098
「おい御幸、もう帰んのか?」
純さんの声がして振り向くと、奥の席に座っていた御幸がスマホを片手に立ち上がり、荷物を拾い上げているところだった。
「はい、そろそろ…」
「迎えが来たのか?」
「いや、迎えっつーか…」
歯切れの悪い御幸を、純さんは苛立ったように睨む。
「なんだ、ハッキリ言えゴラ」
「…光が」
「玉城光か!?」
「玉城光来んの!?」
「玉城さん来るんだって!!」
御幸の声をかき消すほどの歓声が上がり、御幸の顔に後悔の色が浮かぶ。
「ちょーどいいから呼べよここに!」
「一緒に飲もうぜ!」
「いや、帰るんすけど……」
「いーじゃねーかちょっとくらい!」
先輩らに腕を確保され引き留められる御幸。災難だな。いい気味だけど。
そんなことを思っていると、ふと隣の亮さんが立ち上がった。
「亮さんどこ行くんすか?」
「ん?…ちょっとね」
意味深な笑みを残し、部屋を出て行く亮さん。…便所か?
「いいから玉城さん呼べよ御幸ィ!!」
「帰さねーぞ御幸ィ!!」
「勘弁してくださいよ」
もみくちゃにされる御幸を眺めていると、ほどなくしてまた部屋の引き戸が開いた。
「おまたせ。」
そこに笑顔で立っていたのは亮さんで、部屋にいた全員がその声で振り返り――野太い歓声を上げた。
歓声を浴びた人物…玉城さんは肩をすくませ、目を丸くしている。亮さん…店の前で玉城さん待ってたのか…。
「ちょ…光…」
「オラ旦那様、グラスがまだ空いてませんよォ!!」
「飲め飲め〜〜!!」
「玉城さんはこっち座りなよ。御幸、まだ解放されそうにないしさ。」
「あ…、し、失礼します」
亮さんに促され、玉城さんは亮さんと俺の間に座る。ふわりと、花みたいな甘い香りがした。
「家ではどう?御幸は。ちゃんとやってる?」
「は、はい。お料理がすごく上手で…」
「へー。何作るの?」
「何でも作れちゃいますけど、よく…パスタとか、ドリアとか作ってくれます」
パスタにドリアだぁ?俺には焼きそばだったぞ。
「ふーん。じゃあ、何か不満は?」
「え?」
「御幸に不満、ないの?今のうちに直させといたほうがいいよ。なんなら俺と倉持が言ってやるからさ。教えてよ。」
「不満なんて…」
玉城さんは困ったように笑う。亮さんぐいぐいくるからなぁ。
「た…玉城!」
亮さんを気にするように遠慮がちに、しかし思い切った顔でやってきたのは東条だった。心配になったのだろうか。そのすぐ後ろでは、奥村も鋭い視線でこっちを睨んでいる。気を許した相手を前にしたからか、玉城さんは東条を見て安堵したような笑顔を浮かべた。
「玉城さんも飲みなよ。」
亮さんはそこにあったグラスに焼酎を注いで玉城さんに差し出す。それを苦笑いで受け取る玉城さん。
「り…亮さん、玉城さんあんま酒強くないんすから…」
そう断って、困ったようにグラスを見つめる玉城さんに声をかける。
「おい、無理しなくていいからな」
そう言ってグラスを置かせようとしたとき、玉城さんは意を決したようにグラスに口をつけ、二口ほど透明の液体を飲んだ。ほんのり頬が赤く染まる。
「だ…大丈夫か?」
「大丈夫です。」
玉城さんが笑顔で頷いたから、俺はひとまず口をつぐむ。
「お、いけるじゃん。」
亮さんは上機嫌だ。この人ザルだからな…。東条はさりげなく水を注ぎ、玉城に渡した。
「ずっと気になってたんだけど…」
頬杖をついた亮さんが玉城さんの顔を覗き込む。
「二人の出会いって、どんなだったの?」
そ…それは。ずっと気になってたやつ…。こころなしか東条も奥村も息をひそめて耳を澄ましている。御幸の奴、教えてくれなかったからな…。
「…私が…1年の2学期、転校してきてすぐの頃…」
お…教えてくれんのか!?初めて聞く…ふたりの出会い…。
「2年生の知らない先輩からのラブレターが、靴箱に入ってて…校舎裏に呼ばれたんです。」
「それが御幸だったの?」
「いえ…違います。」
玉城さんはどこか遠い目をして焼酎の水面を眺める。
「でも校舎裏に行ったら…一也さんがいました。それで…一也さん、私を見て…」
「……。」
「…話って何?って、言ったんです。」
「え?」
「それって…」
「ふふ…一也さんも、別の…1年生の女の子に呼び出されてて。私たち、お互いに勘違いしたんです。」
照れたように笑う玉城さん。そ…そんな青春を味わってやがったのか、御幸の野郎〜…!
