010
文化祭当日。
「あ〜〜……」
「あ〜〜〜じゃねぇよ!!テメーも働け!!クソ眼鏡!!」
倉持に蹴り起こされて、俺はのっそりと身を起こした。やる気が出ねぇ。なんも出ねぇ。部活の時は切り替えてるけど…その他はクラゲにでもなった気分だ。
玉城に…完璧に嫌われた…。大っ嫌い、だって…。ははは…いっそ笑えてくる…。
「キレるなよ。客来ねーぞ」
「サボってるテメーに言われたくねぇ!!ちったぁ仕事しろよ!」
「わかったよ…」
部活でクラスの準備にはほぼ参加できなかったしな…。
クラスメイトから、これ配ってきてねと渡された小さなチラシを手に、俺は廊下に出た。
「…アイス売ってま〜す」
「テメーやる気あんのか?」
倉持がメニューボードを持って後を追ってきた。
「もっと声出せ!練習のときみてぇに。ほらキャプテン!」
「…お前な…」
なにかとキャプテンってからかいやがって…!
「2Bアイス売ってま〜〜〜す!」
「お、アイスだって」
「行ってみる?」
倉持の声に反応するカップル。今日は暑いし、アイスは結構需要があるのかも…。
そう思っていると、倉持が「ほらみろ」というように俺を見てにやりと笑った。なんかムカつく。
「…あ、よかったらアイス食いに来てください」
「え?あ…。は、はい!」
「ヤバ、かっこよくない?」
「2B…2年だって。先輩じゃん」
「行こうよ行こうよ!」
すれ違いざまに、他校の女子にチラシを手渡すと、キャーキャー言いながら去って行った。
「…やっぱテメェ腹立つわ…」
「…なんでだよ」
倉持にした牛をぶつけられて睨まれながら廊下を歩く。
廊下には来校者のほか、青道生たちが自分のクラスや部活の出し物の宣伝のために声を張り上げて行きかっていていてとても賑やかだ。
「2時からミスコン・ミスターコンのステージ発表がありまーーす!!」
その中で、その声に俺も倉持も気を取られた。
「出場者のプロフィールは中央校舎3階のホールにありまーす!見に来てくださーい!」
「投票は今日の閉場時間まで!結果発表は明日の12時からでーーす!!」
「ミスコンだってよ御幸。」
「…うるせえ」
去年亮さんたちに勝手にミスターコンに応募されて…最悪なことに優勝した嫌な思い出がある。倉持はニヤニヤと楽しそうに俺をからかって、看板を肩に担いだ。
「3階だっけ?出場者見に行こうぜ。」
「興味ねー」
「何言ってんだよ。またお前が入ってるかも知れねーじゃん」
「さすがにねーよ。今年は実行委員も来なかったし…」
去年は文化祭前に突然実行委員が「プロフィール用の写真を撮らせてくれ」と教室にやってきて発覚した。だけど今年はそういう事はなかったから、きっと大丈夫だ。
チラシを配りながら階段を上がっていると、盛り上がっている女子集団とすれ違った。
「マジヤバくない!?」
「今年のミスコンえげつなっ!」
「めちゃくちゃ票偏るでしょ!」
…そんなに?誰だろう?
ふっと玉城のことが過ぎったけど、あいつはミスコンとか嫌ってそーなイメージ…。
階段を上がり切り、開けたホールに歩いて行くと、すでにたくさんの生徒たちが掲示板の前に集まっていた。
「なんだよ、見えねーじゃん」
倉持が呟くと、振り向いた生徒がハッと青ざめて道を開けた。その繰り返しで、倉持の前にあっという間に道が開けた。
「はっはっはっ!元ヤンは得だな!羨ましいぜ〜」
「あぁ?ぶっ殺すぞ…」
舌打ちをして楽々最前列に入る倉持。俺もその後に続いた。
「お…。」
倉持の後ろからミスコン参加者のボードを見上げる。全部で10人…結構多いな。その中の一人、中間結果で1位になっている、金冠シールが張られた写真の人物は…
「玉城さんじゃん」
「……。」
マジか…。
「…これ本人知ってんのか?」
他の参加者はカメラ目線で微笑んでるのに、玉城だけ隠し撮りみたいに不自然なアングルなんだけど…。しかも他の参加者は背景が白い壁で、玉城は普通に人の行き交う廊下。後ろに移りこんでる奴、顔にモザイク掛けられてるし。
写真の下には、『No.10 1年A組 玉城光さん (帰宅部)』と書かれている。
「…!!おい御幸!アレ見ろよ」
「ん…?」
突然倉持が指差したのはミスターコン出場者のボード。その中のひとつ…
「…は!?なんで俺が…」
「ヒャハハハ!また亮さんが応募出したんじゃねーの?」
あの写真…雑誌のインタビューで使われた奴じゃねーか…!!勝手に…!
