「おい御幸!体育館に来い!」
「は?なんで?」

購買でカツサンドをゲットして教室に戻る途中、クラスメイトから呼び止められた。焦ったような、それでいて面白いものを見るようなキラキラした目で、そいつは言った。

「お前をかけて女子たちが勝負してるらしいぞ。」
「ハァ!!?」

甲高い声を上げたのは隣で焼きそばパンを握りしめていた倉持。パン握りつぶしそうだぞ。

「女子たちって誰よ?」
「C組の真壁と、1年の玉城光ちゃんだってよ。」
「え…」

真壁が?なんで?って、それよりも。
玉城が?俺をかけて勝負?
どうなってんの?

無言で駆け出した俺を、倉持がすぐさま追いかけてくる。

「おい!テメェやっぱ玉城光って子と付き合ってんじゃねーのか!!」
「だーから付き合ってねーって。」
「じゃ これはどういうことなんだよ!?」
「俺がしりてぇよ。」

倉持と押し問答しながら体育館に着くと、既に人だかりができていた。しかし人だかりは俺を見ると気付いたように道を開けた。くそ、話広まってんのかよ…。
すんなり人だかりの前に出てきて、その光景を目にする。
ボールに糸が付いたように軽々と扱いながら、2年の女子たちを抜いていく背の高い1年女子。的確なパスを回し、ボールは白魚のような手に吸い込まれるように飛んでいく。すっぽりと手に収めたそれを、玉城は軽々と跳び上がって、矢のように放つ。
ボールは音もなくゴールに吸い込まれた。3点追加、と誰かが叫ぶ。

「うわ…えげつねー。これ、片方バスケ部なんだろ?手加減しろよ…」

隣の誰かが呟いた。俺は思わず口を出す。

「…バスケ部はあっちじゃねーよ。2年のジャージがバスケ部だ。」
「え!?嘘だろ?だって…」

ドリブルがとんでもなく速い。ボールが手にくっついてるみたいだ。玉城のチームにいる、あの背の高いショートヘアの奴…。見覚えがあるような。2年のチームはもちろん、1年のチームも良い動きをしているが、あいつだけはとびぬけている。2年のチームの中で際立っている真壁よりも、ずっとずっと目立っている。

「うわ、2人マーク付いた。」
「あの1年、目立ってるもんな。」

2年も必死だ。だが、マークを難なく振り払い、そいつはコート内を自由に駆けまわる。

「す…すげええ!あいつ上手すぎだろ!」
「あの子、1年の牧瀬さんじゃない?ほら、運動神経抜群で、いろんな運動部から声がかかってる…」
「あ!聞いたことある。陸上の顧問の小田先生がめちゃくちゃ欲しがってるらしいよ。」
「バレー部もだよ。先輩が言ってた。」
「たしか、バスケ部からも声がかかってたって…」

そんなすげえ奴だったのか。
感心して、ふと思い出した。そうだこいつ、この前渡り廊下で見た…

「…で、本人は何部に入ってんの?」
「たしか…、演劇部だって。」
「え?なんで?」

演劇部。そうだ、玉城とロミオとジュリエットのセリフを練習してた。
俺はふっと口元に笑みを浮かべる。
運動神経がめちゃくちゃいいらしいが、演技も悪くなかったぜ。

「きたーー!また3点!」
「すげー!今、何対何!?」
「9対6!すげえよ、完全にバスケ部に勝ってる!」

ぞくぞくと興奮が腹の底から湧いてくる。こんな興奮、野球以外で味わえるとは思わなかった。

「司っ!」
「光!」

玉城の動きも綺麗で無駄が無く、目を惹く。
特に牧瀬との連携は息がぴったりで、この二人の間のパスは妨害できる気がしない。ボールが敵の手を逃れるように真っ直ぐに玉城の手へ飛んでいく。ドリブルで走りだし、くるりとダンスするように体が翻る。
野次馬たちが息をのんで彼女に見惚れている。コートの中で舞う、天使みたいな彼女に。

玉城が腰をかがめて駆け、2年のブロックを突破する。するりと吹き抜ける風のように、汗で濡れた髪が跳ね、キラキラ輝きながら。妨害しようと立ち塞がった2年も、目の前でくるりと身を翻されて、手が空を切る。

「なにぼーっとしてんのよ!!」

真壁がしびれを切らした様子で声を張り上げる。
そうだ、2年の動きがおかしい。これじゃ、ちょっと運動が得意なレベルだろう。とてもバスケ部でレギュラー争いをしている選手とは思えない。
玉城はついに真壁と対峙する。キュ、キュ、と互いの牽制の度に床が悲鳴を上げる。玉城が先に踏み出し、真壁がそれにつられるように駆け出した瞬間、玉城は急に突風にあおられた旗のように方向転換し、牧瀬にボールを飛ばす。その動きに、真壁は一瞬遅れた。遅れた、というより、何かに気をとられて、咄嗟に動くのを忘れていたように見える。なんだ…?この違和感。玉城がボールを持つと、周りの動きが鈍る。

牧瀬がゴールを決め、体育館には静寂の中にボールが弾む音だけが響いた。もう誰も、ボールを拾いにはいかなかった。勝負が決したからだ。俺はその静寂に驚き、周りを見渡す。
周りの野次馬は皆、言葉を失って立ち尽くしていた。1年も2年も3年も、男子も女子も。隣の倉持も、何かに目を奪われている。
俺は皆の視線の先を見た。その先にあるものが何か、もうわかっていた。

