079
帰宅すると部屋の中は暗く、光の姿はなかった。
今日は夕方には家に帰ると聞いていたから、どうしたのだろうと考えながらスマホを開く。電話もメールも来た形跡はなく、俺は首をかしげる。
買い物にでも行ってるのか?急遽仕事が入ったとか?それか、牧瀬と遊びにでも行った?だけどそれなら、連絡があるはず。
どうしたのかと光にメールを打っていると、インターフォンが鳴った。俺は書きかけのメールを閉じ、モニターに歩み寄る。うつむいていた人物が映っていたが、見慣れたその姿はすぐに牧瀬だとわかった。
「はい。牧瀬か?」
応答ボタンを押してマイクに話しかけると、俯いていた牧瀬が顔を上げた。
「はい。あの…光いますか?」
「光まだ帰ってねーけど…お前と一緒じゃないのか?」
今日は一緒に撮影だと聞いていたし、てっきり一緒に帰って来たのかと思った。しかし牧瀬は深刻そうに俯く。
「…まあ、たぶんもうすぐ帰ってくると思うし、上がって待ってるか?」
「……私…」
「待ってろ、今開ける」
開錠ボタンを押すと、モニター越しの牧瀬は少し迷ってから、マンションのロビーに入っていった。
ほどなくして、部屋のインターフォンが鳴り、俺は玄関のドアを開ける。そこには、モニターの低画質ではわからなかったが、酷い顔の牧瀬がいた。
「……どした?」
多少動揺して尋ねると、牧瀬はボロボロ涙をこぼしながら顔を上げた。
「私っ…光に、酷いこと言っちゃって…」
「……?」
何事かと思ったが、とりあえずドアを開き、牧瀬を招き入れる。
「まあ…とりあえず入れよ。」
「……お邪魔します」
牧瀬をソファへ座らせ、紅茶を出した。温かい紅茶を飲むと、牧瀬は少し落ち着いた様子で泣き止んだ。
「…今日、光と喧嘩したんです」
「喧嘩?お前らが?…なんで?」
そんなことあるのか。半ば信じられない気持ちで牧瀬の話に耳を傾ける。
「…最近光、森田桃に酷い嫌がらせをされてて。今日も…酷い目に遭わされたんです。でも光は…全部我慢して…私が怒っても、止めるだけで…」
「……。」
「辛いはずなのに…ボロボロになっても、何も言ってくれない。ずっと傷つき続けて…私、そんな光を見てられなくて。森田に言い返そうとしても、スタッフさんに相談しようとしても…光は、大丈夫、しか言わなくて。何も…させてくれなくて。光は、何でもできちゃうから…強いから…耐えられるって、一人でなんとかできるって、思ってるんだろうけど…。だったら私、何のために光の傍にいるんだろうって…友達なのに、何の頼りにも…なれなくて」
吐き出しながら、牧瀬はまた涙を流す。
わかるよ…お前の気持ち。俺も昔、そう思っていた時期があった。…だけど。
「…あいつにも、できないことはあるよ。」
「…え…?」
顔を上げた牧瀬に微笑んだ時、まるで昔の自分に語り掛けているような気持になった。
「あいつは…人に弱みを見せるのが苦手だから」
「……。」
「自分に自信がないんだよ。だから、いつも努力してる。誰にも見せないようにして…。台本は擦り切れて破れるまで読むし、お前らに振舞う料理も何度も練習して…あいつ、なかなかオムライスができなくて、3日連続で練習して食わされたこともあった。スタイルを保つためにジムに通って、医者から筋肉疲労だって、運動にドクターストップかけられたこともあったな」
「え…?」
「信じらんねーだろ、あんなに綺麗で、キラキラしてて、堂々としてて…自信がないなんて。でも本当なんだぜ。昔からずっと…俺にも最近、やっと少しずつ、弱味を見せてくれるようになった。時間が必要なんだよ。お前を信頼してないわけじゃない。むしろ…あいつなりに頼りにしてる。」
「……。」
「お前はあいつの親友だよ。だって、あいつ…お前の前ではよく笑うから」
牧瀬は顔を歪めてうつ向いて、嗚咽をこぼした。顔を覆う牧瀬をそっとしておいて、キッチンへ向かう。何か食いもんあったかな。
するとその時、俺のスマホが着信音を響かせた。光からの電話だと思い、テーブルに駆け寄る。しかし手に取ったスマホの液晶画面には、知らない番号が表示されていた。
「…はい、もしもし。」
『東大学付属病院です。こちら、御幸一也さんのお電話でお間違いないでしょうか?』
「はい、そうですけど…」
…病院?俺はにわかに胸騒ぎを覚えた。
電話の向こうの声は緊張し、強い語気でそれを述べる。
「……え?」
俺はそれをすぐには信じられず、あやうくスマホを落としそうになりながら――目の前がくらみそうになりながら、声に耳を傾ける。放心したまま通話を切ると、牧瀬が不安そうに俺を見上げていた。
「…どうしたんですか?」
その顔を見て、俺は今自分がどれだけ酷い顔をしているのか、考えるのが怖かった。
「……光が」
そして、それを口に出すことも、
「…倒れて…病院に、運ばれたって……」