写真の下には、『No.2 2年B組 御幸一也君 (野球部)/昨年度優勝者』と書いてあり、中間発表で1位という証の金冠シールも貼ってある。
「おい倉持。」
「!!?」
その場に低い声が響き、倉持が脊髄反射で怯んだ。
「濡れ衣なんだけど?俺何もしてないよ、今年は。」
「り…亮さん!」
すんません…!と青くなる倉持。今年は、って…。
「やっても面白いってこと以外俺にメリットないしね。」
「……。」
「……。」
怪しすぎる…。
「じゃあ誰が…」
「知らないけど、今年のミスコンの優勝賞品は豪華らしいよ。」
「え?」
ちょいちょい、と亮さんが指差す先に張り出されている紙。倉持とそれを覗き込むと、仰々しい金色の文字でこう書かれていた。
「優勝者のクラスに…大江戸温水プール無料招待券プレゼント?」
「…クラスメイトに売られたみたいだな、御幸。」
ヒャハハハ、と腹を抱えて笑いだす御幸。
「何で俺が…」
「実際中間結果では1位じゃん。俺らの為にこの後もよろしく頼むぜ〜」
「……。」
「御幸は有名人だし、学校外の人からも票が集まりやすいんだろうね。」
「……。」
去年の悪夢がよみがえる。
「…ちょっと頭痛が」
「逃がさねーぞ御幸ィ!」
倉持に首根っこを掴まれて踏みとどまった。面白がるような笑みを浮かべる亮さんに見送られ、俺たちは呼び込みの仕事に戻る。
「つーか腹減った…なんかくおーぜ」
「うちのクラスの看板持って他のクラスの食いもん食うのかよ」
「いーじゃん別に。アイスじゃ腹膨れねぇよ」
ということで、校舎を出てテントの屋台が並ぶ中庭に出た。焼きそば、たこ焼き、からあげ…なんでもある。
「何食う?」
「とりあえず量が多い奴」
「…わかる」
屋台を見渡して、倉持はお好み焼き屋を指さした。
「お、アレ良くね?大中小あるってよ」
「大ってどんくらい?」
「行ってみようぜ」
なかなかに並んでいたが、客がはけるのも早く、すぐに注文してお好み焼きを受け取った。
「おー結構いいサイズ」
「文化祭にしては本格的だな」
珍しく上機嫌の倉持と、アイスクリームの看板とお好み焼きを両手に持って座る場所を探した。確かこの辺の花壇にベンチがあったは…ず……。
「玉城小食だな〜」
「東条が食べすぎなんだよ…」
「……。」
「……。」
ベンチに並んで座り、お好み焼きを食べようとしている玉城と東条…。こいつら…やっぱり…
「東〜〜条〜〜〜!!!」
「え!?あ…く、倉持先輩…」
やばい見つかった、みたいな苦笑を浮かべる東条が、俺に視線を移す。
「御幸先輩も…。あ、お昼ごはんですか?」
「おうまぁな…ここ空いてるよな?」
「は、はい、どうぞ…。」
東条の隣に威圧的な態度で座る倉持。俺も進んで行って、玉城の隣にどかりと座った。
「……。」
玉城は俺を睨みつける。
「なんだよ」
「…別に」
ふん、とそっぽを向き、東条の方を向く。
「東条、紅生姜あげる」
「お、さんきゅ!」
「……。」
「……。」
だから…カップルかお前らは!!!