額の汗を拭い、ふう、と小さく息を吐く玉城。背の高い女子たちの中にいるととても小さく見える、華奢な、儚げな女の子。でも今、体育館中の視線を、その一身に受けている。
皆が玉城に見惚れていた。野次馬も、倉持も、試合をしていた2年生たちも――真壁も。
試合中に感じていた違和感はこれだ。対戦相手達は、玉城に目を奪われて、気をとられて…試合に集中できなかったんだ。
そして今、俺も――あいつから目を離せなくなっている。

玉城は静寂の中歩いて、ゴール下に転がったままのボールを拾い上げた。ドム、ドム、と何度かドリブルして、ボールを持って、振り返る。それから軽くボールを放り投げた。ボールが胸元に飛んできた真壁は、ぎりぎりのところでハッとして、慌ててボールを受け止めた。

「11対6。私たちの勝ちですよね?先輩。」
「……ッ!」

悔しそうにボールを持つ手に力を込める真壁を見た玉城が…めちゃくちゃいい笑顔をしている。ああいうところ、ちょっと親近感がわくんだよなぁ…。

「…わかったわよ。言うこと聞けばいいんでしょ!何すればいいの?早く言いなさいよ!」
「……そうだなぁ…」

玉城は楽しそうに、本当に楽しそうに考え込む。隣の背の高い1年がハラハラとした様子で玉城を見ている。何を言い出すか気が気でないってところか。あいつ、人をからかって楽しむ性悪さがあるからな。

「…特に思いつかないので、何もしなくていいです。」

「…は?」
「…え?」

あっけらかんと告げられた言葉に、真壁も、玉城の友達の1年も、ぽかんと口を開けた。
ドッ、と喧騒が湧く体育館。うるせー。しかしこれだけの野次馬を誘っておいて、顛末がこれかよ。

「ちょっ…、いや、何かあるでしょ!?例えば、御幸君に近づくなとか…」
「先輩と一緒にしないでくれません?私、御幸先輩のこと好きでもなんでもないので。」

ブッ、と隣の倉持が実に愉快そうに噴き出し、笑いをこらえている。くそ、告ってもないのになんでこんな大勢の前でフラれなきゃならないんだよ…。

「…ていうか、先輩、もう御幸先輩に告白しちゃったらどうですか?」
「は…?」

怯む真壁。振り向きもせず野次馬に…いや、俺に向かって歩いてくる玉城。いや、待て待て待て。

「逃げないでください。」
「いや…ちょっと待て玉城。それはちょっとどうかと思うぞ。」

俺のネクタイをつかんで引っ張る玉城。引きずられるようにして野次馬の群れから出ると、真壁が真っ赤な顔をして俺を見ていた。

「え…み、御幸君!?な、なんでいるの…!?嘘…!」

真壁はボールを落とすと、両手で顔を覆って体育館を飛び出して行った。エリカ!と他の4人のバスケ部女子が後を追って駆け出す。

「あーあ…お前のせいだぞ。」

俺がため息を吐きながら玉城を見下ろすと、玉城はふふんと笑った。

「これでしばらくは突っかかってきませんね。」
「…ほんと良い性格してるよ、お前」

その時予鈴が鳴って、野次馬が解散し始める。

「やば!光、次移動教室だよ!」

玉城の友達はそう声をかけて、てきぱきとボールを片づけに走る。それに対して玉城はのんびりと俺を見上げた。

「そういえば…先輩、私に嘘吐きましたね?」
「嘘?」

心当たりがなくて一瞬考えたが、すぐに思い出した。

「あー…、メールのこと?」
「ですよ。誰からもメール、こないんですけど。私のアドレス、どうしたんですか?まさか詐欺グループに売って…」
「しねーよ、そんなこと。」

笑いをこらえながら言うと、玉城は疑いの眼差しで睨んでくる。やっぱおもしれーわ、こいつ。
本当は、クラスメイトには玉城に断られた、と嘘を吐いたのだった。玉城の情報を簡単に教えるのは、なんだか面白くなくて。

「なんだー、メール来るの待ってたの?お前。」
「そういうわけじゃないですけど。」
「はっはっは。じゃ、俺が今度メールしてやるよ。」
「なんでそうなるんですか?いらないです。」
「素直になれよー。」
「……。」

玉城は鬱陶しそうに俺をひと睨みして、体育館の入り口で待っている友達の方へ走って行った。俺も倉持のもとへ駆け寄り……、…蹴りを喰らった。

「いってえなー。なんだよー」
「わりぃな、ちっと足が滑っちまった…」
「はっはっは、顔と言葉が一致してねぇー」

倉持に凄まれながら教室へ戻る。真壁に意識されてんのはなんとなくだが気付いていた。でも、まさか、そこに玉城が出てくるとはなぁ…。自分でも頬が緩んだのがわかって、さりげなく口元を抑える。

「おい…テメェ顔緩みきってんぞ……シメてやろうか?」
「あっやべ…バレてたか〜?はっはっはっは」

その嬉しさの理由もはっきりしないまま、俺は倉持の蹴りを喰らった。

 


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