「ねぇ〜プールで御幸先輩と何話してたの〜!?」
「だから…大したことじゃないって」

雨が降りしきるグラウンドを前に、押し問答する真と光に苦笑する。

「まあまあ、ほら…試合始まるよ。」

そう言うと、真は渋々と光を解放した。

「そういえば最近…夏目さんどうしてるの?」
「…相変わらず元気だよ」
「ってことは…まだ諦めてないんだ、あの人…」
「すごいね〜。光、もうモデルになっちゃえば?」
「私じゃなくて、お父さんが…」
「じゃ、お父さんが許したらモデルやりたい?」
「……。」

光はボーっと遠くを見つめている。

「さあ…考えたことない」

『一年生降谷課題の立ち上がり、主砲を打ち取り好スタート!』

「お〜!無失点!降谷君やるう!」

真の興味が逸れ、光は安堵したようにグラウンドに視線を戻した。
だけど…考えたことないって…。あんなに夏目さんが熱心にスカウトしてるのに…。私はその違和感を抱きながら、グラウンドに視線を移した。

...

3回表――未だ両チーム無失点。

「おーー帝東2本目のヒット」
「さすがに簡単には打ち取らしてくれねーな」

どこかの高校生が言うと、真は不機嫌そうに口を尖らせた。

「御幸先輩なら絶対負けないし…!」
「そこは青道ならって言いなよ…ねぇ光?」

「スチール!」

スタンドがざわついた。真も私も身を乗り出す。

「…ううん あの人は…」

御幸先輩が捕球動作から一気にボールを矢のように投げ放ち、二塁に突き刺さる。

「打ち取るよ…このくらい」

そんな…知っていたみたいに、当たり前のように…。

「だよねだよね!?私もそう思ってた!!光も御幸先輩のカッコよさがわかってきたね〜!?」
「…別にカッコいいとは言ってない」
「素直じゃないんだから〜!」

ほんと…素直じゃない…。
御幸先輩のこと…少しずつ、信頼してきてるんだなぁ…。


...


5回表――。
雨脚が強まり、地合いは一時中断。未だ両チーム無失点だ。

「雨ヤバくない?まだ始まんないの〜?」
「ほんと…でもこんな雨の中試合なんて大変だよね。」
「…飲み物買ってくる」
「あ!私も私も〜!」
「皆で行こう」

光が立ち上がって、私と真も席を立った。
階段を降り、外の通路に出る。試合が中断となったせいか、人がまばらにいた。

「川崎監督のことは…残念だけど…よ…。そろそろ俺たちも進路決めねーとな…」

通路の向こうから男の子の声がして、2人組の男の子が現れた瞬間。
そのうちの一人が、驚いたように光を見つめた。…いや、もう一人のフードを被った子も光に気を取られていたけど、その子はそんなのは比ではなくて、本当に心底驚いた顔で…信じがたいものでも見たような顔で、光を見て言葉を失っていた。
光は少しうつ向いたまま、いつも通り男の子たちの横を通り過ぎようとして――その瞬間。

「……光?」

その、金髪の男の子が光の腕を掴んだ。

「……え?」

光が立ち止まり、男の子を見上げる。男の子はまだ動揺した様子でうまく言葉が出ずに、しばらく口を開けたまま固まっていた。

「…光…だよね?」

男の子は光を知っている様子だったけど、光は心当たりがない様子で男の子を見上げている。

「…誰?」
「…光舟…、…奥村、光舟」

しかし男の子がそう言うと、光の目が丸くなった。

「光舟…?」
「……。」
「本当に…?」
「…うん」

奥村君は光を見つめたまま少し目尻を赤くして、光は微笑みを浮かべた。

「久しぶり…」
「うん…」
「元気だった?」
「…うん」

「…し、知り合い?」

奥村君の友人が遠慮がちに尋ねると、奥村君が振り向いて頷き、光も私たちを振り向いた。

「親戚の子なの…会うのは6年ぶりくらい。」
「ええ〜!?マジ?すっごい偶然!」

うん、と頷く光は、どこか嬉しそうだ。

「っていうか、さすが光の親戚…イケメ〜ン」
「こらこら…ミーハーなんだから」

「光…どうして日本に?」

奥村君はなぜか神妙な顔で尋ねた。光は微笑みを崩さずに彼を見つめ返す。

「高校は日本で通いたかったから。」
「…だけど…」
「光舟、また後で話そう。試合見に来てるんでしょ?雨弱まって来たし…そろそろ再開するんじゃない?」
「……。」
「じゃあ、またね。」
「光…」

奥村君の呼び止める声にも振り向かず、光が行ってしまって、私と真も慌てて追いかけた。
なんだか訳あり…なのかな?どうして日本に…って、あの子の困惑具合…。
…気になる。


...


――8回裏…。

「ヤバイよ〜!1点取られちゃったし…降谷君調子悪そうだし…沢村君はピッチングはいいけどバッティングがな〜!点とり返せるのかな〜!御幸せんぱ〜い!!」
「でも沢村君まだ無失点だしすごくない?普段あんななのに」
「すごいけど〜!普段あんななのに!」
「…二人とも、褒めてないよねそれ…」

光の呟きに、てへへ、と舌を出す真。

『9番 東条君』

「おっ、東条君だよ!」
「ツーアウト…もう後がないよ!頑張れ東条くーーん!」

「ットライーーク!!」

「ああ〜…だめかなぁ…」

真が落胆の声を出す隣で、光は試合に食い入るように見つめている。

「あっ!!」

カッ、と軽やかな音が響く。ボールが飛んで、綺麗な弧を描いて落ちた。東条君が1塁のベースを踏み、スタンドが勢いづく。

「わーー!!やるじゃん東条君!」
「なんか簡単そうに当ててなかった?片手だし…」
「前薬師との練習試合の時も結構いい感じだったし、東条君ってやっぱスゴいんだよ!中学時代はシニアのエースで結構有名だったんだから!」
「そーなの?エースってことは…投手だったの?」
「ま〜そこは…まぁ、まぁ。」
「え?何?」
「いいの!ほら倉持先輩セーフティ打ったよ!次小湊君だよ!」
「?」