「倉持先輩たちのクラスはアイスクリーム屋でしたよね!」
気を遣ったように爽やかに話題を振る東条。やっぱ基本いい奴なんだよな、こいつ。
「おーまあな」
「今日暑いからよく売れそうですね。」
「そーでもねぇよ、呼び込みの目つきが悪ぃから」
「クソ眼鏡ぶっ殺すぞ」
苦笑する東条、他人事のような顔をして黙々とお好み焼きを食べ続ける玉城。
「東条のクラスは何してんの?」
「和風喫茶です!」
「へー、渋いな」
「へへ。玉城が浴衣着たことないって言ったら、満場一致で。皆玉城に早く日本に慣れてもらおうって…優しいですよね。」
「…え?日本に慣れる?」
「あ、玉城は帰国子女なんですよ。」
「…そうなの玉城!?」
「……。」
器用に箸でお好み焼きを食べ続けている玉城。こっちを見もしない。
「おい、他人事みたいな顔してるけど玉城、お前だよ。お前の話。」
「……。」
フン、と俺からそっぽを向き、玉城は無言を貫く。
「……お前な…。」
「じゃお前のクラス浴衣着るのか?」
「はい。クラスに着付けできる女子がいて…何人かに教えて。俺たちもこの後シフトの前に着替えますよ!」
「へー、本格的だな。」
俺が無視されているのをよそに盛り上がる倉持と東条。
「…ん?この後って…シフト何時から?」
「2時からです。着替えがあるので、30分前には来てくれって言われてますけど。」
「玉城も?」
「はい。」
俺と倉持は顔を見合わせた。これは…。
「玉城お前…騙されてるぞ。」
「…はぁ?」
玉城はようやく俺を見た…睨んだだけだけど。
「2時からはクラスのシフトじゃなくて、ミスコンのステージ発表な。」
「…ミスコンなんて出ませんけど」
「いやさっき参加者見てきたけど、お前入ってたぞ。」
「…そんなわけないじゃないですか。変なこと言わないでください!」
「いや、マジだから」
「……。」
訝しげに俺を睨み、口を噤む玉城。
「クラスメイトに売られたな、お前。」
「…はぁ?」
「優勝者のクラスには無料プール招待券がプレゼントされんだよ。」
「……。」
「多分、着替えた後ミスコンに連れていかれるな。はっはっはっは」
不安げに東条を振り返る玉城。
「東条は何か聞いてねーの?」
「いや俺は…部活でほとんどクラスのこと聞いてませんし…」
「お前も一緒に騙されたか。お前らのクラスメイト良い性格してんな(笑)」
「……。」
「……。」
苦笑する東条、深刻な顔で黙り込む玉城。
「まーそう落ち込むなよ。俺も勝手に応募された仲間だからさ、一緒に頑張ろうぜ(笑)」
「…え?御幸先輩と一緒とか…嫌なんですけど」
「うわ、ひっでぇ〜!」
「玉城、…いいの?」
東条は真剣な顔で心配そうに玉城に尋ねる。…こういうところが懐かれるんだろうか。
「…たぶん真の仕業だと思うけど…」
「無理して出ることないよ。運営委員に言えば辞退出来ると思うし」
「……。」
玉城はちょっと迷ったように俯いて、それから東条を見上げた。
「…東条、夏休み海行けなかったって言ってたよね…」
「え?あ、あぁ、うん…」
「じゃあ私…出てみる。」
「え!?」
「もし優勝出来たら皆でプール行こうよ。」
「玉城…」
嬉しそうに微笑んで、それから顔を赤くする東条。すかさず倉持がその肩に腕を回した。
「お〜〜?東条顔が赤いぜ?」
「いったい何を想像したのかな〜〜?」
「え、お、俺はそんな…」
「でもミスコンって何をすればいいの?」
東条の服の裾を引っ張って尋ねる玉城。
「さあ、俺もよく知らないな…」
「ステージ発表でアピールすんだよ。」
俺が答えると、玉城は鬱陶しそうに俺を振り向いた。
「まあ歌とかバク転とか、特技を披露するんだよ。」
「…御幸先輩に聞いてないし…」
「玉城さん、こいつ去年のミスターコン優勝者なんだぜ」
倉持が言うと、玉城は驚いたようにまた俺を見上げた。
「何だその疑いの目は。」
「……。」
フン、と小さくそっぽを向く玉城。俺嫌われすぎ…やべぇ凹む。
「玉城、そろそろ30分前だし行こうか?」
「うん。」
「それじゃ、失礼します。」
東条は丁寧に俺と倉持に挨拶し、玉城はまた俺に向かってフンとそっぽを向いて、東条の腕に掴まって歩いて行った。
「…あいつらマジで付き合ってねーの?」
「…な。」
***
教室に戻るとクラスメイトの女子が待ち構えていたように俺を振り返った。
「あ…!み、御幸君!」
「あのー…」
「…ミスターコン?」
ぎくり、と顔を見合わせる女子たち。
「か…勝手にごめんね!」
「でも御幸君なら絶対優勝できると思うの!」
「クラスの宣伝にもなるし出てくれないかな!?」
「いーよ別に…」
「だめだよねやっぱり…って、え!?」
目を丸くした女子が、顔を見合わせて嬉しそうに顔をほころばせた。
「まー部活でクラスの準備とかなんも手伝えなかったし…」
「ほ、ほんとに!?」
「いいの!?」
「優勝できるかはわからないけどな〜…」
「できるよ絶対!中間結果でも1位だし!ね!?」
「うんうん!皆手が空いてる人はステージ見に行くから!」