「…それが出会いでした。」
そして…お互い、一目ぼれしたのか…。
「ふ〜ん…」
ニヤニヤとからかうように笑う亮さん。その笑顔を、ニコニコと無邪気な笑顔で見つめ返す玉城さん。
……。見つめ合ってる。な…長くね?亮さんの顔が、だんだん…赤く…。
「……。」
玉城さんはほわんとした笑顔を浮かべたまま――亮さんの頬に触れた。そしてそこを撫でて…ふにゃりと嬉しそうに笑う。
「…かわいい」
ぼわっ、と音がしそうなほど、亮さんの顔が赤くなった。あ…あの、ポーカーフェイスの亮さんが…照れてる!!
「た、玉城…!」
驚いてひとまず止めようとしたのか、東条が玉城さんの肩を掴む。玉城さんは東条を振り返って、同じようにふにゃりと無防備に微笑み、東条の頭を撫でた。
「東条だ〜」
「えっ…ちょ、」
「うふふふ。えへへ」
「た…玉城、酔ってる…よね?」
「酔ってないよ〜」
にこにこしながら東条の頬を両手で挟んで遊ぶ玉城さん。…完全に酔ってる…。
「玉城さん、ほら水…」
少し酔いを醒まさせようと、先ほど東条が注いだ水を差し出すと、玉城さんは振り返り、水――ではなく、俺の頬に触れた。
「…倉持先輩…」
「…え…?」
酔っているせいだろうか。久しぶりに聞く先輩という呼び方に、心臓が跳ねる。玉城さんは俺の顔をじっと見て、だんだんと笑顔になる。つられて俺も頬が緩む。ついにはにこにこと俺を見つめ続ける視線に…だんだん耐えられなくなる。くっ…照れるなっつーほうが無理だ。
「…光!」
突然、玉城さんの腕を掴んだのは奥村だった。奥村は俺たちをちらりと見、玉城さんの手を取る。
「…ここは危ないから、俺と拓がいる席に…」
「危ないなんて人聞きが悪いなぁ。」
「おい、ちょっと何やってんの。」
そこへ現れたのは御幸。状況をさっと見渡して、スッと青ざめ、俺を見る。
「光に酒飲ませた?」
「…焼酎ふたくち。」
「…何か変なこと言ってないよね?」
「変なこと?」
言った…と言えば言ったけど。でも御幸のこの慌てようはただごとではない。
「いや…なんでもない。…光、帰るぞ。」
御幸は口ごもり、玉城さんを支えて立たせようとする。
玉城さんは御幸を見ると…見ているこっちが赤面しそうなくらい、嬉しそうにキラキラとした満面の笑みを浮かべた。
「一也さんだぁ…」
「はいはい」
抱き着く玉城さんを慣れた様子で宥める御幸。…思わず顔が歪む。
「一也さん…大好き」
「…はいはい」
「どうしてそんなにかっこいいんですか?」
「……ちょっと、黙ってようか光」
「はぁ…大好きぃ…」
「光…頼むからやめて」
気付けば宴は静まり返り、萎れた顔の男たちがふたりに注目していた。
「…俺たちは何を見せられてんのかな?」
いつものポーカーフェイスを取り戻した亮さんが呟く。御幸がぎくりと顔を固める。
「こいつ酒弱くて…家以外では飲むなって言ったんですけど」
「なるほど、ふたりっきりのときはこんなふうにいちゃついてるわけ?」
「いや…たぶんそろそろ…」
顔を引きつらせる御幸にしがみついていた玉城さんが、ふっと力が抜けたように御幸にもたれかかる。その顔を覗き込んで、御幸はため息を吐いた。
「…あー、やっぱり寝落ちした」
驚いた様子もなくそう呟くと、二人分の荷物を肩にかけ、玉城さんを抱き上げる。
「じゃ…すいません。俺たちはこれで。」
俺たちがぽかんとしているあいだに、御幸は部屋を出て行った。一瞬の静寂の後…部屋の中は地獄絵図のような阿鼻驚嘆があふれた。
純さんの声がして振り向くと、奥の席に座っていた御幸がスマホを片手に立ち上がり、荷物を拾い上げているところだった。
「はい、そろそろ…」
「迎えが来たのか?」
「いや、迎えっつーか…」
歯切れの悪い御幸を、純さんは苛立ったように睨む。
「なんだ、ハッキリ言えゴラ」
「…光が」
「玉城光か!?」
「玉城光来んの!?」
「玉城さん来るんだって!!」
御幸の声をかき消すほどの歓声が上がり、御幸の顔に後悔の色が浮かぶ。
「ちょーどいいから呼べよここに!」
「一緒に飲もうぜ!」
「いや、帰るんすけど……」
「いーじゃねーかちょっとくらい!」
先輩らに腕を確保され引き留められる御幸。災難だな。いい気味だけど。
そんなことを思っていると、ふと隣の亮さんが立ち上がった。
「亮さんどこ行くんすか?」
「ん?…ちょっとね」
意味深な笑みを残し、部屋を出て行く亮さん。…便所か?
