダイエット中でさぁ」
「そうなの?じゃあ最近ジムは?」
「行ってるよぉ〜2日に1回。でも最近倉持さんとこ行くとダンベル上げながらお喋りとかしちゃうからさぁ。筋肉付いちゃって。太くなっちゃうよ」
「あはは。ふたりとも仲いいよね」

光の笑顔を見ると安心する。私は自分の名前のテープが張られたお弁当箱の蓋をはがした。

「それより…足は大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。見た目ほど痛くないし…」

光ははぐらかすように笑って、自分の名前のテープが張られたお弁当箱の蓋を外し、割り箸を割って、いただきます、と手を合わせた。

「それに今日はこの撮影が終わったらオフだもん。帰ったらゆっくり夕ご飯の仕込みして…」

一也さんの帰りを待つ想像をしたのだろう、光は柔らかく頬をほころばせ、ピクルスを口に運び――次の瞬間口元を押さえ、青ざめた。

「…光?どうし…」

私が異変に気付くと同時に、光は立ち上がって部屋を飛び出した。
まさかお弁当に何か――?光が口に入れたピクルスをひとつ取り、においを嗅ぐ。

「…っ!!?な、なにこれ…」

消毒液のようなにおい。すくなくとも、食べ物の匂いではない。
あわてて光を追いかける。部屋を出てすぐの女子トイレから、むせるような苦しげな声が聞こえて駆け込んだ。
手洗い場で水を流し、むせながら口を漱ぐ光を見つけ私は駆け寄った。

「光、大丈夫!?」
「……。」

光は息を荒げて呆然としている。その背中をさすりながら声をかけ続けた。

「あのピクルス…変なにおいがした」
「……え…?」
「何か混ぜたんだよ。…誰かが」
「……。」

誰か、と言ったけど、私も光も、同じ人物を思い浮かべたと思う。

「あれ〜…誰かと思ったら…玉城さんだったの?」

声に驚いて振り返る。一番奥の個室から、森田桃がわざとらしく驚いた顔で出てきて、光を上から下まで視線を巡らせて眺めた。

「驚いたぁ〜…そういうことする人、ほんとにいるんだぁ。」
「…え?」
「ダイエット、でしょう?大変ね。でも…体に悪いから、やめた方がいいと思うよ?」

なんなの…この女。なんでそんなことが…そんな顔で言えるの?

「ダイエットはちゃんと、バランスのいい食事と適度な運動でやらなくちゃ。モデルは健康第一なんだし…玉城さんはせっかく、映画のヒロイン役だって決まったんだから。」
「……。」
「体は大切にしなくちゃ。ね?…メイクも崩れてるよ?」

森田はニヤニヤ笑いながら手を洗い、化粧室を出て行く。ドアが閉まってやっと、私は私の腕を掴んでいる光の手を振り払った。

「なんで…なんで何も言い返さないの、光!」
「……。」
「さっきのお弁当だってあいつが何かしたに決まってるのに!今だってあんなこと言われて!」
「……。」
「あいつに転ばされて、怪我したのだって…御幸さんのことだって…」
「……。」
「あいつのことだけじゃない、前も…蒼井颯斗のときもそう!…高校生の時も!光はいつも、大丈夫、大丈夫って…私に頼ってもくれない!」
「……司…」
「光が辛い目に遭ってるのに、どうして何もしちゃいけないの!?どうして我慢するの!?光が助けてほしいっていえば、私…なんだってするのに!」
「でも…」
「…私…そんなに頼りない?」

え、と光の口が声もだせずに開いた。代わりにこぼれたのは、一筋の涙だった。
こんな時も光は、何も言ってくれない。
目の奥が熱くなって、もらい泣きするように、私の目からも涙がこぼれた。光の表情がぼやけて、私はたまらず、化粧室を飛び出した。

 


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