「それでね!これ衣装だから!着替えて行って!」
「え…い、衣装?」
お願いね!と勢いのまま紙袋を押し付けられた。倉持がニヤニヤと俺を見ている。
「…何だよ」
「別になんも言ってねーじゃん」
絶対面白がってる…。あ〜、こういうので目立つの嫌いなのに…。
俺は渋々更衣室に向かった。
***
「おうおうおう、似合ってるぜ御幸〜」
「……。」
渡されたのは警察官を模したコスプレ衣装。倉持にからかわれながら会場へ行くと、すでにざわざわと賑わう人たちが集まっていた。その人たちが急にどよめき、振り返る。
「え…あの子ヤバくない!?出場者?」
「10番の子じゃない?」
「芸能人?」
「青道あんな可愛い子いるのかよ」
他校の生徒たちの声。
「玉城さんやっぱヤバッ」
「優勝決定でしょ。同じクラスの人たちいいな〜…」
「最近モデルにスカウトされてるらしいよ」
青道生たちの声。
その視線が注がれる先を見ると…
まるで英国貴族の少女のような、黒い上品なワンピースに白いリボンタイ、白いカチューシャをつけ、気品を漂わせて歩いてくる玉城の姿があった。に…似合いすぎ…。
「玉城ちゃ〜ん」
手をひらひらさせて近づくと、玉城はじろりと俺を睨み、後ろの卯月がキャーキャー騒ぎ出す。
「御幸先輩おまわりさんだ〜!かっこいい〜!逮捕された〜い!キャハハハ」
「はっはっはっは…」
相変わらずこの子はちょっと苦手だ…。
「玉城ちゃん浴衣じゃないじゃん」
「……。」
フン、とそっぽを向く玉城。また無視されるようになってしまったけど…初めて会った時のような完全スルーではなく、フンとそっぽを向く動作をするだけまだマシかもと思ってしまう。
「浴衣でもいいかな〜と思ったんですけど〜、やっぱ光ってお嬢様っぽい恰好似合うし〜」
「一応制服持って来てもらってて、見た瞬間絶対こっちの方が良い!ってクラス全員賛同したんです!」
「制服?」
「イギリスの学校行ってた時の制服なんだよね!光!」
へー…イギリスの制服ってこんな感じなんだ。スゲーお嬢様っぽい…。
「玉城ちゃんってもしかしてスゲーお嬢様?」
「別に…普通ですけど」
帰国子女の時点で普通ではないと思うけど…。
「イギリスのなんていう学校?」
「なんだっけ?なんか長い名前だったよね〜」
「ドー…なんだっけ、光?」
「…ドーンガード・クライスト」
「それそれ!学校の名前ちょーかっこいいの!」
「へ〜…」
なんかよくわかんねーけどすごそうだな…。
「じゃあ光!頑張ってね〜!」
「頑張れ!」
「はーい…」
小さくため息を吐いて運営委員の方へ歩いて行った。
「おら、お前も早く行けよ」
「…は〜い」
俺も倉持に蹴飛ばされて、渋々その後に続いた。
***
「…圧倒的だな」
「ミスコンの優勝者は決まったな」
ステージ発表後、そう囁き合う声の中、玉城はコツコツと靴を鳴らして友達と足早に会場の出口へ向かっていく。
「光お疲れ〜!教室にお茶用意してあるからね!」
「教室戻ったら浴衣着つけてあげるよ。」
「浴衣…。」
鷹野の言葉に嬉しそうに頬を綻ばせる玉城。…やっぱ可愛い。…あれから俺には全く笑顔を見せてくれないけど…。
「玉城ちゃん!」
「……。」
手をあげて引き留めると、玉城はちらりと俺を見て、鷹野を振り向いた。
「東条は?」
「はいはい。光の出番だけ見て教室に戻ったよ。」
「ホント好きだねぇ東条君」
「……。」
なんだよそれ!!やっぱ付き合えばいいじゃん…。さっさと付き合えば、俺だって…こんなに気になったりしないはずなのに。
「御幸せんぱ〜い!私御幸先輩に投票したからね〜!」
「失礼します!」
卯月と鷹野は俺に挨拶をして、玉城を連れて去って行った。
胸の奥にズドンとのしかかる重たい気分。なんで…、と思うと同時に、そもそも自分も距離を置こうとしていただろうと思いだす。でもまさか、向こうからあんなに冷たい態度をとられるようになるなんて…。モヤモヤして仕方がない。しかも玉城は東条のことばかり。さっさと付き合っちまえ、と思う反面、もし本当にあの二人が付き合ったらと思うと…。
……。
…めちゃくちゃ腹立つ。
「あ〜〜……」
「あ〜〜〜じゃねぇよ!!テメーも働け!!クソ眼鏡!!」
倉持に蹴り起こされて、俺はのっそりと身を起こした。やる気が出ねぇ。なんも出ねぇ。部活の時は切り替えてるけど…その他はクラゲにでもなった気分だ。
玉城に…完璧に嫌われた…。大っ嫌い、だって…。ははは…いっそ笑えてくる…。
「キレるなよ。客来ねーぞ」
「サボってるテメーに言われたくねぇ!!ちったぁ仕事しろよ!」
「わかったよ…」
部活でクラスの準備にはほぼ参加できなかったしな…。
クラスメイトから、これ配ってきてねと渡された小さなチラシを手に、俺は廊下に出た。
「…アイス売ってま〜す」
「テメーやる気あんのか?」
倉持がメニューボードを持って後を追ってきた。
「もっと声出せ!練習のときみてぇに。ほらキャプテン!」
「…お前な…」
なにかとキャプテンってからかいやがって…!
