『――そして大変な話題となった、玉城光さんのベッドシーンについてですが。楠田監督はこのシーンについてどうお考えですか?』
『ええ。当初の予定ではベッドシーンも…キスシーンもなしという方向でした。お客さんは彼女を見に来るわけで、私たち制作陣も彼女の処女性に惹かれて起用したわけですから。ですが映画の撮影が始まって少しした頃、彼女、突然雰囲気が変わった時期がありましてね。ものすごく大人っぽくなったんですよ。年が明けて撮影を再開して、数日ぶりに彼女に会った時、私、とても驚きました。それで、ベッドシーンを入れたいという話をしたんですよ。本人に。そしたら、いいですよって。脱いでもらうけどいいの?ってまた聞いたら、いいですって。あれは彼女の転機だったと思いますね。』
『なるほど…玉城さんに何があったんでしょうか?』
『ははは。それは本人に聞いてみないとわからないね。だけどそのおかげで…この映画は傑作になり、彼女は大女優になりました。』

画面が切り替わり、映画のシーンが流される。冬の海をテーマにした、暗い、寂しい映画。目を離すと消えてしまいそうな儚い女の子を、玉城さんが主演で演じた。
灰色の空の下で微笑む彼女。涙を流して男優を組み敷く彼女。冬の海に飛び込む彼女。彼女。彼女。彼女。
なんでこんなに綺麗なんだろう。俺は…この子を抱いた。だけど、なんでこんなに遠いんだろう。
前はもっと…セックスすれば、ものすごく近くに行けると思っていた。心に触れるような行為だって。でも今思うと、あれは、彼女なりの別れ…お礼みたいなものだったのかもしれないと思う。
どんなに想っても、体に触れても、交わっても、彼女は心を開いてくれない。あの日…結局つながせてもらえなかった手が、その証拠だ。
ビールを開け、味気ない生ぬるい液体をのどに流し込む。不味い。いや、味はいつもと変わらない。だけど…むなしい。

不意に、電話が鳴った。無視しようと思ったけど、そこに表示された名前を見て、俺はしぶしぶ通話ボタンを押す。

「…はい、倉持…」
『お前今家?』

挨拶もなしにそう切り出す亮さん。この人らしい。

「そうっすけど…?」

特に考えもせずそう答えると、ぷつりと電話が切れた。なんだったんだ、と考える間もなく、間髪入れず部屋のインターホンが鳴った。…まさか。
戸惑う俺の部屋に連続で鳴り響くインターホン。…今さら居留守は使えない。観念して目を拭い、玄関に向かう。ドアを開けると――そこにいた亮さんは、俺を見上げてぎょっとした。

「えっ…何?泣いてんの?」
「…すんません」
「いや、謝られても困るし」
「……すんません」

まったく昼間から何してんだよ、とぼやきながら部屋に入ってくる亮さん。

「どうしても見つからないDVDがあってさ。お前の部屋に置き忘れたかと思って。『黒い眼』っていう映画なんだけど。ない?」
「あー…どうっすかね」

亮さんに付き合ってテレビ横の棚をあさる。するとすぐに、不気味な黒いパッケージを見つけた。

「あ…これっすか?」

そう言って振り返ると、亮さんはテーブルの上に散乱したビールの空き缶を呆れたように見つめていた。

「…ヤケ酒?」
「まあ…そんなとこっす」

俺が頷くと、予想外にも亮さんはからかいもせず、ふうん、と頷いた。

「まあ理由は大体想像つくけど、ほどほどにしときなよ。お前明日試合だろ。」
「…っす」
「なんだよちっさい返事。張り合いないなぁ。俺が監督だったらお前、どつかれてるよ」
「いてっ」

そういいながら俺の頭にチョップを落とす亮さん。

「お前御幸とは最近どうなの?」
「……。」
「何、まだ喧嘩してんの?ガキじゃあるまいし、恋愛のもつれで仲たがいとかダサいよ。」
「別に…俺はあいつに不満なんてないですよ。」
「どうだか。ま、お前ら二人ともフラれたんだから、フラれた同士仲良くしなよ。」
「…違いますよ。」

俺はこぶしを握り締める。今になって分かった…彼女が言った本当の意味。
独りで生きていきたいわけじゃない…御幸を失うくらいなら、何もいらないって…俺じゃダメなんだって…そういう意味だ。

「玉城さんは…御幸を選んだんです」
「……。」
「俺も少しは…近づけたかもって思ったけど…全然、ダメでした」
「……。」
「もともと…俺の入る隙なんて、なかったんです」

興味があるのかないのか、亮さんはため息を吐いた。

「お前…珍しくよく喋るじゃん。何、聞いてほしいの?」
「あ…いや……」
「別にいいけど、ビールはもちろんあるよね?」
「えっ、は…はい」

愚痴、聞いてやるってことか?…ったく、わかりづれぇ。わかりづれぇけど、やっぱこの人…こういうとこ兄貴らしいよな。

「倉持、つまみも。」
「は…はい」

 


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