皆が見守る中、小湊君はあからさまな敬遠をされて歩いて1塁に進んだ。

「あ〜…前園先輩か〜…」
「なに?なんかテンション低くなってるけど」
「あの人打てないんだよね〜」
「そーなの?でも3番って打つの結構上手い人なんじゃないの?」
「まあ打てないって言うか…打てればすごいんだよ、あの人は」
「よくわかんないんだけど…」
「とにかく期待値が低いの!代打出せばいーのに…」

「――え!?」

それは本当に不意打ちだった。
白い球がグラウンドの上を高く長く飛んでいく。投手も捕手も、グラウンド中の選手たちが虚を突かれたようにボールの行方を見守って――

『レフトライン際――フェア!!』

「きゃ〜〜〜!!!うそ!!すごいじゃん前園先輩!!!」

やったやった!!と真が飛び跳ねる勢いで喜び、ホームインしていく選手たちを見送る。
それをきっかけに、試合の流れは大きく変わった。


***


「晴れたね〜!」

試合にも勝ち、雨もすっきりと上がって青空が広がり、清々しい気分で球場を出る。

「あ!青道野球部!東条君いるかな…」
「東条〜!」

真が言いきらないうちに、光が声を上げて手を振った。振り向いた東条君が、手を振りながらこっちに歩いてくる。

「見つけるの早っ!」
「さすが東条君大好きっ子…」

「かっこよかったよ!とうじょ…」
「ちょ、ちょっと待った玉城!」

抱き着く勢いで駆け寄って行って光を、東条君は慌てた様子で手で制する。

「なに?」
「や、俺泥だらけだし…よ 汚れちゃうから」
「じゃあ脱いで。」
「いや…、…え!?」
「あはは、嘘だよ!」

「…なんであの二人付き合わないんだろ〜」
「多分みんな思ってるよ、それ」
「多分じゃないよお〜」

真の言う通り…野球部の人たち、すごい顔つきで東条君のこと睨んでる…。
なんだかおもしろい気持ちでその光景を眺めていると、その中に御幸先輩の姿を見つけた。御幸先輩は東条君と光の様子を横目に確認するように見ると、さっさと踵を返して歩いて行った。
また…喧嘩でもしてるのかな…。夏休み明けに大ゲンカして気まずくなってたけど、文化祭で喋ってたから仲直りしたと思ったのに…。



***


いつも通りの登校時間。昇降口に真と光と入り、下駄箱の前に並ぶ。

「次の試合いつだっけ?」
「9日だって。確か七森…」

光が言いながら下駄箱の扉を開けると、パサリと軽い音を立てて白いものが滑り落ちてきた。

「?なにこれ…」

光が拾い上げたそれは、白い便箋。裏返すと、『1A 玉城光様  2C 大野賢』と書かれていた。

「えっ…これって…」
「ら…ラブレター!?」
「声大きいって…」

光は驚いた様子もなく涼しい顔で便箋をバッグに仕舞う。

「2年の大野先輩ってあれじゃん!サッカー部の!イケメンの!」
「あ〜あの人!モテるよね!」
「……。」
「ちょっと光〜!何のリアクションもないなんてどーなってるの!?」
「いや…知らない人だし…」
「えぇマジ!?」

私写メ持ってるよ!と真は携帯を取り出し、別にいいよ、と光は冷めた様子でそっぽを向く。

「っていうかミスターコン出てた人だよ!2位の!御幸先輩と接戦だった!」
「覚えてない…」
「え〜!?あんなイケメン一度見たらフツー忘れられないよ〜!」
「それは真だけじゃない?」

「おはよう!」

そこへ爽やかにやってきた東条君。光の前の席に座り、バッグを机の横に下ろす。

「おはよう東条!」

やっぱり嬉しそうに笑顔になる光。真が意味ありげに私に目配せをしてくる。

「何話してるの?」
「ううん、別に何も…」
「それがね聞いてよ東条君!光がラブレター貰っ…」
「真!」

はぐらかそうとした光の声にかぶせて真が暴露すると、光はあわてて真を黙らせた。

「え…ラブレター?」

しかし肝心なところはしっかりと聞こえてしまった。東条君はちょっと焦ったような顔で光を見る。

「そ〜!しかもイケメンから!だよねー?光?」
「真、うるさい…。っていうか、知らない人だし…それに…」

光は頬杖をついて他人事のような顔で言った。

「私誰とも付き合ったりしないもん。」
「え?」
「えー!?なんでなんで!?じゃあ東条君とも!?」
「え!?う、卯月何言って…」
「…なんで東条を引き合いに出すの?」

慌てる東条君、あくまで冷静に突っ込む光。こっそりと真を咎めるように小突く私。

「…だって、誰ともなんて言うから〜…」

えへへと笑ってごまかす真に、全くもう、と小さくため息を吐く。

「ホントに誰とも付き合わないの?」
「うん」
「なんでー!?」

光はちょっと目を逸らし、手元を見つめた。

「…興味ないから」

「……。」
「……。」
「……。」

今…何人の男子が失恋したことやら…。

「じゃあラブレターどうするの?」
「断ってくる」
「そんなあっさり〜…。会ってから決めれば〜?」
「いいの」

チャイム鳴るよ、と光は素っ気なく前を向いて座った。

「…東条君どんま〜い」
「え…お 俺?」
「コラ、真!」

 


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