昨夜は眠れなかった。
あの後…倉持と光はどこへ行って、何をしたのか…。考えるのが怖かった。電話もメールも反応はなく、ふたりとも音信不通のまま、朝を迎えた。
森田桃は、俺がマンションへ戻ってくると姿を消していて、たった今まで考えが及ばなかったほど、俺は気が動転していた。
世間がクリスマスだという事が信じられないほど、気が重い。静まり返った部屋で俺は一人、頭を抱えていた。

ガチャン、と玄関の鍵が開いた。俺は飛び上がるほどおどろいて、玄関を見た。

「…よお」

しかしリビングに入ってきたのは…倉持だった。呆然とする俺の前に立つと、倉持は刺すような目で俺を見上げ、言った。

「昨日…玉城さんを抱いた」

「……は?」

乾いた声がこぼれた。
今…なんて言った?…抱いた?光を?なんで…

「…っふざけんな!!」

気が付くと俺は倉持を殴っていた。いつもならすぐにやり返す癖に、倉持は床に倒れ込むと、頬を拭って大人しく立ち上がった。

「…一発でいいのかよ」

そう呟く倉持に、俺は言葉を失う。

「…気が済んだなら玉城さんを呼ぶ。お前に話があるんだと」
「……。」

何なんだよ…なんでお前、そんなに冷静なんだよ。
俺が返事をする前に、倉持は玄関へ行ってドアを開け、そこにいた人物を招き入れた。…光だ。
光はリビングまで来ると、明るい陽の中に出た倉持の顔を見上げ、ぎょっとした。

「…殴ったんですか?」
「…当たり前だろ!だって…」
「…殴るなら私を殴ってください。」

…何だよ、それ…

「…私が…いいって言ったんです」
「…な…んで」
「一也さんと…別れるためです」

は、と呼吸が途切れた。
別れる?誰が…なんで?

「…裏切るようなことをして…ごめんなさい。…私と、別れてください。」
「…それで…倉持と付き合うのかよ?」
「違います。」

光は静かに首を振る。倉持も黙って聞いている。

「付き合いません。…誰とも。」
「なんだよそれ…」

そう呟いて、俺は森田のことを思い出す。

「光、昨日のこと…森田のことは誤解なんだよ!あいつが急に押しかけてきて…光のフリして嘘ついて、部屋に上がり込んできて…ちゃんと確認しなかった俺も悪い、だけど、本当に何もなかったから」
「わかってます。…一也さんのことは、ちゃんと信じてます。」
「…じゃあ、なんで…」
「ごめんなさい…本当に…しばらくひとりで、考えたいんです。」

光はそう言い残して、部屋の中を見渡した。

「あとで…一也さんがいない間に、荷物は片づけます。鍵もその時置いていきます。」
「…ダメだ、待て」
「…さよなら。」
「光!」

踵を返して、光は部屋を出て行く。その後を追う倉持。なんでお前が…なんで俺じゃないんだよ。光の傍にいるのはいつも、俺だけだったのに。
ドアが閉まる音がむなしく響く。俺は…ただ茫然と、それを眺めていた。


***


――昨日…玉城さんを抱いた。

倉持の声が耳の奥でこだまする。いつまでも…その声は薄れてくれず、俺は一人ベッドの上で蹲った。
俺だけがあの肌に触れられるのだと…俺だけに許されたことなのだと…そう思っていたし、それが支えでもあった。光は俺のことだけを愛していて、俺たちはお互いにお互いが必要で…離れ離れでは無理なんだと、あの3年間で痛いほどわかっていたはずなのに。どうして光は俺から離れていくんだ。倉持も…なんであんな平気な顔してんだよ。1度抱いたくらいで…俺のモノだ、みたいな顔をして。
俺はどんなに光を抱いても、まだまだ俺の知らない部分があるのだと、焦るばかりだったのに。

…俺はあのふたりを許せるだろうか。

そう考えて、ふと、それ以前にもう会うこともないのかもしれないと考えて、目じりを何かがくすぐった。…涙だった。許すも許さないも…もう会えないのなら何の意味もない。あいつらも、俺が許そうが許すまいが、気にもしていないんだ。
俺は…一体何なんだ?
光…どうして…どうして、何度触れ合っても…いつも手をすり抜けていくんだ。

俺は…どうしようもない。何もできない。
だって、光以外の人を、光以上に愛せる気がしないから。なのに…肝心の本人には、きっともう会えない。
ただひたすらに時間が流れて、自然と前を向けるまで…歩き続けるしかない。

また…あの3年間のような、辛い時が始まる。それに今度は、はっきりと別れを告げられた形で。

「……。」

俺はため息を吐き、目じりをくすぐる涙を、じっと感じていた。

 


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