読み切り短編集

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イルスが言った通り、シメオンは夕方になると、何事もなかったような顔をして帰ってきた。そして、憮然とした顔で迎えた私を見て、ふっと笑みを浮かべながらマントを脱ぎ、暖炉の前に落ち着いた。

「子猫はまだ不機嫌のようだのう。」

深く息を吐くシメオンに、イルスはいそいそと温かいお茶を持っていく。シメオンは当然といった態度でそれを受け取り、うやうやしく啜った。
彼を睨みつけていると、イルスは私に何か言いたげな視線をしつこく送ってきた。弟子にしてほしいと頼めと訴えていることは、すぐにわかった。なので私はわざとらしく顔を背け、椅子に深く腰を下ろした。

「しかし、意外だったのう。てっきり罠にまんまとかかって、我が家に人間の剥製が飾られているやもしれんと楽しみに帰ってきたというのに。」

ぎくりとした。イルスが小さく笑いをこぼしたので、きつく睨みつけておいた。

「それより、私の荷物を返せ。武器と、羊皮紙もだ。どこへやった?返せば出ていく。」
「ならば返せぬ。」
「なんだと?」

私はシメオンの前へ行って、立ちはだかった。

「じゃあどうするつもりだ?お前は何がしたいんだ?」
「そうだのう……それを知る者として、無碍に扱う宿主を見つけてしまった以上、宿主としての義務を教えるのは、私のすべきことだろうし、私にはそれができる。」
「……意味が分からない。私は、今の生き方を変えるつもりはない。」
「お前さんの今の生き方とは、何なのだ?」
「別に……時々用心棒や傭兵の仕事を受けて、旅をするだけだ。変な奴らに付きまとわれるが、撃退できる。」
「本当にそうか?」
「……?何が言いたい?大体、あの変な奴らだって、そのうち諦めるだろう。何年も、いつまでもどこまでも、私を追ってくるわけではないだろうし……」
「ふう……無知は罪だな。」
「なんだと?」

私が苛立って眉を寄せると、シメオンは全く気にした様子もなく茶をすすり、暖炉の火を弱めた。

「単刀直入に言おう。奴らはおぬしを諦めることは絶対にない。おぬしが生きている限り、何十年でも、何百年でもおぬしを狙い、地の果てまでも追ってくるだろうよ。」
「何百年?」

ふっと、私は鼻で笑った。

「その頃には私は死んでる。奴らもだ。じいさんばあさんになっても追われ続けるというのか?そうなったら、その時はその時だな。寿命だと思ってあきらめるさ。」
「愚か者よのう。おぬしに寿命などあるものか。」
「は?」

シメオンはゆっくりと、口角だけを上げた不気味な笑みを浮かべ、私を見上げた。

「鍵の番人は年を取らぬ。永遠にな。そして、それを狙うやつら……その手の者は、世界中どこにでもおるものよ。」

シメオンはお茶を飲み干して立ち上がると、空のカップをイルスに押し付けて、古びたテーブルの前まで歩いて行った。そして、懐から羊皮紙を取り出した。

「! それは、私の……!」

私は駆け寄って、羊皮紙を取り返そうと手を伸ばした。しかし、シメオンはいとも簡単に私の手を避けた。

「いいから見ておれ。」

シメオンはぴしゃりと言うと、羊皮紙をテーブルの上へ置いた。そして、真剣な顔つきで麻ひもをとき、羊皮紙を広げた。その瞬間、そこに包まれていた何かがいきおいよく飛び出してきて、私の顔面に向かって飛んできた。咄嗟に身構えた私がナイフを取り出す直前、シメオンが手を振り上げ、私の目の前でその何かがはじけ飛んだ。足元に転がったそれは、黒い靄だった。靄はすぐに風に紛れて消え、羊皮紙には焦げた文字のようなものが残った。

「これを作った術士は、大したことないらしい。おぬし、命拾いしたな。」

私は何も答えられなかった。後から体が震えてきて、指先が酷く冷たいことに気が付いた。

「だ……大丈夫?」

そう言って私の背中に手をやったイルスを振り払い、私は自分の体を抱きしめ、彼らに背を向けた。

「おぬしを狙うやつらは、こういうやつらだ。ただのごろつきではないのだよ。」
「……。」
「さあ、どうする。おぬしの生き方とやらをつらぬくのか?それほど決意が固いというなら、止めはせぬよ。だが、あまり長生きはできないだろうのう。せっかく不老の身だというに、実にもったいない。」

視界の隅で、心配そうに私に視線を送るイルスの顔が映る。私は意を決し、シメオンを振り返った。

「……わかった。お前の世話になることにする。」

不満をあらわにしながらもそう言うと、シメオンはフフフと笑った。

「迎えてやろう。だがまずは、その態度から改めてもらおうか?」

その笑みを見て、私は引きつった顔で彼に従う事を決意したのだった。

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