「2Bアイス売ってま〜〜〜す!」
「お、アイスだって」
「行ってみる?」
倉持の声に反応するカップル。今日は暑いし、アイスは結構需要があるのかも…。
そう思っていると、倉持が「ほらみろ」というように俺を見てにやりと笑った。なんかムカつく。
「…あ、よかったらアイス食いに来てください」
「え?あ…。は、はい!」
「ヤバ、かっこよくない?」
「2B…2年だって。先輩じゃん」
「行こうよ行こうよ!」
すれ違いざまに、他校の女子にチラシを手渡すと、キャーキャー言いながら去って行った。
「…やっぱテメェ腹立つわ…」
「…なんでだよ」
倉持にした牛をぶつけられて睨まれながら廊下を歩く。
廊下には来校者のほか、青道生たちが自分のクラスや部活の出し物の宣伝のために声を張り上げて行きかっていていてとても賑やかだ。
「2時からミスコン・ミスターコンのステージ発表がありまーーす!!」
その中で、その声に俺も倉持も気を取られた。
「出場者のプロフィールは中央校舎3階のホールにありまーす!見に来てくださーい!」
「投票は今日の閉場時間まで!結果発表は明日の12時からでーーす!!」
「ミスコンだってよ御幸。」
「…うるせえ」
去年亮さんたちに勝手にミスターコンに応募されて…最悪なことに優勝した嫌な思い出がある。倉持はニヤニヤと楽しそうに俺をからかって、看板を肩に担いだ。
「3階だっけ?出場者見に行こうぜ。」
「興味ねー」
「何言ってんだよ。またお前が入ってるかも知れねーじゃん」
「さすがにねーよ。今年は実行委員も来なかったし…」
去年は文化祭前に突然実行委員が「プロフィール用の写真を撮らせてくれ」と教室にやってきて発覚した。だけど今年はそういう事はなかったから、きっと大丈夫だ。
チラシを配りながら階段を上がっていると、盛り上がっている女子集団とすれ違った。
「マジヤバくない!?」
「今年のミスコンえげつなっ!」
「めちゃくちゃ票偏るでしょ!」
…そんなに?誰だろう?
ふっと玉城のことが過ぎったけど、あいつはミスコンとか嫌ってそーなイメージ…。
階段を上がり切り、開けたホールに歩いて行くと、すでにたくさんの生徒たちが掲示板の前に集まっていた。
「なんだよ、見えねーじゃん」
倉持が呟くと、振り向いた生徒がハッと青ざめて道を開けた。その繰り返しで、倉持の前にあっという間に道が開けた。
「はっはっはっ!元ヤンは得だな!羨ましいぜ〜」
「あぁ?ぶっ殺すぞ…」
舌打ちをして楽々最前列に入る倉持。俺もその後に続いた。
「お…。」
倉持の後ろからミスコン参加者のボードを見上げる。全部で10人…結構多いな。その中の一人、中間結果で1位になっている、金冠シールが張られた写真の人物は…
「玉城さんじゃん」
「……。」
マジか…。
「…これ本人知ってんのか?」
他の参加者はカメラ目線で微笑んでるのに、玉城だけ隠し撮りみたいに不自然なアングルなんだけど…。しかも他の参加者は背景が白い壁で、玉城は普通に人の行き交う廊下。後ろに移りこんでる奴、顔にモザイク掛けられてるし。
写真の下には、『No.10 1年A組 玉城光さん (帰宅部)』と書かれている。
「…!!おい御幸!アレ見ろよ」
「ん…?」
突然倉持が指差したのはミスターコン出場者のボード。その中のひとつ…
「…は!?なんで俺が…」
「ヒャハハハ!また亮さんが応募出したんじゃねーの?」
あの写真…雑誌のインタビューで使われた奴じゃねーか…!!勝手に…!