「いいから玉城さん呼べよ御幸ィ!!」
「帰さねーぞ御幸ィ!!」
「勘弁してくださいよ」
もみくちゃにされる御幸を眺めていると、ほどなくしてまた部屋の引き戸が開いた。
「おまたせ。」
そこに笑顔で立っていたのは亮さんで、部屋にいた全員がその声で振り返り――野太い歓声を上げた。
歓声を浴びた人物…玉城さんは肩をすくませ、目を丸くしている。亮さん…店の前で玉城さん待ってたのか…。
「ちょ…光…」
「オラ旦那様、グラスがまだ空いてませんよォ!!」
「飲め飲め〜〜!!」
「玉城さんはこっち座りなよ。御幸、まだ解放されそうにないしさ。」
「あ…、し、失礼します」
亮さんに促され、玉城さんは亮さんと俺の間に座る。ふわりと、花みたいな甘い香りがした。
「家ではどう?御幸は。ちゃんとやってる?」
「は、はい。お料理がすごく上手で…」
「へー。何作るの?」
「何でも作れちゃいますけど、よく…パスタとか、ドリアとか作ってくれます」
パスタにドリアだぁ?俺には焼きそばだったぞ。
「ふーん。じゃあ、何か不満は?」
「え?」
「御幸に不満、ないの?今のうちに直させといたほうがいいよ。なんなら俺と倉持が言ってやるからさ。教えてよ。」
「不満なんて…」
玉城さんは困ったように笑う。亮さんぐいぐいくるからなぁ。
「た…玉城!」
亮さんを気にするように遠慮がちに、しかし思い切った顔でやってきたのは東条だった。心配になったのだろうか。そのすぐ後ろでは、奥村も鋭い視線でこっちを睨んでいる。気を許した相手を前にしたからか、玉城さんは東条を見て安堵したような笑顔を浮かべた。
「玉城さんも飲みなよ。」
亮さんはそこにあったグラスに焼酎を注いで玉城さんに差し出す。それを苦笑いで受け取る玉城さん。
「り…亮さん、玉城さんあんま酒強くないんすから…」
そう断って、困ったようにグラスを見つめる玉城さんに声をかける。
「おい、無理しなくていいからな」
そう言ってグラスを置かせようとしたとき、玉城さんは意を決したようにグラスに口をつけ、二口ほど透明の液体を飲んだ。ほんのり頬が赤く染まる。
「だ…大丈夫か?」
「大丈夫です。」
玉城さんが笑顔で頷いたから、俺はひとまず口をつぐむ。
「お、いけるじゃん。」
亮さんは上機嫌だ。この人ザルだからな…。東条はさりげなく水を注ぎ、玉城に渡した。
「ずっと気になってたんだけど…」
頬杖をついた亮さんが玉城さんの顔を覗き込む。
「二人の出会いって、どんなだったの?」
そ…それは。ずっと気になってたやつ…。こころなしか東条も奥村も息をひそめて耳を澄ましている。御幸の奴、教えてくれなかったからな…。
「…私が…1年の2学期、転校してきてすぐの頃…」
お…教えてくれんのか!?初めて聞く…ふたりの出会い…。
「2年生の知らない先輩からのラブレターが、靴箱に入ってて…校舎裏に呼ばれたんです。」
「それが御幸だったの?」
「いえ…違います。」
玉城さんはどこか遠い目をして焼酎の水面を眺める。
「でも校舎裏に行ったら…一也さんがいました。それで…一也さん、私を見て…」
「……。」
「…話って何?って、言ったんです。」
「え?」
「それって…」
「ふふ…一也さんも、別の…1年生の女の子に呼び出されてて。私たち、お互いに勘違いしたんです。」
照れたように笑う玉城さん。そ…そんな青春を味わってやがったのか、御幸の野郎〜…!