たまらなく怖かった。
今日は夕方には家に帰ると聞いていたから、どうしたのだろうと考えながらスマホを開く。電話もメールも来た形跡はなく、俺は首をかしげる。
買い物にでも行ってるのか?急遽仕事が入ったとか?それか、牧瀬と遊びにでも行った?だけどそれなら、連絡があるはず。
どうしたのかと光にメールを打っていると、インターフォンが鳴った。俺は書きかけのメールを閉じ、モニターに歩み寄る。うつむいていた人物が映っていたが、見慣れたその姿はすぐに牧瀬だとわかった。
「はい。牧瀬か?」
応答ボタンを押してマイクに話しかけると、俯いていた牧瀬が顔を上げた。
「はい。あの…光いますか?」
「光まだ帰ってねーけど…お前と一緒じゃないのか?」
今日は一緒に撮影だと聞いていたし、てっきり一緒に帰って来たのかと思った。しかし牧瀬は深刻そうに俯く。
「…まあ、たぶんもうすぐ帰ってくると思うし、上がって待ってるか?」
「……私…」
「待ってろ、今開ける」
開錠ボタンを押すと、モニター越しの牧瀬は少し迷ってから、マンションのロビーに入っていった。
ほどなくして、部屋のインターフォンが鳴り、俺は玄関のドアを開ける。そこには、モニターの低画質ではわからなかったが、酷い顔の牧瀬がいた。
「……どした?」
多少動揺して尋ねると、牧瀬はボロボロ涙をこぼしながら顔を上げた。
「私っ…光に、酷いこと言っちゃって…」
「……?」
何事かと思ったが、とりあえずドアを開き、牧瀬を招き入れる。
「まあ…とりあえず入れよ。」
「……お邪魔します」
牧瀬をソファへ座らせ、紅茶を出した。温かい紅茶を飲むと、牧瀬は少し落ち着いた様子で泣き止んだ。
「…今日、光と喧嘩したんです」
「喧嘩?お前らが?…なんで?」
そんなことあるのか。半ば信じられない気持ちで牧瀬の話に耳を傾ける。
「…最近光、森田桃に酷い嫌がらせをされてて。今日も…酷い目に遭わされたんです。でも光は…全部我慢して…私が怒っても、止めるだけで…」
「……。」
「辛いはずなのに…ボロボロになっても、何も言ってくれない。ずっと傷つき続けて…私、そんな光を見てられなくて。森田に言い返そうとしても、スタッフさんに相談しようとしても…光は、大丈夫、しか言わなくて。何も…させてくれなくて。光は、何でもできちゃうから…強いから…耐えられるって、一人でなんとかできるって、思ってるんだろうけど…。だったら私、何のために光の傍にいるんだろうって…友達なのに、何の頼りにも…なれなくて」
吐き出しながら、牧瀬はまた涙を流す。
わかるよ…お前の気持ち。俺も昔、そう思っていた時期があった。…だけど。
「…あいつにも、できないことはあるよ。」
「…え…?」
顔を上げた牧瀬に微笑んだ時、まるで昔の自分に語り掛けているような気持になった。
「あいつは…人に弱みを見せるのが苦手だから」
「……。」
「自分に自信がないんだよ。だから、いつも努力してる。誰にも見せないようにして…。台本は擦り切れて破れるまで読むし、お前らに振舞う料理も何度も練習して…あいつ、なかなかオムライスができなくて、3日連続で練習して食わされたこともあった。スタイルを保つためにジムに通って、医者から筋肉疲労だって、運動にドクターストップかけられたこともあったな」
「え…?」
「信じらんねーだろ、あんなに綺麗で、キラキラしてて、堂々としてて…自信がないなんて。でも本当なんだぜ。昔からずっと…俺にも最近、やっと少しずつ、弱味を見せてくれるようになった。時間が必要なんだよ。お前を信頼してないわけじゃない。むしろ…あいつなりに頼りにしてる。」
「……。」
「お前はあいつの親友だよ。だって、あいつ…お前の前ではよく笑うから」
牧瀬は顔を歪めてうつ向いて、嗚咽をこぼした。顔を覆う牧瀬をそっとしておいて、キッチンへ向かう。何か食いもんあったかな。
するとその時、俺のスマホが着信音を響かせた。光からの電話だと思い、テーブルに駆け寄る。しかし手に取ったスマホの液晶画面には、知らない番号が表示されていた。
「…はい、もしもし。」
『東大学付属病院です。こちら、御幸一也さんのお電話でお間違いないでしょうか?』
「はい、そうですけど…」
…病院?俺はにわかに胸騒ぎを覚えた。
電話の向こうの声は緊張し、強い語気でそれを述べる。
「……え?」
俺はそれをすぐには信じられず、あやうくスマホを落としそうになりながら――目の前がくらみそうになりながら、声に耳を傾ける。放心したまま通話を切ると、牧瀬が不安そうに俺を見上げていた。
「…どうしたんですか?」
その顔を見て、俺は今自分がどれだけ酷い顔をしているのか、考えるのが怖かった。
「……光が」
そして、それを口に出すことも、
「…倒れて…病院に、運ばれたって……」
たまらなく怖かった。