写真の下には、『No.2 2年B組 御幸一也君 (野球部)/昨年度優勝者』と書いてあり、中間発表で1位という証の金冠シールも貼ってある。
「おい倉持。」
「!!?」
その場に低い声が響き、倉持が脊髄反射で怯んだ。
「濡れ衣なんだけど?俺何もしてないよ、今年は。」
「り…亮さん!」
すんません…!と青くなる倉持。今年は、って…。
「やっても面白いってこと以外俺にメリットないしね。」
「……。」
「……。」
怪しすぎる…。
「じゃあ誰が…」
「知らないけど、今年のミスコンの優勝賞品は豪華らしいよ。」
「え?」
ちょいちょい、と亮さんが指差す先に張り出されている紙。倉持とそれを覗き込むと、仰々しい金色の文字でこう書かれていた。
「優勝者のクラスに…大江戸温水プール無料招待券プレゼント?」
「…クラスメイトに売られたみたいだな、御幸。」
ヒャハハハ、と腹を抱えて笑いだす御幸。
「何で俺が…」
「実際中間結果では1位じゃん。俺らの為にこの後もよろしく頼むぜ〜」
「……。」
「御幸は有名人だし、学校外の人からも票が集まりやすいんだろうね。」
「……。」
去年の悪夢がよみがえる。
「…ちょっと頭痛が」
「逃がさねーぞ御幸ィ!」
倉持に首根っこを掴まれて踏みとどまった。面白がるような笑みを浮かべる亮さんに見送られ、俺たちは呼び込みの仕事に戻る。
「つーか腹減った…なんかくおーぜ」
「うちのクラスの看板持って他のクラスの食いもん食うのかよ」
「いーじゃん別に。アイスじゃ腹膨れねぇよ」
ということで、校舎を出てテントの屋台が並ぶ中庭に出た。焼きそば、たこ焼き、からあげ…なんでもある。
「何食う?」
「とりあえず量が多い奴」
「…わかる」
屋台を見渡して、倉持はお好み焼き屋を指さした。
「お、アレ良くね?大中小あるってよ」
「大ってどんくらい?」
「行ってみようぜ」
なかなかに並んでいたが、客がはけるのも早く、すぐに注文してお好み焼きを受け取った。
「おー結構いいサイズ」
「文化祭にしては本格的だな」
珍しく上機嫌の倉持と、アイスクリームの看板とお好み焼きを両手に持って座る場所を探した。確かこの辺の花壇にベンチがあったは…ず……。
「玉城小食だな〜」
「東条が食べすぎなんだよ…」
「……。」
「……。」
ベンチに並んで座り、お好み焼きを食べようとしている玉城と東条…。こいつら…やっぱり…
「東〜〜条〜〜〜!!!」
「え!?あ…く、倉持先輩…」
やばい見つかった、みたいな苦笑を浮かべる東条が、俺に視線を移す。
「御幸先輩も…。あ、お昼ごはんですか?」
「おうまぁな…ここ空いてるよな?」
「は、はい、どうぞ…。」
東条の隣に威圧的な態度で座る倉持。俺も進んで行って、玉城の隣にどかりと座った。
「……。」
玉城は俺を睨みつける。
「なんだよ」
「…別に」
ふん、とそっぽを向き、東条の方を向く。
「東条、紅生姜あげる」
「お、さんきゅ!」
「……。」
「……。」
だから…カップルかお前らは!!!
