アリスが甲板に出ると、船員たちが行ったり来たりする中、船首の方に探していた後姿を見つけた。

「ちょっと、マリーさん」

近寄って、その背中に声をかける。マリーはちょっと迷うような態度で振り向いた。

「何怒ってるの?」
「怒ってませんけど」

跳ね返されるような言葉に、アリスは少し辟易する。近寄るな、とマリーの全身から発せられているようで、隣に並ぶのも躊躇う。

「…ごめん。」

アリスの言葉は潮風に攫われ、虚しく響いた。マリーはじっとアリスを窺い見ている。

「引退したとき…思ったんだけど」
「…何?」
「マリーさん、私のこと好きなの?」

マリーは表情一つ変えずにアリスを睨んで、ため息を吐いて、海原に視線を逸らした。

「バカじゃないの?」
「……。」

それからしばらく沈黙が流れた。

「…私…」

その沈黙の中、マリーが呟く。

「彼氏いるし」

アリスは何も答えなかったし、マリーも振り向かなかった。しばらく波の音だけが響き、アリスは、マリーの髪が風に靡いてキラキラと輝くのを眺めていた。
やがて、甲板に船員の声が響いた。

「新大陸が見えてきたぞー!!」

見れば、水平線にうっすらと浮かぶ陸の影。身を乗り出すマリーの横で、アリスも目を凝らした。

陸はあっという間に近づき、だんだんとその鮮明な姿が浮かび上がってくる。その景色に見惚れている二人の元に、甲板に出てきた他のメンバーたちも近寄ってきて、一同は船が入港するのを見守った。

船員の案内で船を下りた一同は、感嘆しながら辺りを見渡す。島の形に添って作られた、機能的な本拠地。いちばん下の階層であるここには、港の前に大きな市場が開かれていて、賑やかな売り子の声が響いている。

「すげー、ほとんどゲームの通りだ!」

おるるんが楽しそうに駆け出し、さくやんとむーがその後に続く。真はみょんが下船するのを手伝い、ゆみちんは辺りを見渡した。

「あれ?マリーちゃんは?」

その声を聞いてアリスも周りを見渡し、ため息を吐く。

「まったくもう…」

マリーを探しに行くのだろう、歩き出すアリスを、皆は見送った。



***



賑わう市場、酒場、食事場、鍛冶屋…。目に着く場所は全て見て回ったが、マリーの姿はどこにもなかった。しかしアリスがとぼとぼと吊り橋を歩いて行くと、その先に、たった今しがたまで必死に探していた少女がひょっこりと姿を現した。隣には、船で一緒だった二人の男もいる。アリスは歩を速め、マリーに歩み寄った。

「マリーさん!」

出した声にはちょっと怒りが滲んでいた。マリーはちらりとアリスを見て、悪びれない飄々とした態度で立ち止まった。

「急にいなくならないでよ。みんな心配したんだよ?」
「……。」

黙り込むマリーの肩に、大柄な男が手を添えた。

「まあまあ、いいじゃないっすか!俺が誘ったんすよ!それに君たちもすぐに来ると思ったし…」
「はぁ?」
「新大陸に着いたらまずアイルー居住区へ行って、相棒のアイルーを決める!常識じゃないっすか。」

男が親指で指差す先には、木々で埋れたけものみちがあった。その脇には肉球マークの立て看板。どうやら、ゲームとは少し違い、ここで自分の相棒となるアイルーを探すようだった。

「君も早速行ってみたらどうっすか?どの子を選ぶかは、早いもん勝ちっすよ!」

そう言った男の足元に、大きな猫が駆け寄って足に掴まり、肩によじ登ってきてアリスに挨拶するように鳴いた。

「俺の相棒はこいつ!名前は『ゴロウ』っす!」

クロに近いグレーの毛並みで、口周りと腹が白い毛で、隻眼のアイルーだ。その隣にいる知的な推薦組の男の足元にも、カラスの濡れ羽色のような真っ黒のアイルーがしゃなりと座っている。