「…それが出会いでした。」
そして…お互い、一目ぼれしたのか…。
「ふ〜ん…」
ニヤニヤとからかうように笑う亮さん。その笑顔を、ニコニコと無邪気な笑顔で見つめ返す玉城さん。
……。見つめ合ってる。な…長くね?亮さんの顔が、だんだん…赤く…。
「……。」
玉城さんはほわんとした笑顔を浮かべたまま――亮さんの頬に触れた。そしてそこを撫でて…ふにゃりと嬉しそうに笑う。
「…かわいい」
ぼわっ、と音がしそうなほど、亮さんの顔が赤くなった。あ…あの、ポーカーフェイスの亮さんが…照れてる!!
「た、玉城…!」
驚いてひとまず止めようとしたのか、東条が玉城さんの肩を掴む。玉城さんは東条を振り返って、同じようにふにゃりと無防備に微笑み、東条の頭を撫でた。
「東条だ〜」
「えっ…ちょ、」
「うふふふ。えへへ」
「た…玉城、酔ってる…よね?」
「酔ってないよ〜」
にこにこしながら東条の頬を両手で挟んで遊ぶ玉城さん。…完全に酔ってる…。
「玉城さん、ほら水…」
少し酔いを醒まさせようと、先ほど東条が注いだ水を差し出すと、玉城さんは振り返り、水――ではなく、俺の頬に触れた。
「…倉持先輩…」
「…え…?」
酔っているせいだろうか。久しぶりに聞く先輩という呼び方に、心臓が跳ねる。玉城さんは俺の顔をじっと見て、だんだんと笑顔になる。つられて俺も頬が緩む。ついにはにこにこと俺を見つめ続ける視線に…だんだん耐えられなくなる。くっ…照れるなっつーほうが無理だ。
「…光!」
突然、玉城さんの腕を掴んだのは奥村だった。奥村は俺たちをちらりと見、玉城さんの手を取る。
「…ここは危ないから、俺と拓がいる席に…」
「危ないなんて人聞きが悪いなぁ。」
「おい、ちょっと何やってんの。」
そこへ現れたのは御幸。状況をさっと見渡して、スッと青ざめ、俺を見る。
「光に酒飲ませた?」
「…焼酎ふたくち。」
「…何か変なこと言ってないよね?」
「変なこと?」
言った…と言えば言ったけど。でも御幸のこの慌てようはただごとではない。
「いや…なんでもない。…光、帰るぞ。」
御幸は口ごもり、玉城さんを支えて立たせようとする。
玉城さんは御幸を見ると…見ているこっちが赤面しそうなくらい、嬉しそうにキラキラとした満面の笑みを浮かべた。
「一也さんだぁ…」
「はいはい」
抱き着く玉城さんを慣れた様子で宥める御幸。…思わず顔が歪む。
「一也さん…大好き」
「…はいはい」
「どうしてそんなにかっこいいんですか?」
「……ちょっと、黙ってようか光」
「はぁ…大好きぃ…」
「光…頼むからやめて」
気付けば宴は静まり返り、萎れた顔の男たちがふたりに注目していた。
「…俺たちは何を見せられてんのかな?」
いつものポーカーフェイスを取り戻した亮さんが呟く。御幸がぎくりと顔を固める。
「こいつ酒弱くて…家以外では飲むなって言ったんですけど」
「なるほど、ふたりっきりのときはこんなふうにいちゃついてるわけ?」
「いや…たぶんそろそろ…」
顔を引きつらせる御幸にしがみついていた玉城さんが、ふっと力が抜けたように御幸にもたれかかる。その顔を覗き込んで、御幸はため息を吐いた。
「…あー、やっぱり寝落ちした」
驚いた様子もなくそう呟くと、二人分の荷物を肩にかけ、玉城さんを抱き上げる。
「じゃ…すいません。俺たちはこれで。」
俺たちがぽかんとしているあいだに、御幸は部屋を出て行った。一瞬の静寂の後…部屋の中は地獄絵図のような阿鼻驚嘆があふれた。