「倉持先輩たちのクラスはアイスクリーム屋でしたよね!」
気を遣ったように爽やかに話題を振る東条。やっぱ基本いい奴なんだよな、こいつ。
「おーまあな」
「今日暑いからよく売れそうですね。」
「そーでもねぇよ、呼び込みの目つきが悪ぃから」
「クソ眼鏡ぶっ殺すぞ」
苦笑する東条、他人事のような顔をして黙々とお好み焼きを食べ続ける玉城。
「東条のクラスは何してんの?」
「和風喫茶です!」
「へー、渋いな」
「へへ。玉城が浴衣着たことないって言ったら、満場一致で。皆玉城に早く日本に慣れてもらおうって…優しいですよね。」
「…え?日本に慣れる?」
「あ、玉城は帰国子女なんですよ。」
「…そうなの玉城!?」
「……。」
器用に箸でお好み焼きを食べ続けている玉城。こっちを見もしない。
「おい、他人事みたいな顔してるけど玉城、お前だよ。お前の話。」
「……。」
フン、と俺からそっぽを向き、玉城は無言を貫く。
「……お前な…。」
「じゃお前のクラス浴衣着るのか?」
「はい。クラスに着付けできる女子がいて…何人かに教えて。俺たちもこの後シフトの前に着替えますよ!」
「へー、本格的だな。」
俺が無視されているのをよそに盛り上がる倉持と東条。
「…ん?この後って…シフト何時から?」
「2時からです。着替えがあるので、30分前には来てくれって言われてますけど。」
「玉城も?」
「はい。」
俺と倉持は顔を見合わせた。これは…。
「玉城お前…騙されてるぞ。」
「…はぁ?」
玉城はようやく俺を見た…睨んだだけだけど。
「2時からはクラスのシフトじゃなくて、ミスコンのステージ発表な。」
「…ミスコンなんて出ませんけど」
「いやさっき参加者見てきたけど、お前入ってたぞ。」
「…そんなわけないじゃないですか。変なこと言わないでください!」
「いや、マジだから」
「……。」
訝しげに俺を睨み、口を噤む玉城。
「クラスメイトに売られたな、お前。」
「…はぁ?」
「優勝者のクラスには無料プール招待券がプレゼントされんだよ。」
「……。」
「多分、着替えた後ミスコンに連れていかれるな。はっはっはっは」
不安げに東条を振り返る玉城。
「東条は何か聞いてねーの?」
「いや俺は…部活でほとんどクラスのこと聞いてませんし…」
「お前も一緒に騙されたか。お前らのクラスメイト良い性格してんな(笑)」
「……。」
「……。」
苦笑する東条、深刻な顔で黙り込む玉城。
「まーそう落ち込むなよ。俺も勝手に応募された仲間だからさ、一緒に頑張ろうぜ(笑)」
「…え?御幸先輩と一緒とか…嫌なんですけど」
「うわ、ひっでぇ〜!」
「玉城、…いいの?」
東条は真剣な顔で心配そうに玉城に尋ねる。…こういうところが懐かれるんだろうか。
「…たぶん真の仕業だと思うけど…」
「無理して出ることないよ。運営委員に言えば辞退出来ると思うし」
「……。」
玉城はちょっと迷ったように俯いて、それから東条を見上げた。
「…東条、夏休み海行けなかったって言ってたよね…」
「え?あ、あぁ、うん…」
「じゃあ私…出てみる。」
「え!?」
「もし優勝出来たら皆でプール行こうよ。」
「玉城…」
嬉しそうに微笑んで、それから顔を赤くする東条。すかさず倉持がその肩に腕を回した。
「お〜〜?東条顔が赤いぜ?」
「いったい何を想像したのかな〜〜?」
「え、お、俺はそんな…」
「でもミスコンって何をすればいいの?」
東条の服の裾を引っ張って尋ねる玉城。
「さあ、俺もよく知らないな…」
「ステージ発表でアピールすんだよ。」
俺が答えると、玉城は鬱陶しそうに俺を振り向いた。
「まあ歌とかバク転とか、特技を披露するんだよ。」
「…御幸先輩に聞いてないし…」
「玉城さん、こいつ去年のミスターコン優勝者なんだぜ」
倉持が言うと、玉城は驚いたようにまた俺を見上げた。
「何だその疑いの目は。」
「……。」
フン、と小さくそっぽを向く玉城。俺嫌われすぎ…やべぇ凹む。
「玉城、そろそろ30分前だし行こうか?」
「うん。」
「それじゃ、失礼します。」
東条は丁寧に俺と倉持に挨拶し、玉城はまた俺に向かってフンとそっぽを向いて、東条の腕に掴まって歩いて行った。
「…あいつらマジで付き合ってねーの?」
「…な。」
***
教室に戻るとクラスメイトの女子が待ち構えていたように俺を振り返った。
「あ…!み、御幸君!」
「あのー…」
「…ミスターコン?」
ぎくり、と顔を見合わせる女子たち。
「か…勝手にごめんね!」
「でも御幸君なら絶対優勝できると思うの!」
「クラスの宣伝にもなるし出てくれないかな!?」