「俺の相棒は、『朔太郎』です。」

男はにこやかにアリスに微笑んだ。そのまた隣のマリーの足元にも、はちみつ色の毛のアイルーがやってきた。

「マリーさんは?名前、何にしたの?」
「…『テッド』。」

ちょっと意外そうに目を丸めたアリスを、マリーは煩わしそうに睨んだ。

「じゃ。」

そして素っ気なく呟いて、踵を返す。

「え、どこ行くの?」
「俺たち、これから探索に行こうって話してたとこなんスよ!」

マリーの代わりに大男が答えて、アリスはちょっと腹が立ったように眉を顰めた。

「アリスさんも一緒に行きますか?」

そんなアリスに気を使ったのか、眼鏡の男が宥めるような声で言う。

「行きます。」

即答したアリスを、マリーは一瞥して、歩き出した。

「猫選んだらすぐ行くから、待っててよね!マリーさん!」
「……はいはい。」

本当に待つ気があるのかないのかわからないほど愛想のないマリーの背中を、アリスはじれったく後ろ髪惹かれる思いで見つめて、けものみちの奥へと急いだ。


***


「マリーさんは?」

星の船で食事を囲んでいる仲間たちを見つけ、アリスは肩で息をしながら尋ねる。そんなアリスを仲間たちは丸くした目できょとんと見上げた後、顔を見合わせた。

「一緒じゃなかったの?」
「私たちは見てないよ。」
「アリスと一緒に居ると思ってた〜。」
「……。」

アリスはじれったく辺りを見渡す。すると、ピロン、と耳の奥に電子音が響いた。

『まだ?』

それは間違いなくマリーの声だった。しかし、辺りを見渡してもマリーの姿はない。

「え?あれ?何?どうなってるの?」
「どうしたの?アリス」
「なんかマリーさんの声が聞こえる。」
「え…ついに幻聴?」

茶化す仲間たちをよそに、アリスは首を傾げる。

『…チャットの仕方わからないの?右耳を押さえて。』
「え…?」

言われた通り、右耳を押さえてみる。すると、目の前にずらりと光る文字が浮かび上がった。

「うわ!?なにこれ。」
「…さっきからどうしたの?アリス」
「今度は幻覚?」

どうやら自分以外には見えていないようだ。

『そこからチャットで、私の名前を選んで。』

チャット、という文字に触れ、ずらりと並ぶ文字からマリーという名前を選び、人差し指で触れる。

『できた?耳を抑えたまま何か喋ってみて。』
『…もしもし。』

はぁ、と、小さなため息が帰ってきた。

『私たち、2階層の食事場にいるから。早く来てね。』

ピロン、と先ほどよりも低い電子音が鳴り、どうやら通話が切られたようだった。耳から手を離すと、目の前から文字が消えた。

「大丈夫?」

おるるんが言い、アリスは頷く。

「右耳を押さえてチャットを選ぶと、離れてても会話できるみたい。今、マリーさんからチャット飛んできた。」
「へー!そうなんだ。」
「わっ、ほんとだ〜。」

楽しげに右耳を押さえてはしゃぎ始める仲間たちを横目に、アリスは踵を返す。

「じゃあ私、マリーさんたちと探索行ってくるから。」
「たち…?」

ゆみちんが不思議そうに目を丸くすると、アリスはうんざりした気持ちを隠さずに吐き出す。

「さっきの船にいたナンパ男たちと一緒。」
「わー、マリーちゃんモテモテだね。」

むーが面白がるように言って、その隣でゆみちんは頬を膨らませる。

「えー!あたしも一緒に行きたい…。」
「このゲーム、1チーム4人までなんだよ。わたしいれてちょうど4人。ごめんね。」
「え〜…そんなぁ…。」

あからさまに落ち込むゆみちんを、まぁまぁうちらと一緒に待ってようよ、とむーが励ました。

「じゃ、行ってくるね。」

アリスはようやく、星の船を後にした。

 


ALICE+