「いーよ別に…」
「だめだよねやっぱり…って、え!?」
目を丸くした女子が、顔を見合わせて嬉しそうに顔をほころばせた。
「まー部活でクラスの準備とかなんも手伝えなかったし…」
「ほ、ほんとに!?」
「いいの!?」
「優勝できるかはわからないけどな〜…」
「できるよ絶対!中間結果でも1位だし!ね!?」
「うんうん!皆手が空いてる人はステージ見に行くから!」
「それでね!これ衣装だから!着替えて行って!」
「え…い、衣装?」
お願いね!と勢いのまま紙袋を押し付けられた。倉持がニヤニヤと俺を見ている。
「…何だよ」
「別になんも言ってねーじゃん」
絶対面白がってる…。あ〜、こういうので目立つの嫌いなのに…。
俺は渋々更衣室に向かった。
***
「おうおうおう、似合ってるぜ御幸〜」
「……。」
渡されたのは警察官を模したコスプレ衣装。倉持にからかわれながら会場へ行くと、すでにざわざわと賑わう人たちが集まっていた。その人たちが急にどよめき、振り返る。
「え…あの子ヤバくない!?出場者?」
「10番の子じゃない?」
「芸能人?」
「青道あんな可愛い子いるのかよ」
他校の生徒たちの声。
「玉城さんやっぱヤバッ」
「優勝決定でしょ。同じクラスの人たちいいな〜…」
「最近モデルにスカウトされてるらしいよ」
青道生たちの声。
その視線が注がれる先を見ると…
まるで英国貴族の少女のような、黒い上品なワンピースに白いリボンタイ、白いカチューシャをつけ、気品を漂わせて歩いてくる玉城の姿があった。に…似合いすぎ…。
「玉城ちゃ〜ん」
手をひらひらさせて近づくと、玉城はじろりと俺を睨み、後ろの卯月がキャーキャー騒ぎ出す。
「御幸先輩おまわりさんだ〜!かっこいい〜!逮捕された〜い!キャハハハ」
「はっはっはっは…」
相変わらずこの子はちょっと苦手だ…。
「玉城ちゃん浴衣じゃないじゃん」
「……。」
フン、とそっぽを向く玉城。また無視されるようになってしまったけど…初めて会った時のような完全スルーではなく、フンとそっぽを向く動作をするだけまだマシかもと思ってしまう。
「浴衣でもいいかな〜と思ったんですけど〜、やっぱ光ってお嬢様っぽい恰好似合うし〜」
「一応制服持って来てもらってて、見た瞬間絶対こっちの方が良い!ってクラス全員賛同したんです!」
「制服?」
「イギリスの学校行ってた時の制服なんだよね!光!」
へー…イギリスの制服ってこんな感じなんだ。スゲーお嬢様っぽい…。
「玉城ちゃんってもしかしてスゲーお嬢様?」
「別に…普通ですけど」
帰国子女の時点で普通ではないと思うけど…。
「イギリスのなんていう学校?」
「なんだっけ?なんか長い名前だったよね〜」
「ドー…なんだっけ、光?」
「…ドーンガード・クライスト」
「それそれ!学校の名前ちょーかっこいいの!」
「へ〜…」
なんかよくわかんねーけどすごそうだな…。
「じゃあ光!頑張ってね〜!」
「頑張れ!」
「はーい…」
小さくため息を吐いて運営委員の方へ歩いて行った。
「おら、お前も早く行けよ」
「…は〜い」
俺も倉持に蹴飛ばされて、渋々その後に続いた。
***
「…圧倒的だな」
「ミスコンの優勝者は決まったな」
ステージ発表後、そう囁き合う声の中、玉城はコツコツと靴を鳴らして友達と足早に会場の出口へ向かっていく。
「光お疲れ〜!教室にお茶用意してあるからね!」
「教室戻ったら浴衣着つけてあげるよ。」
「浴衣…。」
鷹野の言葉に嬉しそうに頬を綻ばせる玉城。…やっぱ可愛い。…あれから俺には全く笑顔を見せてくれないけど…。
「玉城ちゃん!」
「……。」
手をあげて引き留めると、玉城はちらりと俺を見て、鷹野を振り向いた。
「東条は?」
「はいはい。光の出番だけ見て教室に戻ったよ。」
「ホント好きだねぇ東条君」
「……。」
なんだよそれ!!やっぱ付き合えばいいじゃん…。さっさと付き合えば、俺だって…こんなに気になったりしないはずなのに。
「御幸せんぱ〜い!私御幸先輩に投票したからね〜!」
「失礼します!」
卯月と鷹野は俺に挨拶をして、玉城を連れて去って行った。
胸の奥にズドンとのしかかる重たい気分。なんで…、と思うと同時に、そもそも自分も距離を置こうとしていただろうと思いだす。でもまさか、向こうからあんなに冷たい態度をとられるようになるなんて…。モヤモヤして仕方がない。しかも玉城は東条のことばかり。さっさと付き合っちまえ、と思う反面、もし本当にあの二人が付き合ったらと思うと…。
……。
…めちゃくちゃ腹立つ。